楽しい話
Author:末吉
時刻は夕暮れ。
どこかの校舎のどこかの一室。
本をめくる人と机にかじりつく人が夕日に照らされながら居座っていた。
そんな中、その沈黙を破る様に勢いよく扉が開いた。
「またあなた達ですか! 帰宅時間をとっくに過ぎてるんですよ!!」
しかし二人――どちらも生徒――は気にしないのか好きなことをやっているだけ。
扉を開けて注意を促した女生徒は、呆れ顔で室内に入りながら「……本当に。さっさと帰りなさいあんた達。いくらなんでも私が最後に帰るのに、残せるわけないでしょ?」と呟く。
すると、本を読んでいた人――男子生徒――がしおりを挟んで本を閉じ、彼女に顔を向けて「もうそんな時間か」と納得する。
「おい陸也。帰宅時間だぞ」
「あと四行だけ書かせてよ海斗。書けたら終わるから」
「んなこと言っても会長来てるぞ」
「え」
勢いよく書いていたペンを止め顔を上げるもう一人の男子生徒。その視線が彼女を入れた時、彼――陸也と呼ばれた男子生徒は跳び上がった。
「うわっ!」
「なに驚いてるのよ全く」
陸也の驚き様に肩を竦めて呆れる女生徒。その二人を見ながら、海斗と呼ばれた男子生徒は「ほら帰るぞ。家帰ってでも出来るだろうが」と帰る準備を済ませた状態で立ち上がりながら言う。
それでも納得しないらしい陸也は、止めていたペンを走らせ書き続ける。
「だからやめなさいって」
「あと二行! せめてそれぐらいは書かせて‼」
「あと一分近くすれば終わるだろうからそれぐらい待つか」
「って海斗はなんで説得諦めてんのよ!」
必死に説得しようとしてるのに海斗が諦めたのを見た彼女は叫ぶが、その隙に陸也が書き終ったらしく「片付け片付け」と急いでいた。
この二人本当に自由すぎて困るわ……「さっさと終わらせろよ」「うん」という会話を聞きながら、彼女はそんなことを毎度のように感じる。
だが彼女はこの二人に強く言えない。
言わないのではなく、言えない。その理由は助けてもらったという優しいものではなく――
「いくら自分達が有名人だからって、授業も出ずにここに引きこもるのはやめてほしいわ……」
「別に騒々しくなるよりマシだろ。それに、学校の授業なら俺達とっくに全課程修了しているし。な、陸也?」
「うんそうだね」
「…あんた達って高校生よね?」
「そりゃ」
「そうだけど?」
息のあった返事を聞いた彼女は何も言えずに項垂れる。
それを見た陸也と海斗――よく見たら顔立ちが同じ――は、その理由に思い至ったのか苦笑いするほかなかった。
陸也と海斗。この二人を知らないものはこの学校にいない。
なぜなら、双子の美形な上、陸也が作家、海斗が編集者、そして二人とも探偵の肩書を持っているからだ。
もちろん作家と編集者は知られておらず、美形と探偵の方で有名になっているのは二人も知っていた。
だが本が売れていないのかというと、そうでもない。
「次の新作締め切りあと二週間だぞ。残り40ページ大丈夫か?」
「たぶん大丈夫。それより他の作家さんの進行状況の確認はいいの?」
「確認せずとも問題ない。大体予測通りの進行だ」
「……本当に頭いいわね。さすがは探偵コンビ」
「そういや増刷したぞまた。売上部数は累計七十万部超えたぞ」
「平均十万部かー。いい方かな?」
「とはいってもまだまだな。累計1000万部を超えるのに何年かかる事やら」
「三ヶ月に一冊出しても十年はかかりそうだね」
「せめてドラマ化やアニメ化に成れば短縮できそうだがな……」
「……あんたらの野望が現実的すぎてどういえばいいのか分かんないわ……」
会長と呼ばれた女生徒は力なく度々口を挿むが、二人は無視して自分達の世界に入っている。
