将棋指しは奥山越えの夢を見るか?(暗号出題編)
Author:稲葉孝太郎
「それは、絶対に成立いたしません」
「するよ」
「Unmöglich」
いやぁ、昼間っから、みんなお盛んっスね。
もっと、仲良く検討すればいいと思うっス。
横歩なんて、高校生レベルなら、どう指しても一局っスよ。
「じゃあ、成立しない理由を教えてくれないかな?」
「Sehr einfachですわ。まず6六銀以下、1六歩、同歩、1七歩、同銀、1八歩、同香、1九飛、2八金、2五桂、2六銀、2七馬、同金、1八飛成と、端を破りまして、2八歩の受けには、7三香がtreffendで終了ですのよ」
「へぇ、宮坂流は、一応研究してるわけだ。でもね……」
ドンッ!
うわッ! びっくりしたっス。
他のみんなも、驚いてるっスよ。
「おまえら、将棋してんじゃねぇ!」
この怒鳴ってる純情熱血ボーイは、箕辺辰吉。
通称、たっちゃん。駒桜市立高校の2年生っス。
市内の高校将棋連盟の会長で、偉い人っス。形式的に。
「あのさ、将棋部員が集まる場所で将棋して、何が悪いのかな?」
この超絶イケメンな白髪少年は、捨神九十九くん。
天堂高校の2年生で、将棋部の主将っス。
市内最強高校生の噂もある、実質的に偉い人っス。
ぶっちゃけると、ただの将棋バカっス。
「将棋をするために集めたわけじゃないんだぞッ!」
「たっちゃん、落ち着こうよ。ボクたちも、急に呼び出したんだから」
「ふたば、おまえもかッ! がつんと言えッ! がつんとッ!」
「そんなこと言われてもなぁ……ボクは、か弱い男の娘だし……」
「んなこたどうでもいいんだよッ! オレの首がかかってるんだぞッ!」
今怒られてるのは、副会長の葛城ふたばちゃんっス。
こんなに可愛いのに男の子だなんて、嫉妬しちゃうっスねぇ。
升風っていう、進学校の将棋部の主将っス。やっぱ偉いっス。
そして、腹黒いっス。
「もっとfreundlichかつlogischに話し合えませんこと?」
このルー大柴みたいな話し方をしてるのは、エリザベート・ポーンちゃん。
ドイツからの留学生で、藤花女学園っていうお嬢様学校の主将っス。藤花は女子校なのにめちゃくちゃ将棋が強くて、何度も県大会に出てるっスよ。
「捨神さんも、横歩取りでおかしなことを仰ってますし……」
「間違ってるのは、エリーさんの方だよ。さっきの局面で、1七歩に……」
「だから話を将棋に戻すなッ!」
ああ、会長がキレそうっス。
でも怖くないから、大丈夫っス。
「ところで、用件って何? 私たちを集めた理由は?」
ようやく登場したこの子は、飛瀬カンナちゃん。
自称、宇宙人っス。でもでも、それは周囲を笑わせるための冗談で、プロ顔負けの手品師だと思ってるっス。オカルトは信じないっスよ。
ちなみにカンナちゃんは、駒桜市立の主将っス。会長とは同級っスね。
「用件は、事前にメールで伝えただろッ!」
「『暗号の解読に協力して欲しい』じゃ、意味が分からないんだけど」
カンナちゃん、マジ正論っス。
最初、AVのモザイクを外す作業かなんかと、勘違いしたっス。
私みたいな清純派女子高生に頼んじゃダメっスよ。
「そ、そうだったか?」
「もういいよ。会長は放置して、横歩の決着をつけよう」
「ダメだッ! 今から説明するッ!」
会長、血圧がMAXっスね。早死にするっスよ。
「暗号ってのはコレだッ!」
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲4八銀 △3二銀
▲5六歩 △5四歩 ▲3六歩 △3三角 ▲5八金右 △4二飛
▲5七銀 △6二玉 ▲6八玉 △7二玉 ▲7八玉 △6二銀
▲9六歩 △9四歩 ▲1六歩 △1四歩 ▲2五歩 △4五歩
▲2六飛 △8二玉 ▲3七桂 △7二金 ▲3五歩 △同 歩
▲6六銀 △5三銀 ▲5五歩 △同 歩 ▲同 銀 △5四歩
▲6六銀 △5二金 ▲3四歩 △4四角 ▲4五桂 △6四銀
▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △2三歩 ▲2六飛 △6二金左
▲3三歩成 △同 桂 ▲同桂成 △同 角 ▲3四歩 △2二角
▲5七銀 △5五銀 ▲5六歩 △4四銀 ▲4六歩 △5三桂
▲4五歩 △同 桂 ▲4六銀 △5五歩 ▲5四桂 △5二飛
▲6二桂成 △同 金 ▲6八銀 △4二桂 ▲4五銀 △同 銀
▲3三金 △3四桂 ▲2二金 △2六桂 ▲8九金 △4二角
▲7八玉 △1四歩 ▲4九香 あさきゆめみし伊藤流
……………………
……………………
…………………
………………
「結局、将棋じゃないか。ふざけてるの?」
「ふざけてないぞ。いいか、来月が年度会計報告だってのは、知ってるだろ?」
「知らないよ」
「おまえが知ってるかどうかは、どうでもいい。……収支が合わないんだ」
高校生の団体なんだから、十円、百円合わなくてもいいっス。
最悪こっそり足しとけば、万事解決するっスよ。
会長は、頭が固いっスねぇ……。
「きみの財布でやりくりすればいいだろ?」
さすが九十九くん、将棋と同じで、柔軟さが売りっス。
「それができないから困ってるんだ」
「なんで? お小遣いが月五百円とか、そんな感じなの?」
「合わない金額が半端ないんだ……」
「いくら合わないの?」
「五十七万とんで八百九十七円」
ぶはッ! それはやばいっス!
