表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この謎が解けますか? 2  作者: 『この謎が解けますか?』企画室
この謎が解けますか?
22/36

パラドックス=ライフ

「ん………」

 右手を額に当てる。いつもの天井が見えていることや、頭がぼうっとすること、思い出したくもない昨日の現実が雪崩れ込んで来たことから考えるに、朝になって俺は目覚めたらしい。

 昨日のような不安定さは微塵も感じない。全てが元通りになってしまった。嘘だ。

 俺の決意だけは残っているから。俺が今、何をしなくちゃいけないか分かっている。俺の少ない変化だ。

 まぁ何はともあれとりあえず、俺の暴走は無事収まりましたとさ。

 無事と言ったけど、よく考えれば無事ではないかもしれない。黒歴史がもはや伝説のレベルになってしまった。三世代は語り継がれるだろうし、ひょっとすると校歌に取り入れられるかもしれない。んなわけあるか。

 一番思い出してベッドで暴れだしたくなるのは、やはり何と言っても皆の前での告白である。……なにこれ、次元の狭間に葬り去りたい。

 とか思いながら、朦朧とした意識の中、上半身を起こして時計を確認した。

 午後の一時。すげえ、午後から一日が始まりやがった。まぁ今日は土曜日だし関係ないか。のんびり……している場合ではなかった。

 取り敢えず出かける支度をしよう。

 今日は、今日こそは行く。

 彼女を救うためには、一日でも早く連続放火事件を解決する必要があるから。

 あ、そういえば。

 俺は顔を洗いながら思い出す。

 成宮茜子はあの後どうしたのだろうか。……まぁ普通に帰ったんだよな。急に一人ぼっちにさせてしまって申し訳なかった。今度ジュースでも奢って上げよう。結局、彼女の名前覚えてたわけだし。賭け金を譲渡しよう。

 俺は着替えも終え、外出する支度を整える。そして、いざ出陣と活き込んでドアを開け放つ。日の光が眩しい。何だこの引きこもりみたいなセリフは。……大体合ってるか。

 というか、日が照っているのにあの光線にはエネルギーがあまり含まれていないようで、大分冷え込んでいた。それはもう、全家庭が冷凍庫を開けっ放しにしているんじゃないかと錯覚するくらいに。

 エレベーターのボタンを押して、待っている間。

 これからのことを考えて跳ねる心臓を何とか押さえつけていると、カチンと内側から鍵を回す音、そしてガチャとドアノブを回す音が右側方から聞こえる。

 俺は本能に従い、そのままそちらに視線を向けると、

「あ、やっぱり日向井くんね」

「あえっと……もしかして、八七橋?」

「そうよ。悪かったわね」

 とりあえず定型と化した挨拶を済ませる。

「ちょっとこっち来なさい」

 俺は命令形に従い、そのまま彼女の元まで歩み寄る。すると彼女は自分の部屋から全身を出し、隣の部屋のドアノブに手をかける。

 んん? おかしいな。確かここは俺の部屋だったと思うんだけど。

「鍵開けて」

 八七橋のきりりとした目に反抗できない俺は、早く用事が済むことを祈りながら解錠した。

 俺が鍵を抜き取ると、「寒いから早く」とか言いながら自分だけぱっぱと家の中に入った。俺だって同じ人間なんだから温度感知能力は一緒のはずなんだけど、俺だけ寒くないとか思ったのかな? なんて皮肉を脳内で垂れながら部屋に入ると、八七橋はベッドに座っていた。

 なんか日に日に傍若無人になってる気がするんだけども。無遠慮とも言う。……仲良くなった証拠として受け取っておこう。

「……それで、何か用なのか?」

 俺は、以前八七橋が俺の部屋に来たときに座っていた座椅子に腰かける。立場逆転だ。ベッドに座らせようとしたら前は怒ったのに。どういう気持ちの変化ですかねぇ、まったく。

「いえ、用ってほどのことでもないのだけれど、最近あなた、家から出てないみたいだったから、何かあったのかなと思って」

「へえ、俺のこと心配してくれてるの? ありがとね」

「違うわよ」

 八七橋は、成宮の言葉を借りるなら、ツンドラだ。ツンツンしていてドライ。なんだそれただの嫌な女じゃねえか。

 まぁご飯作ってくれたりと、優しい面もあるんだけどね。

「じゃあ、なんで?」

「……何か、あなたは犯人に繋がる手がかりを掴んだんじゃないのかしら? だから、街を探索することが無駄だと理解したとか、何か――」

 違う違う。俺はただ昨日、暴走したまま家に帰還して爆睡しただけだ。特に街のお散歩を遂行しなかった意味はない。っていうか、普通に学校行ったって考えはないのかよ。

 でも、良い機会だ。

「……………………………………………………」

「…………何?」

 急かすなって。俺はさほど頭良くないんだ。だから、計画を練るのに少々時間がかかるの。

「……そうだね。俺は犯人に関する重大な情報を手に入れたよ」

 俺が言葉を言い終わる頃には、彼女の顔は暗がっていて、まるで俺を脅すような表情をしていた。怖いっす。

「詳しく教えて」

 もちろん、お願いとかじゃない。命令だ。

「いいよ、教える。だけどその前に質問、いいかな?」

「何よ」

 彼女はもったいぶるな、と言いたげに語気を強める。だけど、もうちょっと待ってください。

「じゃあ聞くけどさ」

 彼女は本当のところ、何をどこまで知っているのだろうか。……いや、全て知っているのか。理解したかは知らないけど。「知る」と「理解」、似ている様でこの差は絶望的に大きい。

 まぁいい。どんな状況だとしても、

「本当に犯人を捕まえたいと思ってる?」

 俺はそう言いながら、横目で彼女の表情を確認する。

「……当たり前じゃない!」

 きっ、と睨む瞳は鋭かった。

「それなら、いいんだよ」

 俺と目的は完全に一致している。

 強く、連続放火犯を捕まえたいと願っている。

「それで、何なの?」

 俺はその問いに答えることをしばらく放棄して、とりあえず立ち上がる。

 そして少々の伸び。

「明日の夜だ」

 さて、忙しくなる。自分で勝手にタイムリミットを今定めたので。

 こうしないと、何だかだらだら長くなってしまいそうだから。

 自分へのプレッシャーですね。

「明日の夜が、何なの?」

「また、犯人が街をうろつく可能性が非常に高い」

「……そんな情報どうやって………」

 まぁ、怪しむのも仕方ないし。これを信じる人もどうかと思う。だけど、信じてもらわないと困るのもまた確かだ。

「別に信じる信じないは八七橋の勝手だよ」

 そう彼女に言い、逆説的に念押しを決行する。

 八七橋。

 彼女は強い恨みから犯人を追い求めている。

 自分以外の家族を、この一連の放火で失くしたらしい。

 でもね、家に火がついて人が死ぬってことはなかなかないんだよ。途中で気付いて脱出するから。少なくとも確実に殺す方法ではない。

 まぁ、そんなことは関係ないか、幻想だし。

 皆は放火犯が俺の父だと思っている。

 だけど、違う。

 俺だから、犯罪者の血を引き、理解できる俺だからこそ分かる。

 父は今回の連続放火事件の犯人じゃない。

 もし父がやるのであったら、姿を隠すなんてことはしない。自分がやった犯罪だと主張したいから。また、自分の部屋だけを燃やすというのも納得できない。どうせ燃やすならアパート一つが全て燃えるようにするだろう。そっちの方が美しいから。部屋が一つ燃えるだけというのは、何と言うか、汚い。犯罪は美学だから。俺の父はそんなことはしない。

 じゃあ俺の父はどこへ行ったんだろうか。

 ……多分、殺されたんだろう。

 そう、今回の事件は、殺人と放火なんだ。二種類の犯罪がそれぞれ起きて、八七橋が捕まえたいと思っているのは殺人犯の方なんだろう。都合が良いからそんなこと教えてあげないけど。

 殺人。

 伊瀬がやったんだ。

 ずっと言っているように、伊瀬が殺ったんだ。

 じゃあ放火は?

 ………さぁ。

 八七橋は、急に取り残されて、一人になってしまった。

 俺にもそれは理解できる。俺だって、おそらく共有しているから。

 今までの生活が一瞬で塵となり、全面的な将来への不安だけがのしかかってくる。それに加えて身近な人の死。

 ……確かに、精神が悲鳴をあげるだけの十分な要因である。

 彼女は、復讐を果たすため、連続放火犯を捕まえる。

 でももし見つけたら、殺しちゃったりしないだろうか。それが少し心配になった。

「俺これから出かける用事があるんだけど、もう大丈夫?」

「……ええ。帰るわ」

 ようやく立ち上がった彼女の顔色は冴えない。どんなに整った顔でも、やはり笑っていた方が可愛いと思った。八七橋の笑ったところは見たことないけど。



 俺は、西公園の横を通り過ぎながら思う。

 朝から昼にかけての徘徊、放課後の徘徊。何て無意味な行動だったのだろう。そして、何て意味不明な行動だったのだろう。

 俺の徘徊は、普通の徘徊よりもよっぽど怪しいものであった。遠くにお散歩しに行く場合もあったが、ほとんど、西公園の周りだけをうろつくのである。

 特に、西公園の裏側にある家の周りを。

 その家を視野に捕え、俺は目を細める。庭のある大きな敷地に、古びた瓦が乗った一軒家がある。塀で囲まれ、邸宅と呼んだ方がふさわしい雰囲気を醸し出している。話に聞くところによると、この家の家主は大地主らしく、お金に余裕があるとか。

