怪盗ゴエさんの恋愛相談
Author:くねくねせぶんす
「あなたは恋をしたことがありますか?」
そんなことを聞かれたらあなたならどう答えるか?
アタシは分からないって答えると思う。カッコいいと思ったクラスメイトもいないこともない。でその人の事が好きかと聞かれると好きだって答える。でも、恋をしていたかと聞かれるとううんと唸ってしまう。
そんな恋愛のれの字も知らないアタシに恋の悩みをしてきたのは他でもない、アタシの妹の依頼主だった。
双子? 依頼主? 自己紹介もしていないので戸惑っている人もいるんじゃないかな?
アタシの名前は三笠碁恵梨。
基本的には普通の女子高校生なんだけどちょっぴり変わっている事もある。
まず、アタシたちが双子だということ。アタシの方が姉で恵奈が妹。
一卵性双生児なので姿形はそっくりだ。
クラスで入れ替わってもカツラと胸パットさえ付けたら見ただけなら誰にも気付かれない自信がある。
だけどややこしいということでアタシの髪が肩に届くか届かないかぐらいの長さで恵奈は腰に届くか届かないかぐらいの長さだ。
恵奈の髪の毛は手入れが大変らしく湯船に浸かってる時間よりも髪の手入れをしている時間の方が長い位。
そのせいなのか恵奈の黒髪の方がアタシのより艶があって綺麗だ。
そして一番の大きな違いは胸の大きさ……
アタシは恵奈が小五の頃のブラジャーが入るのに対して恵奈は町行く男性の視線を容易く集める位の大きさがある。同じものを食べていてどうしてこんなに差ができるのか納得のいく説明をして欲しい。
後、能力的な違いもある。
アタシは運動が得意で頭が悪いのに対し恵奈は頭が良くて運動が苦手だ。
でも双子の人ならそれなりにいると思う。特別なことはアタシが怪盗で妹が探偵だということ。
アタシが怪盗で妹が探偵だということ。
読みおとされないように二回言ってみた。
とは言っても実際にはアタシも恵奈の探偵業を手伝っているし恵奈もアタシの怪盗業にどっぷり足が浸かっている。
具体的にいうと頭のいい恵奈がアタシの代わりに作戦を立ててアタシが実行したり、運動音痴の恵奈の代わりにアタシが変装して張り込みや聞き込みをしたりして情報を集めてそれをもとに恵奈が推理をする。
なぜアタシたちが怪盗や探偵をやっているのかというと両親のせいだ。
父さんが一世を風靡した大怪盗ジョーカーで母さんが千里眼と呼ばれた名探偵。お互いに相手のことを知らずに好きになり正体を知ってなお結婚したらしい。父さんはともかく名探偵である母さんはもっと自分の立場を自覚すべきだと思う。
一ヶ月程前から二人とも日本の大企業が麻薬の密輸に関する事件を警察と協力して追ってるらしい。I Furniture という会社だった。どっかの大きな会社の子会社らしいので手間取っているそう。
まあその影響でアタシたちは怪盗と探偵をやっているのだった。
怪盗と探偵は高校に入学してから始めて、当初は色々と危ないこともあったけど、今では二人ともスポーツ新聞の一面を飾るくらいの活躍はしている。
アタシには女性中心、恵奈には男性中心の非公式ファンクラブが出来ている。
さて、この事件を語るには恵奈の元に依頼主が来たときまで時を遡る必要があるの。
――――――
それは六月の初めのことだった。
「ねぇ、私また告白されちゃったんだけどどうしよう?何か良い振り方ないの?」
恵奈が部屋にある大きなソファに寝転がりながら聞いてきた。恵奈の手はソファの前のテーブルに置いてあるポテトチップスののりしお味に手が伸びている。
こんな堕落した生活をしている恵奈を見たら百年の恋も醒めちゃうんじゃ無いかな?
「今のその姿を見せたらやっぱり止めとくって言うんじゃないの?」
私がそう言うとアハハと笑われた。
何かムカついたのでそのイライラを筋トレにぶつける。
「私はね、家での自分と外での自分とメリハリをつけてやってるでしょ。でも恵梨は家でも外でも筋トレばっかりしてるからモテないのよ~」
そんなときだった。
クルックゥー
インターホンが鳴った。
インターホンをこの音にする恵奈は、センスが悪いと思う。
「恵梨、お客様を中にお通しして」
机の上のポテトチップスは片付けられており、恵奈もピシッとソファに座って緑茶を飲んでいる。
雰囲気もニートから良家のお嬢様に変わっている。
アタシはこれを猫かぶりモードと呼んでるが、勿論心の中だけで口には出さない。口に出したら倍返しで帰ってくるからね。
あっ、でも恵奈の口元に海苔が付いてるな。ふっ、面白そうだから指摘しないでおこうっと。
「あら?私の口元に海苔でも付いていたかしら?」
恵奈はにっこりと微笑みながら口元を拭く。
どうして分かったの?
