将棋指しは奥山越えの夢を見るか?(解決編)
「なるほどな……分かったぞ」
おっと、たっちゃん、自力で解けたみたいっスよ。
迷惑な話っスね、ほんと。
「答えは何ですの?」
「最後の五手が怪しい、だ」
ぶはッ! そんなの、誰にでも分かるっス!
問題はその先っスよ。
「あのさ……真面目に解く気があるの?」
「それはこっちの台詞だッ! 捨神たちこそ、真面目にやれッ!」
「いきなりボランティア活動しろって言われてもね……まあ、いいや。暇つぶしにはなってるし、みんなで少し考えてみようか。考慮時間、一分だよ」
レッツ・シンキングタイムっス!
……………………
……………………
…………………
………………
「誰か、いいアイデアは?」
だぁれも返事をしないっスね。
この角ちゃんも、お手上げっスよ。
「ちょこちょこ気になる点はあるんだけど、解決には至らないかな」
あ、ふたばちゃん、それは私も一緒っス。
なんとなく、ヒントになりそうなことは、思いつくんっスけどね。
「こういうときは、みんなの意見を集めてみた方が良さそうだね。どうかな? ふたりずつコンビになって、順番に推理していくっていうのは?」
「なんでペアになる必要があるんっスか?」
「独り言で推理するのは、難しいだろ?」
そう言われると、そうっスね。
カンナちゃんとかは、黙っちゃいそうっス。
「じゃあ、ペアを組むっス」
「オッケー、会長・副会長コンビは、確定だね」
「え? ボク、たっちゃんと組むの? ……不安だなぁ」
「ふたば、そんなこと言わないでくれ……」
「じゃ、残りはグッパーで……」
おっと、ここは角ちゃんの気配りが爆発するっスよ。
「私は、エリーちゃんと組むっス」
「あら、大場さんがわたくしに好意を示すなど、unheimlichですわね」
エリーちゃんに好意を示してるわけじゃないっス。
カンナちゃんに九十九くんを譲ってるんっス。
「じゃ、僕と飛瀬さんだね。それぞれ五分ずつ話し合おうか」
「別々に分かれて?」
「いや、各ペアが順番に、だよ。他のペアの推理を聞いて、参考にするんだ」
九十九くん、ナイスアイデアっス。
「どのペアからいくっスか?」
「『まず隗より始めよ』で、僕と飛瀬さんのペアからいくよ」
「了解っス」
「いきなり答えを見つけないでくださいまし。Nüchternですわ」
「もう何でもいいから解決してくれ……」
「ボクたちのペアは、最後でいいかな。めんどくさいし」
「はいはい、スタートね。飛瀬さんは、この棋譜について、何か感じた?」
レディファーストっスね。
九十九くんは紳士っス。
「まず……最後の五手が怪しいっていう会長の指摘は、合ってると思う。それ以外の部分はノイズなんじゃないかな」
あ、それは角ちゃんも思ったっス。
ただそれだと、無駄が多過ぎる気がするんっスよね。
残りの七十六手が何のためにあるのか、それを考える必要がありそうっス。
「ふぅん、飛瀬さんは、最後の五手に集中するわけだね」
「九十九くんは?」
「僕はもうちょっと、歴史的にアプローチしてみたいかな。そもそも、最後の五手だけが重要なら、なんでわざわざ江戸時代の棋譜を選んだんだろうか? 羽生森内の名人戦とか、いくらでも素材はあると思うんだけど」
これは鋭い指摘っスね。
確かに、江戸時代の棋譜を探してくるのは、骨が折れるっスよ。
「うん……ってことは、江戸時代であることに、意味があるのかな?」
「僕はそう読んでるんだ。ただ、それがどういう意味かと訊かれると……」
あぁ、時間だけがどんどん過ぎていくっス。
会長も、そわそわしてるっスよ。
「……少し、雑学的に考えてみようか。こういうときは、何気ない情報が、核心を突いてたりするからね。江戸時代と言えば、庶民の間で将棋が流行っただけでなく、初代大橋宗桂が将棋所を預かり、徳川家に仕えた時代なんだよね。徳川秀忠の日記には、中飛車の言及があるらしいし、特に、徳川家治なんかは、もの凄く将棋に凝ってて、自分で詰め将棋を創作してたくらいだから」
へぇ、そうなんっスか。
歴史上の有名な人物が出てくると、わくわくするっスね。
「辻さんも博識だから、このへんの知識は押さえてるはずなんだ。そんな彼女が、なぜ江戸時代の棋譜を選んだのか、そこにヒントが隠されてる気がするけど……」
さっきから、九十九くんの独演会になってるっスね。
カンナちゃんは黙って聞いてるし、もっとアピった方がいいっスよ。
聞き上手が好きな男の子も、いるとは思うっスけど。
「ん、ちょっと待ってよ……徳川家治……」
「どうしたの? 何か引っかかった?」
「家治は、棋譜について、何か改革をしたような……思い出せないな……」
「生類憐れみの令?」
間違ってる上に、将棋と全然関係ないっス!