 俺は、この家をずっと訪ねたかった。だから、たまにこの周辺をうろついていたんだ。……たぶん。

 よく伊瀬と遊んだこの公園を見て懐かしむ、という要素ももちろん含まれていたと思う。しかし、メインではない。どちらかと言えば言い訳の類だろう。俺の場合、言い訳か本音か区別がつかないから困る。だからこそ、乙黒さんや成宮のような自分を冷静に判断してくれる人が必要だったりもするのだ。

 俺は、木製の仰々しい門の前に立ち、表札を確認してからインターホンを鳴らした。

 無機質で軽快な音が鳴り響く。

 迷っていると、インターホンを押すタイミングを逃すと思って、咄嗟に押してみた。だから、正直今ヤバい。こんな風に冷静を装ってるけど、冷や汗が止まらない。背中に汗が滲んできて、頭の血液が下がっていく。心のどこかで、誰も出てこないように祈っていた。

 しかし、それではいけない。

 俺は、彼女についてより正確な情報を手に入れなくてはならないのだから。

 ガチャリ、と向こうが受話器を取り上げる音が響く。俺は鳥肌が立った。

「はい」

 しゃがれかけた女性の声だ。

「……………………」

 やっべー、応答の仕方何にも考えてなかった。

「もしもしー? どちら様ですか?」

 カメラ搭載のインターホンでなくて良かった。カメラが付いていたら明らかに俺は挙動不審だし、それ以前に顔を見られた瞬間に門前払いかもしれない。まぁ、その心配は遅かれ早かれなんだけども。

「………悪戯かしら」

「あのっ」

 少し声が遠くなるのを聞いて、俺は咄嗟に反応する。

「は、はい?」

「………俺です。日向井奏汰です」

 取り敢えず名乗った。

 しかし、これは失敗だったかもしれない。せめて、苗字は抜かして言うべきだった。これでは怒りをただ買ってしまい、話は聞けないかも。

「え⁉ 奏汰くん⁉」

「ええ、そうです。お久しぶりです」

「ちょ、ちょっ、ちょっと待ってね」

 そう言ってインターホンは切れた。

 この家は、伊瀬の住んでいる家の一つ。彼女の母方の伯父の家である。言い換えれば、俺の父が殺害した人の兄が住んでいる家である。

 俺がぼうっと不動の門を見つめていると、ぎちぎちという木特有の乾いた音がして、少し開いた。そこから顔をひょっこりと出すおばさん。

「どうもおばさん、奏汰です」

 礼儀正しい青年風。潔さは伝わっただろうか。

 彼女はあいさつを返すこともなく、ただただ驚いていた。

「奏汰くん……あの子の話で、ちらほら名前が出ていたからまさかとは思ったけど……」

 あぁ、家で俺の話をするんだ、伊瀬。少し聞いてみたい気もするなあ。……ちょっとにやにやしちゃった、俺としたことが。

「それで、今日はど――――」

「おーい! 紗絵(さえ)! 洗面所のタオルないぞー!」

 家の中を闊歩する音が聞こえるのは、玄関が開いているからだろう。

「お、なんだ、客か?」

 そして玄関の異変に気付く家主。

「え、ええ……奏汰くんが来たの」

 ただ今ご紹介に預かりました日向井奏汰です、と心の中で言いながら、適当に会釈した。

「………………」

 しかし、一向に向こうは反応しない。どうしたのだろうか。ただただ俺の顔を見つめて、目を大きく、「お、おお、お、お前……‼」

 突如、素足のまま全力で駆けてくる痩せ細ったおじさん。推定年齢は五十五歳。そのまま門まで辿り着き、おばさんを左手でどけ――勢いを緩めないで俺を殴った。

 もちろん普段運動をしていないと予想される五十五歳のおじさんの動きだ。避けようと思えば避けれた。だけど、俺は憎悪を受け入れなければならない。

「貴様! よ、よよよくものうのうと顔が出せるな! 人殺しの血を引いてるくせに!」

 おっしゃる通り。俺は殴られた顔面の痛みを我慢して、平静を装う。

「ちょっと、あなた! 止めて!」

「うるさい! 黙れ!」

 おばさんが腕にしがみついて止めるも、それを振り払い、赤く充血した目で俺を睨みつける。

 この目を俺は知っていた。以前にもおじさんにこの視線を向けられたことがある。

「おじさん」

「喋るな!」

 両手で力いっぱい押される。俺はそれによろめき、数段の階段を落ちて、道路に投げ出された。

「あなた! 何てことするの! 危ないでしょう⁉」

 車が来てたらアウトだった。さすがの俺もまだ死ぬわけにはいかない。やり残したこともあるし。

 よく、子供には罪はないとか聞くけど、それは嘘である。俺には生まれ落ちた罪があるのだから。「生まれたのは自分の意思じゃない、どうしろってんだ」とかいう意見があるかもしれないが、連帯責任なんてそんなもんだろう。大抵自分にはどうしようもない。人殺しの実の息子という、罪。人殺しである父の考えが理解できてしまうという、罪。俺はその十字架を背負わなければならない。仕方ない、俺だって同類なのだから。

 おじさんは一瞬、気まずそうに表情を緩めるが、すぐに表情筋をフル活用して怒りを表現する。

「………もう二度と来るな!」

 そう言って、おじさんは門を勢いよく閉める。足音が家に伸び、続いてぴしゃり、と、おそらく玄関が閉まるであろう音が周囲の空気を震わせた。

 さて、結局手に入った情報は、伊瀬が家で俺の話をしていることぐらいなものなんだけど。

 ……まぁ、いいか。俺はただ、おじさんとおばさんが伊瀬のことをどんな風に扱っているのかが心配だっただけなのだから。そして次いでに放火事件一件目のときの伊瀬の様子を聞き、普段の伊瀬の様子を聞き、きちんと家に帰ってきているのか聞き、今伊瀬とどんな関係になっているのかを聞きに来た。全然次いでじゃなかったわ。

 俺が立ち上がってその場を去ろうとすると、門がそっと再び開いた。

「あの、大丈夫? 奏汰くん」

 ひょっこりと顔を出したのはおばさんだった。まだ居たんですか。

「ええ、大丈夫ですよ。気にしないでください」

「ごめんなさいね。手当したいのだけれど、道具を取りに行ったら戻ってこれないと思うから」

「あー、いや、本当大丈夫ですよ」

 なんだかこんな一般的な会話をしたのは久々な気がする。……どんな生活してんだ、俺。

「それで、奏汰くん。今日は何か用事があって訪ねて来たのでしょう? 手短にお願いね」

 なにこれ、超優しい。惚れそう、冗談だけど。俺に年増趣味はない。

 取り敢えず、お言葉に甘えることにしよう。

「俺は、一か月程前に引越してきました。大体のことは知っていますので、本当に質問したことだけ答えてくれれば結構です」

 おばさんは物分かりが良いのか、黙って頷く。

「まず、一か月半前、最初の放火事件が起きる周辺、彼女はどんな様子でしたか?」

 おばさんは視線を落とし、手癖を始める。

「……実は、ですね」

「どうしました?」

「私たちがいけないんです。私と夫で、その、あなたのお父さんが刑務所から出てこの街に戻ってきたって話をしてて、その話をどうやら伊瀬が聞いてたみたいなんです」

「…………そうですか」

 多分、違うだろうけど。そんなことが原因じゃない。

「あの子の症状は急に、悪化しました」

「どんな風にですか?」

「家に帰ってきて、最初はずっと無反応だったの。一時間くらい。固まったように、椅子に座ってうなだれているだけ。そして今度は急に大声で叫び始めたの。『あんたたちは父でも母でもない!』って」

 ………なるほど。つまり、おじさんおばさんのことをずっと両親だと思っていて、そのバランスが、実の父親の名前を聞いたことによって崩れた、と。っていうかまだこの人たちのこと両親だと思ってたのか、伊瀬。………まぁ、当たり前か。一度認識してしまったものだし、そう簡単に崩れるものではないよね。

「ずっと『お父さんとお母さんはどこ?』って叫ぶのよ。……あの子おかしくなっちゃって」

 おかしくなった?

