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この謎が解けますか? 2  作者: 『この謎が解けますか?』企画室
この謎が解けますか?
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怪盗ゴエさんの恋愛相談

 二日目。


 昨日は忙しくて調査する暇が無かった。

 何をしてたかって?

 レポートを書いたり他の先生の話を聞いたり男の人に口説かれた……り。

(はいはい、嘘は駄目よー)

 頭の中で恵奈が出てきて馬鹿にしたように言う。


 アタシは頭の中でボコスカ恵奈を殴り倒す。

 頭の中でも腹の立つ妹。


 そして、今日は何と言っても初授業。初授業よ初授業。


 高校での成績が底辺なアタシが中学の問題とはいえ、進学校の数学の問題を解けるはずがない。

 ましてや教えるなんて不可能よね。

 ということで、

「恵奈、頼んだからね」

 私は呟く。


 数秒後

『はいはい、任せなさい。私達の学校の数学の先生よりはマシな授業にするわ』

 小型イヤホンから頼もしい声が聴こえてくる。


 恵奈は普段はあれだけど仕事中は信用できる。

 まぁ、恵奈が真面目にやってくれないとアタシはブタ箱行きだからね。

 アタシがいないと恵奈は無能探偵になるし。一蓮托生よ。


 キーンコーンカーンコーン。

 天井のスピーカーからチャイムが流れた。


 授業開始の合図だ。試合開始のゴングでもある。

 いよいよかぁ……

 何か盗みに入る前より緊張してる気がする。

 これは学校の先生の評価を改めないとダメかも。

 すぅーはぁー、深呼吸をする。


「山田先生、あんまり固くならないでリラックスして」

 森嶋先生が背中をさすってくれた。

 そのお陰もあって少し落ち着いた。


 アタシはゆっくりどドアの取っ手に手を置く。

 ひんやりとした感覚が心地よい。


 数秒そのまま固まった後、意を決してドアを開けた。

 初授業はアタシのホームルームの担当クラスF組だ。

 教卓の前に立って見渡す。

 昨日の坊主や西園寺の姿も見える。勿論、飯島の姿も。ただ俯いているので顔はよく見えない。


 西園寺の方はアタシの事に気付いていないようだ。

 まぁ適当に変装しているとはいえ、アタシはプロだからバレるはずがないのよ。



「起立、気をつけ、礼、お願いします」

 委員長らしき眼鏡を掛けた秀才が言う。

 その指示に合わせてみんなが動いた。


 何というかお金持ち学校でもあんまり変わらない。

 椅子の座り心地が良さそうだったり、指定のカバンがブランド物だったり、教室に床暖房があったり、校庭が天然芝だったり、食堂にいるのが一流のシェフだったりなどの設備面以外は普通の学校だった。


