怪盗ゴエさんの恋愛相談
五日目。
現在、最大級の台風九号が日本に接近しており、今日には九州に、明日の未明には関西に、関東には明日の午後にも接近する見込みです。東北にも十三日の明け方に接近し、その後温帯低気圧に変わる予定です。
大雨や暴風だけでなく土砂災害にも気を付けてけださ……プチッ。
テレビが消えた。
「ふぇな、ふぁなしをふぃふぃへ」
朝の四時半に起きて学校に行く準備をしていると恵奈が声をかけてきた。
いつもは七時くらいまで寝ているのに珍しい。
「ほう、ふぉうぶをふぁふぇふわ」
振り返るとリモコンを片手に食パンを咥えたパジャマ姿の恵奈がいた。
眠そうな顔をしている。
「ちゃんと食べ終わってからしゃべってよ」
アタシがそういうと恵奈はパンを一気に口の中に入れて牛乳を口に入れ呑み込む。
「今日、勝負をかけるわよ」
そう言う恵奈の顔は腐れニートからエリートOLに早変わりだ。
ほんとこの子多重人格じゃないか心配になってくる。
「どうするの?」
「今日は私が山田花子になるわ。だから恵梨は飯島に変装しなさい」
恵奈は腰まである長い黒髪をフワッとさせて言う。
シャンプーのいい匂いが漂う。
冗談でしょ?
恵奈はその腰まである黒髪さえどうにかすれば後はアタシと同じ化粧をすれば良いだけだから大丈夫だろう。
今までの会話もほとんど聞いていたはずだし。
ドッジボールさえしなければ大丈夫そう。
問題はアタシの方よ。
変装するのにはそれなりに時間がかかる。
飯島は大くて宝石のようにキラキラしている印象を与える瞳と綺麗に整った鼻とアヒル口が印象的だ。
一方アタシはどの部分が印象的というのは無いけどバランスが良いといった感じだ。
絶世の美女と端正な顔の女性といった感じね。
アタシたちは顔に特徴があまり無いから変装しやすい。けど面倒くさい。
だけど恵奈が真剣な顔になっているので、反論しても無駄だろう。
「わかった。それじゃ化粧するから」
恵奈の化粧はすぐに終わったがアタシのは三時間近くかかった。
遅刻するといけないので恵奈は先に学校へ向かった。
時は流れ、アタシはは絶世の美女となった。
アタシも急いで家を出る。
今日で梅雨明けが発表されたこともあってか、空は吸い込まれるような青色をしていた。もうすぐ台風が来るとか言っていたけど。
とにかく今日は暑くなりそう。変装日和とは行かないな。
街を歩いていると道行く人がこっちを振り返る。なんてったってアイドルじゃないけど絶世の美女だからね。
何か視線を集めるのっていい気分。日頃からこの変装しようかな。でもドッペルゲンガーって言われるのも嫌ね。
ちなみにどうやって入れ替わるかというと、このまま校内に潜入して飯島を気絶させて外に待機しているあのよろず屋に安全なところまで運んでもらう。
という手筈になっているが恵奈が飯島に怪しまれないように一人にさせられるかが勝負の分かれ目。
『恵梨、始めるわよ。体育館の裏ね』
恵奈からそう告げられたのは三時間目の休み時間のことだった。
それまでアタシは学校の外で恵奈の授業を聞きながら待機していた。
アタシと違って流れるような説明だ。
あの坊主頭も全く口を挟まないというか挟めないみたい。
ふぅ~。
アタシは三メートル近くある塀を軽々と飛び越えて学校に侵入した。
そのまま人目につかないように移動していく。
ここら辺は本業だからお手のものよ。
体育館の裏が見えるところまで行くと確かにそこに飯島はいた。
何やら手紙を見ながら考え事をしているようだ。
アタシは気配を消して近づき、スタンガンで確実に気絶させた。
「恵奈、後は任せたわよ」
アタシはそう呟き意識を集中する。
山田花子の場合は一応卒業生のとして存在はしているが多少キャラが違っていたところで怪しまれない。
だが飯島の場合は違う。役に成りきらないと駄目だ。
集中していないとすぐにボロが出る。
『はいはい、お疲れさま。でもこっからが本番だからね』
「分かっていますわ」
アタシは口調と声色を変える。
『そうそう、今日私、熱で早退したから』
聞いてたわよ。
教育実習生の分際で早退とかふざけてるよね。
「で、これはラブレターを貰ったという設定で良いの?」
一人で体育館の裏に手紙を持ってくるのはその状況しか思い浮かばない。
『そうよ。恵梨のくせに良く分かったわね』
いつもの挑発をしてくるが今日のアタシは大人よ。その程度の挑発を受け流すのは容易いわ。
「それではごきげんよう」
キーンコーンカーンコーン。
授業開始の合図がなる。
アタシは慌てて教室に戻った。
授業は歴史で頭の禿げてる先生が延々と話をしているだけだから楽だった。
昼休みになり女子たちの会話に混ざろうとしたときに西山が話し掛けてきた。
「ちょっと話があるから、あっちに行こうぜ」
アタシはふと自然を上げると西園寺と目があった。
だが西園寺はすぐに視線を逸らし俯く。
アタシは西山に着いていく。
連れていかれたのは屋上だった。
西山は屋上の扉の鍵を開けてドアを開いた。
コンクリートの地面は日差しを反射していて風があるとはいえ暑い。
というか、ここって閉め切りになっているんじゃなかったの?