アタシが唖然としていると、それを見た恵奈が馬鹿にしたような目で見てきた。
「恵梨が私の口元をじっと見つめて、笑いを堪えていたら想像が付くわよ。ほら、さっさとお客様をお招きしなさい」
恵奈は犬を追い払うような感じで手を振ってくる。
「何か勘違いしてるみたいだけど、アタシは助手じゃないから。そういうのは恵奈がやった方が良いわよ」
少し腹が立ったので抵抗してみる。
「私は頭脳労働で恵梨は肉体労働担当でしょ。こういうことは肉体労働担当がやるべきなのよ。大体、私が作戦をたてないと何も出来ないんだから、少しは私の為に働きなさい」
ああ言えばこう言ってくる。
私が恵奈に口で勝ったことは一度もない。
普通の喧嘩なら負ける気はしないけど。
これ以上戦っても、時間の無駄になりそうだし筋トレを中断して立ち上がって玄関へ向かった。
ガチャリ。
ドアを開けるとそこには、ビシッと制服を着こなしている背の高いイケメンの男が立っていた。
最近売り出し中の人気俳優、綾小路健人に似ている。
実はアタシも怪盗のドラマに出ているのを見てファンになった。プロの怪盗として見ると三流の身のこなしだが、女子高生の目線で見たら十分カッコいい。
今度映画化されるので、絶対に見に行くつもりだ。
「えっと依頼の方ですか?」
アタシはビジネススマイルを浮かべて聞く。
「えっと、君が探偵なんですか?」
綾小路似のイケメンが言う。なんというかたどたどしいというかおどおどしている感じだ。
「立ち話も何ですから、どうぞ中に入ってください」
少々ぎこちないけど、お母さんに叩き込まれた接客の成果はあったかな?
怪訝な顔をしながらも綾小路似のイケメンは、私の後についてきた。
「どうぞこちらにお掛けになって下さい」
私はそう言って椅子を引く。
「あ、ありがとうございます」
綾小路似のイケメンは礼を言うとスッと椅子に座った。
その向かい側には、猫かぶりモードの恵奈が優雅に座っている。
こうして少し離れたところから見ると美男美女がお見合いをしているようだ。
もし、本当にこれがお見合いだったら、アタシは迷わず恵奈がぐうたらしている所を隠し撮りした写真を見せるだろうな。
フッフッフ、他人の不幸は蜜の味。
「恵梨、不気味な笑みを今すぐ止めなさい。お客様に失礼ですわよ」
む、ムカつく。
けど、我慢我慢。
アタシは菩薩のように寛大な心を持つ人間だ。この程度では怒らない。
心の中で暗示をかける。
よしっ、もう大丈夫。
「あなたが高校生探偵の三笠碁恵奈さんですか?」
綾小路似のイケメンは困惑しているようだ。
同じ顔をしているから驚いているんだろうな。
「そうですわ。そしてこちらが双子の姉の恵梨よ」
恵奈がそう言うと、綾小路は驚いたように目をぱちくりさせ、アタシと恵奈を交互に見ている。
その目線は顔より下の部分に集中していた。
「双子でも胸の大きさって変わるんで…」
綾小路似のイケメンは最後まで言えなかった。
何故かって?
それは私の手刀が見事に首筋に入ったからだ。
慌てて崩れ落ちる綾小路似のイケメンの体を支える私ってホント淑女だねっ。
「恵梨、何やってるのよ」
恵奈がため息混じりで言う。
「セクハラよセクハラ。人のコンプレックスを馬鹿にするなんて、万死に値するわ」
「これはイエローカードね。次やったら、恵梨には責任をとって十トントラックに突っ込んで貰おうかな」
「ふーんだ。トラックに轢かれて、異世界に行ってチート能力で暴れた後、戻ってきて恵奈を魔法で鼠にかえてやるんだから」
「普通チート能力手に入れるならもっと派手なことやるでしょ。国会議事堂占拠とか世界征服とか。妹を鼠に変えて、遊園地の人気マスコットキャラクターにしようって夢がないわよ。そんなんだから胸も無いの」
「フフフ、鼠は温すぎたかしら? なんならナメクジに変えて塩を振りかけてやるわ」
「どうしてナメクジが溶けるかも知らないくせに良く言うわね」
「それくらい知ってるわ。カガクハンノウが起きるんでしょ」
私は無い胸を精一杯張って言う。
「浸透圧。化学反応をおこしてる訳ではありませんよ」
綾小路似のイケメンが首をさすりながら起き上がるなり口を挟んできた。
浸透圧?
