感服する話
「見た目がぼろいアパートだな」
「結構風情があるね」
高橋に連れてこられた場所の感想をパトカーから降りながら呟く二人。それに対し千尋はため息をつき高橋は手帳を内ポケットから取り出して状況を説明する。
「今回は珍しい誘拐の方だな。誘拐されたのはこのアパート『メディア荘』に住む女優、立花ジェスカの一人娘である菊池来夏。昨日から連絡どころか家に帰ってこないことに心配になっていたところ、ボイスチェンジャーを使った犯人から連絡があったらしい。明日の午後二時までに一億用意して今から言う場所へ持ってこい。偽札などの場合娘の命はないぞ、と」
「場所は?」
「一回目の電話ではそのことについて触れずに切られたそうだ」
「ということは、複数回にわたって電話があったという事だね」
「しかも公衆電話だろうな」
「なんでそう思うのよ?」
不思議に思った千尋は口を挿む。驚いている高橋を尻目に、海斗は説明を始めた。
「誘拐する意図はそれぞれあるだろうが、電話で伝えるに関してはそれなりにメリットがある。前にも言ったが忘れたのか?」
「なんだったかしら……指紋が残らない?」
「声紋は残るからな。お前、忘れたろ」
「授業の方が大切なのよ、悪い?」
「別に。ならもう一度説明してやる。いいか? 電話で伝えるということはどこででもできるんだよ。自分が住んでいる場所から近かろうが、隠し場所から遠かろうが、どこでも、リアルタイムの情報を。なにせ、電波は至る所に届くからな。それを踏まえると金はかかるが個室みたいな電話ボックスで誘拐について伝えるのが頭のいい奴の行動だ」
「公衆電話は十円や百円で話せるけど、既定の時間で終わっちゃうからね。その終わる時間で丁度切れたんじゃないかな? あるいは、電波を逆探知されるのを恐れて場所を変えるために最初に伝えたいことを言って電話を切ったか」
「どちらにせよ公衆電話は間違いないだろ。高橋が固まっているのも見ると、な」
チラリと高橋の方を見て確信めいた口調で締める海斗。それを聞いた千尋はなるほどとうなずいてから少し首を傾げる。
「でも公衆電話って最近減ってるわよね? 携帯電話とかスマートフォンとかで」
「ああ。だが、コンビニの前とかには置いてあるところがあるし、ここら辺にも撤去されていない公衆電話がいくつかある」
「ついでに言っておくと、災害が起こった時に電話をする際は公衆電話の方が優先されるから、近くにあったらそっちで電話を掛けた方が確実性は増すよ」
「そうなの…勉強になるわね」
「で、一応当たってる体で訊くが、どうなんだ?」
「……あ、ああ。その通りだ」
「で、指定した場所が暗号というか訳が分からない言葉だったから僕達を呼んだんでしょ?」
「ついでに犯人を見つけろとかいうんだろ」
「……」
ぐぅの音も出ない高橋。それを尻目に二人はさらに話し込もうと同時に考えたが、同時にさっさと被害者の部屋を行こうと思い立ち、まったく同じ動作で高橋を押してそのアパートへ近づいて行った。
千尋はそんな二人を見て我に返り、逡巡してから勢いよく彼らの後を追った。
「どうやらここのようだな」
「そうだね」
「ちょっとあんた達、高橋さん固まったままよ?」
「ほっとけ」
一階にある部屋の前まで移動した彼らは高橋を放置し、目の前の『菊池』という表札の前に立つ。それを追いついた千尋が目撃してそこで大丈夫なのかと訊くと、それに答えず海斗はノックをし、陸也はメモに書き出す。
「……どちら様?」
「警察の高橋に連れてこられた探偵だ。誘拐事件の解決をしに来た」
「高橋さん! 起きて起きて‼」
「ハッ! お、おう。菊池さん。警察の高橋です」
「……分かりました」
そういうとドアはゆっくりと開き、一人の女性が顔を出す。
その顔を見た千尋は驚き、海斗は何やら考え込む。陸也は未だにメモを書いている。
そんな反応を見渡した女性は怪訝そうにちらりと高橋を見て「なんなのこの子たちは?」と不思議そうに尋ねる。
それに対し高橋は「彼らは民間協力者です。この事件に……」と言いかけたところ、それを押しのけて海斗が「公安の田原、さっさと出てきて納得させろ」と部屋の奥へ叫ぶ。