 それは違う。非常に皮肉な話だが、彼女はどちらかと言えば、元に戻ったんだろう。間違った認識を、誤りであると認めることができるようになったのだから。

「そして三十分くらいだったかしら。叫んだ後、この家から出て行っちゃったの」

 まぁ、それで仕方なく……ということなのだろう。そこは予測で十分補えるし、あまり俺が知りたい情報でもない。

 時間を浪費するのは避けたかったので、話を切って別の質問をぶつける。

「それで、帰ってきてはいるんですか?」

「ちょくちょく帰ってくるわ。そのときは、以前のように私のことを『お母さん』と呼ぶし、あの日、何もなかったかのように振る舞うの」

「……分かりました。ありがとうございます」

 俺が小さくお辞儀をすると、今度はきちんと返してくれた。

「あの、これは言いづらいんだけど……」

 本来、言いづらいであろうことばかりをがんがんぶち込んで来る刑事さんがお友達にいるので慣れてますよ。全然オッケー。

「どうしましたか?」

 おばさんの言葉を後押しする。

「もう、家には来ないでほしいの。ほら、うちの主人があれだから……」

「………………………………」

 ぐはぁっ! こういうのって慣れはあんまり関係ないと思いました、まる。

「分かりました。もう来ません」

 いいけどさ、もう用事なんてないし。従妹にも会わないだろうし。

 ただ、俺と伊瀬がお互い好き合っているってこと知ったら、どう思うんだろうね。

 あー、もう考えるの止めよう。心配なことがあり過ぎる。

 取り敢えず、俺の予想に大きな間違いはなかった。計画通りに行きましょうか。

 彼女が、伊瀬が、ズレているということをきちんと認識できた。

 こちらに引越してきて、俺は彼女のズレを大きく感じる機会はなかった。いや、実際は俺のことを忘れていたり、とあるのだが、目の前で凶変したり、クラスの皆が一か月半前に感じたズレを、直接俺は感じる機会がなかった。

 だから、もしかしたら何から何まで俺の勘違いなんじゃないかな? なんて、ありえないんだけど、そんな希望的観測をしてしまって。それを、総合的に相殺するために俺はこの家に足を運んだんだ。

 おばさんは申し訳なさそうに「ごめんなさいね……」と言って、門の中に消えて行った。それを俺は笑顔で見送るが、その後に、この場面が笑顔に不釣り合いなことに気が付く。長年の癖はなかなか消えない。

 俺は基本、笑顔が多いからなあ。

 牽制の、作り笑顔。

「…………それじゃあ」

 俺は邸宅から少し離れ、門に向かって深々と一礼した。

「ありがとうございました」

 俺に優しいおばさんにも、怖いおじさんにも、暴力的な従妹にも。

 感謝しておこう。

 ほら、こういうのって美学だから。できるだけ綺麗に終わらせたいものでしょ。

 犯罪心理学的に。



 それから当然の様に一日が過ぎて。どの日も同じ二十四時間なのに、昨日から今日にかけては早かった。あれかな、徹夜でパソコンしてたからかな。別に残業ごっことかではない。単なる調べものの確認。いやあ、やっぱりパソコンは違うね。携帯で見ていたサイトもすんごい読みやすい。やっぱりパソコン買っといてよかった。

「午後八時か」

 俺はベッドに座ったこの状態で二時間過ごしたことになる。別に何をするわけでもなく、ただぼーっとしていた。

 放火の時間は指定してないし、準備が出来た俺は暇だったりするのだ。

 下見とかも、もういらない。結構な頻度で徘徊してたからね。西公園以外にも行っていたし。道は覚えたので、もう迷ったりはしないだろう。

 ふと、思考を浮かんだままに走らせる。

 そういえばあれから伊瀬に会っていない。あれからって言うのは……うん、黒歴史からだよ。言わせないでよ恥ずかしい。

 俺の家に訪ねて来てもおかしくなさそうだけど、来ない。学校がないと会おうと思ってもなかなか会えないからな。

「あ、そうだ」

 乙黒さんに何にも言ってないや。念押し確認も含めて、電話してみるか。

 時間も時間だから、あまり長電話は出来ないけど。……でも、あの人と話すと長くなるんだよなぁ。会話のほとんどに意味がないし。そういうやり取りこそが大事なのですよ、とか乙黒さんは言いそうだけど。

 俺は震える息を吐いて、ポケットから携帯電話を取り出した。赤外線を交わす友達が多くないため、乙黒叶さんの電話番号はすぐに見つかった。

 プッシュボタンを押すと、呼び出し音が鳴り響く。俺はこの音嫌いだなあ、急かされてるみたいで。ほら、俺って自由気ま「あら~? 珍しいですね、奏汰さんから電話なんて」

 雑音がひどい。外なのだろうか。忙しい声が飛び交っている。

「どうもどうも、奏汰です。正真正銘の俺風、俺な感じは伝わりましたか?」

「ええ、とっても奏汰さんらしいです」

「乙黒さん、雑音がひどいですね」

「少し今立て込んでまして。あ、もちろん奏汰さん優先ですよ、あまり長くは電話できませんけど」

「さすが。優しいですね」

「もちろんですよ。若いのに気が利くと職場でも有名です」

「あー、嘘付きましたね」

「嘘ですか? 刑事の私がつくわけないじゃないですか、うふふん」

「あれれ? さっき自分が若いとか言ってませんでしたか?」

「そっちですか。見た目が若ければ若いんですよ。実年齢こそが偽りでございます」

 ふむ、すっかりいつもの調子のようだ。

「すっかり元気ですね。俺がなでなでしに行かないので拗ねちゃってるかと思いました」

「………………」

 ……あれ? もしかして、

「恥ずかしかったり、しますか?」

「いいですか、奏汰さん。今すぐそのことを忘れないと、パンチングマシーンでスコア三百超えの私が奏汰さんの頭を殴らなければいけなくなります」

「そうですか……『もうちょっと撫でてくれたら元気になります』」

「ぎゃー! 止めてください奏汰さん。本当にひどいことをしますね、だから女子の中で評判が最悪なんですよ」

 だけどあれっすよ、伊瀬は俺のこと好きって言ってくれましたよ。もちろんそんなこと言わないけど。

「ところで乙黒さん、今警察ですよね? 何かあったんですか?」

 俺は周囲の雑音についてもう一度問う。

「実はですね……」

 急に彼女の声のボリュームがしぼられたので、俺は携帯の方の音量を大きくする。

「はい、どうしました」

「犯人が分かったのですよ。今、その容疑者の家に捕えに行く準備をしているところです」

 ぎくり、とした。

「あー………そうですか」

 俺は当たり障りのない返事をしつつ、心臓が異常な心拍数を記録していた。

「連続放火事件、ようやくです」

「……すごいですね」

 もう、時間がない。一分一秒を争うレベルなのだ。

「あれ? 犯人は誰だって聞かないんですか?」

「………………………………」

 俺は、何も言えない。

「犯人は、少し変わった方でして」

 なるほどね。

 俺は普通だからこの時点で外れる、と。

「人に対して良いことをして好感度を上げたら、今度は下げて、好感度メーターをプラマイゼロにしようとする人なんですよ。放火の被害に遭った生徒は皆、犯人と普通に話す程度の仲だったらしいです。これは好感度メーターでいったらプラスになりますね。……でもだからって、放火で好感度を下げるって――ゼロじゃなくてぶっちぎりマイナスになってしまいますよ。ええ、つまり、犯人は……………ひむk」

 ぶちり。

 電話を強制シャットダウン。はいはい、もう電源つかないでね携帯くん。変なお姉さんから電話来ちゃうから。

 俺が電話を切った訳、それは。

 ガチャ、ガチャリ。

 隣の部屋の住人が施錠する音が響く。

 電話を切ったのは、ドアを開け放つ音が聞こえたからだ。それは、隣人が出掛ける合図。ちなみにここで言っている隣人とは、信玄餅を食べ損ねた方、つまり、八七橋のことだ。

 八七橋は、犯人を捕まえるために出動したのだろう。まったく、夜の街に一人で行くのは危ないよ。心の中で棒読みしながら、リュックを背負い、俺も出動。

 あ、もちろん、彼女の夜道を守るためだよ。

 ……なんて。



***

 一階にはお父さんがいるし、そもそも階段の途中に火がついてるから一階には下りれない。二階から飛び下りたら、死んじゃうかもしれない。警察の人に連絡はしたけど、間に合わなかったらどうしよう。あまり残された時間は多くない。

