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この謎が解けますか? 2  作者: 『この謎が解けますか?』企画室
この謎が解けますか?
17/36

将棋指しは奥山越えの夢を見るか?(棋譜並べ編)

「初手は……7六歩、3四歩っスね」

 めちゃくちゃ普通っス。

「2六歩、4四歩、4八銀、3二銀。要するに、対抗型ってわけだ」


挿絵(By みてみん)


 居飛車(いびしゃ)vs()飛車(びしゃ)っスね。

 今でも普通に現れそうな序盤っス。

 ただ、現代将棋なら、4八銀の前に5六歩が多いっスよ。

「これではein bisschen langweiligですわ」

 エリーちゃんが何か言ってるけど、分かんないから無視するっス!

 日本語じゃないと会話に入れないのが、鎖国大国ニッポンっスからね。

「5六歩、5四歩……ここも普通ですね」

 おっと、カンナちゃんが加わってきたっス。

 九十九(つくも)くんにアピるなら、もっと積極的に行った方がいいっスよ。

「古棋譜が変化するのは、次あたりからだよ。……と、いきなり3六歩か」


挿絵(By みてみん)


「これは珍しいっスね」

「昔の対振りと言えば、急戦だからね。3六歩は、当時としては普通かな。3三角、5八金右、4二飛、5七銀」


挿絵(By みてみん)


「オッケー、居飛車急戦vs四間飛車(しけんびしゃ)だね」

「5七に出たのは右銀ですから、この時点では分かりませんわ」

「それは関係ないよ。十八世紀初頭なら、左銀急戦は、まだ開発されていないはずだから。それに、この時代の主流戦法は、3七桂と跳ねて、3五歩〜4五歩と突くパターンさ」

 あ、それならこの(すみ)ちゃんも、知ってるっスよ。

「4五歩早仕掛けっスね?」

 ……あれ? 九十九くん、渋い顔してるっスね。

 結構、自信あったんっスけど。

「ちょっと違うかな。4五歩早仕掛けじゃないんだよね……まあ、それは並べていけば分かることさ。6二玉、6八玉、7二玉、7八玉」

 王様を囲い始めたっスね。

 藤井システムなんかないし、居玉は避けないとダメっスよ。

「ここで6二銀か」


挿絵(By みてみん)


 この手は、現代から見ると、ちょっと変っスね。

 普通なら8二玉〜7二銀と、美濃囲(みのがこい)いに組むっス。

 あるいは、8二玉〜9二香からの()(あな)も有力っスよ。

「後手は、何という囲いですの?」

早囲(はやがこ)いだね」

「Hmm......ich weiß es nicht......美濃囲いは、まだありませんのね」

「いや、美濃囲いは既に、あるんだよ。ちゃんと、その通りの名前でね。美濃の通音(つうおん)日長(にっちょう)という人が好んで指してたからって説もあるけど、農具の(みの)に似てるからって説もあるよね。表記方法も、箕囲いと美濃囲いでズレてるし、何とも言えないかな。ひとつだけ言えるのは、『名前の由来が美濃の斎藤(さいとう)道三(どうさん)の築城に似てるから』って俗説は、多分間違いってこと。戦国時代の人物が出てくるのは、だいたい講談の作り話だよ」

 話がどんどん明後日の方向に行ってるっス。

 でも、こっちの方が楽しいっスよ。

「では、なぜ美濃囲いにいたしませんの? そちらの方が堅いですわ」

「理由は定かじゃないけど、何らかの欠陥があると考えられていたんだろうね。5筋位取りとか、そういう圧迫戦法に弱いと思われてたんじゃないかな。それに、当時は8六香〜7五桂なんかの玉頭(ぎょくとう)戦が盛んで、美濃だと崩れ易い進行が多かったのかもしれない。実際、美濃は上部からの攻めに弱いからね」

 そう言えば、江戸時代の将棋は、位をすっごく大切にするっス。

 これ、テストに出るっスよ。

「9六歩、9四歩、1六歩、1四歩と端を突き合ってから、2五歩、4五歩」


挿絵(By みてみん)


 ぶはッ! この手はないっス!