 でも三年後位からタブレットで授業をするらしい。

 そんな特殊な学校に来ることになる教育実習生も可哀想に。

 でもまぁ、この学校を出て教師になろうとする人なんて殆どいないみたい。

 みんな家の会社を継いだりする。

 アタシも四年ぶりの教育実習生らしい。


「それじゃ授業を始めるね。それじゃ教科書三十ページを開いて」

 そういうとみんな開く。

 アタシの学校だとこの時点で半分位寝てるのに。

 まぁトップになるような人間がそんなことをしてたらダメなのか。

 西園寺も縮こまるようにして勉強している。

 イケメンなんだしもっと堂々とすれば良いのに。



 キーンコーンカーンコーン。

 授業の終わりを告げるチャイムが流れた。


 あぁ、疲れた。


 まだ一クラスしか授業をしていないのに滅茶苦茶疲れてる。

 学校の先生も大変ね。給料も高くは無いだろうしアタシは成りたくないな。よっぽど子供好きじゃないと続けられない。


 西山も西園寺もあの頭の悪そうな坊主頭でさえ一生懸命勉強していた。

 あっ、でも坊主頭はアタシがちょいちょい間違えるといちいち突っ込んできて腹が立ったわ。


 まぁ坊主頭が正しいから文句は言えないけど。


 問題の飯島は終始顔をあげず、一生懸命ノートに書き込んでいた。

 チラッと覗いたら随分先の範囲を予習していた。

 なんか傷ついたな。



「山田先生、この問題を教えていただけませんか?」

 アタシが考え事をしていると女子生徒が質問をしに来ていた。


「恵奈」

 アタシは小声で言う。


『ここは因数分解をしてから……』

「ここは因数分解をしてから……」

 恵奈の言う通りに説明した。

 何を言っているかはさっぱり分からないけどね。


 アタシは顔を上げて女子生徒の顔を見る。

 腰まで届くくらいの綺麗な黒髪にキラキラと光輝く瞳に整った鼻筋に軽くアヒル口に白くて綺麗な肌、か、か、可愛いというより美人ね。

 体型は背が高くてスラッとしているモデル体型。

 街中で歩いているだけで男女問わず見いってしまうだろう。

 そのくらいの魅力がある。

 この子が飯島美千穂……。

 あっ、でも胸はアタシとどっこいどっこいね。

 仲間仲間、仲良くしよう、友達になろう。


「先生、ありがとうございます」

 飯島は上品に微笑んで去っていった。

 一体あの微笑みでどれ程の男を虜にしてきたのかな?

 ほんのちょっとだけ気になった。

 実は恵奈みたいな猫かぶりで裏では性格悪かったり……しないよね?

 あんなの一人でも迷惑なのに何人もいられたら困る。


『恵梨? 何か馬鹿されたような気がするのよ。気のせいかしら?』

 ここまできたらもはや妖怪の域よ。

 こんどお祓いでもしてこようかな。もしかしたら成仏してくれるかもしれない。


 それにしても飯島からはただ者じゃない雰囲気がビンビン伝わってきた。

 ストーカーに悩んでいた人とは思えないわ。

 何というかストーカーなんて社会的に抹殺してやる、くらいのことをしても不思議じゃない。そんな雰囲気を纏っていた。


「恵奈はどう思う?」


『えっ、だから馬鹿にされたと思ってるわよ。謝罪は要らないから帰りにスイカを買ってきてね』


「同情するなら金をくれ、みたいに言わない。それは置いといて、飯島の印象のこと」

 アタシがそう言うと少しの間恵奈は黙っていた。


 時計を見るともう少しで次の授業が始まるくらいだ。

 次は授業が入ってないからいいけど。


 生徒はチャイムが鳴っていないのにみんな着席している。ここら辺がアタシの学校とは違う。

 先生が教室に入ってきても騒いでるんだから。まぁ、アタシがその筆頭なんだけどね。

 今度からは少し静かにしよっと。


『なかなか喰えない人ね。少なくとも彼女の目的は数学の問題を解くことでは無さそうよ。質問の答え、チンパンジーでも分かるような間違いをしていたのにも気付いて無かったからね。明らかに他のことを考えていたわ』


 フッフッフ、チンパンジーでも分かる間違いとは言ってくれるじゃない。

 アタシは全く気付かなかったのに。


『まぁ、チンパンジー以下の知能の誰かさん位アホなら気付かなくて当然でしょうけど。彼女は仮にも学年トップスリーの実力があるから気付かないはずが無いわ』


 フンだっ‼

 アタシだって本気を出せばテストで満点とる位ちょちょいのちょいよ。

 テスト問題を盗めば良いだけなんだから。もしくは恵奈がアタシの代わりに受ければ良いだけなんだから。


『まぁ、まだ情報が足りないから何とも言えないわね。ということで情報収集よろしく~』






「山田先生~、一緒に食べましょう」

 昼休み、アタシが教室に入るなり女子生徒に囲まれる。

 そしてそのまま引きずられるようにして連れていかれた。




 んで、これって一種のイジメなの?

