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この謎が解けますか? 2  作者: 『この謎が解けますか?』企画室
この謎が解けますか?
13/36

文化祭二週間前の出来事

 翌日の俺の気分は最悪だった。着替えるのにもかなり時間がかかってしまった。授業の時間もなんだか遅く感じた。

 そして、放課後が来てしまった。

 時城と共に『生徒会室』に向かう足が、重い。

「来ちゃったね」

「おう」

 俺は『生徒会室』のドアを、何故かノックする。それほど、俺は緊張していたのだ。俺のしぐさに時城がぷっと笑う。

「笑うなよ」

 そうやって言いながらも、俺も時城も少し緊張がほぐれたようだった。

 そこにいたのは、一年A組の容疑者たちだった。

 にっこりと、俺は警戒心を与えずにそう言った。いや、警戒心与えるだろ。一年A組の容疑者たちは、案の定、胡散臭そうな目で俺を見やった後、時城を見た。

「先輩、この人誰ですか?」

 その中の代表、というところだろうか。時城のリストいわく『風紀委員』である野口さんだそうだ。『風紀委員』と名乗るくらいなのだから、身だしなみはきっちりしている。女子生徒であるということもあるのだろう。

 時城は思い切り言った後、俺をちらちらとみる。んだよ、俺に俺のことを紹介させろ、と⁉ アイツ、馬鹿なの⁉

 俺は、冷や汗と薄ら笑いを浮かべ、こう答えた。

「う、え、通りすがりの――」

 余計胡散臭くなるだろ⁉ と俺は全力で自分自身に突っ込んだ。くそ、俺は時城さながら馬鹿なのか? それは最悪だ。時城並みに頭が悪くなったら……それはもう、地獄だ。

 いや、違う。今は、弁解だ。

 またもや胡散臭そうな顔が並べられ、俺は必死に弁解し始める。

「いやいやいや。俺は、時城に相談された――」

「林先輩、ですか」

 『文化委員』の男子、馬場君は、そう言った。時城は驚いたような顔をした。

「あれ、あたし話したっけ?」

「いえ……」

 そんなこんなで俺はようやく落ち着きを取り戻す。

「ふう……」

 俺はため息交じりに続けた。

「ところで、聞くが……」

 時城が俺を嬉々とした顔で見る。それを視界にとらえながら、脅迫状が入っていたであろう戸棚に視線を向ける。俺につられ、一年A組の諸君も視線を向けた。

「あの棚の三段目、全員届くかな?」

 『文化委員』『風紀委員』『学級委員』『保険美化委員』はそれぞれ顔を見合わせた。「お前届かないんじゃね?」「届くわ、馬鹿」などとささやかれていたが、ややあって、時城が聞いた。

「届かない人、挙手」

 『届かない』と宣言したのは八人中四人だった。これではまだ、容疑者は絞れない。ちなみに『届かない人』は、時城の情報によると『文化委員』馬場君、『保険美化委員』尾上(おのうえ)さん、『風紀委員』(きた)君、『風紀委員』野口(のぐち)さん、だそうだ。