聞いたこと無いな。
「ごめんなさい。うちの馬鹿姉が物騒なことをしてしまって」
アタシが浸透圧について考えている間に猫かぶりモードに入った恵奈が言う。
いや、もう今さら遅いよね。絶対にさっきの姿見られてたよ。
恵奈の目が真剣なものに変わる。
「さて、依頼の内容を教えてもらっていいかしら?」
ふー、でもその前にこれだけは聞いておかないと。
「お名前とナメクジが溶ける原理を詳しく聞いてもよろしいでしょうか?」
私の言葉を聞いて綾小路似のイケメンと恵奈は、苦笑いしていた。
「はい。私の名前は西園寺聡風と言います。鐘有中学の三年生です。
浸透圧というのは二種類の違う濃さの溶液が接しているときに、同じ濃さになろうとする力です。
簡単に言うと薄い濃さの水が濃い方に行くんです。
ナメクジの周りのヌメヌメに塩を溶かすことによって、ナメクジの体内の水分より濃度が濃くなります。それで細胞とかにある水分が外に流れ出て、細胞……」
「やっぱり良くわからないんで大丈夫です‼」
そう、アタシの興味はナメクジなんてモノからもっとすごいキーワードの方へ写っていた。
鐘有中学。
私の住んでいる都道府県の中にある、全国屈指のお金持ち校だ。
幼稚園から大学までエスカレーター式で進学できる。
学費がべらぼうに高いのでお金持ちしか通えない。
子供が鐘有学園に通っていることが、お金持ちたちにとって一種のステータスになっている。
てことは綾小路似のイケメン改め西園寺は、どこかの社長の息子ってことかな。
あ、でも特待生として頭の良い子の学費免除を免除して頭の良い子を入学させて偏差値を水増ししてるから、そっちの人かも知れない。
まあ、西園寺の漂わせてる雰囲気的に前者だろうけどね。
「それで依頼というのは、僕の幼なじみの真意を探ってほしいんです。実は……」
西園寺は恐る恐るといった口調で話始めた。
――――――
「それで依頼を受けるの?」
アタシは、西園寺が帰ったとたんにソファでぐうたらし始めた恵奈に聞いた。
「勿論受けるわよ。三百万円だよ。三百万円。受けるしか無いでしょ?」
ソファで寝転がって金の話をしている、状況だけなら完全にオッサンだわ。
「アタシはこの件についてはパスしようかなぁ」
私はV字腹筋をしながら言う。
すると恵奈の顔はブラック企業の社長みたいな顔になった。
「何を寝惚けたことを言ってるの?今回のメインは恵梨よ」
「へ?」
思わず声が裏返ってしまった。
「フッフッフ、恵梨には鐘有学園へ潜入捜査をしてもらうわ」
漫画ならビシッという効果音が入りそうな動きで、アタシを指差した。
「却下。そんなお金持ち学校に通うなんて絶対に嫌だからね」
アタシは即答した。
「恵梨にも悪い話じゃ無いわよ。鐘有学園にはね、純金のトロフィーが飾られているの。潜入捜査ついでに盗めば良いじゃない」
純金のトロフィーかぁ。
私の趣味じゃない。大体、純金のものは重たくて運びづらいし。
……どうせ、恵奈は一度言い出したら止まらない、幼稚園児みたいな人だから。
結局はアタシが潜入捜査することになるのか。
「はぁ」
思わず大きな溜め息をついてしまった。
今回の依頼の内容はこうだ。
西園寺の幼なじみである飯島美千穂は同じ学年の西山久嗣にストーカーされていて悩んでいた。
西園寺にも相談していたらしい。
でも一週間前に、急に飯島は西山と仲良くなった。
本当に飯島の意思なのか確認してほしいのです。もし、脅されたりしているのなら助けたいです。ですが自分は避けれていて話も出来ません。だから調査して下さい。
西園寺はこう言っていた。
自分の幼なじみの為に平然と三百万円も出すなんて、お金持ちのボンボンは考えることが違う。
というか西園寺の方がストーカーに近いような……。
「って潜入ってアタシ転校するの?」
「さあね。そこらへんの準備は母さんに頼むから、分からないわ」
お母さんに頼む。
これは、不吉なパターン。良い予感が全くしないわ。
ケータイの電波も届かない山奥の別荘に行ったら、嵐になって下山も出来ない上に電話線も切らた状況くらい不吉だ。
今回の依頼、無事に解決したら良いなぁ。
本当に心からそう願う。
間違っても推理小説みたいに殺人事件に巻き込まれるとかはやめて欲しいわね。