そういう風に説明を受けたけど。
無断で鍵を持ち出したのかしら。
だとしたらコソ泥の素質はあるかもね。
怪盗となるには予告状を出して正々堂々と盗まなければならないのよ。
屋上に上がると西山はこっちをしっかりと見据える。
「何か最近裏でこそこそ動いてるだろ。お前の立場を理解してるのか?」
険しい表情で西山が言う。
そんな顔をしたらせっかくのイケメンが台無しだ。
西山は額にも汗を浮かべている。
残念なことにイケメンに汗は似合っていて少しドキッとしてしまう。
こういうシュチュエーションじゃなかったらイケメント二人で屋上とかもう、ウハウハなのに。
「別に何もしていませんわ。勘違いではなくて?」
アタシは堂々とした態度で言う。
「お嬢さんのお前が駅前の古汚い店に普段から入ってるっていうのか?」
西山は少し怒ったように言う。
「休日まで私のことを見張っていますの?」
アタシは呆れたような声を出す。
本当にストーカーだったのね。
そんなやつと付き合うってことは、何か弱味を握られたってことかしら。
「余計なことをされても困るからな。恨むならお前の父を恨むことだな。どうせ十四日に俺たちは婚約するんだ。仲良く初夜を過ごそうぜ」
肩にぽんっと手を置かれる。
その顔には笑みを浮かべている。
怒ったり卑猥な笑みを浮かべたりストーキングしたり、いくらイケメンでもやっていいこととダメなことがある。
それとあの調査書に書いてあった誕生日パーティーでの重大発表って婚約の事か。
「十四日が楽しみだな」
「……」
アタシは無言のまま踵を返し校舎に戻る。
「結構有益な情報誌を手に入れたよね」
西山が追って来ていないことを確認して言う。
『点と点が繋がって来たわね。詳しいことは家に戻ってから話すわ。一つ言えるのは恵梨の仕事が増えるってことかしら』
取り敢えず午後の授業を終わらせないとね。
アタシは教室へと向かった。
「ちゃんと飯島は処理した?」
アタシは家に帰るといつものごとくソファで寝ながらポテトチップスののり塩味を食べている恵奈に言う。
「ちゃんとよろず屋に頼んだわ。上手くやるようにって」
本当に大切な所はよろず屋任せね。
「でも大体真相は掴めたわ。話を聴きたい?」
一応疑問系ではあるがようするに話を聴けということだ。
アタシは大人しく頷く。
恵奈はソファから起き上がって口をティッシュで拭く。
そしてソファに座り直し恵奈は嬉しそうに話をし始めた。
「さて、まず西園寺、西山、飯島の関係から確認しましょう。西園寺と飯島は幼なじみで西園寺は飯島のことが好き。飯島から西園寺への気持ちに関しては保留ね。そして西山は飯島の事が好きで、ストーカー紛いの事をしていた。そして何かしらの弱みを握り脅していた。飯島は西山の事を嫌っていた。こんな所かしら?」
アタシは頭の中で図を描いて理解し頷く。
「ここで重要なのは、どんな弱みを握られていたのか。恵梨も分かるはずよ」
アタシでも分かる?
アタシは必死に考えるがさっぱり思い付かなかった。
「全然分からない。サイを投げるわ」
「それを言うなら匙を投げるよ。意味が分からない日本語は使わない方が良いわよ。恥をかくだけだから」
恵奈が呆れたように言う。
「母さんと父さんの今の仕事は何だったかしら?」
えっと、確か麻薬の密輸組織がらみの事件だったはず。
I Furnitureって会社、まさか。
アタシは唖然とする。
その顔を見て恵奈は満足げに微笑んで言う。
「I Furnitureは飯島ホールディングスの子会社よ。その件に関して西山は知ったようね。それを出汁にして家族ぐるみで脅していた」
「どうして家族ぐるみって?」
「パーティーで婚約を発表するのよ。親の同意が必要に決まってるじゃない」
それもそうよね。アタシは心の中で頷く。
「もう一つ重要な事を見落としてたの。飯島もよろず屋を利用していたわ。西山と婚約しないためにね。体育の後にどこかへ行ってたのも、よろず屋から連絡を受けていた」
よろず屋に行ったときに言ってた可愛い子が来るっていうのは飯島のことだったのね。それと駅前の小汚ない店というのもよろず屋のことか。
「恵奈がよろず屋に行ったとき、株について話していたでしょ。NEXT西山の急成長の理由の一つである株について調べていたのよ。インサイダー取り引きを疑っていたわ」
「NEXT西山って侵略者と取り引きをしてたの?」
「それはインベーダー。私が言っているのはインサイダーよ。内部者から会社の情報を得てそれを元に株の取り引きを行うことよ」
分かったような分からないような難しい話ね。
「でも、よろず屋に行っていたっていうのは仮定じゃない?証拠ってあった?」
「私が知っているのは飯島をよろず屋に引き渡す時に、取り引きをしたから。こっちは情報を全て教えてもらう代わりに、不正の証拠を掴むというね」
「これって推理じゃないよね?」
アタシは全読者の声を恵奈にぶつける。