 だから、ここからが本番だ。落ち着け俺、と深呼吸をしていると時城がそっと耳打ちをしてきた。

「私に話した通りに話せばいいんだよ。私が補足するから」

 その一言に、救われたような気がした。俺は小さくうなずくと、説明しようとしたのだが……。

「なんで全員、顔赤いの?」

 時城が、目をしばたたかせながら聞く。俺も同感だった。

 「なんかまずいことした?」と時城からのアイコンタクトに、俺は首をかしげる。いや、赤面すること何一つ無いような気がするんだけど。

「え、ど、どうかした?」

 俺はそう言ったついでに、ぎこちなく笑って見せた。一同、全力で首を振る。

 小首を傾げながら、膝が震える。俺、絶対探偵にはなれないな。

「さて。説明しようか」

 咳払いを一つすると、俺は、すっと『あのドア』を指差した。そう、つまり『生徒会室』と『生徒会準備室』をつなぐたった一枚のドア。

「あれは、こっちと『生徒会準備室』をつなぐドアだ。時城に調べてもらったところ、『生徒会準備室』の掃除は、一年A組だそうだね」

 八人は事前に打ち合わせでもしたのかというくらい揃って「ええ」とうなずいた。

「一年A組六班所属の人は?」

 そろそろ、と手を上げたのは『文化委員』の馬場君と『保険美化委員』の堀口(ほりぐち)さんだった。

「ありがとう。じゃあ、ほかの人はもう帰っていいよ」

 この後の展開を考えると気の毒だったので、俺はそっと返すことにしたのだが、予想とは裏腹な事態になった。

「犯人は、この二人のどちらかなんですよね」

 あ、出た。謎に正義感が強い面倒な奴。『学級委員』の神崎さんだ。隣にいる『学級委員』の佐伯(さえき)君は無言を貫き通している。

「い、いや、そ、そうだけど」

 意外なる展開に、俺らはたじたじになった。

「なら、私たちには知る権利があります」

 高々とそう宣言する、学級委員に俺はひそかにため息をついた。

「なら、後悔するなよ」

「はい」

 固唾を飲んで、俺らを見てくる。

「犯人は――君、だよな」

 俺はすっと『犯人』を指差す。一同の視線が『犯人』に注がれる。

「えっ……?」

 『犯人』は、驚いた顔で俺を見てくる。

「ねぇ、『君』だろ?」

「なっ。そんな根拠なんて……」

「ない、とでも?」

 なるべく不敵にほほ笑む。うん、一応、演技のつもりである。

「俺の推理は、こうだ。一昨日、一年A組の『君』は『生徒会準備室』の掃除の担当だった。だから、二つにつながるドアを開けることができた」

「そんな根拠は、どこにもっ‼」

「じゃ、どうして、密室である『生徒会室』が荒らされていたのかな?」

「それは、犯人が『生徒会室』にある脅迫状を取るため……」

「ふうん」

 俺は一呼吸置く。

「なんで、脅迫状が『生徒会室』にあるってことを知ってるんだ?」

 そう、この事実は俺と時城しか知らないのだ。俺も、『生徒会室』が荒らされる前日の昼休みに教えてもらったばっかりだ。

「そ、それは……」

「それに、なんで俺の名前を知ってるんだ?」

 一年とはほとんど無関係の俺の名前なんて、誰も知らないはずだ。なのになぜ、知っていたのだろうか。

「ぐ、偶然ですよ」

「偶然? 違うね。『生徒会室』が荒らされる前の放課後、あの日には会議があったみたいだけど。時城の話によると、ホワイトボードを消したのは『君』なんだよね?」

 俺は、軽く息を吐いた。

「だから、『君』は、脅迫状のありかも俺の名前も知ることができた。時城が、俺――つまり、他人に脅迫状のことを相談されたのを恐れた君は、脅迫状を探すことにした。でも情報は『生徒会室』にということだけ。だから、限られた時間――多分、荒らした日の昼休みに『生徒会室』を荒らした。それで、放課後俺たちが見つけたんだ。