すると出てきたのは、髪の毛がぼさぼさでくたびれたコートに身を包んだ男。
田原と呼ばれたその男は、めんどくさそうな表情を全面的にだしながら玄関越しにいる海斗に言った。
「さては高橋刑事だね俺の存在をリークしたの」
「とういかお前が連れてこいと指示したんじゃないのか?」
「アホ。公安と捜査一課が合同でやるなんて気が狂ったことするか。たまたまだっての」
「あっそ」
たったこれだけのやり取りですぐに興味をなくしたらしい海斗。それに田原は苦笑しながらも「まぁ少し待て」といって再び奥へ消える。
「またあいつか……。最近会うよな陸也」
「あ、うんそうだね。ところでここの展開はどうかな?」
「あ? ……それだったらここをこうしておけよ。だったら次につながりやすいだろ」
「あーなるほど。それもそうだね」
奥へ消えている間に陸也はまとめていたものを海斗に見せ、それを見た海斗は修正案を出す。
そんな光景を見た千尋はマイペースね……といつもながら思い、扉から覗いてる女性はあまりの自由さに困惑する。
その奥から、「ほらよ」と紙飛行機が飛んできた。高橋がそれに当たり、千尋が拾う。
「なにこれ。『犯人からの指定場所は暗号だが、これはおそらく途中で切られたものだ』だそうよ」
「貸せ」
そう言って強引に彼は千尋から紙を奪い取り、さっと読んでから陸也に渡す。
「何?」
「一度読んでみろ。公安第四課がここにいる理由も分かる。それに、終わった暗号もな」
「分かったよ……えっと、『この誘拐に暴力団が絡んでる可能性があるって通報があったから来た』って? ふーん。暴力団ね……それは面白いストーリーだ」
「暗号読めよ」
すぐさまツッコミを入れる海斗。それに「え?」と間の抜けた声を出した陸也は改めて手紙を読み……納得した。
「確かにこれで終わってるねこの暗号。続きがあると思わせているのは、単純にその気にさせる引き際だったからだろうね」
「だろ? つぅか、暴力団の話どうやって出てきたんだ?」
「おそらくあれじゃない? 四日前にここら辺だって報道された暴力団のアジト」
「なるほど。この場所あそこと違うだろうに」
「何の話してんのよ?」
「ていうか分かったのかよ!」
さらっと話が進んでいて軽く流しそうになった高橋は驚きで声を上げる。それを聞いた女性や千尋、中にいた刑事も驚くが、陸也と海斗はそれに動揺せず視線を合わせてから説明した。
「この暗号な、ただの自作自演だ」
「というより、脅されて、だよ海斗」
「何?」
「……」
高橋は怪訝そうに眉をひそめ、その女性は黙る。
その反応を見た彼らは持っていた紙を破いて背を向ける。
「あとは勝手にやれ。正直俺達の仕事は終わりだ」
「そうだね。こっから先は警察の仕事だね」
そんじゃ帰るか。うんそうだね。ちょっと待ちなさいよ。そう言い合いながら周りを置き去りにして帰る二人を千尋は追いかけた。
「どうだ、書けそうか?」
「うん。次回作まで何とかいけそうだよ」
「まったくあんた達は……」
帰りながらも作家の仕事と編集者の仕事を続ける二人の後を追いかけながらため息をつく千尋。
それを聞いた海斗はふと立ち止まって振り返り、千尋の顎に手を添える。
「な、なによ」
間近に見える海斗の顔に若干頬が上気する千尋。それに対し海斗は、何の照れもなく言い切った。
「何度も言うようだが、俺はお前に感謝しているし、その変わらぬ態度も俺としてはポイントが高い。だから俺はこれからもお前をこうして付き合わせるだろうし、俺はお前を好きになる」
「それ今関係ないでしょ⁉」
「え、僕も好きだよ千尋の事」
「だから関係ないって言ってるでしょ! 事件の話よ‼」
「そんな終わったこと気にせんでいいだろ」
「もう!」
納得できないまま叫ぶ千尋。足を止めてそれを見ていた二人は前を向いて歩きだす。
「ったく。たかが暴力団の奴に脅されてたのを逆手に取った名女優だったという話なのにな」
「だよね。そんな事知ったところで勉強の足しにもならないのにね」
「教えなさいよっ‼」
叫ぶ彼女を無視し、二人は視線を合わせて笑い、そのまま歩き続けた。
***The Next is:『怪盗ゴエさんの恋愛相談』