「Was!? 振り飛車側から角道を開けてはなりませんわ!」

「おっと、それは現代的な見方だよ。この角交換型四間飛車は、一七一〇年代にはよく見られた指した方で、いわば流行形だからね」

 それには、藤井(ふじい)(たけし)先生もびっくりっス!

 エキセントリック過ぎるっス!

「で、居飛車側は2六飛」


挿絵(By みてみん)


「角交換しないの?」

 そうそう、カンナちゃん、どんどん突っ込むっス。

「しないね。居飛車側は、角道を開けられても無視だよ。……そうじゃないかな?」

 あ、一応、ヴォナ子ちゃんに確認したっスね。

「……検索完了。一七〇一年十月九日の多曽都(たそと)座頭(ざとう)vs添田(そえだ)宗太夫(そうだゆう)、一七一三年六月十八日の布屋(ぬのや)太郎衛門(たろうえもん)vs山脇(やまわき)勘左衛門(かんざえもん)、一七一五年十月、日付不明の武田(たけだ)又市(またいち)vs西村(にしむら)又左衛門(またざえもん)、一七一六年五月十六日の元崎(もとざき)勾当(こうとう)vs伊豫屋(いよや)仁左衛門(じんざえもん)、すべて振り飛車側の角道開けに対して、居飛車側からは交換していません」

 さすがっス! ググるより速いっス!

「サンキュ。じゃ、先に進もうか。8二玉、3七桂……」


挿絵(By みてみん)


「やっぱりね」

「何が『やっぱり』なんっスか?」

「この1六歩〜3七桂〜2六飛戦法こそが、この時代における対四間の花形だよ。僕たちが見ているのは、当時の最新形ってことさ。ぞくぞくするね」

 マジっスか! こんなの、今じゃ誰も指さないっス。

「何が狙いですの?」

「3五歩と開戦して、同歩、3四歩、4四角、4五桂かな。ここで3六歩と伸ばさせないようにするのが、2六飛の意味。1六歩は、1五の角出を防止するためだね。姫野(ひめの)さん曰く、『十七世紀初頭から存在する右香落ち定跡の応用だと思われる』らしいけど、どうだろう。確かに、右香落ちの上手1六歩〜2六飛は、半ば定跡化されてたから、さもありなんってとこだけど」

 深いっスねぇ。

 右香落ちなんて、戦前にはもう廃れてたはずっス。

 平手とほとんど変わらないっスから。

「後手は7二金として、金美濃に組み替え。先手は予想通りの3五歩、同歩から6六銀」


挿絵(By みてみん)


「意味は8八角成、同銀、3六歩、同飛、2七角の防止だね。それプラス、5五歩、同歩、同銀と歩を補充して、3四歩、4四角、4五桂かな。このとき、振り飛車側から4六歩と捌かせないようにしてるのも、2六飛の効果だよ」

 見た瞬間は違和感があったっスけど、ちゃんと考えられてるんっスね。

 江戸時代の将棋だからって、バカにしちゃダメっスよ。

「後手からこれを防ぐ手はないから、5三銀。5筋を受けるよね。先手は5五歩、同歩、同銀、5四歩、6六銀と、一歩手に入れたよ。遅ればせながらの5二金に、3四歩」


挿絵(By みてみん)


「さあ、いよいよ開戦だ。後手は4四角しかないね。2二角は、2四歩、同歩、同飛、2三歩、2六飛のあと、2五桂〜3三歩成が防げない。そこで歩を取ろうと4四飛なんて上がったら、5七銀で即死しちゃうよ」


【変化図】

挿絵(By みてみん)


 あ、これは終わってるっス。

 2二の角に紐が付いてないから、飛車を動かせないっス。

「ここで待望の4五桂馬。6四銀の逃げに、2四歩と突いたね。同歩、同飛、2三歩、2六飛と一旦収めて……」


挿絵(By みてみん)