 アタシは溜め息をつく。

 女子生徒達は机で輪を作るように座り、その輪の中心にアタシ一人座らされていた。


 飯島と目があった。

 飯島はアタシの方を見て微笑んでいる。すごく可愛いけど……。

 助ける気は更々無いようね。


「先生の恋バナ聴かせて下さい」

 ショートカットの明るく元気な女の子が言う。


 それが狙いなのか。

『恵梨、ちょっと鎌をかけるわよ』

 ゴニョゴニョと恵奈から指示を受ける。

 へいへい、分かりましたよ、天才軍師孔明殿。


「恋バナですかぁ。そう言えばアタシが君達と同じ中三の時にストーカーに遭っていました。同級生だったんだけど登下校中つけられたりして……ね」

 アタシがそう言うと一瞬だけ飯島の顔色が変わったような気がした。

 アタシと目が合うとまた、元の月のような笑みを浮かべる顔になった。

 その笑顔も少しひきつってるように見えたのは気のせいかな。


「それでそのストーカーどうしたんですか?」

 先程の女子生徒が言う。


「フフフ、ヒ、ミ、ツです」

 口元に人差し指を当てて言う。

 ちょっと大人っぽい雰囲気を出せたかな。



「えー、教えてくださいよ~」

 別の女子生徒が言う。


「そんなことより、みんな彼氏とかいるの?」

 アタシがそう言うと女子生徒達はワイワイキャッキャと盛り上がる。



「でもこの学校でのベストカップルは美千穂と西山君よね~」

 あのショートカットの少女が言うと皆口々にそのカップルについて羨ましそうに言う。

「ほんと、美男美女のカップルって憧れちゃうわ」


「二人とも性格凄く良いからね。きっと長続きするんだろうなぁ」


「もうこの二人はアツアツで見てるこっちが恥ずかしくなっちゃうよ」


「ほんまにイケメンの幼なじみもおるっちゅうのに贅沢やで」


「あ、の、ね、そういうみんなも彼氏とか婚約者とかいるじゃない」

 飯島が言う。


 この学校はリア充の巣窟か。爆破しちゃおうか。

 むしろアタシも鐘有学園に来たら彼氏できるかな?

 設備も良いし本気で考えちゃう。


「大体、聡風と付き合ってるのはやまめじゃない?」

 飯島の話を聞いて思わず、へ?と声に出してしまった。


「どうしたの先生~、もしかして先生も西園寺狙いだったの?残念、やまめの彼氏でした」

 あのショートカットが言う。


「そ、そんなんじゃないって」

 アタシの後ろから裏返った声が聴こえてきた。


 振り向くと少し気の弱そうな女の子がいた。

 言わずもがな美人よ。日本人形みたいな美しさだ。耳を真っ赤にしている。

 本当にこの学校レベル高過ぎだわ。

 多分鐘有49とかいう感じでアイドルユニット作ったら人気が出るはずね。

 プロデューサーにでもなろうかな。


 キーンコーンカーンコーン。

 昼休みの終了五分前を告げるチャイムが鳴った。

 そのチャイムでみんな談笑を止めて机を元の位置に戻す。


 ま、真面目だ……。


 アタシはその真面目さに引きつつ弁当に目を落とした。


 べ、弁当半分も食べられてない。

 ガツガツ食べようかとも思うけど、世間体というのもあるし無理か。

 教育実習の先生が飲むようにして弁当を食べてたらバカにされちゃうしお預けね。


 アタシは慌てて授業へと向かった。



「やっと終わった~」

 アタシは大きく伸びる。


 本当にしんどい。

 この疲れ度合いなら布団に入ってから寝るまでのタイムはのび太くんにもひけをとらないわよ。


 窓の外を見ると分厚い雲に覆われている。

 もう少しで雨が降ってきそう。


 そんなことを思って見ていると案の定ポツポツと空から水滴が落ちてきた。


 傘持ってきてないのに。


 これ以上激しく降る前に帰ろうと昇降口に向かう。


 一階に降りると透明なケースの中で光輝くトロフィーが目に入る。

 玄関の一番目立つ所に置くなんて盗って下さいって言ってるようなモノよね。

 でもこのケースに触れるとブザーが鳴って気絶するほどの電流が流れる仕組みになっていると森嶋先生が言っていた。

 まぁ、監視カメラもあるし焦る必要は無い。

 というかそこまでするならここに展示しなくても……と思う。


「山田先生、もしかして傘持っていらっしゃらないのでしょうか?」

 後ろから声をかけて来たのは飯島だった。

 相変わらずの美貌だ。

 その後ろには嬉しそうな西山がいた。


「持っていませんが。この程度の雨なら大丈夫です」

 アタシは言葉遣いに気を付けて話す。

 飯島に疑われる訳には行かないし。


「でも、もしよければ車で家まで送りますよ?」


『良いじゃない。第二基地に送ってもらったら?』

 第二基地とはアタシの家のある町の隣町にある、二つ目の家だ。

 母さんと父さんは全国津々浦々色々な所に基地を持っている。

 相続税どうするのかしら?