 ぼくが必死に考えていると、急に後ろから何かが飛びかかってきて、ぼくは倒れた。それと一緒に爆発のような音がして、仰向けのぼくは、顔が熱くなった。

 急いで目を開けると、

「伊瀬っ!」

 伊瀬が、ぼくの上に乗っかるかたちで、背中で棚を受けとめてた。

「ぁぁああああ……! あづいぃ‼」

 目の前の伊瀬が見たこともない恐ろしい顔で叫んでる。真っ赤に照らされて、すごく熱いはずなのに、伊瀬の目からは涙がたくさん出てる。

「お×さぁぁあああ‼ あづいぃぃぃ……いだいい‼」

 ぼくは、どうして動かないんだろう。動け、動って思ってるのに、体が全然言うことをきかない。

「大丈夫⁉」

 そんなとき、部屋のドアがばんばん叩かれて、部屋のすぐ外に人がいることが分かった。

 その声をきいて、ぼくの体は自由になった。

「うあああぁぁ‼」

「伊瀬! 今助ける!」

 ぼくは、伊瀬の下から抜け出して、それから何も考えずに、ただ、燃えてる棚を両手で掴んだ。

「いたっ!」

 ぼくは、とっさに手を離してしまった。だけどすぐにまた掴む。

 いたい、いたい、いたい……。

 熱いという感じより、痛いという感じがした。そして、ぼくは思い切りその棚を持ち上げた。このとき、掌がどろどろしてくるのが分かった。

「伊瀬! 今のうちに抜けだして!」

「あづいいぃぃ! お×さあんがああぁぁぁ!!!」

「伊瀬……!」

 伊瀬は全然ぼくの声なんか聞こえてなくて、棚の下から動こうとしない。

 その瞬間、がつんって大きな音がして、

「君たち大丈夫⁉」

 隣のお家のお姉ちゃんが、部屋に入ってきた。

「伊瀬を………!」

 お姉ちゃんは、ぼくの状況を飲み込んだみたいで、すぐに伊瀬の手を引っ張って、横にずらしてくれた。

 そのとき、丁度ぼくの手の感覚がなくなって、棚はずどんって大きな音を立てて落ちた。


 病院のロビーでお姉ちゃんと二人で座ってた。ぼくは、手が包帯でぐるぐる巻きだったけど、別に全然痛くなかった。

「伊瀬ちゃん、まだずっとあんな感じだった?」

 ぼくは、黙ってうなずく。

 伊瀬は、病院のベッドの上で、魂がなくなっちゃったみたいに、ずっとうなだれてた。ご飯も食べない。点滴してるから大丈夫なんだって。

「かなえお姉ちゃん」

「何?」

 お姉ちゃんはにっこりと目が細くなる笑顔をしてた。ぼくは、その笑顔が大好きだ。

「疲れてるでしょ? 休んでいいよ。元々、お姉ちゃんは関係ない人だから」

「お姉ちゃんは、関係あるよ。伊瀬ちゃんと、かなたくんが悲しかったら、お姉ちゃんも悲しいから」

 ………ふうん。よく分からないけど。

 そんなお話しをしてると、真っ白い服をきた眼鏡のお医者さんが、かなえお姉ちゃんに合図をして呼び出した。

「何だろうね」

 お姉ちゃんはそう言って、お医者さんと遠くでお話しした。

 しばらく、たぶん五分もかかってないくらい経つと、お姉ちゃんは戻ってきた。

 ずいぶんと焦ったようすで、ぼくの元へ走ってくる。

「伊瀬ちゃん話せるようになったって」


 病室につくと、伊瀬はにっこりしてぼくに頭を下げた。

「こんにちは」

 それはなんか変だった。

「伊瀬?」

「あれ? なんでわたしの名前知ってるの?」

 なんだか、とてもいけない気がして。このままだともう戻らない気がして、確認した。

「日向井伊瀬、だよね?」

 伊瀬はとっても不思議そうな顔をして、答える。

「違うよ」

「じゃあ名前なんなの?」

「伊瀬」

「ぼくのこと覚えてる?」

「………知らない」

 そのとき、ぼくの中で、何かが壊れて何かが出来上がった。

 それからの伊瀬は、やっぱり変だった。ぼくのことを知らないと言うし、甘いもの嫌いだったのに好きになってるし、お肉好きだったのに嫌いになってるし。

 伊瀬は、毎日ぼくとお姉ちゃんに尋ねた。

「お父さんとお母さんはどこ?」

 ぼくもお姉ちゃんも、質問に答えられなかった。

 しばらくして、ぼくはお父さんのお父さんの家に、伊瀬はお母さんのお兄さんの家に行くことになった。

***



 電柱の陰に寄りかかり、左に伸びる真っ直ぐな道に人影がないかを確認しながら待機。

 夜の仙台は冷える。俺も歩きたくなるが、これ以上どこにも行くところがない。彼女は、必ずここを通るはずだ。俺は先回りして、彼女を待っている。

 しかしながら、またしても暇になってしまった。

 ここを通ることは分かるのだが、いつ通るかまでは分からない。

 夜の月が、いつもより明るく、そして赤く輝いていた。

「不気味だなぁ、ほんと」

 赤。

 そう意味ありげに色単体を置くたけで、俺の脳内にはあの夜のことが鮮明に再生される、百倍速ぐらいで。この上映会に招待できるのは彼女だけだ。もっとも、本人にその気はないようだけど。

 人殺しとか誘拐とか放火とか、俺が朝ごはんを抜かすくらい当然のように毎日起こる。

 そしてそれをニュースで見た人々は、犯人に対してどう思うだろうか。

 多分、「怖い人だね」とか「狂ってる」なんて思って一週間後には忘れてるんだろう。人間は忘れる生き物だから、仕方ない。

 俺はそのニュースで報じられる側なわけなんだけど。

 加害者は狂人でもなんでもない、普通の人間だ。

 ニュースで伝えられる内容は、感情を動かさないただの文字列。だけど、知ってほしい。そこには、確かに犯人の息遣いがあって、考えがあって、あなたと同じような人間なんだ。

 なんて。結局、これはただの自己弁護だ。俺はどれだけ自分がかわいいんだっつーの。

「まだかよ……」

 息を吸う度に肺がちくちくと痛む。マフラーとかしてくればよかった。動きやすさ重視でパーカーにジャージっすよ、さみい。

 地面に置いたリュックのファスナーを開ける。手の感覚がほぼない。

 そして中から、一つの銀色の大き目の缶を取り出し、リュックを背負う。

「準備万端ですよ、いつでも来なされって」

 それとも、始めちゃいますかね。本末転倒、意味不明だけど。それこそただの狂人だ。

 俺の人生、いろいろなかったようでいろいろあった。ちょっとズレてたけど。歪んだ青春だったけど。まぁでも、青春には違いないし、全うじゃないところがまた青春っぽいじゃん。そんなもんだよ、知らんけど。

 仙台の街、九年前の放火事件、愛の喪失、父の失踪、普通だけど愛がない伊瀬、普通だけどズレた俺。

 その中で、たくさんの暗い矛盾が生じた。

 何でも貫ける矛で、何でも防げる盾をついたらどうなるだろう。そんなことをずっとネットで検索していた。一応答えを得ることはできた。ビックバンが起きて宇宙が始まる。違う。

 答えはいくつかある。

 何でも貫ける矛も何でも防げる盾も存在しない、だからこの問題は起こり得ない。きゅーいーでぃー。

 なんだそれ、詭弁かよ。問題の方がそもそもおかしいんだから仕方ないんだけど。

 まぁそれも、答えの一つであることに代わりはない。

 俺が今からしようとしてるのは、矛も盾もぶっこわすこと。……意味わかんないわ。


 ザリ。


 ふと、遠くから人の気配を感じた。

 心臓がとくんと跳ねる。何この感覚。まさか……恋? 違う。

 ひっそりと、電柱から顔を出して確認する。人影がしっかりとした足取りで俺に近づいてきていた。

 俺は先ほどリュックから取り出した小型の缶を左手に持ち直し、飛び出す。手、冷たすぎ。

「ほんとさ、仙台寒すぎだから。山梨帰りたい」

 まぁ何十年かは帰れないだろうね。

 向こうの人影は俺に気付いたようだ。ベージュのマフラーをして、紺色のコートを召している。くれよ。

「………………………………」

 俺と彼女の距離が五メートル程になったところでお互い歩みを止める。これ以上は、危険区域ですからね。

「……こんばんは。偶然だね、八七橋さん」

 連続放火犯風。燃えたぎる思いは伝わっただろうか。

「日向井くん、手に持ってるのは、何?」

 彼女は特に驚きもせず、ただ質問する。

「灯油缶だけど」

 コンビニにないからホームセンターで仕入れました。

「…………」

 いやだなあ、ただでさえ寒いんだから、そんな冷え切った目で見ないでよ。まさか俺がサムい奴だって言いたいの? おおむね正解。

「何で、そんなもの持ってるの?」

 彼女は、ゆっくりと確かめるように一音一音しっかり発音する。俺が、聞き逃さないように。俺が、言い逃れできないように。

「必要だからね」

「必要って何に?」

 さて、どうしようか。

「…………」

 もう分かっちゃってると思うんだけどね。

 こんな茶番しなくたって。

「……はは。あははははっはっはっはっはっは!」

 だから、俺の口角はいやらしく吊り上って徐々に広がり、相手に不快を植え付ける。

 俺はまぶたを酷使して、目いっぱい眼球を露出した。彼女に、事実を突きつけるために。彼女に、決意させるために。

「答えて!」

 彼女は息を荒げて苛立ちを露わにし、俺を睨みつけた。真っ直ぐな視線を、俺はかち合わせてみる。瞬間、鳥肌が全身を埋め尽くし、本能が危険を予告する。視線なんて合わせるもんじゃない、本当に。

「……分かってるだろ?」

 この一か月半以上に及んだ失踪事件と連続放火事件、それらは今日をもって終了である。

 なぜなら、俺が解決するから。

 事件は解決されたら終了する。ある目的を持って、その役目を果たしきるからだ。

 解決する以上、犯人が分からなきゃならない。それが約束。

 犯人を知るには二つの方法がある。一つは、追い詰めること。そしてもう一つは、自供すること。

 こっちは手間もかからなくて簡単だよね。綺麗に収まるし。

「分からないなら、教えてあげるよ」

 死んだアスファルトに、息を止めた空気に、虫の息の街灯に、冷え切った体は一体化して、闇を受け入れる。俺の居場所はこっちだと、教えてくれる。

 だから、認めよう。

 昔、殺人と放火の現場にいた俺が、

 伊瀬と乙黒さんに命を救われた俺が、


「俺が、連続放火犯だよ」


 その言葉は、澄んだ空気に不気味な周波数で伝わった。

 やがてそれは彼女の耳に届き、ぴくりと反応する。

「………どうして?」

 はて、これは一体何に関して聞いているのだろうか。

 放火をした理由?