「探偵が別に推理をするとは限らないわよ?真実を明らかにできたらそれでいいの」
「とにかく不正の証拠を盗み出して欲しいの」
「もしかして、またアタシの出番になるの?」
「ええ、チャンスは一度きり、誕生日パーティーの時よ。怪盗の名に懸けて盗んできてね」
やっぱり、アタシにばっかり面倒くさいこと押し付けて。
「今回、恵奈ほとんど働いて無いわよね」
アタシは恵奈を睨む。
「恵梨のサポートをしてたじゃない」
「そもそも潜入しなくても情報を得られたんじゃないの? I FURNITUREのことに気づいてたら一発で解決だったわよね?」
「それは結果論よ。最初の時点では潜入するのが一番確実だったの」
恵奈は優雅にコーヒーに口をつける。
「それじゃあ、時系列で整理するわ。まず最初は西山が飯島の事を好きでストーキング紛いの事をしていたわ。でも、西山が飯島の親が麻薬の密輸に関わっていたという秘密を握ったことで状況は変わった。西山は飯島を脅し付き合い始め、もう少しで婚約をするまでに至った。その状況が嬉しくない西園寺は私達のところに依頼を持ってきた。そして私達と飯島はそれぞれよろず屋に手助けを求めた」
「そう言われてみると単純な事件だったね」
アタシは思わず溜め息を付く。
「そういえば体育の後に飯島が泣いていたのは何故だったの?」
「おそらくインサイダー取り引きの証拠を掴むのが困難だって事を伝えたのよ。もう一つ方法があるとしたら自分から内部告発するってことしか無いと伝えられた。どのみち警察に捕まるのは時間の問題だともね。だから泣いていたのよ」
まぁ大体は納得出来たわね。
「さて、私の仕事はこれで終わったから、後は恵梨の頑張り次第よ~」
恵奈はいつもの腑抜けた顔に戻りソファに寝転びテレビを付けた。
既にポテトチップスに手が伸びている。
探偵モードはもうおしまいか。
「あっ、そうそう。よろず屋から西山家の見取り図を預かってたんだった。私の鞄に入っているから見といて~」
恵奈に言われたとおり鞄を確認すると紙が入っていた。
これが見取り図。
家の回りを塀で囲っていて、玄関は鍵と暗証番号と指紋ロック。
絶対面倒くさいな。このロック。
窓ガラスは防弾ガラス。
そして広々とした家のリビングにある植木鉢の下に地下への隠し階段があると。
地下室の扉は普通の鍵。
その奥には暗証番号、指紋、鍵、の三つがないと開けられない金庫。
その中に書類が入っている可能性がある。
こんなのmission impossibleよ。
月下の奇術師や重火器振り回す赤いジャケットの大怪盗でも厳しいんじゃないの?
「恵奈~、こんなの不可能よ……」
アタシがお手上げのポーズを取る。
「怪盗ゴエさんともあろう方が情けないわね。作戦は一応立てたから後で話すわ。それと西園寺にも連絡しないとダメね。それはアタシがやっておくから恵梨は明日、学校に行って良いわよ」
作戦ねぇ、簡単……な訳無いわね。
「大体、明日は台風よ。学校は休み~」
アタシも恵奈の寝転がっているソファにダイブする。
「あっ、ちょっと‼ 重ったいってば、ってそこダメだっあハハハ、イヤっあああひひひ」
恵奈の悲鳴と笑い声が家中に響き渡る。
三十分後、服が乱れたまま焦点の定まってない目で身体中痙攣してピクピクさせている、長い黒髪で顔の隠れている貞子のような女がソファの上に転がっていた。
六日目。
アタシは朝起きて早速テレビを付けた。
台風情報を見るためだ。
台風は今、和歌山県の上空を通過しています。
現地の様子を三宅アナウンサーに中継してもらいましょう。
男の人がそう言うと画面が切り替わった。
バケツをひっくり返したような雨が横殴りに降っている。
三宅アナウンサーも立っているのがやっとといった様子だ。
「今、ひ、非常に風も雨も強く立っているのがやっとといった状況です。引き続き台風情報には警戒してくださいっ」
また画面がスタジオに切り替わる。
「皆様も非常に強い台風九号の今後の進路には注意してください。続いては今出ている警報です」
画面に日本列島が映し出されている。
近畿地方は全部真っ赤だ。
東京はまだ警報は出ていなかった。
ってことは学校に行かなきゃダメなのね。
アタシはがっくりと肩を落とした。
アタシはコーヒーを飲む。
続いてニュースです。
今日未明、警察やマスコミ各社に三ヶ月ぶりに怪盗ゴエさんから予告状が届きました。
予告状の内容はこうです。
十四日の夜六時ピッタリにNEXT西山の西山社長宅の金庫から、とある書類を盗み出させて頂きます。
警察の発表では本物の予告状と確認されたそうです。
怪盗ゴエさんとは最近世間を賑わせている現在に甦った怪盗と言われています。
黒装束の忍者のような格好で予告状を出し華麗に盗み出す。まさに物語の中の怪盗といえるでしょう。
「んっ‼」
思わずコーヒーを吹き出してしまった。
アタシは机をふきふきしながら考える。
こんなことに対して予告状を出して一体どうする気なのか?