 それで、ここからだ。脅迫状が隠してある棚の三段目に『届かない』と一年A組六班所属、『生徒会準備室』掃除担当の『君』は全体に公言している状況だ」

 俺は、もうこの際だから、はっきりと『犯人』の名前を公言することにした。

「ねぇ、馬場君?」

 俺は『君』から馬場君に変え、話を続けた。携帯のカメラアプリを起動する。俺は、『生徒会室』が荒らされている写真を馬場君に見せた。

「ここ」

 俺は脅迫状が保管されていた棚を指差す。

「ここに、机がよっているだろ?」

「……はい」

「つまり、机は踏み台にされたってことだ。背の低い君が、脅迫状を取るために」

 馬場君は、目線をそらす。

「動機から考えようか。一年A組は、文化祭の準備ができていなかったみたいだね」

 一年A組のメンバーが、いきなり暗い顔になったのに気付く。まぁ、痛いところをつかれて、俯かざるを得なかったのだろう。

「つまり、動機は文化祭の準備ができてなかったからだ」

 時城の話によると文化祭の最高責任者は『文化委員』だそうだ。

「ここからは、ほとんど妄想だけど。

 重圧プレッシャーがかかってた君は、どうしようか迷った。だから、脅迫状を送ることにした。『文化祭をやめなければ、自殺する』という内容の脅迫状をね

 わかりづらいから、書くぜ」

 俺は、ホワイトボードにこう書き込んだ。 


『・部屋を荒らす日の『生徒会準備室』掃除の時間に、つながるドアの鍵を開ける。

 ・部屋を荒らした後は『生徒会準備室』掃除の時間に、つながるドアの鍵を閉める。

 ・動機は、文化祭の準備ができていないから』


「つまり、こういうことだ……。どうかな?」

 馬場君は、そっと目を伏せた。かなりの長い時間がたったような気がする。

「……当たってますね」

 ふっと馬場君は苦笑いをした。

「ばれないと思ったんですが……ね。林先輩の言うとおりです」

 俺たちのところに、沈黙が舞い降りる。

 やっぱり、これはやらなきゃよかったのかもしれない、と俺は今更ながらに後悔した。でも、これをしなくては、文化祭はなかったのかもしれない。

 解明できて、すっきりしたという気分と後悔が胸の中に渦巻く。

「じゃあ、今日はこれで解散しましょう」

 時城がそう言うと、一年A組のみんなは帰って行った。

 残されたのは、俺と時城のみ。

「なんか、後味悪いね」

「ああ」

 俺は時城が、少し悲しげな顔をしているのに気付く。俺は、ため息をつく。

「仕方のないことだし。もう今日は帰ろうか」

 時城がうなずく。そして、俺を外に出すと鍵を閉め「ここで待ってて」言うと時城は鍵を返しに行った。

 時城は戻ってくるとため息交じりに「帰ろう」と言って、足早に階段を下る。俺は何も言わず、足早についていった。

 校舎から出た。にぎやかな繁華街を歩くもしばらく、沈黙が続く。俺も何か声をかけようとしたのだが、声が出ない。

 いつもの交差点に出る。時城が、ポツリ、といった。

「ねぇ」

「ん?」

「これ、解決してよかったと思う?」

 俺は、複雑な思いで頷いた。

「多分、な。まぁ、仕方がなかったんだよ」

「そう言うものなのかな」

 時城は、俯き加減だった。

「ああ――あ、そうだ。時城」

「何?」

 俺が呼びかけると、時城は振り向く。夕日に照らされ眩しそうに眼を細める時城に、何も言えなくなった。なぜだかはわからないが。

「いや……また、明日」

 口ごもりながらそう言うと、時城は「うん」と言ってから、

「今日の林、かっこよかったよ」

「え……?」

 思わぬセリフに、どう反応していいかわからなくなる。時城は、ふっと笑ってから、

「なーんて、冗談だし!」

「ひでぇ」

 人をその気にさせやがって、と言うの言葉は飲み込み、俺はお返しに、と思っていってやった。

「時城」

「ん?」

「――好き」

 時城は目をしばたたかせていたが、頬を紅潮させた。

「なななっ、何をっ、何を言ってんの⁉」

 あ、ヤバイ。これ、取り返しのつかないパターンだな。完全に信じてるし。これは早めに誤解を招かないうちに、冗談だといわなくては。

 俺は「ははっ」と笑いながら、

「さっきのは――」

「……私も」

 俺は、しばらく間を開けた。言葉の意味が分からなかったからだ。時城が『俺のこと好き』って言ったのか? 今。

 時城は、呆然としている俺の反応をうかがっていたが、吹き出すと、

「林ってば、ほんっと単純な男だよね」

「嘘かよっ!」

 と俺は突っ込んだものの、時城がなんとも言えない顔になっているのを気づいていた。だから、何も言えなかった。

 あいまいな気持ちをを引きずりながら、俺は帰路についた。

 ――今日は、最悪だ。





 目の前に天秤があるとしよう。その天秤は、ちょうど良い重さで釣り合っている。これを、俺らが過ごしていた『日常』と考えよう。だけれども、片方の重りがなくなってしまったら。天秤は、どちらかに傾く。これでは『日常』は成り立たない。すなわち『非日常』となるわけだ。

 何が言いたいのかというと、『日常』はほんの些細な出来事により、あっけなく崩れ去ってしまうということだ。俺は今、それを体感していた。

 正直、時城の言うとおり『単純な男』なのかもしれない。だから、俺はこの計画がうまくいかないと思った。だから、反対を振り切り『彼』を連れてきた。『彼』ならば、全てを暴いてくれるような気がしたからだ。この計画を止めてくれるような気がした。

 まぁ、俺は一番最後を見届けられないのだけれど。

 昨日からたたきつけるような雨のノイズ音を耳にはさみながら、俺は保っていた意識が薄れゆくのに気付く。

 あの日、あの時。ちゃんと言っていればよかった。俺は、誰にも聞こえない声で言った。

「――好きだった」



***The Next is:『G線上の有田』

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