 莫大な額になりそうよね。

 って恵奈が少し前言っていた。


 どういう意味なんだろう。


「それじゃ、お言葉に甘えます」


 チッ。

 西山が舌打ちをしたような気がした。

 表情も少し曇っている。


「じゃあ先生、行きましょう」

 そんな西山とは対照的に飯島は嬉しそう。


『うっそー、恵梨良いなぁ。私も乗ってみたい』

 校内の駐車場に止めてある車を見て恵奈が言う。


「そんなに凄い車?」



『マイバッハよ、マイバッハ。一億三千三百万円の超高級車。電動リクライニングにマッサージチェアと、とにかく色々と凄いのよ。もう今は生産終了してるレアな車よ』


「へー、そうなのね~」


 アタシは適当に返事をしながらその音楽家みたいな名前の車に乗り込んだ。


 アタシと飯島が後部座席で運転席には執事、助手席には西山が座った。


 西山がこの車に乗っているのは、七月の十四日の飯島の誕生日パーティーの打ち合わせをしに飯島の家に行くからだそう。


「どうぞゆっくりとしていってくださいね。えっとどちらまでお送りすればよろしいのでしょうか?」

 運転席の執事が聞いてきたのでアタシは第二基地の住所を言った。



 ゆっくりしていいと言われたのでアタシはマッサージチェアのボタンを操作し、マッサージを始める。

 疲れた身体がほぐされていくようで気持ちいい。

 流石は高級車だ。

 内装も普通の車とは違うし、広々とゆったりとしている。


「山田先生も誕生日パーティーに来ませんか?

これは招待状です」

 飯島は自動車のポケットからカードを取り出してアタシに渡した。


 何か準備が良いわね。

 そう思いつつもアタシは招待状を受け取った。


「私なんかが行っても大丈夫なんですか?」

 アタシが聞く。


「ええ、是非いらしてください。歓迎しますわ」

 取り敢えずは願ったり叶ったりなのかな?