「さて、ここからは構想力が問われるよ。先手は、3三歩成、同桂、同桂成、同角の攻めのあとに、どうするか、後手は、その前に何を指すか、考えないといけないね」

「Keine Ahnungですわ。Sehr kompliziert」

「うーん、3三歩成を阻止する手がないっスから……」

「5五銀と出る?」

 カンナちゃん、過激っスね。

 でもでも、それはヤバいっス。

「それは危険だよ。同銀、同歩のあと、6一銀の割り打ちが残ってるから」

「……そっか」

 そうっス! 後手はまず、その傷を消さないと、強く戦えないっスね。

「というわけで、本譜は6二金左としたね。わりと自然な手かな。先手は3三歩成、同桂、同桂成、同角のあとに、もう一度3四歩のおかわり」


挿絵(By みてみん)


「角をどこに逃げるかだけど……次に5七銀が見え見えだから、4四角は無理だね。5七銀に5五銀と出たとき、5六歩と置かれて、角が邪魔で4四に下がれないだろう。2四角は角が質駒だから……2二角かな? 本譜は……うん、2二角」

「これでも、5七銀があるっス」

「だね。以下、5五銀、5六歩、4四銀、4六歩」


挿絵(By みてみん)


「この歩が厳しいね。2二角を逆用してる」

 そうっスね。これはちょっと、振り飛車が悪いっスか。

 3四の歩を何とかしないと、そのうち角を抜かれちゃいそうっス。

「さて、困ったな。4五歩を防止するには……ちょっと考えようか」

 おっと、シンキングタイムっスよ!

 みんなで考えるっス!

「考慮時間は一分だよ。スタート」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「僕はオッケーだよ」

「Mir auch」

「多分……大丈夫……」

「これは、比較的簡単っス!」

 あ、みんなこっちを見たっスね。

 でもでも、自信があるっスよ。

「じゃ、角代ちゃんからどうぞ」

「ずばり、5三桂っス!」


挿絵(By みてみん)


 っていうか、これしかないっス。

 正直、苦し紛れの一手だと思うっスけど。

「Keine andere Wahlですわ」

「私も同じ……」

「僕も、そう指すかな。先手に歩があれば、4五歩、同桂のあと、銀を逃げてから4六歩で終了なんだけど、あいにくの歩切れ。そこを突いた手だね。5五歩は同歩で、問題が解決してないし」

 その通りっス。

 5五歩、同歩、5三銀は、5四桂で「ぎゃふん!」となるっス。

 先手の歩切れを解消させるのも、マイナスっスよ。

「じゃ、先に進もうか。4五歩、同桂、4六銀は当然として……ん、これは」

 っと、九十九くん、微妙な顔付きっスね。

 でも、その方がイケメンも映えるから、不思議っス。

「ここで5五歩か……」


挿絵(By みてみん)


「銀の進出で4六歩がなくなったから、アリと言えばアリだけど……」

「5四桂と打たれてしまいますわ」

「見落としっスかね?」

「大丈夫と踏んだんだろうね。進めてみようか。5四桂、5二飛、6二桂成、同金」


挿絵(By みてみん)


「なるほどね」

 これには、角ちゃんも納得っス。

 谷忠兵衛さんも、本に載ってるだけあって、やり手っスね。

「見事に反撃されてますわ」

「そうだね。次の5六歩の取り込みが、猛烈に厳しいよ」

「受けるしかなさそう」

「うん、本譜も受けてるね。6八銀だ」


挿絵(By みてみん)


 こうなると、攻守逆転してるっスね。

 歩切れは痛いを、あらためて実感するっス。

「で、次は……へぇ」

 九十九くん、何だか面白そうな笑みを浮かべてるっス。

「先に見て損しちゃったな。……シンキングタイムだよ」

 じゃ、みんなで考えるっス!

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 むぅ……今回は、難しいっスね……。

「誰からいく?」

「わたくしからで、よろしいかしら?」

 おっと、エリーちゃん、自ら名乗り出たっすね。

 ドイツからの一番槍っス。

「いいよ」

「わたくしなら、6四桂と打ちますわ」


【エリザベート・ポーン案】

挿絵(By みてみん)


「7六桂を防いで7七銀なら、5六歩と取り込めます。エリーのwunderschönな一手が炸裂ですわよ、オーッホッホッホ!」

 その笑い方はどうかと思うけど、賛成っス。無策で5六歩と取り込むと、4五銀、同銀、2二角成で、目玉が飛び出るっスからね。


【変化図】

挿絵(By みてみん)


「私は違うかな……」

 あ、カンナちゃん、裏切ったっスね。

「飛瀬さんは?」

「私は4二桂」


【飛瀬カンナ案】

挿絵(By みてみん)


 ぐはッ! これもいい手っス! 気付かなかったっス!