「飛瀬さん、それは聖徳太子だろ?」
それも間違ってるっス! 時代を遡り過ぎっスよ!
「はい、そこまでですわッ! ……五分経ちましてよ」
エリーちゃんは、あいかわらずの出たがりっスね。
九十九くん、大切なことに言及してる気がするんっスけど。
「まあ、僕だけ喋ってても仕方ないし、ポーンさんと大場さんの番だね」
「では、fünf Minutenしかありませんし、早速参りますわよ。わたくしの考えでは、棋譜に出てくる数字がwichtigだと思いますの」
「ごめん、ポールさん、推理のときはドイツ語禁止で」
そうっス! 九十九くんの言う通りっス!
コミュニケーション拒否と受け取るっスよ。
「Hmm......失礼致しました。数字が重要だと思いますの」
「どういうことっスか?」
「ヴォナ子さんの検索によれば、この棋譜は、途中までしか合っていませんの。そして、明らかに指し掛け、つまり中断されています。これは、わざと棋譜を八十一手で終わらせるためだと推測いたしますわ」
おっと、これはいい指摘かもしれないっス。
これなら、残り七十六手も、数合わせのために必要だったと考えられるっス。
「そうっスね、八十一は、将棋だとマジックナンバーっス」
「大場さんも、お気づきですわね。……そう、盤のマス目の数なのです。将棋盤は九×九ですから、八十一マスありますのね。棋譜の手数がこれと一致してるのは、何か策があってのことと思いますわ」
エリーちゃんも、やるっスね。
将棋界では、八十一歳を「盤寿」で呼ぶくらい、大切にされてる数字っス。
伊達に日本文化に精通してないっスよ。
でもでも。
「マス目の数で終わってるから、何なんっスか?」
「うぐッ……それは……」
詰めが甘いっスよ。
必至を掛けたのに、詰まし損ねてるくらい甘いっス。
「Hmm......もしかすると、暗号は将棋盤と関係があるのかもしれませんわ」
「将棋盤っスか? ……さっき並べてて、何も気付かなかったっスけど?」
「……」
あ、黙っちゃったっスね。
そろそろ、バトンを渡してもらうっス。
「角ちゃんの意見を言ってもいいっスか?」
「よろしくてよ」
じゃあ、角ちゃんの推理を披露するっス。
「私がずっと気になってるのは、暗号の最後にある、謎の文章っス」
「うん、それについては、僕も気になってたんだよね」
九十九くんだけじゃなく、多分、みんな気になってたっス。
【あさきゆめみし伊藤流】の箇所っスね。
これって、すっごく意味深っスよ。
「『あさきゆめみし』は、いろは歌の一部っス。それに、伊藤流って言うのは、将棋の駒の並べ方っスよ。だから、エリーちゃんの言ってることは、多分正しいっス。将棋盤に、何かヒントが隠されてると思うっス。で、問題は……」
「あら、もう時間切れですわ」
ちょっと、エリーちゃんは黙ってて欲しいっス!
今からが推理の本番なんっスから。
「あと三十秒で終わるっス」
「ダメですわ、時間は厳守いたしませんと」
これ、そういうゲームじゃないっス!
たっちゃんのために暗号を解読する、話し合いっスよ。
……まあ、別にいいっス。この暗号が解けなくても、問題はないっス。
「じゃ、最後に、会長・副会長コンビだね。どうぞ」
会長はあんまり役に立たなそうっス。ふたばちゃん頼りっスねぇ。
「とは言っても、九十九くんたちに、全部言われちゃってるんだよね。ボクも、八十一手で終わってたのは気になるし、棋譜が江戸時代であることにも、意味があると思う。それに、角ちゃんが指摘した、いろは歌と伊藤流の部分も、解決のキーに間違いないよ」
「全部合わせたら、どうなる?」
たっちゃん、それを自分で考えるっス!