「冬が寒いから少しあっためてあげようと思ったんだよ」

 彼女の顔は、歪んでいた。憎しみ。それだ。むしろそれしか持ってない。

 まぁ、俺を憎むのは簡単だろう。そもそも八七橋とそこまで仲良いわけじゃないし。彼女とは知り合ったばかりだしね。俺も憎まれるのは慣れてるし得意だ。適材適所、社会の歯車として役目を与えられよう。

「俺を憎んでる?」

 それでも、言葉で聞きたい。

 俯いてしまった彼女の表情はもう分からなかった。惜しい。

「当たり前よ………憎い!」

 ズリ、と彼女の足元で音がする。脚への力の入れようを変えた証拠だ。

 さて、戦闘開始かな。

 合図は彼女の姿勢の移り変わりだった。

 途端、低姿勢で距離を詰めてくる彼女。遠近感を理解するのに少々手間取った俺が後手にまわった。彼女がポケットから小型のナイフを取り出す。嫌な予感は見事に的中。

 俺は彼女の頭めがけて灯油缶を横に振り回す。その瞬間に、彼女はそれを察知し避けようとさらに姿勢を低くした。駆ける勢いを殺し切れずに俺の足元に飛び込んだ形となる。

 俺はひざを繰り出し、彼女の肺を圧迫しようとするが――

「つぅっ!」

 飛び込んできた勢いを、俺の太ももへナイフを突き刺すことでブレーキする。その分、柄しか見えないくらいまで深く俺の筋肉は断絶された。えらい直接的な肉離れである。

 俺は、勢いのまま灯油缶を投げ捨て、その場に仰向けで倒れこむ。その上に乗る彼女。あっという間にマウントポジションを取られてしまった。

 ……まずいかも。

「があ……ッ!」

 間髪入れずに、ポケットから取り出したもう一本のナイフを、今度は俺の右肩に突き刺す。そのせいで情けない声が漏れ出た。恥ずかしいです。

 そして再びナイフを取り出す彼女。何本持ってるんだよ。

 しかし、それは俺の首にいつかのように突き立てられるだけで、切り裂いてはこない。俺が抵抗しないことが分かったのか、一時攻撃は中断されたようだ。

「いっ……痛いな………」

 皮膚で感じる痛みより、中で筋肉をえぐる痛みの方が耐え難い。俺、グロいのとか超弱いから、本当、勘弁してくれよ……。おえー。

「ナイフ持ってたなんて意外……だな」

 彼女は冷徹な瞳で俺をただ見つめる。

「…………あなたが犯人だとは、薄々気付いてたわよ」

「へぇ、そうかよ」

「外出を予言するなんて、犯人にしかできないもの」

 そりゃそうだな。そういうメッセージだったし、正しく受け取ってもらえたようだ。

「連続する犯罪であればあるほど、単独犯の確率は高くなる。つまり、あなたがただの犯人の協力者であるという説はどんどん薄くなるわ」

 それで、俺がただ単に外出日だけを知っているだけの、犯人の共犯者ではないと。そう分かったわけだ。

「だったら昨日、帰らないでそのまま俺を部屋でこうすればよかったじゃんか」

「………………」

 俺の意地悪な質問に彼女は眉をひそめる。

「あなたが……日向井くんが犯人だと、信じられなかったのよ」

「………なんで?」

「そうは見えなかったから。話してみたら、普通の人だったから」

 だから、言っているだろう。

「犯人だって、君と同じ人間だよ。同じ感覚を共有している同じ生物なんだ」

「……放火事件を起こすなんて、どう考えても異常よ!」

「そうかな。俺は普通だと思うけど」

「ほら……! 分かり合えないじゃない!」

 違うよ。君が、分かろうとしていないだけで、理解しようと思えばできるんだ。

「全然分からない! なんのために放火なんてするの⁉ 大体、どうしてこうやってわざわざ私の前に姿を現したのよ! 愉快犯⁉ 被害者の顔を見るのが楽しいの⁉」

 ほうら、ちゃんとたどり着けた。その疑問に。

「別に俺は愉快犯じゃない」

「じゃあ何なのよ!」

 興奮して、涙をぼたぼたと零す彼女は、両手でナイフを掲げる。振り下ろす先は首かな? 心臓かな?

 っておいおいおいおいおい。

「待て、八七橋。考えることを放棄しちゃだめだ。それじゃ、前と何も変わらない」

「何⁉ 何が変わらないって⁉」

 彼女はまだ手を掲げたままだ。

 さっき言っていただろう。

「どうして俺がわざわざ君の前に出てきて犯人だと名乗ったかだよ」

「分かるわけないじゃない!」

 ……そうだろうね。君には分からない。何にも分からない。

 八七橋。君はただ、家族を殺された憎しみだけで動いている存在なのだから。

 本当に、ただそれだけの存在。

「八七橋。前から思っていたんだけど、君の言っていることはおかしい」

「何がよ!」

 さて、成宮形式の反撃開始だ。俺は、ただ捕まるためにやってきたわけじゃない。それは、俺の目的ではない。俺はただ、彼女を幸せにしたいだけだ。

 そのために、ちぐはぐを全て解消しなくてはならない。この悪循環を止めなければならない。多少強引にでも。

「八七橋は前、一件目の放火事件で自分以外の家族三人が死んだと言ってたね」

 そんな盾と矛は存在しないよって、気付かせてあげる。

「その家族って誰のこと?」

「……は?」

「いいから答えて」

 彼女は怪訝な顔を崩さない。

「母と父と兄よ!」

「じゃあその家族の名前を教えて。フルネームで」

「…………………………………………」

 彼女は不意をつかれたような表情をする。さあ、見つめよう。その濁った瞳で、現実を。

「…………分からないの? 自分の愛してた家族でしょ?」

 ここで笑みを付加すると、心臓を刺されそうだったので止めた。

 彼女の表情が切り替わる。焦点を俺から外し、ぼうっと意識を混濁させている。

「ど、ど忘れよ……」

 そして苦しい言い訳を一つ。

「まぁ名前はいいよ」

 他にもおかしい点なんていくらでもあるから。それを一つ一つ詰めて行けば、必ず限界が訪れるから。

「でも、どっちにしろおかしい。この一連の事件の第一放火箇所は俺の父さん宅だ」

 新聞記事の切り抜きをポケットに忍ばせて来たんだけど、取り出せそうにないので話を続行しよう。

「そんな、わけ………ないわよ」

 否定するその言葉は自信がないようだった。

「それと君の部屋に制服があって、君は不登校と言っていたけど、それもおかしい。俺の学年に、やむを得ずに学校に来ない人はいるけど、自分の都合だけでの不登校の生徒はいない」

「……なに……を」

 彼女は、まだ負けないで頑張っているようだ。

 これが崩れたら、文字通り死ぬ程辛い目にあうんだろう。だけど、それを乗り越えなくてはならない。今を続けても、崩壊する未来しか用意されてないから。

「君は一か月半前から、学校に行っていないと言ってたね」

「……ええ」

「じゃあどうして制服が出てるの? まるで毎朝着ているように、なんで目立つ場所にかけてあるの?」

「し、知らない………知らないわよそんなこと!」

 彼女は興奮していた。彼女の中で何かが変わり始めている。必死に覆って区別していたものが、一つになろうとしている。

 これは、単なる作業だ。出来事と出来事を突きつけて、矛盾を理解させる。現象世界で行動の矛盾を解決する方法は、前提の崩壊しかありえない。

 八七橋に疑問を植え付けるだけで十分だ。自分という存在がどんなものなのか、それを考えさせることが目的だから。

 確実に、べりべりと剥がれ始めている。

 それを俺がお手伝いしてあげよう。

「背中」

「は?」

「君の背中だよ。触ってごらん」

 彼女は不可思議そうな顔をしながら、ナイフを静かにおろし、逆の手で自分の背中をさする。俺への警戒よりも、好奇心が勝っているようだ。

「傷があるよね? ただれた火傷痕」

「っ! なんで知ってるの⁉」

 そんな変態を見る目つきは心外だな。認めざるを得ないかもしれないけど。

「俺の友人にも同じ傷があるんだ。とってもそっくり」

 俺が矛で突いても、彼女の盾にはまだヒットしない。その前に、固い固いバリケードが築かれてしまって、まずはその破壊作業に勤しむしかなさそうだ。

「その傷は、いつ負ったものなの?」

「……………………………………」

 考えろ。自分とは何なのか。そして気付け。君が、矛盾しているということに。

「分からないか……。じゃあ、最後の質問にしよう」

 もう手立てもないし。これでダメなら、もう力ずくしかない。

「八七橋。君の下の名前を教えてよ。俺はね、昔は人を下の名前で呼んでたんだ」

 君を見ていたら、なんだか懐かしくなってきたからね。下の名前で呼びたくなったんだ。

「…………知らない! 知らない知らない知らない知らない知らない知らない!」

 叫ぶ。最早それは子供のだだとなんら変わりなかった。むしゃくしゃして、キレる。

 もうこれ以上俺にどうしろって言うんだよ。俺の思考は少し極端になっていた。

「八七橋」

「な―――」

 俺は残っている左手で、彼女の首に手を回し、ぐいっと引っ張る。

 そうすることで、俺と彼女の顔が近づき、

 きす、しようとしたけどやっぱりやめた。そんなことしたらここで嘔吐しかねないから。それはさすがに彼女に対して失礼だし。

 だから俺は直前で首を動かし、彼女を抱き締める。はぁ、あったけー。アスファルトによって、体温がどんどん背中を通じて逃げて行ってしまっているのだ。これがアースってやつですか。いらんわ。