 アタシは招待状を鞄にしまって椅子に深く腰をかける。

「先生に彼氏の分の招待状も渡してあげようぜ」

 西山はそう言ってさっきのポケットから招待状を取り出す。


「あ、どうぞもう一枚お受け取り下さい」

 飯島にも薦められる。

 これは貰わない訳にはいかないな。


 アタシはもう一枚受け取り鞄に入れた。



 いつの間にかアタシは意識を手放していた。




「で?」

 一日の激務を終えたアタシは、家に帰り恵奈に聞く。


 アタシは腕立て伏せをして恵奈はサルのジョンのぬいぐるみを抱き抱えてベッドに寝ながら、ポテチを食っている。


 そんな体勢だと太るよって言ったら、アタシの場合は胸にしか脂肪が堪らないからと返された。


 事実、恵奈は胸回り以外は無駄な贅肉がついていない。

 昔、恵奈の生活を真似てみたら見事にお腹に脂肪がついた。

 恵奈はきっと人間じゃないわ。

 ある日突然私は宇宙人なの、って言われても全く驚かない自信がある。



「で? って何?」


「ではだ行の四番目の文字、ってそんなこと聞きたい訳じゃなくて、どう思うの?」


「まだ現時点では何とも言えないわね」

 言葉とは裏腹に自信のある顔をしている。

 ああ、これは何か分かってる顔だ。

 煮え切らない態度ばっかり取って、腹が立つ。


「取り敢えず明日は日曜日ね。よろず屋キョウスケから依頼が完了したって連絡が入ったから取りに行ってきて」

 恵奈は顎をつき出すようにして言う。


「妹を顎で使うなんてロクな大人になれないわよ」


「へぇ、顎で使うなんて言葉知ってのね。恵梨にしては上出来じゃない」


 本当に人を見下すのが好きな人。

 全国性格悪い人コンテストがあったら満場一致で優勝出来そう。


「そんなこと言うなら自分で行ってきたらどう?」

 アタシがそう言うと恵奈はハァと溜め息をついてアタシをバカにするように言う。


「私が街に出てるところを見られたら駄目じゃない。私達はハワイに行ってるのよ。ということで変装の得意な恵梨、よろしくねぇ~」


 恵奈はアタシが居なかったら絶対に探偵なんて出来ないに違いない。

 ってこの間言ったら、安楽椅子探偵になるって真顔で言われた。

 まぁ、恵奈がいくら頑張ろうとミス・マープル勝る安楽椅子探偵になんて慣れないわね。

 って言ったらルパン三世に勝る怪盗はいないって言われた。

 ああ言えばこう言うとはまさにこの事ね。

 なんかこのノリ二回目な気がするけど気にしない。



 日曜日。


 駅前の大通りから少し外れた路地裏には、変なドアがある。

 アタシはその前に立っていた。


 無機質なビルのコンクリートが建ち並んでいる中、岩肌のようなドアは異彩を放っている。



 ここに入るのかぁ。

 アタシはドアを開けるのを躊躇う。

 あんまり良い思い出が無いのよ。

 まず、店長さんが苦手。

 あんな個性的な人は今まで見たことない。

 怪盗をやってきただけあって色んな人に会ってきたけど、あの人だけはどうにも馴れない。


 アタシは意を決して言う。

「開け~ごま」

 この~が重要だ。「開けごま」では開かない。

 完全紹介制らしく、これはパスワードみたいなものらしい。

 ガガガと音を立ててドアが開いた。



「いらっしゃいませ~」

 アタシが店内に入ると、やる気のない声が聴こえてきた。

 その声の主は客用のソファに寝転びながら漫画を読んでいた。

 どこぞの妹のようね。


 そのボサボサ頭はアタシと同じ高校生らしい。この店で下僕二号として働いている。

 お世辞にもイケメンとは言えない顔だが悪い人では無いと思う。




 いつも通りの小汚ない事務所。

 綺麗なのは所長席だけだ。

 しかしいつも所長が居るところに今日は誰もいない。

 取り敢えずアタシはボサボサ頭を客用のソファから引き剥がし、そこに腰を掛けて鞄を下に置き、財布から引換証を出そうとした。


「ってもしかして恵梨さんか。久しぶりだな。店長は出掛けてるけどどうする? 注文の品ならすぐに出せるけど」

 ボサボサ頭をかきながら言う。



 うっそ、バレてた?

 アタシは慌てて手鏡を取り出して確認する。

 しかし変なところは無かった。

 ちゃんといつもと違う顔になっている。

 うん、どこから見ても美女教師よ。


「なんで分かったの?」

 手鏡を鞄にしまってから聞く。



「いや、昨日恵奈さんから、注文の品を取りに来るって連絡が入ってたし。うちは基本的に閑古鳥が鳴いてるような店だからね。そんな店に来るのは今日の場合は二人しかいないから。変装してたから恵梨さんだって分かった。もう一人の方は凄い可愛い子なんだ。早く来ないかなぁ」


 可愛い子ねぇ。ちょっと会ってみたいな。

 じゃなくて、納得いかないわ。変装してるのがバレた理由が知りたいの。

 という目をしていたら笑いながら男は言う。


「って言うのは冗談で胸だよ胸。恵梨さんが鞄の中を見ているときに、襟元から色々と詰めてあるブラジャーが見えたんで。自然な感じでそこまで大きく見せれるのは恵梨さんしかいないね」