校門を通り過ぎた三人がそのまま歩いていると、一台のパトカーが通り過ぎる。
何か事件があったんだろと思いながらそのまま歩いていると、通り過ぎたパトカーがバックで戻ってきた。
「ああ……」
海斗は察して声を漏らし、陸也や女生徒も勘付いたが何も言わない。
やがてパトカーは停まり、窓ガラスがスライドして一人のガタイの良い男が顔を出した。
「今二人を迎えに行こうと思ったんですよ。また不可解な事件が起こったので」
「だろうと思ったぜ。曇りガラスでも相手が見えるからな」
「この道にパトカーが来るとしたら僕達以外に該当はないしね」
海斗と陸也に言われガタイのいい男は苦笑したが、すぐさま真剣な顔をして「悪いけど、現場来てくれねぇか?」と頼む。
「何言ってるんだよ。残り二週間で40ページあるのに手伝える訳あるか」
「大丈夫だよ海斗。事件を解決できたら一気に進むだろうから」
「本当だろうな?」
「うん」
「……ならいい。おい高橋。俺達三人を乗せてけ」
「って、私も⁉」
毎度のことながら驚く女生徒。その光景を見たガタイのいい男――高橋は慣れているのか「ああいいぜ」と言って後部座席のドアを開けた。
「そんじゃ、乗るか」
「だね」
「……毎度のことだけど、なんで私まで……」
各々呟きながらパトカーに乗り込んだ三人を確認した高橋は、ドアが閉まった音を聞いてからアクセルペダルを踏んで発進させた。
「で、殺人か、誘拐か、はたまた意味不明なメッセージが残されて何が起こったのか良く分かってないのか。一体どれだ?」
「海斗。自殺原因とか犯罪対策とかあるでしょ一応」
「不可解な事件と言ってる時点で犯罪対策は消える。自殺原因なんて本人の数日間の行動を聞けば絞れる。となると暗号らしきものがあり、状況自体を理解しない頭の固い警察官では手に負えない――それこそ誘拐や殺人の線しか残されない」
「だよね。僕達が呼び出される事件すべてに暗号っぽいものが関わっていて、殺人八割誘拐二割だったもんね」
「少しは警察官の意地を見せたらどうだ高橋」
「俺に言うな!」
「そんなんだから給料泥棒とか言われるんだよ、高橋さん」
「だから俺に言うなって‼ ……今回の件は公安部もかかわっているんだから」
「圧力とメンツか…くだらねぇ」
「僕達に来た時点で粉微塵だと思うけど海斗」
「ちょっとあんた達、高橋さんの血の気が無くなってるじゃない! すいません高橋さん‼」
「いやいいんだ……フォローありがとう千尋ちゃん」
SAN値を根こそぎ奪われる発言をまともに受けた高橋は、遠い目をしながら運転し続ける。だというのにこの二人は変わらず追撃を入れる。
「フォローなんてしたところで無駄だ。世の中無能が上ばかりいるからな。そいつらの尻拭いをさせられている時点で貶されても文句は言えまい」
「…名誉毀損で訴えることができるぞ」
「それをやってもいいけど、僕達まだ高校生だよ? 大人げないことしてまで僕達の事訴訟したいわけ?」
「……」
「それに、万が一やったとしてもそれ以降俺達は事件の解決を一切手伝わないからな。それが怖くてできる訳ないだろ」
「本当に性格悪いわね」
「性格が悪いんじゃない。ただの事実を確認しているだけだ」
腕を組んで堂々と宣言する海斗。それを横目に陸也はメモ帳に勢いよく書き出す。ブツブツと言いながらすごい速度でペンを動かす姿は、まさに作家としての根性が垣間見える。
そんな音が静かになったパトカー内で響いているが誰ひとり気にせず、またどういった事件なのか聞かないまま彼らはパトカーの進むほうを眺めていた。
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