というかアタシに断ってから予告状を出して欲しいわ。
でも、これで腹をくくるしか無いじゃない。
怪盗ゴエさんの名を汚す訳にはいかないし。
とある書類とは何のことなのでしょうか?
宝の地図とも不正に関する書類とも予想されてますね。
これに対してNEXT西山はノーコメントとのことです。
警備も警察の協力を拒否しておりますので、不正に関する書類との見方が広まってますね。
ネット上でも怪盗ゴエさんを応援するスレッドが数多く立っています。
そんな中で警備員を短期アルバイトとして受け入れるようです。
面接は明日の十二時から……
プチッ。
アタシはテレビを消した。
さて、もうそろそろ学校に行かなきゃね。
アタシは夢と希望がたくさん詰まった鞄を手に学校へと出発した。
学校へ着くと怪盗ゴエさんの話で盛り上がっていた。
そりゃそうなるわね。
NEXT西山の跡取りが学校にいるんだから。
F組の教室には人だかりができていた。
外の土砂降りの雨の音をかき消すほどの煩さだ。
「西山、その書類ってのは不正に関するものなのかよ」
人相の悪そうな男が言う。
「NEXT西山も終わりだなぁ。飯島にも見棄てられるんじゃね」
「そのような根も葉もない噂に流される辺りは流石だね。情報を大切にしないと社会に出てからはそれが命になるからな」
西山は平然とした顔で言う。
な、なぜだろう。応援したくなっちゃう。
イケメンていうのは得ね。
そんなときだった。
その人だかりにバァーっと道ができる。
そこを歩いてきたのは飯島だ。
「美千穂、心配しなくても大丈夫よ」
「西山君の家が不正なんてあり得ないわ」
などと女子からは心配する声が上がる一方、男子からは
「もうこんな落ち目のやつとは別れちまえよ」
などの嫉妬からくる罵倒が多かった。
そんな中、平然と西山の前まで来る。
「私は久嗣を信じますわ。だからシャキッとして貰わないと困ります」
飯島は表情をぴくりともさせずに能面のような顔で言う。
「端から気にかけてやしないさ」
うーん、飯島って本当に西山と付き合うのが嫌なんだよね。凄い演技力だ。女優としてもやっていけそう。
人だかりの奥の方で西園寺は難しそうな顔をしてその様子を見ていた。
キーンコーンカーンコーン。
チャイムが鳴り人だかりは消えて授業が始まった。
今日は森嶋先生が休みとかでアタシがホームルームも担当することになっている。
適当に連絡を済ませ、一時間目の授業へと向かった。
今日は恵奈が忙しいらしく連絡が取れないので、アタシは全授業を自習にした。
森嶋先生も休みだし大丈夫。
そんな中、暴風警報が発令されたのは三時間目が終わったときだった。
放送で帰宅する旨が伝えられると教室は沸き立った。
外は既に五メートル前も見えないほどの大雨。
親に迎えに来てもらう人がほとんどのようだ。
それから二時間ほどするとほとんどの人は既に帰り、関西弁の女の子が帰ると、教室には二人だけになった。
一人は坊主頭、もう一人はアタシ。
教室には雨音だけが響いていた。
二人の間に言葉のキャッチボールは存在しなかった。
坊主頭は頭に似合わず真面目そうな顔でブツブツ呟いているし、アタシは明後日に向けてイメージトレーニングをしている。
この状況で会話が起こるはずもない。
ブツブツ呟いていた坊主頭は突然立ち上がった。
「や、や、や」
そして突然壊れたラジオのように坊主頭が大声で話し出した。
や?
坊主頭とやといえばあれしかない。
「野球がどうしたの?」
アタシが聞く。
すると坊主頭は怒ったように言う。
「野球じゃねえよ。バカじゃないのか」
アタシが反論しようとした時だった。
教室が暗闇に包まれた。
まだ日中だが空は黒くて厚い雲に覆われているので夜とほとんど変わらない暗さだ。
アタシはスイッチをパチパチ押して見るが電気が付かない。
ブレーカーでも落ちたのかな?でも学校のブレーカーなんてちょっとやそっとでは落ちないはずだし。
特に今日はほとんどの生徒が帰った訳だし。
それよりも停電の可能性が高いか。
「恵奈」
アタシは小さな声で呼ぶが返事がない。
そういえば忙しいからナビゲーションは無しって言ってたっけ。
授業も台風だからってことで自習にしたんだった。
森嶋先生も居ないし別にアタシが授業をどうしようが怒られないし。
恵奈と連絡できたら今の状況を確認できるのに。
「ちょっと様子を見てくるから、ここで待機しててね」
アタシは坊主頭に向かってそう言って教室から出た。
三十分後、アタシが教室に戻ると坊主頭は真剣な顔をして教室に立っていた。
まだ停電中で暗かった。
しかし坊主頭の目は真っ直ぐとこっちを見ていることくらいは分かる。
何かを覚悟した者の目だった。
もしかして、正体がバレた?