 アタシは一瞬でボサボサ男の背後に回り首筋に手刀を当てて言う。

「それはアタシの胸小さいってことかしら?」




「別に小さくてもええやん。俺は大きいのも小さいのも好きやで。だから、パッドなんていらへんよ」

 スタッ。

 男の体が崩れ落ちた。


 あっ、やっちゃった。

 てへっと自分の頭に手を当てて言う。


 声のした方を振り向くと、背の高いイケメンの男がビニール袋を持って立っていた。


(ほたる)、大丈夫……じゃ無さそうやな」

 背の高いイケメンがボサボサ頭の身体を揺らすが反応がない。


「あー、もう株とかよー分からん話は俺には理解出来へんちゅうのに」


「ごめんごめん。すぐに目を醒ますよ」

 アタシは手を合わせて謝る。



「それじゃ依頼の品は貰ってくね。店長によろしくと、そこの人にお大事にって言っといて」

 アタシは慌てて立ち上がり引換証をイケメンに渡して、代わりに紙袋を渡して貰った。

 そしてアタシは逃げるように店を飛び出した。






「で、これが関係者の情報、こっちがトロフィーの贋作みたいね。流石に仕事が早いわ。店長さん、本当に何者なのかしら?」

 恵奈はいつもと変わらずソファに寝転びながら言う。


「本当、恵奈よりよっぽど探偵に向いてるね。情報収集能力からして段違いだし」

 アタシはそう言ったが、いつものように言い返してこない。


 恵奈が無言で書類を食い入るように見つめている。

 その真剣さは試合に望む前のスポーツ選手そのものだ。

 机の上のポテトチップスを食べる手も止まっている。

 ちなみに恵奈は、ポテトチップスはノリ塩しか食べない。

 今も口の回りに青いものを付けている。

 なんというか、本当に惜しい。


「恵梨もこの書類に目を通しておいた方が良いわ」

 そう言うと手に持っていた書類を恵奈は投げた。


 運動音痴の恵奈の投げた書類は当然のことながらまともな軌道で飛んでくるはずもなく、ペシャンと音を立てて地面に叩きつけられた。


 運動音痴なんだから無理しなければいいのに。

 アタシは書類を拾って、中身を見る。


[西園寺 聡風 十五歳 誕生日は五月十日西園寺製鉄所の社長の一人息子。頭は良いが金銭感覚が狂っている。趣味は習字。空手は初段。好きな食べ物は松阪牛のステーキ、嫌いな食べ物は納豆。好きな人は飯島 美千穂。正直者。真面目。テストでは毎回学年ベスト十に入っていたが、最近はボケーっとしてることが多い。前回十七位まで成績が下がった。

 西園寺製鉄所 日本有数の製鉄所。最近はその技術を応用して新たな合金を開発しているとの噂]


[飯島 美千穂 十四歳 スリーサイズは上から86 55 84。誕生日は七月の十四日。その日に盛大なパーティーを開くらしい。何やら重大発表があるとの噂。飯島ホールディングスの会長の娘。日本で五本の指に入るくらいのお金持ち。華道や茶道、合気道などが得意。勉強、スポーツ、芸術、どれにおいても超一流。まさに飯島ホールディングスの娘に相応しい。西園寺家とは昔から家族ぐるみの付き合い。ここ数ヶ月美、千穂と聡風の仲は微妙になっている。原因は西山久嗣と千穂が仲良くし始めたことに起因すると周りからは言われている。


 飯島ホールディングス 言わずもがな知れた大企業。自動車、医療機器、生命保険、銀行、家電、家具、アパレル等々など色々な部門がある。

 就職したい企業で毎年不動の一位の座に君臨している。鐘有学園にも出資していて影響力も絶大]



[西山 久嗣 十五歳 誕生日は四月六日 NEXT西山の社長の息子。兄弟は三人いてその長男。アイドルグループと並んで立っていても遜色が無いくらいのイケメンオーラを持っている。


 NEXT西山 ここ数年で急成長を遂げている会社。雑誌の企画 今最も勢いのあるIT企業 で一位を獲得している。イケメンでカリスマ性のある社長として西山の父はメディアによく出演している]


 なんかどうでも良いような情報ばっかりな気がする。というか飯島ってそんなに胸大きかったかしら?

 アタシとどっこいどっこいの印象を受けたのに。


「取り敢えずそこまで重要なことは載ってないみたいだけど」

 アタシは資料を投げ返す。

 勿論恵奈とは違い綺麗な放物線を描き恵奈の方へ飛んでいく。

 クシャッ。

 恵奈はそれを何とか取ったが手の中でぐしゃぐしゃになった。

 そしてそれを素知らぬ顔で机の上に置きトロフィーの贋作を手にする。


「まぁそっちはオマケだからね。多分資料を作ったのはボサボサ頭と関西弁のようだし。私の情報収集の手間を省いただけのことよ。でも本命の方はいつも通り完璧よ」

 恵奈が今度は金色のトロフィーをこっちへ投げる。


 が、運動音痴の恵奈の投げたトロフィーは私の居るところに来るはずも無く、三メートルも右にずれていた。


 運動音痴にも程があるわよ。



 アタシは素早く反応しヘッドスライディングをしてトロフィーが地面に落ちる前にキャッチする。


「安心したわ。身体は鈍って無いみたいね」

 恵奈は偉そうに言ってくる。


 もうそろそろ恵奈のだらしない姿を写真に納めて学校中にばら撒こうかな?