「そうだッ! ボナ子さんなら、解読できるんじゃないかッ!?」
「申し訳ございませんが、私には将棋以外の機能が、搭載されておりません」
「どういうロボットなんだよ……」
「たっちゃん、とりあえず、伊藤流の方を考えてみようか。確か……」
「この数字の順番に、駒を並べていく作法だよね?」
うぅん、角ちゃんは、名前を知ってるだけで、具体的な順番は知らないっス。
高校生になるまでは、ネット将棋オンリーだったっスからね。
「そうだね、これが伊藤流。玉→金→銀→桂まで並べて、いきなり歩に移るのは、香車、飛車、角が、敵陣に直通しないための礼儀だね。大橋流の改良版さ」
もう、会長は置いてきぼりっスね。
九十九くんが、出しゃばりだしたっスよ。
「これと、いろは歌が関係あるのかな?」
「伊藤流といろは歌の関係なんて、聞いたことがないけどね。そもそも、伊藤流を考案した伊藤家は、将棋家元三家のひとつで、歌人でも文人でもないよ」
「そういう文学的なヒントなのかな? 何か違う気がするけど」
ふたばちゃんたちに分かんないなら、角ちゃんレベルではお手上げっスね。
私は将棋が強くても、将棋の歴史や制度については、さっぱりっス。
「……万事休すかな」
「諦めるなッ! もっと粘れッ!」
「それが人にものを頼む態度かい?」
「諦めないでくださいッ! お願いしますッ!」
会長、悲惨なことになってるっスね。
別にいじめるつもりはないんっスけど、分かんないもんは分かんないっス。
そもそも、暗号なんか解かなくても……。
「ん、待てよ……」
おっと、九十九くんが、何か思い出したみたいっス。
「どうした、捨神?」
「棋譜、将棋盤、いろは歌……なんだ、簡単じゃないか」
こ、これはもしかすると、もしかするっスよ。
みんな、固唾を呑んで見守ってるっス。
「……解けたよ」
「マジかぁッ! 答えは何だッ!?」
「そう焦らないで欲しいな。解法は分かったけど、答えはまだだから」
どういう意味っスかね?
解き方が分かったのに、答えが分からないって、変っス。
「どういうことだッ! 説明しろッ!」
「だから、そう焦らないでよ。……ちょっと電話するね」
あ、テレホンタイムっスか。
クイズ番組でテレホンは地雷って、それ誰でも知ってるっス。
「……あ、もしもし? 姫野さんですか? はい、捨神です。お忙しいところ、どうもすみません。実はいろは譜についてひとつ……はい、そうです。いろは譜の符号です」
いろはふ? 何のことっスかね?
みんな、ぽかんとしてるっス。
「……分かりました。いろはにほへと、ちりぬるを、わかよたれそ、つねならむ、うのくやま、けうこえて、あさきゆめみし、ひもせす、京、一三五六七八十百千万、花鳥風月、春夏秋冬、柳桜松楓、雨露霜雪、山谷川海、里村森竹、草石ですね。ありがとうございます」
な……何が何やら、さっぱりっス……。
前半はいろは歌っスけど、後半は四字熟語の羅列みたいな感じっスね。
ただ、四字熟語じゃないのもあるみたいっス。
それに、いろは歌の一部も、何かおかしかったっスよ。
「解説を求めます」
「そうっス! エリーちゃんの言う通りっス!」
「ハハハ、もう答えは出てるんだよ。……今、僕が言った文字数は?」
そんなの口頭で分かるわけないっス!
「もったいぶらずに言えッ!」
「会長も、気が早いね。……八十一文字だよ」
「八十一? そ、それって、この棋譜の……」
「そう、この棋譜の手数であり、かつ、盤のマス目の数。つまり……」
「こうさッ!」
ぶはッ! 何っスか、これは!?
「何だこりゃ?」
「これが、江戸時代に使われていた、いろは譜だよ。マス目の位置を数字で表す代わりに、仮名と漢字を使ってるんだ。で、みんな、もう答えは分かったと思うけど……僕には、何で辻さんがわざわざ、通帳の在り処を暗号にしたのか、その理由も見えたね」
どういうことっスかね?
辻さんの考えてることなんて、分かりっこないっス。
「いいから、答えを言えッ!」
「たっちゃん、答えはもう、明らかだよ」
さすがは、ふたばちゃんっス。
でも、角ちゃんが先に、いいとこ取りしちゃうっス!
「最後の並ばない五手を、ここに当て嵌めるんっスよ。だから……」
「こうっス!」
8九金、4二角、7八玉、1四歩、4九香っスよ。
みんな、ちゃんと覚えてたっスか?
「山、け、秋、に、き? ……何だそりゃ?」
ここまでヒント出して分かんないんっスか!
会長、推理に向いてないっス!
「そこで伊藤流だよ。玉→金→銀→桂→歩→香→角→飛の順に並び替え」
あらら、ふたばちゃんに、最後の最後で持って行かれちゃったっス。
悲しいっス。
「玉、金……『秋山にきけ』……だと?」
正解っス!