アタシはいつでも動けるように少し警戒する。
「や、や、や、山田先生。俺、女優の新谷由美が好きなんだ」
顔を真っ赤にして坊主頭が言う。
何のカミングアウトよ。
坊主頭の好きな女優なんて知りたくも無い。
そう思ったものの優しいアタシは微笑みを浮かべて言う。
「そうですか。新谷可愛いですね。あの法律コメディ、一も二も見ましたよ。面白かったですね」
「写真集も表紙を飾ってる雑誌も全て買って、ファンレターを一月に一度出すくらい好きだ」
坊主頭が雄叫びをあげる。
台風でテンションがおかしくなっちゃったのかな?
それにしても鐘有学園に来るだけあって金持ちね。それにここまで来るとストーカー予備軍よ。
「でもこれが本当の恋のスタートラインだ。佐藤涼馬は、山田花子を新谷由美と同じくらい愛してます。世界中の誰よりも。ここから始めなきゃ。前に進めない」
坊主頭はそう叫んだ後、こっちを期待したような目で見てくる。
一応アタシも乙女よ。花の女子高生ですよ。告白されるのを夢見たこともある。
でもこんなツッコミ所満載の告白をされても何も言えないわよ。
某野球漫画風に告白されても……。
あっ、でも坊主頭だし似合ってるのか?
というか古くない?
確かに有名な漫画だけど古いよね。少なくともアタシは一度も読んだことない。
そんな無理矢理パロディにしなくても。
後、新谷の名前出す必要ある?
二人に向かって同時に告白してるようなものでしょ?
乙女心が分かってないわよ。全く。
大体、アタシの名前は山田花子じゃないわよ。ってこれは仕方無いか。
それにアタシは彼氏が居るって設定だったわよね?
「えっと、ごめんなさい。アタシは心に決めた彼がいるから」
アタシがそう言うと坊主頭はきょとんとした。
「えっ、あれ? 彼氏が居るって嘘じゃねーの?」
アタシは拳を握りそうになるのを必死に押し止める。
「嘘じゃありません。ちゃんとしっかり彼氏くらいいます」
アタシは少し怒ったように言う。
「俺、帰ります」
坊主頭は肩をガックリと落とし教室から出ていった。
きっと失恋のショックを雨に打たれて流すんだろう。
ふぅ、これでアタシも帰れる。
それにしてもこんなところで告白されるとは。
人生分からないものよ。
取り敢えず人生初の告白がこれなのは、あまりにも悲しすぎるので見なかったことにしよう。
「ただいま」
アタシはずぶ濡れになりながらもこの大雨の中、家に帰ってきた。
うぅ、寒い。
今風邪を引いちゃったらどうしよう。
ただでさえ成功するか分からないのに、こんなところで成功確率を下げるわけにはいかない。
ということでアタシは帰るなり風呂に直行し、上がったら布団に入る。
気分としては遠足の前の日の小学生だ。
あれ? そういえば帰ってから恵奈と会った記憶がない。
まぁいっか。そのうち帰って来るか。
アタシはそのまま意識を手放した。
六日目。
いつも通りの時間に起きたアタシは一階に降りる。
そこでアタシが見たのは見るも無惨な恵奈の死体だった……。
はずもなくソファの上でむにゃむにゃしている恵奈とリビングで談笑している両親だった。
二十代の頃の写真とほとんど見た目の変わらない母さんと体が衰えるということを知らない細マッチョの父さんだ。何回も目を擦るが消えない。幻では無いようね。
「あ、帰ってきてたのね」
アタシがそう言うと母さんは悲しそうな顔をする。
「酷いわ~。これが久しぶりに帰ってきた母親に対する言葉なのかしら。昔はママ~ってすぐに抱きついて来てたのに。歪んだ子に育ってしまったわ」
「恵奈~、会いたかったぞ。ちょっと胸が縮んだか?」
父さんはアタシの胸をペタペタと触ってくる。
「触らないでよ、この変態。大体アタシは恵梨よ恵梨。双子とはいえ髪の長さが違うんだから分かるでしょ」
アタシは父さんを引き離す。
「そういえば、胸の小さい方が恵梨で大きい方が恵奈だったなブヘッ」
アタシのドロップキックが炸裂するが父さんは全然堪えていない。
「今の蹴りはなかなか良かったぞ」