 そんなことを思いつつトロフィーを机に置いて眺める。

 とてもプラスチックと金箔で出来ているとは思えない出来栄えだ。

 ただ、トロフィーに油がべたべた付いているのが……。

 どこぞの誰かさんがポテトチップスを食べた手で触ってたからね。


「それじゃ、明日からは本格的に調査を開始するから今日は休みなさい」


「合点承知の助」

 アタシが敬礼すると恵奈が哀れみの目線で見てきた。

 そしてアタシはトロフィーの贋作を布でふきふきした。



 四日目。


 今日は今年一番の猛暑らしい。

 外はこうこうと太陽の陽射しが照りつけている。

 体育館の中も熱気でムンムンしている。

 周りの生徒達はまだなにもしていないのに汗だくになっている。

 そんな中でアタシは一人涼しい顔をしていた。

 汗で変装が流れたら不味いからね。


 両チームは独特の緊張感のある空気に包まれている。


 静寂を破ったのは審判の体育の先生。


「始めます」

 体育の先生が両チームのコートにボールを投げ入れた。

 それが戦いの合図だった。



 私が何をしてるのかって?

 それを説明するには朝まで時間を遡る必要がある。


「山田さん。少し話良いですか?」

 学校に着くなり男の先生に呼び出された。

 細マッチョで口髭がダンディーな先生だ。

 これはまさか、教育実習生と先生との禁断の恋……。


 でもアタシはやることがあるし……。

「あの、やっぱりそういうのは良くないと思います」

 アタシは両手を前につきだしてブンブン振って拒否の意思を示した。


「やっぱり駄目ですよね。一緒にドッジボールをしたら生徒達も喜ぶと思ったんですが」

 先生の顔が少し曇る。


「あれ?」

 思わず声に出ていた。


 ドッジボールだって⁉

 そんなの参加しない訳にはいかないじゃない。


「体育の授業ですか!」


「は、はい。一緒に参加してくれたら生徒達が喜ぶと思いまして」

 先生がアタシの両手を掴んで言う。


「キャッ」

 アタシは反射的に振り払ってしまった。


 先生との間の空気に気まずいものが流れる。


 この人やっぱりアタシのこと狙っているのかな?

「え、えっと参加します」

 アタシはいたたまれなくなり、そう一言言って走り去った。


 そんなことがあったから、今ドッジボールに参加しているのよ。


 最初にボールを拾ったのは、あの質問責めしてきた坊主頭と西山だった。

 西山はこっちのチームで坊主頭は敵だ。


 二人はお互いに睨み合う。

 投げるふりをして牽制するなど様々な駆け引きをしている。


 膠着状態が続くかと思われたが先に動いたのは坊主頭だった。

 大きく振りかぶってボールを投げた。

 そのボールは西山の少し横をそれてそのままアタシの方へ一直線に向かってくる。

 なかなかのスピードね。

 どうしよっかな。


 アタシは避けるか取るか迷った末に取ることを選択した。


 パシッ。

 アタシはボールを両手で軽々と受け止める。

 胸に抱え込んで取ってパッドがずれたら困っちゃうからね。


「うぉおお」

 何人かの生徒が感嘆の声を上げる。


 西山のボールは既に相手コートに行っている。


「先生、もうボッコボコにしてもええで」

 関西弁の女の子が叫ぶ。


 それじゃあ期待に応えようかしら。

 アタシはコートの奥の方にいる飯島に狙いを定める。


 ピョンピョンと二三回跳び跳ねてから助走をつけて投げる。



 ヒュンッ。

 アタシの投げたボールは空気を切り裂くような音を立てて一直線に飯島の元へと飛んでいく。

 球の速さとしては坊主頭の三倍くらいかなぁ?