 暴れる彼女を力ずくで抱き留め、彼女の体温を奪う。

 体温と一緒に、君が持っている全ての苦痛を俺に渡してくれたら、どんなに楽だろう。どんなに君は幸せになれるだろう。

 俺はやがて激しい嫌悪感に襲われ、手を緩めた。彼女の暴走を腕一本で押さえつけるのにも疲れたし。

 やっぱり、あの時のようにはいかない。俺も、彼女も。期間限定の愛の相互作用だったのだろう。

 愛の伝達は、疑似的でも精神には多大な影響を与えるから。

「なっ! 何を……!」

 俺は顔面に振り下ろされた凶器を、首の動きでぎりぎりさける。と言っても、頬にかなり深い傷が刻まれた。まぁ、命には代えられない。

 これでもダメなのかよ。

 もう、いい加減にしろっての。

「はあ……」

 歪みは、どんどん醜くなって。彼女は、だんだん崩壊していって。

 君のことが大事だから。彼女のことを守りたいと思うから。

 現実を、受け入れなくちゃだめなんだよ。

「ねぇ、八七橋。君は………」

 偽りの家族ごっこの末、偽物の愛をぶくぶくと太らせ、そして一瞬で破裂するところを目撃してしまった少女。

 愛を破壊されてしまった少女は、その出来事を封印した。まだ、自分には温かい家庭が存在する、自分は幸せだと、夢の世界に逃亡した。……そして命を繋げた。

 愛は、人が生きる上での必須栄養素だから。それがないと、死んでしまうから。

 愛なんてものは無くても生きていけると開き直った俺に比べて、彼女の解決の仕方の方が幾分か素直だった。

 しかし、良かったとは言えない。そのせいで、いくつもの知恵の輪が複雑に絡み合うような状態になってしまったのだから。

 もう、一つ一つ紡いで解きほぐすことはできない。力ずくで切断して、抜け落ちた記憶は諦めて、現実に帰還させるしかない。

 夢は、もう終わりにしなくちゃならない。だって夢は夢だから。あくまでも気持ちだけで作られたものだから、論理が破綻している。

 矛盾を目視しないために新たな矛盾を発生させる。そんな連鎖が続いて、君は崩壊寸前まで来ている。

 だから、はっきり教えよう。

 君は――、

「伊瀬」

 だよ。

「八七橋伊瀬」

 それが、君の名前だ。

「私は……違う! 八七橋よ!」

 まだ、受け入れないつもりなのか。

 彼女の怒気がこもった声とは裏腹に、涙が大量に流れ落ちている。

 俺が、全てを語るしかないのだろう。

 どちらにせよ、人格統一が起これば前後の記憶は抜け落ちるらしいから、何を言っても大丈夫なはずだ。

 多重人格。八七橋伊瀬の矛盾を無理矢理解決する方法。

 演劇部の人たち、別に伊瀬は演劇のせいで多重人格になったわけじゃないんだよ。

「八七橋、少なくとも君は三つの人格を持ってる」

 全てを知っている主人格。

 伊瀬。普段過ごしている人格。

 八七橋。父の死による気持ちの爆発を受け止める人格。

「伊瀬は、九年前の家族の崩壊を受け止めきれずにできずにできた人格だよ。あの事件のことを忘れ、伯父伯母を父母と定義付けたまま、家族ごっこを続けた」

 八七橋は息を荒げて黙って俺の話を聞いている。もう反論の言葉は出てこない。

「しばらくはそれでよかった。実際何年も伊瀬のまま過ごしたんだから。だけど、ある日、父が出所してきた」

 九年前の殺人と放火。それは、父の心のけじめなんだ。俺は父と血が繋がっているから殺されない。しかし、伊瀬は違う。母を殺したのに伊瀬を殺さないのはおかしい。なぜなら、伊瀬は母の血を継いでいるから。伊瀬は、半分の母だから。

 だから、九年前の殺人は、まだ終わっていなかったんだ。

 そして、父はそれを終わらせようとした。

 少なくとも、俺が同じ殺人を決行するなら、そうするだろう。

「出所してきてすぐ、伊瀬を襲ったはずだ。しかし、逆に父は伊瀬に殺されてしまった」

 父は、過去のことを忘れている伊瀬に全てを思い出させようとしたのだろう。

 そうしないと、半人前を殺したことになって犯罪が完成しないから。

 そして過去のことを思い出した伊瀬は激高して父を殺害。もし俺が父と同じ状況なら、殺されるのも一つの選択肢だったかもしれないと思える。美しいから。終止符が打たれるから。つまり、わざと父が彼女に殺されたという可能性もある。

 とにかく、

「伊瀬は『父』を殺してしまった。自分が愛してやまなかった父を。そして、その事実だけが心に残り、悲しみ、そして恨んだ。父を殺した犯人を」

 そうして出来た人格が、八七橋だ。

 昔の放火事件と記憶がごちゃまぜになって、ついでに俺が死んでいる設定になっていたのもこのせいだろう。

 それが、父の失踪事件の真相。

 彼女の最大の矛盾。

 犯行を行ったのも、犯人を追うのも自分。

 まるで、猫が自分のしっぽを追い掛け回すようにぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる循環して、大きくなる。そんな苦しみを、強烈に滲透する痛みを、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと経験しなくてはならない。放っておけば伊瀬という人間は壊れてしまうだろう。

 これでこの事件は終わる。

 俺の証言はこうだ。「俺が過去の恨みから出所してきた父を殺したことが伊瀬にバレた。だから伊瀬を殺して、再び放火事件を起こそうと思っていたが、逆にやられてしまった」

 これで俺はめでたく殺人犯、連続放火犯になれる。

 彼女は人格統一の障害により、前後の記憶を失くすので真相を知る者はいない。

「さて……」

 これから、塀の中で何年過ごすことになるのだろう。乙黒さんとか、会いに来てくれるかなぁ。来てくれなかったら寂しいな。まぁ、寂しくとも何であろうと、俺はこの罪を償おう。そもそも、彼女が助けてくれなかったら、俺は九年前に死んでいたんだから。彼女のために人生を使う。なんて本望なことだろうか。

 彼女がただぼーっとでも生きていてくれたらいい。できるだけ常に楽しい気持ちでいてくれたらいい。

 そう思うのが、多分、俺の愛だから。

 無理やりにでも受け取ってもらおう。

「……………………………………あれ?」

 ふと、動けないことに気付いた。肩とももに刺さったナイフからは血が染み出していて、体中の力が入らない。

「あ、あの……もしよかったら八七橋。どいてくれたら嬉しいんだけど……」

 はい。そうですよね、無反応ですよね。

 ……なんて言ってる場合じゃない。ここで俺が死んだら、誰が犯人か分からなくなるかもしれないし。

「あっ」

 そうじゃんそうじゃん救急車呼ぼう。こんな「そうだ。京都に行こう」みたいな突発的考えで果たして救急車を呼んでもいいのか迷いながらも、背に腹は代えられないので電話することにした。携帯をポケットから取り出し、うわ、腕動かすとすげー痛い……いち、いち、きゅう、と。



「あ、起きましたか? 犯人の奏汰さん」

「………………………………?」

 全身脱力。もはや何も表現しようとすら思えないこの体中のだるさ。

 どわぁー。なんすかこれ、全身拘束されてるみたい。

 とりあえずあれだ、起き上がろう。

「んっしょ………あれ?」

 手首、二の腕、腰、太もも、足首、しっかり固定されていますね。比喩表現が現実となった。

 周りの状況を確認。見るからに個人病室だ。窓の外から見える景色的にも、ここは病院なのだろう。しかし、なんだろう、この扱い。

 ………あ、そうだ。俺は連続放火犯兼殺人犯だった。

「奏汰さん?」

「あ、乙黒さんじゃないですか」

「あれれ? さっき部屋を見回したときに一瞬目が合いましたよね? 脳内モザイクですか?」

「まっさかー! 全く気付かなかったですよ」

 別に、犯人だから気まずいとかそんなんじゃない。……の逆。

 乙黒さんは、見る感じ、クマが濃い以外はいつもと変わらない様子だった。俺が犯人だということは、もう恐らくばれていると思う。

 もっと、絶交みたくされると思っていたから意外だ。

「えっと、それで、できたら今の状況を教えてくれるとありがたいんですが」

 裁判とかいつだよ。あーあ、面倒くさいから全部乙黒さんに任せようかな。

「奏汰さんは四日間寝ていましたね」

 ほう、四日間とな。成長期だからね、良く食べて良く寝る。健康ですよ。

「伊瀬は、どうしましたか?」

「八七橋伊瀬さんですか。今頃、精神科医にかかってますね」

 うおう。ちゃんと精神科行ったのか。と、いうことは……彼女は今どういう状況なんだ? 誰の人格に統一され、記憶はどこらへんまで欠落しているのだろうか。

「できたらこの拘束を解いてくれると嬉しいんですが」

「あらあら、お願いばかりで困ったお子さんですね」

 そう言いながら、彼女は動く様子はない。俺が拘束されているベッドの隣で、パイプ椅子に座ったまま微動だにしない。

「結局解いてくれないんですか」

「罰ですから」

「はあ………」

 ふと、携帯のバイブレーションの音が鳴り響く。

 ふーん、さすが刑事。病院ではマナーモードにして……

「ってそれ俺の携帯じゃないですか!」

 乙黒さんがポケットから取り出したスマホは正真正銘俺のものだった。

「いやいや、現場に落ちていたものですから。証拠品として押収しました」

「………………そうですか」

「あー、ただのサイトからのメールですね」

 そして人のメールを勝手に見る刑事。どうなんですか、これ。

「まさかとは思いますけど、俺の携帯調べたりとかは……」

「あ、心配しないでください。ちゃんと調べましたよ!」

 ……ですよねー。

「どうやら、多重人格者について調べてたみたいですね。お気に入りに複数のサイトが入ってますから」

 男子高校生の携帯事情を見るなんて……人によっては大惨事ですよ。まぁ、調査されるのも仕方ないか、俺の場合は。

「そこから重要な情報がいくつか得られました」

「………………」

 乙黒さんは、胸ポケットからメモ用紙のようなものを取り出して、読み上げる。

「えーっと、具体的に言えば『自らが多重人格者だと気付いていない患者に副人格を認識させるなどしてショックを与えた場合、副人格はその記憶ごと消滅し、ただ記憶が欠落した主人格だけが残る』という記述がありました」