父さんは欠伸をしながら言う。
「誠一に褒められるなんて凄いわ。恵梨ちゃ~ん」
母さんはアタシをペットの犬のように撫で回す。
「んん、恵梨。お客さん?」
恵奈がソファから身体を起こし身体を上に伸ばす。
そして目を擦ってぱちくりしてから言う。
「あ、帰ってたのね」
アタシと全く同じ反応。流石双子の妹ね。
「おお、恵奈、また大きくなったんじゃないのか?少しは恵梨にも分けてあげなさい」
父さんは恵奈の胸をちょんちょんとつつきながら言う。
「父さん、用がないなら帰ってくれるかしら?」
恵奈が父さんから離れる。
胸を手で押さえながら。
「そうだった。そうだった。明日盗みに入ると聞いて激励をしに来たんだった」
「私達の仕事ももう少しで終わるから、そしたらみんなでハワイに行きましょ~」
母さんが嬉しそうな顔で言う。
「あのね、アタシ達は既に二週間ハワイ旅行ということで学校を休んでるの。これ以上休んでたら恵奈はともかくアタシは留年よ留年」
「恵奈が恵梨の代わりにテストを受ければ良いじゃない」
母さんはそう言いながらアタシに抱きつく。
「さて、時間がきたしそろそろ行くが、しくじるなよ」
父さんが真面目な顔つきで言う。
「そうね。まぁ、私たちの子供だから心配はしてないけど」
母さんもようやくアタシから離れた。
母さんと父さんは玄関へと向かう。
「そうそう、朝御飯作っておいたから食べるのよ~」
「それじゃ、頑張って~」
「しっかりと仕事してきなさい」
二人は嵐のように去っていった。
アタシは恐る恐る台所を見る。
案の定メチャクチャだった。
卵や牛乳やホットケーキミックスが散乱している。
そしてフライパンの中には焦げたホットケーキが入っていた。
床には半分固まったホットケーキが落ちていた。
きっとホットケーキをひっくり返そうとして失敗したのね。
父さんならマスオさんのようにバク宙しながらひっくり返せるだろうから、母さんがやったんだろう。
せめて後片付けくらいしていって欲しいわね。
「恵梨、学校に間に合わないわよ」
恵奈が壁に掛かっている時計を見て言う。
短い針はすでに八と九の間を指していた。
「もう全部終わったし行かなくても良いんじゃない?」
アタシが言う。
「どうせなら最後までやり遂げたらどう?」
他人事だからって偉そうに。
「そうだ。明日、アタシは大仕事があるわけだし、今日は恵奈が行ってきて~」
アタシがニヤニヤしながらそう言うと恵奈は逃げようとするが、アタシに敵うはずもなく呆気なく捕まった。
そのまま変装をさせてドアの外に放り出す。
「さて、怒られてらっしゃい」
そのまま玄関の鍵を施錠した。
「絶対に行かないわよぉ」
外から雑音が聞こえてくるが無視無視。
恵奈はなんだかんだいって学校に行ってくれるはずだしね。
アタシは取り敢えず台所の片付け、もとい後始末を始めた。
七日目。
「行ってらっしゃーい」
アタシ恵奈を見送った。
昨日に引き続き、今日も恵奈が山田花子として行くことになった。
恵奈の話では坊主頭が急に優しく紳士的になったらしい。
それと西園寺も今日のパーティーに向けて覚悟を決めたようだ。
何の覚悟なのかは教えて貰えなかったが。
そして今日の手筈はきちんと恵奈に教えて貰った。
そしてあの両親が床に落としたホットケーキの残骸の中に、西山家と金庫の暗証番号を書いた紙を入れてくれていたの。ついでに手紙も入っていた。
本当に無駄なことの好きな人達ね。お陰でずいぶんと仕事がやり易くなった。
ふぅ~、アタシはソファに寝転がりポテトチップスのり塩味を棚から取り出して食べる。
さぁ、午前中は恵奈気分でゆっくりするわよ~。
それでは西山家の前から中継です。
現在午後五時半。
西山家の周りには怪盗ゴエさんを一目見ようと沢山の人が押し寄せています。
なんとその内の三分の二以上が女性。
西山氏の雇ったガードマンは溢れんばかりの人を中に入れないようにするのに精一杯のようです。
果たして時間内に怪盗ゴエさんは現れるのでしょうか?