 当然ながらそんなボールを飯島が取れるはずもなく「きゃっ」と悲鳴を上げてコート外へ吹っ飛んだ。


『恵梨、大人げないわね』

 耳元から呆れたような声が聞こえてくる。


「これでもセーブしてる方よ」



 飯島はゆっくりと立ち上がりよろめきながらも外野へ出た。


「おい、お前ら山田先生が飯島ちゃんを吹き飛ばしたぞ。許すまじ。撃ち取れ~」

 それを心配そうに見ていた向こうの男子のうちの一人がそう叫ぶと残りの男子連中もうぉおおーと雄叫びをあげる。西山もアタシを仇敵を見るような目で見てくる。


 名家の子供だろうがこういうところは子供っぽいわね。

「いいわよ。全力で相手してあげるわ」


『死人が出なきゃ良いけど……』

 恵奈の呟きはアタシには届かない。


「えっと、先生。当たって下さい」

 ボールを投げようとしているのは西園寺だ。

 おどおどとピッチャーのようなフォームで投げて……きた。

 ボールは地面に叩きつれられてこっちのコートへ転がってきた。


 何やってるのかしら。

 せっかく飯島に良いところを見せつけるチャンスだったのに。

 そう思いつつボールを拾い上げて軽めに投げる。

 ボールは西園寺の肩に当たって地面に落ちた。

 そのボールを拾い上げたのは坊主頭。


「山田先生、後ろもあるで」

 関西弁の女の子が言ってくれたお陰で外野のボールの存在に気付いた。



「先生、覚悟‼」


 両サイドから同時にボールが放たれる。

 坊主頭のボールは胸の辺り、外野からのボールは足下に向かってきている。


 両方ともキャッチしても良いけど、せっかくだしかわそうか。


 アタシは両足に力を込めて飛び跳ねる。

 しかし助走が無かった分少し高さが足りなさそう。

 そう判断したアタシは身体を捻らさせて坊主頭のボールをかわした。


 シュタッ。

 そのまま華麗に着地する。


「先生すげえ」

 周りから口々に称賛の声が聞こえてくる。


 そんなこんなでドッジボールを続けた。

 結果だけで言えば圧勝。

 相手チームがアタシを当てるのに躍起になってる間に全滅させちゃった。

 アタシと同じチームの人は楽しくなかったかと少し反省中。




「先生、少しよろしいでしょうか」

 アタシが着替え終わって教室に向かおうとしている時に声をかけられた。



 振り返ると飯島が立っていた。

 まだ制服に着替えていない、体操服姿だった。



 額には宝石のように光輝く汗を浮かべている。

 おじさんだったら気持ち悪いという印象しか湧いてこないのに。

 飯島の場合は何というか艶やかだ。

 うるうるっとした瞳に、髪を束ねていることによって見える白くて綺麗なうなじ、身体のラインをはっきりとさせている体操服姿。

 飯島、やっぱり胸大きい……。

 制服姿の時着痩せしすぎよ。前言撤回、やっぱ。

 敵だ敵。

 こんなの反則だと思うのはアタシだけ?


「何でしょうか?」

 アタシが聞いてみる。


 すると飯島はフフフと微笑む。

「先生に当てられた所が少し痛むので保健室に行くので、授業には遅れますわ。申し訳ございません」

 飯島はそう言うと立ち去った。


 あれ? あっちって保健室だったかな?


「恵奈、どうする追いかける?」


『必要ないわ。適材適所って言葉がある……恵奈は知らないわよね』


 失礼な。アタシだって日本語くらいきちんと分かってるわよ。


「家を建てるときは適した材木で適した土地に建てなさいってことでしょ。でも、今の状況と何か関係あるの?」


 キーンコーンカーンコーン。


 そういえば、次の授業F組だった。

 こんなことしてる場合じゃない。アタシは走って教室に向かった。


 もう授業にもかなり慣れてきてスムーズに進む。

 相変わらず何をしているのかはよく分からないけど。


 ガラガラガラ。

 アタシが調子よく授業をしているとドアが開いた。


 そこにはもちろん飯島が立っていた。

 その目頭が少し赤くなっている気がする。

 泣いていた?


 アタシがどういう言葉をかけるか迷っていると飯島が口を開く。


「遅れてすみません。ただの打撲でしたので心配には及びませんので」

 飯島はお辞儀をして席につく。


「そ、そうですか」

 アタシとしても突っ込んで話を聞くこともできずそのまま流した。


 とりあえず今日あったことはこんなところか。

***The Next is:『怪盗ゴエさんの恋愛相談』

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