合わないってレベルじゃないっス!
「まさか箕辺さんが、横領をなさっていただなんて……enttäuschtですわ」
「オレは横領してないッ!」
「将棋の神に誓って?」
将棋の神ってあたりが、九十九くんらしいっスね。
「誓うッ!」
……これは、潔白そうっスね。
たっちゃんは、嘘が吐けないタイプっス。
「Hmm......異教の神に誓われても、説得力がありませんわ」
「将棋部員なんだから、将棋の神様は絶対だよ」
宗教の話は危ないからやめるっス。
NGワードに指定するっスよ。
「角ちゃんは、どう思う?」
あ、ふたばちゃんが、私に話を振ってきたっスね。
自己紹介が遅れました。私が、大場角代っス。
駒桜北高校で、主将を張ってるっス。えっへん。
将棋の超強い、いたいけな女の子っス。
「たっちゃんは、横領してないと思うっス」
「そこじゃなくて……暗号の件だよ」
「それは、全然分かんないっス」
いきなりポンと出されて、解けるわけがないっス。
メールに添付しとくとか、いくらでも手はあったはずっスのにねぇ……。
「だよね……たっちゃん、とりあえずは、暗号の背景を説明したらどうかな?」
ふたばちゃんの意見に賛成っス。
会長は、幹事会のときもそうだけど、段取りが悪過ぎるっスよ。
「そうだな。……収支の合わない箇所は、どうやら繰越金なんだ」
「繰越金は、銀行に預けてあるんだろ? 消えるはずがないよ」
「そうだ、捨神、オレもそう思ったんだが……通帳が見当たらない」
あ、何だかやばい匂いが、ぷんぷんするっスよ。
横領だけじゃなくて、窃盗の線も考えないといけないっスから。
「盗まれたの?」
「まずはオレの話を聞いてくれ。この繰越金は、市内の信用金庫に預けてあったんだが、そこが別の銀行と合併して、今はないんだ」
「なくても、金は消えないだろ? 何を言ってるんだい?」
「だから、問題は通帳なんだ。合併時に新しいのが発行されたはずなのに、連盟の金庫にあるのは、合併前の古いやつだけ。それを合併先に持って行ったら、『お客様には新しい通帳を発行済みですので、これはお使いになれません』だ。カードも印鑑も紛失してて、どうにもならねぇ」
だんだん、事件の全貌が見えてきたっスよ。
「だったら、OBの誰かが持ってるんじゃないっスか?」
「そうッ! そこだッ! うちのOBの秋山さんを通じて、合併した年度の連盟役員を調べたら、辻さんが会長をしてた年なんだよ」
辻さんって言うのは、市内でも有名な女性の将棋指しっスね。
今は……大学四年生か、あるいは社会人かもしれないっス。
秋山さんって言う人は、知らないっス。駒桜市立のOBみたいっスね。
「だったら、辻さんに訊けばいいじゃないか?」
「訊いたに決まってるだろッ! 秋山さんにメアドを教えてもらって、そのまま辻さんに質問したんだッ! そのメールの答えが、これ何だよッ!」
おっと、テーブルを叩くのは、禁止っス。
まあ、駒桜市立の備品がいくら壊れても、私は構わないっスけどね。
そもそもこの部室、物置き小屋みたいで窮屈っス。拡張するっス。
「つまり、通帳の在り処を尋ねたら、棋譜が返ってきたわけ?」
「そうだ……信じられないかもしれないが、マジなんだ」
なんか、辻さんも噂通り、変わった人みたいっスね。
「だとすると、辻さんは、通帳の在り処を知ってることになるね。犯罪の心配はないかな」
「そうであって欲しい……盗難や横領は洒落にならん……」
切羽詰まってるっスねぇ。
って言うか、たっちゃん、何でこの暗号にこだわるんっスか?