「Wunderbar!! 3四の歩を払いながら、両取りですわ」

「正解は、どっちっスか?」

「一分の考慮時間なら、どっちもアリだよね。本譜は、4二桂馬」

「Hmm...」

 カンナちゃんの正解っスね。

 でもでも、これは咎めていきたいっスよ。

「こうなると、乱打戦だね。そのまま3四桂と跳ねられたら終わりだから、先手は4五銀と喰い千切って、同銀、3三金」


挿絵(By みてみん)


 す、すごいことになってきたっス……。

「いろいろ手があるように見えるけど、3四桂しかないかな。代わりに同銀、同歩成、同角は、2三の地点ががら空きになって、飛車を成り込まれてしまうよ」

「3四桂? 角を見捨てますの?」

「しょうがないよね。後手も2二金に2六桂として、すぐに飛車を取り返せるから。以下、3二金、同飛と進めば、駒の損得なし。現代でもアマ有段レベルだよ、これ」

 そうっスね。級位者じゃ、この将棋はちょっと指せないっスよ。

「本譜だって、以下……あれ? 何だい、こりゃ?」

「どうかした?」

「書き間違いかな……2六桂のあと、8九金になってるけど」

「そこに動かせる金は、ないっスよ?」

 反則っス。

「……おかしいな。最後の五手は、ひとつも並ばない。8九金、4二角、7八玉、1四歩、4九香まで。ボナ子さんの言う通り、七十六手目までしか正しくないみたいだ」

 意味が分かんないっス。

 悪手ばっかりだし、そもそも指すことすらできないっスよね。

「印刷ミスではありませんこと?」

「データから印刷してるんだ。ミスはありえないよ。ありえるとしたら、データミスの方だろうけど……だいたい、八十一手目で終わってるのがおかし……」

「おいッ! 分かったかッ⁉」

 あ、会長のお出ましっス。

 すっかり忘れてたっス。

「あ、箕辺(みのべ)くん、いいところに来たよ」

 たっちゃんの顔が、輝いたっスよ。

 完璧に勘違いしてるっスね。

「さすがは捨神(すてがみ)ッ! 答えは何だ?」

「答え? ……何の話だい?」

「暗号の答えに決まってるだろッ!」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「そんなこと、どうでもいいよ。それよりこの棋譜、間違って……」

「どうでもよくないだろッ! 今まで何やってたんだッ⁉」

「棋譜を鑑賞してたんだよ」

 ああ、たっちゃんが、頭を掻きむしってるっス。

 まるでお猿さんみたいっスね。

「何やってるの? オランウータンの真似?」

「おまえら、ふざけんなッ! オレがクビになったら、どうする気だッ⁉」

「どうもしないよ。そのときは、新体制でいくから」

 会長の存在意義を、完璧に否定してるっス。

 九十九くんは、やっぱり鬼っスね。将棋バカとも言うっス。

「くそぉ! オレは辞表を出すぞッ! やってられるかッ!」

「たっちゃん、落ち着いてよ」

 おっと、ここでふたばちゃんの登場っス。

「ふたば、やっぱりおまえだけが頼りだ」

「このままだと、ボクにも被害が及びそうなんだよね。副会長だし」

 さすがは、ふたばちゃん。天使な顔して、言ってることが腹黒いっス。

 副会長じゃなかったら、絶対に見捨ててるっスね。

「よぉし、こうなったら、連盟会長、副会長コンビの意地を見せるぞ」

 わお、すごいっス。会長から、炎が出てるっスよ。

 そんなふうに見えるだけっスけど。

「とりあえず、棋譜の中身を聞かせろッ! それがヒントだッ!」

「それなら喜んでやらせてもらうさ。まずは初手から……」

「かいつまんで言え! 時間がないッ!」

「ふぅ……仕方がないな。じゃあ、かいつまんで説明するよ。実は……」

 さあさあ、ミステリーの第二ラウンド、始まるっス。

***The Next is:『将棋指しは奥山越えの夢を見るか?(解決編)』

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