そろそろ、本編に入ろうかしら。
いい加減飽き飽きしてきたよね。
「あなたは血に塗られた事件の目撃者となるのよ」
バシッ。
私は恵奈の頭を叩く。
「不吉なことを言わないの。それじゃっ、本編スタート」
………………
ちゃらちゃっちゃーちゃらちゃーらちゃらー
頭の中で音楽が鳴り響く。
双子で一卵性双生児の三笠碁恵奈と家でのんびりしていると綾小路似の男が怪しげな依頼を持ち込んできた。
人のコンプレックスを指摘されてムカついたアタシは
背後でにやついている三笠碁恵奈に気づかなかった。
アタシはその女に手伝いを頼まれ、いつのまにか……
教育実習生として潜入することになっていた。
三笠碁恵梨が教育実習生でないと周りにばれたら
警察に目を付けられ、アタシの周りを調べられるかもしれない。
母さんの助言で変装して少しケバい化粧をすることにしたアタシは、母さんに名前を聞かれて、とっさに山田花子と名乗り、真相にせまる為に、依頼主が通っている鐘有中学に潜入した。
たった一つの真実を盗む、見た目は先生、中身はJK、その名は、怪盗ゴエさん!
「と、いう、こと、で、ええ、教育、じっちゅうちぇいの、先生、挨拶を、お願い、しゃましゅ」
校長先生の言葉で我に返った。
今日は七夕の日。
この暑い中つまらない話を聞くのもキツいものだ。
校長先生はよぼよぼのおじいさんで身長も小さく、威厳の欠片も感じられない。
息が続かないのか、無駄に息継ぎをするので話すのに時間がかかる。
そろそろご隠居すれば良いのよ。
生徒たちの退屈そうな表情を見てそう思った。
緊張のあまり頭の中で回想しちゃってた。
高校生全員が集まってる前で挨拶をするなんて緊張するに決まってるじゃない。しかも
ほとんどが会社とかの御曹子よ。御曹子。
アタシは朝礼台の上に上がり生徒を見渡す。
全員の視線がこちらに集まっている。
マイクを持つ手がぷるぷると震えている。
「今日から二週間の間教育実習をさせていただく山田花子です。至らない点が沢山ありますがどうかよろしくお願いします」
パチパチパチパチ。
アタシが礼をすると大きな拍手が聴こえてきた。
「山田先生は三年F組の担当となっています」
司会の人の声を背に私は朝礼台から降りた。
アタシが朝礼台から降りた後も校長先生の話が続いた。
何というかどこの学校も校長先生の話って長いんだなぁ。
欠伸が出ないようにお尻を摘まんで必死に耐えた。
朝礼が終わった後、アタシは多目的室というところに呼び出された。
「私が三年F組の担任森嶋七菜子よ。頼り無いかもしれないけどよろしくね」
「山田花子です。よろしくお願いします」
私は深々と礼をする。
森嶋先生はかなり若い先生だ。二十代前半くらいかな。顔は鼻筋が高くどちらかというと西洋人っぽい美人、綺麗な艶のある黒髪を後ろで束ねていて、身長は低いが巨乳……。
アタシの敵ね。
まぁ、顔と胸は西洋人っぽいのに髪と身長は日本人みたいな人だ。
こんな美人な先生のクラスの男子が羨ましい。
それにこんな美人教育実習生まで来るなんて幸運の星の元へ生まれてきたようね。
「それじゃ行きましょう。一時間目は道徳の授業よ」
私は森嶋先生の後に着いていく。
『もしもし元気~?』
緊張感の無い声が聴こえてきた。
恵奈の声だ。
『あんまり調子に乗らないでよ』
「全く調子に乗ってるのはどっち。取り敢えず話しかけて来ないで」
私は森嶋先生に気付かれないように呟く。
『ジャバネット山田のテレビショッピング』
頭の中でタイトルコールが響く。
立っているのはアタシとアシスタントの足須君。高身長で少し癖毛の髪にキリッとした瞳が魅力的なイケメンアシスタントよ。
「今日も始まりましたジャバネット山田のテレビショッピングですね~。本日ご紹介するのは超高音質で相手と話せる超小型の歯に取り付ける通信機でございます」
アタシは少し高めの声で言う。
足須君が手に持ってカメラに向かって見せる。
ニヒルな笑顔が決まっている。
「こちらの商品特筆するべき点は携帯電話と同じ電波をジャックしているのでいつでも、どこでも、通信が出来ちゃうんです」
アタシは一呼吸置く。
カメラを見つめるがカメラが足須君の方に向いているのは気のせいだよね?