以上、ヘリコプターからのレポートでした。
今、ガードマンの一人に紛れ込んでいる。急募の面接をしていたので、その面接に受かり正々堂々とこの場にいる。ベタな手だけどこれがベターな手だ。
なんちって。
警察じゃなくて急造のガードマンを集めたのは、西山社長の失策だろう。
一人が入れ替わっていたとしても気づくはずがない。
まぁ警察を呼べない理由があるんだろうけどね。
見回りを続けつつ、地下室への階段の在りかを突き止めた。
リビングの端っこに並んでいる植木の内の右から二番目の所だろう。
少し動かした形跡がある。
恵奈からの連絡で西山家の内社長と久嗣が、パーティーの方へ行っているらしい。それと万事上手く行っているとの報告もあった。
こちらの作戦変更も無さそうだな。
残っているのは母親と祖父だけだ。
見かけないから地下室に籠っているのだろう。
外にいる人達は陽介と店長が上手いこと煽動してくれている。
今までの仕事に比べれば楽すぎる。
こんなに楽で良いのかなと不安になる。
壁に掛かっている時計を確認する。
残り十五分。
ガードマンの人達も少しぴりぴりしているようだ。
「本当に怪盗ゴエさんは盗めると思うか?」
隣にいるガードマンが話している。
「さぁ、でも金庫の在処すらさっぱり分からないのに取れるのか?」
「それもそうだな。だが俺は成功するにかけるぜ」
「じゃあ俺は失敗にかけようか。一万円な」
「おうよ」
失敗にかけた方ドンマイ。とか思いつつ過ごし、残り十分になったとき。
行動を開始した。
ポケットから煙の発生する、ボールを取り出して投げつける。
プシューッと音を立ててあっという間にリビングを埋め尽くす。
「おお、何処だ?探せ探せ」
現場は混乱に陥った。
外も騒がしくなっている。
おそらくこの家に入り込もうとしているのだろう。
二人とも流石だ。
上手く焚き付けたに違いない。
「駄目です。持ちこたえられません」
そんな声とともに人が雪崩れ込んできた。
「怪盗ゴエさん、不正を暴け~」
「正義をここに示せ~」
等と騒いでいることからどういう風に焚き付けたのかは大体理解できた。
植木鉢にカードを差し込み俺は人混みに紛れ込む。
そのまま人波に揉まれる。
こりゃ死人が出そうだぞ。老人や子供は来てないよな。これで死なれたら目覚めが悪い。
とにかく、もうなんというか、日頃からストレスを溜めている人がここに集まってお祭り騒ぎをして発散してるという感じだ。
現場は滅茶苦茶だ。
取り敢えず任務完了かな?
俺、山狩螢は、そのまま場に流されるままになった。
普通にしておけばただのガードマンは疑われないからな。
バイト代も貰えて一石二鳥だ。
本物の怪盗ゴエさんは来ていないから、さっきの賭けは失敗が勝ちなのか?
でも成功しているっちゃ成功してるんだよな。
まぁ、どっちでもいいか。面倒くさいしな。
ボサボサ頭をかこうとしたがヘルメットに邪魔された。
そしてそのまま人波に押し流されたとさ。
パーティー会場にて。
豪華な装飾、豪華な食事これぞお金持ちのパーティーね。
今は恵奈がが山田花子に変装し、アタシは彼氏に変装をして会場に入った。
これで山田花子に彼氏がいるという話も嘘じゃ無くなるし一石二鳥。
「山田先生、とそちらはもしかして?」
突然話しかけて来たのは西山と西山社長だった。
西山社長の手には黒いアタッシュケースを持っている。
「私の彼氏です」
恵奈が言う。
「本当に居たんですね。てっきり嘘だと思ってました」
西山が驚いたように言う。
「あ、すいません。ネクタイが曲がっていますよ」
恵奈が西山社長に言う。
西山社長は黒いアタッシュケースを地面に置いてネクタイを触ろうとする。
「私が直しますよ」
恵奈はそう言って西山社長の胸元に手を置いてネクタイを結び直す。
西山も西山社長も恵奈に釘付けだ。
そんなこんなで色々とクラスの人とも話ながらぶらぶらする。
三十分後。
ビュッフェ形式の会場で恵奈は山盛りの肉とポテトフライと唐揚げを食べている。
アタシはバランスの良いように盛り付けた物を食べる。
高級料理ばかりでとても美味しい。
どこぞの母さんの作った黒焦げ料理とは天と地の差だ。
「あんなガードマンを急募で用意して警備させるなんてミエミエの囮に決まってるじゃない。そんなのには引っ掛からないわよね」
恵奈が高級そうな肉を呑み込んでから言った。
「そして、本物は自分自身が持っているってね。あんなのただのスリでも盗み出せるわよ」
アタシは社長のものと入れ換えたアタッシュケースを取り出す。もうすでに中身は空だ。
つまりこういうこと。
よろず屋の人達が西山家で騒動を起こし、怪盗ゴエさんが書類を盗み出したように見せかけたと。
そして油断している西山社長が持っていたアタッシュケースをアタシが持ってきたやつとどさくさ紛れに入れ換える。
トリックはそれだけ。単純明快よ。
「さてと、後は西園寺君次第ね」
アタシは会場の正面の舞台を眺める。
今は幕を下ろしているがこの後婚約が発表される。
三人とも見当たらないから、それぞれ出番の準備をしているみたい。
「さて、ここで重大発表があるそうです。どうぞ舞台にご注目下さい」