もっと他に手が……。
「人手が必要な理由は分かったよ。ところで……何でこの面子なの?」
それは、私も思ったっス。
役員召集ってわけでもないっスね。役員召集なら、会計の佐伯くんと、会計監査の蔵持前会長がいないとおかしいっス。
「肝心の会計と会計監査がいないのは、何でっスか?」
「佐伯には、他の学校の部室を探してもらってる。会計監査の蔵持先輩には……まだこの話をしてない。オレとふたばと佐伯と辻さん以外で、このことを知ってるのは、おまえたちだけだ」
ぶはッ! 情報統制っスね。そういうのは、あとが怖いっスよ。
事態がどんどん悪化しちゃうっス。
でも、信頼してくれて嬉しいかもっス。
「で、何で僕たちなの?」
「それは……その……推理小説の名探偵には、奇人変人が多いだろ……?」
ひどいっス! たっちゃん、暗に私たちを奇人変人扱いしてるっス!
「Was!? レディに対する侮辱で、訴えますわよ」
「外人がそれを言うと、冗談に聞こえないから止めてくれ……」
「とりあえず、僕らがここにいる理由は、なんとなく分かったかな」
あ、九十九くんは、納得しちゃうんっスね。
「ま、そんな仕事、引き受けないけどね。エリーさん、横歩の続きを……」
「頼むから引き受けてくれぇ!」
ああ、会長、土下座しちゃったっス。
これはさすがに、心が痛むっスよ。
「ハァ……しょうがないトップだな。分かったよ。引き受けるよ」
「捨神、恩に着るぜ。……それじゃあ、二手に分かれよう。捨神たちは、この暗号を何とか解読してみてくれ。オレとふたばは、資料をもう一度、徹底的に漁る」
それは、いいアイデアっスね。
もしかすると、どっかに挟まってるかもしれないっス。
「了解。三十分後に、ここで再開しようか」
「よし、頼んだ」
たっちゃん、ふたばちゃん、頑張るっス。
「さてと、邪魔者もいなくなったし……」
「横歩論争の続きを致しますか?」
「いや、僕たちはじっくりと、この棋譜を鑑賞していくことにしようか。暗号が解けなくて困るのは、会長だけだからね」
「さすが九十九くん、発想が鬼っス!」
「Gute Ideeですわ!」
「私もそれでいいと思う」
「お褒めにあずかり、光栄だよ。……ところで、この棋譜、何か見覚えがあるんだよね」
あれ? もしかして、連盟の誰かが指した棋譜っスかね?
「その将棋を指した人が持ってるとか?」
あ、カンナちゃんに、先を越されたっス。
「どうかな……パッと見た感じ、かなり古い棋譜に見えるけど……」
「わたくしにお任せを。ドイツの科学は世界一ィ、ですわ。ヴォナ子さん!」
ああっと、いきなり廊下から、メイド型ロボットが現れたっス!
でも、驚かないっスよ。
彼女は市内で有名なヴォナ子さん。超高性能メイド型将棋ロボっス。
エリーちゃんの財団が開発してる、現代のオーパーツっスね。
「エリザベート様、何か御用でしょうか?」
「この棋譜の対局者を検索しなさい」
「……検索完了」
さすがは将棋専用ロボ! 速いっス!
他のあらゆる機能を犠牲にしてるだけのことはあるっス!
「誰ですの?」
「該当する棋譜はありません」
おおっと、これは予想外っス!
ヴォナ子ちゃんのデータベースにないなら、お手上げっスよ。
「ですが、七十六手目まで同一進行の棋譜が存在します。先手、谷忠兵衛、後手、三浦重左衛門。対局日時は、正徳元年七月八日、西暦換算では、一七一一年となります」
古過ぎるっス!
三百年以上前の棋譜っスか。
「江戸時代の棋譜なんだ……」
カンナちゃん、その通りっス。
「ってことは、古棋譜か……対局者イコール通帳の所持者はないね」
そうっス。タイムマシンでも用意しない限り、無理っス。
「ボナ子さんがいないと、分からないところだったっス」
「ボナ子さんではありません。ヴォナ子さんですわ」
「……何も違わないっスよ?」
「Doch……日本人はあいかわらず、VとBの区別ができませんのね。もう少し、お耳の訓練をなさった方が、よろしくてよ?」
ムカァ!
「ルー語を喋ってる外人に、言われたくないっス!」
「わたくしが喋っているのは誇り高きドイツ語で、ルーマニア語ではありませんわ」
「ルーマニア語じゃないっス! ルー語って言うのは……」
「発音談義は、それくらいにしようか。三十分後には、会長たちが戻って来るんだよ。できれば最後まで並べたいから、早速始めようよ」
そうっスね。こんな話してても、しょうがないっス。
いざ、棋譜並べっスよ! 暗号解読は、棚ぼた的にやるっス!
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