「さて、実は足須君の歯にはもう取り付けてあるんですが実際に使用してもらいましょう」
アタシが目で合図すると足須君は無言で頷く。
そして受信機をスピーカーにつける。
「恵梨さん。聴こえます?」
スピーカーから高音質の音声が聴こえてくる。
「このとおり、ヒソヒソ声でも聞き漏らしありません」
足須君がぼそぼそと呟いたのもスピーカーから鮮明に流れる。
「さ、ら、に、今なら専用イヤホンもセットにしてお値段何と一万二千円‼ この機会を逃したら、もうこの値段では買えません‼」
「そ、それは凄いですねぇ~」
足須君が大袈裟に驚く。
「いえいえまだまだ終わりませんよ。もう一セットつけちゃいましょう。お値段変わらず一万二千円‼ 更に更に、今から放送終了後10分以内にお問い合わせの皆様には、眼鏡型ビデオカメラをお付けしますよー」
アタシは一呼吸置いて続ける。
「この機会を逃したらこのお値段で買えることは二度とありません‼」
「放送修了後直後は回線が混む可能性がありますのでご了承下さい」
爽やかな笑顔で足須君が言う。
「山田先生? 大丈夫ですか? 先程から何やらブツブツ呟いてますが。まぁ初めは緊張しますからね。仕方がありませんよ」
森嶋先生の優しい言葉で我に返る。
『恵梨、この仕事が終わったら精神科医に見てもらいましょう。このままではマトモな大人になれないわ』
その直後に恵奈が言葉の刃を振るってきた。
アタシのガラスのハートはズタズタよ。
それにしても、恵奈に聞かれてるのを忘れてた……。
うっかり独り言も言えない。
頭の中で大量の通信機が返品されているイメージが浮かぶ。
商売も難しい。
ガラガラガラ。
森嶋先生の手で教室の扉が開かれた。
キャー、パチパチパチパチ。
歓声と拍手の渦が巻き起こった。
アタシは教卓に立つと辺りを見渡す。
今のアタシは靴底を厚くしているので百七十二センチ位の身長に分厚いパッドを入れて化粧を厚くしているので、超ナイスバディの美女になっている。
もっと本格的な変装をしてもいいんだけど、二週間毎日やるなんて絶対に嫌。
時間かかるし経費はかさむし顔は蒸れるし出来ればやりたくない。
「先生、彼氏いますか?」
いきなり男子生徒が声を張り上げて言った。
坊主頭が特徴的な生徒だ。
アタシは自分が教育実習に来ているんだから、と落ち着けてからニッコリ笑って言う。
「勿論いますよ」
「えー、嘘だぁ。先生ケバいもん」
また坊主頭のクソガキが言う。
ふっふっふ、どうしてもアタシを怒らせたいようだ。
このクソガキもお金持ちなのかしら。何か高価なもの盗み出してあげたい。
アタシはスーハースーハーと深呼吸して口を開く。
『アハハハハ、彼氏いるって。アハハ、恵梨、嘘は駄目よハハ、腹痛いわ~』
言葉が出る前に耳障りな声が聴こえてきた。
「先生、彼氏って何歳ですか?」
「付き合って何年目ですか?」
「もう、することはしたんですか?」
「先生何カップですか?」
『彼氏がいるのは嘘で、Aカップでーす』
生徒たちは口々に言い放題言う。
生徒じゃない声も聴こえるけど無視よ無視。
どいつもこいつもアタシが気にしてることばっかり言って……。
バン‼
アタシは思いっきり教卓を叩く。
教室中が静まり返る。
大学の近くの居酒屋からお葬式の会場くらい雰囲気が変わった。
手がヒリヒリして痛いけど気にしない、気にしない。
「えっとアタシの名前は山田花子、これから二週間お世話になります。よろしくお願いします」
アタシは渾身の営業スマイルで言った。
自分でも変な威圧感が出てた気がする。
パチパチパチパチ。
取り敢えず拍手で迎えられた……のよね?
こうしてアタシの教育実習生活が始まった。
ちなみにアタシの学校には、家族でハワイに行っている事にしているのでOK……じゃないと思うのよね。
アタシの母さんの頭のネジはどこかブッ飛んでる気がする。
こんな人が、名探偵ともてはやされているのだから世も末ね。
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