司会の人が叫ぶと照明が暗くなった。
この司会の人はテレビにもよく出てる人だ。
そして舞台にスポットライトが当てられる。
ザザー。
今まさに舞台の幕が上がった。
そして舞台の真ん中で光を当てられている二人の人。
飯島と西山だ。
飯島はウェディングドレスに身を包んでいる。
遠目だからあんまり分からないけど、近くで見たら凄い美貌だろう。
もう雰囲気が美女ね。
西山もタキシードに身を包みビシッと立っている。
周りからも口々に綺麗と賛美の声が聴こえてくる。
西山がマイクを取る。
「あ、あ、今日、西山久嗣、飯島美千穂はこ、婚や……」
その時、舞台の真後ろのドアがバンッと豪快な音を立てて開かれた。
「その婚約ちょっと待ったーー」
大声で叫んだのは西園寺その人だった。
大きく肩で息をし、顔を真っ赤にしている。
会場は一気にざわめきたつ。
飯島は口に手を押し当てて驚いているし、西山に至っては放心状態だ。
そして飯島社長は椅子に座りじっとその様子を見ている。
その中を西園寺は走る。
「美千穂、俺と、俺と婚約してくれ‼」
西園寺は舞台上に駆け上がり、飯島の手をとる。
「聡風、聡風、聡風、遅いです。バカ、バカ、バカ、バカ」
彼女は聡風の胸に抱き抱えられるようにして何度の聡風の胸を叩いた。
聡風はそのままぎゅうっと抱き締める。
「美千穂、好きだ。婚約してくれ」
しばらく間をおいた後、
「はい。喜んで」
そのまま二人の唇は近付いていく。
その距離が遂にゼロになり、熱いキスをした。
「良いぞ」
「ヒュウヒュウ」
「おめでとー」
みんな口々に騒ぎ出す。
なんだかんだお金持ちだろうと、こういうのは大好きみたいだ。
パチパチパチパチパチパチ。
会場は歓声と拍手に包まれる。
勿論アタシたちも精一杯の拍手を送る。
それにしても映画の卒業さながらの熱いシーンだ、
そんな歓喜渦巻く会場で異質な空気を放っていた二人がいた。
西山親子だ。
「こんな茶番劇絶対に認めん」
西山社長が舞台上に上がる。
その瞬間会場は静まり返った。
西山社長は鬼のような顔をしている。
「飯島ぁ、約束を破ったな。公表してやるよ」
西山社長は放心状態の息子からマイクを取り上げ、叫んだ。
その時だった。
「西山秀樹お前を逮捕する」
今度はゾロゾロと扉から警官が入り込んできた。
「ふざけるな。俺が一体何をしたっていうんだ。捕まるなら飯島社長だろうが。こいつは麻薬を密輸してたんだぞ」
キーーンっとマイクがハウリングを起こす。
アタシは慌てて耳を押さえる。
うるさいうるさい。
「腹立たしいことにだな。先程、怪盗ゴエさんからお前の不正の証拠が送られて来たんだよ。大人しく捕まれ」
百瀬警部がその厳つい見た目にそぐわない可愛い甲高い声で言う。
百瀬警部は怪盗ゴエさんの関わる事件に関わる鬼警部だ。声は可愛いけど鬼警部だ。
「それと飯島社長にも事情を伺わなければならんがいいかな?」
その質問にたいして今まで沈黙を守っていた飯島社長が答える。
「良いでしょう」
こうして長かった事件は幕を降ろした。
飯島社長は母さんと父さんの紙に書いてあった通り、密輸事件に関係無いとされ釈放された。
父さんと母さんを雇っていたのも飯島社長だったようだ。このまま逮捕されるのはまずいと考えた飯島社長が先に手を打ったということ。
西山社長は逮捕され、NEXT西山も倒産しそうだ。
そしてあの二人の婚約も正式に認められたそうだ。
きっと良い夫婦になると思うわ。まだ気が早いけどね。
それとアタシも無事に教育実習を終えた。
今回の件で一回り大きくなった気がする。
明るい廊下にゾロゾロと警察官が集まっていた。
「怪盗ゴエさんも流石に今回はお手上げでしょうな」
百瀬警部が甲高い声で言う。
彼らが守っているのは鐘有学園の金のトロフィー。
廊下の中心にトロフィーが触れると気絶するほどの電流の流れるケースの中に置かれている。そしてケースは熱くなっておりかなりの重さがあるため、ゴム手袋をしていようと開けることすら出来ないだろう。
そして開けたとしても四方を警察に囲まれているのだ。
二日前に予告状が届いてからトロフィーもケースから一度も取り出しておらず、警察もぴったり張り付いていたから盗む隙はなかった。
今回こそは盗まれないと意気揚々としている百瀬警部だった。
予告時間丁度、何処からか煙が発生した。
真っ白い煙で視界を奪われているが、百瀬警部は平然としている。
何故なら中のトロフィーを盗めるはずがないからだ。
警察官も落ち着いて辺りを見回しているとどこからともなく
「はーっはっははは」
高らかな笑い声が校舎に響き渡る。
数分後
煙が消えた後のケースにはトロフィーが確かに残っていた。
だがそのケースの下には白いカードが。
警部はそれを拾って見るとソコには、
『金のトロフィーは頂いた。そこにあるのは偽物である。怪盗ゴエさんより』
と書いてあった。
警官たちは唖然とする。
「一体どうやって怪盗ゴエさんは金のトロフィーを盗み出したのだ?」
百瀬警部は訳がわからないまま呟くのであった。
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