「それが、何ですか」

 俺は、明らかに動揺していた。

「そこから、私は予想します。今回、奏汰さんが取った行動の目的は大きく分けて二つ。一つは、連続放火事件の罪を庇う事。そしてもう一つは、伊瀬さんの人格を統一すること」

 背筋を指でなぞられるように、俺は鳥肌が立った。乙黒叶。この若さで刑事になるというエリート。その能力は伊達ではないようだ。

 しかし、伊瀬の殺人についてのことが抜け落ちている。

「……あなたを今こうやって拘束しているのは、私たち警察ではありません」

「え?」

「病院側が、奏汰さんをこういう状態にしているのです」

「…………どうしてですか?」

 俺が犯人だから、勝手に自殺でもされたら迷惑だと思ってこうして拘束しているのだと思っていたが、どうやら違うようだ。

「うふふ、それはですね……ふふふーん」

 乙黒さんはやけに楽しそうである。笑いをこらえているのか敢えて笑っているのか、判断に迷う場面である。

「あなたの意識はなかったのですが、時折、喋りながら暴れるんですよ。それで、傷口から再出血してしまいまして。やむを得なく、このように拘束しているのです」

「喋りながら?」

 乙黒さんは、スーツの裏ポケットから小型レコーダーを取り出した。この人、ポケットに様々なものが入りすぎだろ。このまま無人島で遭難しても大丈夫そう。……どれも無人島じゃ役に立たないか。

 そして、乙黒さんはこれみよがしに再生ボタンを押した。なんなんですか。

『伊瀬ぇ! 止めろ……。必ず、助けるから……。伊瀬のこと、絶対守るよ。もう苦しまなくていいんだよ。だから、伊瀬』

「うおおおおあああああああ‼」

「おや、どうしたんですか? あまり暴れるとせっかく縫った傷口がまた開いてしまいますよ?」

『乙黒さん。違うんです。伊瀬じゃなくて、全部俺がやったん』

「それ止めてください!」

 ぴっ、と軽快な音がして、再生が中止される。

「そのレコーダー、壊してください」

「良いですよ、パソコンにもコピーしてありますし。どうせならどこかにアップロードしましょうかね」

 笑顔で恐ろしいことをおっしゃる。

「つまりですね奏汰さん。私たち警察は、あなたを連続放火犯だと疑っていません」

「………いや、しかしですね。電話でも言っていたじゃないですか。犯人は俺だと」

「おや? おかしいですね。犯人になりたいんですか?」

「………………」

 彼女は終始、その特徴的な笑顔を崩すことはない。

「あの時、私が電話で言った犯人は冗談ですよ。奏汰さんなら分かってますよね? それに、自分が犯人かどうかなんて、いくら自分が分からない奏汰さんでも分かりますよ」

「……じゃあっ!」

「ええ、犯人は既に逮捕しました」

「そう、ですか」

 俺は頭をフル回転させる。今から何か一発逆転は狙えないか、穴はないか。

 連続放火犯の罪を、被ることはできないか……。

「犯人は、名取(なとり)仁人先生です」

「そう、ですか」

 名取。伊瀬と人生で最初に出会った時、彼女はまだその姓を名乗っていた。そう、まだその頃は、彼女の方の家庭はうまくいっていたのだ。それを、父が無理矢理奪った。そんなイメージが付きまとっていたから、申し訳なさから名取という苗字を聞くだけで罪悪感がある。だから、嫌いな姓だった。

 仁人先生は――伊瀬の一人目の父だ。

「おやおや~? その反応は、やっぱり分かってましたね?」

 俺は、どの言葉を紡ぐべきなのか迷ってばかりで何も口から発せられなかった。

「奏汰さんには、罪の意識があるのでしょう。自分の父がしでかしてしまったことに対して、責任を感じているのでしょう」

「どう、でしょうね」

「仁人先生が放火をした理由は、復讐です。彼は、愛する妻を取られ、それでも妻の幸せのためだからと自分を納得させていました。しかし、その妻が殺されてしまった」

 それに加え、先生の娘である伊瀬の心にも深い傷を負わせた。きっとそれも許せなかったと思う。

「ずっと恨んでいたのでしょう。九年の月日が経ち、塀の中から信吾(しんご)氏が出てきたことを知った仁人先生は、彼の家を放火しました」

 放火。自分が奪われた方法で復讐する。良くある思考パターンだ。

「でも、信吾氏はそれを予想していたのか、姿をくらませていました。信吾氏を殺せていないことを知った仁人先生の怒りはもう限界でした。そこで、娘をいじめていた形中さんと土佐藤さんの家に放火。それを嗅ぎ付けてきた私に対しても、信吾氏を殺すまでは捕まるわけにはいかないと、威嚇の意味で放火しました。しかし、それが仇となりましたね~。私は、自宅に放火されたぐらいじゃ、引きませんから」

 あの優しい仁人先生の裏には復讐の炎が激しく燃えていたに違いない。……そういう面では、父とだぶって見える。よっぽど、仁人先生の方が理解しやすくて普通の犯行だけど。

「そもそも仁人先生がこうなってしまったのは、九年前の事件がきっかけです。でも、奏汰さん。あの事件はあなたのせいじゃないんです。だから、あなたは別に仁人先生の罪を被ろうとしなくていいんですよ」

 俺は、そんなことを思っていただろうか。……俺の中では、ただ単に、伊瀬の父親を犯罪者にするわけにはいかない、という意識が働いていたと思う。自分の親が犯罪者という境遇は、もう嫌というほど体験したから。この自分を全否定される苦しみを、彼女に与えたくなかった。

「あ、それと仁人先生から伝言です」

「伝言、ですか?」

「ええ。『伊瀬を頼む』と」

 ……それをどんな表情で言ったのだろうか。乙黒さんの笑顔からは何も読み取れない。

「でも俺は、仁人先生の恨む相手の息子ですよ? 血が繋がってます」

「子供には、罪はないですから。それに、伊瀬さんと奏汰さんはぴったりですよ。きちんといつでも面倒が見られるように隣の部屋にしてあげたんですから」

「…………………………」

 罪は、ないのだろうか。

 俺には、嫌というほど父の思考が分かる。俺には、潜在的な犯罪素質がある。それは、きちんと遺伝されてしまった。

 父が犯罪者なら、その血を半分受けている俺も犯罪者だ。

 ………こういう思考自体が、乙黒さんに異常と言われる所以なのだろうか。

「それにしても、よく犯人が分かりましたね」

「生徒の家を燃やすんですから、住所情報を手に入れやすい教員の方を疑うのは当然の話です。それに成宮さんの協力もありましたからね」

「あ、そう言えば、乙黒さん。成宮さんにいろいろ教えましたよね。止めてくださいああいうこと」

 俺がそう言うと、乙黒さんは一瞬きょとんとし、すぐに声を立てて笑い始めた。

「くくっ……それ、鎌かけられたんですよ。私は全然あの子に情報流してませんから」

「なっ!」

 マジかよ……、乙黒さんと同じくらいやっかいな存在だ。これからの付き合いも気を付けよう。ブラックリスト追加、と。

 こんこん。

 突如、部屋にノックの音が飛び込んできた。

「はいー、入ってます」

 と返事したのは乙黒さん。

 返事の種類を気にしないで、その扉を開いたのは――、伊瀬……だろうか。

「あ! かーなん! 起きたんだね!」

 伊瀬か。ポニーテールにしてないと分からない。

 俺の元へすたすたはや走りしてくる彼女をよそに、乙黒さんは立ち上がる。

「それじゃ、私はお暇しますかねー。お邪魔すると悪いですし」

「あの、この拘束は――」

「ん? なんですか~?」

 どうやら取ってもらえないようです。もう意識が戻ったから暴れないのに。

「伊瀬さん。実はですね……奏汰さんの、あなたに向けた愛の告白を録音することに成功したんですよ!」

「な、なななんと!」

 そこ、意気投合しないで。

「乙黒さん、もしそれを伊瀬に聞かせたら、調査と銘打って保健室で毎日さぼってたことを本庁に苦情出しますよ」

「ほほー、脅しのつもりですか、奏汰さん」

「ええ、がっつり脅しです」

「つまり、これはあなたの弱みということを自ら認めたということですね! やった!」

 何故喜ぶ。一応お互い弱みがあるはずなんだけど……。

「仕方ないので一応これは伊瀬さんには秘密にしてあげますよ」

「ええー! なんでですか! 聞かせてくださいよー」

 伊瀬が渋る。……だろうね。これを予想して、この場面で乙黒さんはこの話題を振ったのだから。

「本人に直接、愛の告白されたんだからいいじゃないですか伊瀬さん」

「ばっ、馬鹿なこと言わないでください……」

 ここ病院ですよ。なんか雰囲気おかしいですよ。可愛いからいいけど。

「じゃあ、さようなら。また遊びに来ますね。明日」

 明日かよ。仕事してください、仕事。

 俺と伊瀬はそれぞれ別れの挨拶をしました後、彼女は先ほどまで乙黒さんが座っていた椅子に腰かける。

 結局、父の行方の話にはならなかった。どういうことなのだろうか。

 今日は私服だ。伊瀬の私服を見るのは初めてになるのだろうか。いつも八七橋の私服は見てたけどね。やはり人格が違うと着る服のセンスも異なるようだ。伊瀬は、露出が多めの明るい色の服を好むし、八七橋はスカートこそいつもはいているものの、どれも落ち着いた暖色系だ。

「かーなん、どこも具合悪くない? 大丈夫?」

 彼女は急激に縮こまって、申し訳なさそうな表情をする。どうしたのだろうか。

「私が、刺しちゃったんだよね……、ごめんね」

「あぁ、いいよ。もうあんまり痛くないしね、まだ動かしちゃだめみた――え?」

 今、伊瀬謝らなかったか?