そして、くっそどうでもいい情報が出てきたっス!
「秋山さんが持ってるのか? だったら、単にそう言ってくれれば……」
「そこで、きみの行動が問題なんだよ、箕辺くん。秋山さんから、辻さんのメールアドレスを聞き出すとき、今回の紛失騒動を隠しただろ?」
「うッ……どうしてそれを……?」
「さっき言ってたじゃないか。『オレとふたばと佐伯と辻さん以外で、このことを知ってるのは、おまえたちだけだ』ってね。わざわざ秋山さんを飛ばしてるんだから、内緒にしたのが丸分かりだよ。大方、『ちょっと過去の成績について知りたいので』とか、そういう口実で訊いたんじゃないかな?」
たっちゃん、ぎくッとしてるっス。
図星っスね。
「じゃ、辻さんの立場になって、考えてみようか。こんな忙しい時期に、見ず知らずの後輩から、メールが届くわけだ。もちろん、きみだって失礼にならないよう、『OBの秋山さんから、アドレスを教えていただきました。合併時に作った通帳がどこにあるか、ご存知ありませんか?』と、前置きしたんじゃないかな?」
「あ、当たり前だろ。知らない奴のメールだと、警戒されるからな」
「で、辻さんは思うんだ。『こいつ、バカじゃないの? その秋山が持ってるのに、なんで私に訊くかな?』って」
「……あッ」
なるほどッ! 角ちゃんにも分かったっス!
「だから呆れて、暗号文にしたんっスね」
「そう、それが、理由のひとつ。もうひとつは……」
コンコンコン
ん? 誰かが、ドアを叩いてるっスよ?
「誰かいるんじゃないの? 箕辺くん? 飛瀬さん?」
く、蔵持前会長の声っス!
「い、今、開けますッ!」
ほんとに、蔵持前会長っス……ついに、バレたんっすかね?
「く、蔵持先輩、つ、つ、通帳の件は、もう解決しましたッ!」
「通帳? ……秋山さんのところに、行ったの?」
「へ?」
何か、様子がおかしいっス。話が噛み合ってないっスよ。
「僕が秋山さんから通帳の写しを貰ったとき、そんな話はしてなかったけど?」
「え? 蔵持先輩が? 写し?」
「うん、秋山さんから毎年、通帳の写しをもらうのが恒例だから。本当は、会計監査の僕がやったらダメなんだけど、会計の佐伯くんが、秋山さんと面識ないからさ。ちょうど駒桜の近くに寄ったから、ついでにと思って。……はい、これね」
「あ、ありがとうございます……」
ぶはッ! 完全に独り相撲だったっス!
これはたっちゃん株、ストップ安の展開っスよ!
「ま、こんなことだろうと思ったけどね……。これが、2つ目の理由だよ」
「どういうこと?」
カンナちゃん、もっとアピールするっス。
「辻さんなんて、もう何代も前の会長だろう? その時点で通帳一式が紛失していたら、そのあとの代は、どうやって会計報告を済ませてたんだろうね? 辻さんは、紛失事件がそのうち自然と解決するのを知ってたから、わざと暗号化したんだよ。解けなくても問題ない。そういう前提のいたずらなのさ」
「……」
そうっスよ。角ちゃんも、ずっとそのことが気になってたっス。
だから暗号が解けなくても、前会長に訊けば、分かると思ったっス。
前会長が知らないなら、昨年度も不正会計をしてることになるっスからね。
「そ、そうだな……オレがバカだった……」
あぁ、会長が、涙目になってるっス。
男子高校生が、人前で泣いちゃダメっスよ。
「たっちゃん、しょげちゃダメっス!」
「そうだよ。どれだけ不器用でも、たっちゃんはたっちゃんだよ」
「Herrミノベは、unser Führerですのよ」
「今回は面白かった……母星に報告しないと……」
「ま、箕辺くんでないと、この面子には突っ込みきれないからね。これからも、よろしく頼むよ」
「おまえら……優しいのか優しくないのか、さっぱり分からんが……感謝する」
これが、将棋部員たちの友情っス!
よぉく目に焼き付けておくっスよ!
「えぇと……きみたち、駒桜の部室に集まって、何やってたの?」
蔵持前会長だけ、完全に置いてきぼりっスね。
ここは誤摩化すっス。
「江戸時代の古い将棋を並べてたっス」
「へぇ、姫野さんみたいなことしてるんだね。……どんな棋譜?」
「じゃ、全員揃ったことだし、続きを並べようか……ボナ子さん、よろしく」
「了解。2六桂以下、3二金、同飛、5五角……」
これで、事件も一件落着っス!
あとはみんなで、将棋を楽しむっスよ!
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