 ……この傷を付けたのは八七橋だ。

「伊瀬、人格――」

「あ、うん。人格統一ね。失敗だったよ」

 失敗?

「じゃあどうして……」

 俺が呆然としていると、彼女はにこりと笑う。

「つまりね。こういうこと」

 その瞬きの瞬間、彼女の目はきりりとしたものに変わる。

 あれ?

「その、私こそが謝るわ。……本当にごめんなさい」

 これは、雰囲気からして八七橋だろう。服のひらひらを気にして怪訝な顔しているところからして間違いない。

「いいよ、気にしてないから」

「でもね、日向井くんもいけないと思うのよ。あんな演出しなくたって良かったじゃない」

「ごめんごめん。でも、あれも必要だったんだよ。大きなショックを与えるってことで。……それで、結局どういうことなの? 意識の切り替えが自由にできるようになったってこと?」

「そうね。簡単に言えばそんなところよ。記憶も完全に共有されてるわ。だから、今の会話、伊瀬にも聞こえてるのよ」

「他の人格は?」

「今あるのは、私と伊瀬、そして……」

「主人格?」

「そうね。でも、彼女とはまだ記憶の隔たりがあるし、お互い会話もできないわ」

 ふーん、よく分かんないな。要するに、孤立してるってことだろうか。

「なんだか何人もいて大変そうだね」

「本当よ! 伊瀬が日向井くんについて変なことばかり言ってくるから……」

 いや、どんな話してんだよマジで。

「それで、つまりは学校に行っている時の人格は伊瀬で、学校を休んでいる時の人格が八七橋なんだよね?」

「そういうことになるわね」

 だから伊瀬は日にち感覚や曜日感覚が狂ったりしていたのか。うまくすれば、今週一日しか学校行ってないよ! みたいな状況もあるのか。

 今まで、二人がどんな条件で切り替わっていたのか謎だけど。今は、知らなくてもいいか。

「あ、そういえば、そこの冷蔵庫にプリンあるけど食べる?」

「ないわよ」

 彼女は俺を睨む。

「……くそう」

 確認済みだったか。彼女をからかうのはまた今度にしよう。

 そういえば、冷蔵庫の中身を知っているということは、この病室を何回か訪れてたということだろうか。

「ねぇ、もしかして、結構お見舞いに来てくれてた?」

「そりゃもちろん!」

 にっこり笑顔が今日も素敵だね。

「………………」

「何? どうしたの?」

「あの、できればあまり急に人格変えないでもらいたいんだけど……話すとき結構困るし」

「おろろ? 何かやましいことでもあるのかな?」

「ないない、そんなもんはない」

 伊瀬とふざけていちゃいちゃの会話してる途中で急に八七橋に変わったらと思うと背筋が寒くなるとかそんなことはない。

「それにしても、乙黒さん綺麗になったよねー! 昔から綺麗だったけど」

「あー」

 そう言えば、記憶が戻ってからだから、昔と比べることができるのか。

 乙黒叶さん。昔、伊瀬がまだ日向井伊瀬で、俺の妹であった頃、よく遊んでもらっていた隣の家に住むお姉さんだ。今はあんなに嫌味ったらしい優秀な刑事になってしまいやがりましたけど。

「何? まさか、かーなん惚れたの?」

「ちゃうちゃう、んなわけない」

「怪しいですなぁ。まぁかーなんはかっこいいからね~、皆のかーなんだもんね」

 嫉妬とかは、ないんだろうな。まだ恋とか愛とか、修復されたわけじゃないんだから。むしろ、修復可能な代物なのだろうか。彼女の心の穴を塞ぐには、何が必要か俺は知らない。 

「とうっ!」

 まるで何かに飛び込んだような掛け声だが、実際は立ち上がって、靴を脱ぎながらベッドに上ってきただけです、はい。

「いや、え、ちょっと」

「おおー? 何焦ってるのかーなん。ただ拘束具を取ろうとしただけだよ? もしかして、何か期待してた?」

 彼女は俺の腰に跨って二の腕の拘束具を緩め始める。……にやにやしながら。

 いや、期待とかね、全然全くこれっぽっちもしてないよ。でも、パンツが見えてるのは秘密にしとこう、なんとなく。

「ねぇ」

 かちゃかちゃと音が響く中、俺は彼女に声をかける。

「父さんと会わなかった?」

 ふと、作業していた手が止まる。

 何故乙黒さんが父の行方について触れてこないのか。真犯人が分かったから、容疑者であった父はもうどっちでもいいと? そんな訳ない。父はまだ出所してきたばかりだ。

「…………会ったよ」

 やはりそうだ。俺の予想通りに父は行動しているはず。

 そして俺は、恐る恐る次の質問を放った。

「それで、どうなった?」

 彼女の表情を、俺は窺わなかった。俺は弱いから。

「私に昔のことを思い出させようとしてきて……それで、襲ってきたから戦った。いつもナイフ持ってたから。それで、脚を切られたけど、私は腕に刺し込んだよ。そしたら、帰って行った」

 …………え? 

 つまり、殺しも殺されもせずに、終わったってことか?

「…………………………」

 彼女が嘘をついているとは思えない。

 これが現実なら……、何か………。

「主人格……か?」

 彼女の中の主人格が出てこなかったから、だから、父は殺さなかったのだろうか。俺が今回ここまでしても主人格は姿を現さない。きっと、父も会えなかったのだろう。

 父の犯罪は、やはり完成されていない。

 彼女の人格が元に戻らなければ、父は彼女を殺さないだろう。

 でも、いつか。

 再び狙ってくるはずだ。伊瀬を。何度でも。

 それとも、俺の思考は父の思考とは異なっているのだろうか。

 ……正解は分からない。

 とにかく今は、彼女が生きていて、ここにいるということが救いだ。

「伊瀬、ごめんな。辛いこと聞いて」

「か、かーなん……」

「お、おう?」

 彼女は俺の胸に顔をうずめてくる。瞼が動くのが分かって少しくすぐったい。

 俺は、結局伊瀬に触れることができるようになった。まだ抵抗はあるけど。

 解放された左腕をぎこちなく動かし、彼女の頭を撫でる。

「んう……」

 彼女は全てを思い出している。人格を変えなければならなかったほどのショックも、全て思い出しているんだ。そんな彼女が、数日でこんなに、何事もなかったかのように振る舞えるはずがない。

「かー……なあん。胸のあたりが……痛いよ……」

 彼女は無理をしているんだ。俺でも分かる程分かりやすく、彼女は心配かけまいとしている。

「大丈夫だよ」

 俺はそんな彼女の傍にいて、ずっと彼女を心配しよう。これは、愛……なのかどうかよく分からないけど、まぁいいだろう。

 彼女はトラウマを受け入れた。それは、壮絶な苦しみを伴っただろう。

 俺は、そこまで真っ直ぐ傷を見つめられないだろう。逃げてばかりだから。

 彼女は、強い。だけど柔軟性がなく、儚い。

 それを誰かが支える必要があるんだ。

 彼女は涙を俺の病人服で拭って起き上がる。

「……かーなん、学校ね。すごいことになってるんだよ?」

 でしょうねぇ……行きたくない。

「いやぁ、これでようやく堂々と付き合ってる宣言できるわけだね! 道のりは非常に長かった……」

 彼女は腕を組んでうんうん唸っている。

 うん?

「あれ? ちょっと待ってよ。まだ付き合うとは言ってないよね?」

「………へ?」

 彼女はぽかんとした顔をする。

「だ、だだだって私のこと好きって言ったじゃん! 皆の前で!」

「いや、言ったけどさ。付き合うとは言ってないし……」

「なにそれ! 私もかーなんのこと好きだよ? だったら両想いで付き合って結婚でしょ?」

「ちょっと待て。段階がなんかおかしい」

「もー!」

 ごめんなさい。

『付き合う』って行為が、まだ俺には受け入れられないから。……弱いなぁ。

 俺も彼女のように現実を全て受け入れて、勝負する強さを得なくてはいけない。

 いつか、付き合うよ。結婚は、分からないけど。

 俺は、彼女に向けて微笑む。彼女はむくれ面をしていたけど、数秒して、微笑んだ。

 付き合っても付き合わなくても、とりあえず、俺の気持ちはきちんと彼女に届いているようだった。それなら問題なし、かな。

 ふと、未来のことに思いを馳せる。

 俺は、伊瀬に触れることができるようになった。伊瀬は、記憶の共有ができるようになった。

 だけど。俺たちは、まだまだ矛盾している。ズレている。

 人生ってそういうものだと思う。これから、ゆっくり一つずつ、解していけばそれでいい。急ぐ必要だってない。

 愛さえあればなんとかなる、なんて。俺にはまだ言えないけど。

 少なくとも一歩前進している。

 俺は、彼女の幸せを願いながら過ごしていけばいい。ただそれだけで、きっと何倍も毎日が楽しくなるから。

kou segawa


***The Nest is:『霞み』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