文化祭二週間前の出来事
Author:ヨゾラ
「――って、言ってるんだけど」
「いやいや、無茶言うなって」
俺と時城綾香は、放課後、誰もいない教室に二人きりでいた。この場面を見てしまった、ほかの男子、もしくは女子は「恋人?」と勘違いしてるみたいだが、俺と時城の単なる幼馴染である。
――話は戻り、自ら提案したことに目を輝かせる時城。少々引きながらも、俺は首をひねった。
「だからさ、部活立ち上げるのには、それなりの人数と顧問が必要なんだろ?」
「そうなんだけどさ……」
目の前で、がっくしとボクサー並みに肩を落とす時城は、かなり度を超えているオカルトマニアである。
実際に、市内でも不気味な廃墟となっている場所へ一人で忍び込んだし、それに幽霊スポットにも俺と共に多々行った。まぁ、俺もそう言うのには興味があったし、協力してやったのだ。
ただ、今回ばかりは話が違う――部活を創るのには、少々……いや、かなりの無理があるだろ⁉ だいたい、俺と時城で部員は成り立たないからな⁉
「はーやーしー、なんとかして!」
「だから、無茶言うなよ」
俺はたまらずに突っ込んだ。だが、時城は聞く耳を持たないだろう。
『オカルト研究会』創設のために俺に協力を求め、鼻息を荒くする時城に『玉にきず』というのはこういうことなのかと改めて実感する羽目になった。
漫画とかでよくある『残念な美少女』の典型的なパターンだ。顔だちは、女に無頓着な俺でも「かわいい」というくらいなのだが、先ほども述べたように一人で廃墟に行ったり、幽霊スポットに行ったり、彼女にするには、少々問題のある女なのである。
もしかすると、友人として本格的に付き合っているのは俺だけなのかもしれない。
「だけどなぁ」
ため息交じりに目線を横に向けると、夕焼けに染まる外を見ると、日が落ちるところだった。海が赤く染まっているのが見える。ここは、ぶっちゃけ田舎なので綺麗に夕日が見える。その理由は、建物が低いからだった。
俺は、その風景を見終えると時城に向き直り、再び「無理」と説得を試みようとした時だった。
毎度おなじみ、聞きなれたチャイムが鳴る。教室と廊下は静まりかえており、その音ははっきりと聞こえた。俺は内心でガッツポーズをし、鞄を背負った。時城も「下校時間だ」といいながら、鞄を肩にかけた。
俺と時城は『オカルト研究部は、創設可能か』ということを、一階まで議論していた。話を聞く限り、時城は本気みたいだった。
まぁ、俺もそう言う類は面白いと思う、とお世辞で言ってみたところ、
「部員確保ね」
と言われた。突飛なことすぎて、頭が追いつかない。
「はあ?」
「ね、いいでしょ? 幽霊部員でもいいから」
つまり、名を貸せということか――さすがに、部員が時城一人はちょっと可哀想だ。そう思った俺は、この先に破滅が待つのも知らないで、言ってしまった。
「仕方ないな」
始めは、呆けていた時城の顔だったが、俺の言葉を理解すると顔が明るくなった。
「ほんと⁉ ほんとにほんとのほんと⁉」
「……ああ」
予想外のオーバーリアクションに少し驚きつつ、俺は小さくうなずいた。いや、正確に言えば気迫に押されたといった方が妥当だろう。
「ほんとに、だよね」
「俺が嘘ついてるみたいに見える?」
時城は、大きく首を何度も何度も、横に振った。
「ううん!」
そう言うと、俺の手を自分の両手で包み込み、激しく上下し始めた。
「い、痛い! 痛いから‼ 時城‼」
「よろしくっ‼」
思わず俺は、その笑顔が眩しいと思ってしまった。軽く目を伏せ、俺は大きく頷きながら、言ってやった。
「ああ! ――って、だから手を離せぇ‼」
俺の絶叫は、下駄箱がある正面玄関前まで続いたのだった。
次の日の放課後。またもや、俺と時城は教室に残っていた。というか、時城のほうから、誘われたのだ。
「そろそろ、文化祭だよね」
ドアの近くの掲示板らしきものに、貼り付けてあるカレンダーを眺めると、時城は俺に向き直った。
「そうだな」
もうじき、文化祭二週間前だ。幸い、うちのクラスは着々と準備は進んでいるため、放課後は時間があるのだ。他のクラスは放課後まで残っているところもある。
「見に行くのとか決まってんの?」
時城に聞かれ、俺は候補に挙げていたところを言った。
「俺? とりあえず、演劇部の劇を見に行くけど」
「あ、私も。一緒に見ようよ」
「いいぜ」
時城は「おー、一人で見に行くところだった」と安心した様子で言った。
今年の演劇部は、推理物らしい。演劇部の友人に勧められて面白そうだったので、見ることにしたのだ。
「で、話は変わるけど。私が生徒会会長は知ってるわよね」
「当然」
俺は大きくうなずく。時城は、現在進行形で生徒会の会長であり、この時期になると何かと忙しい。『生徒会会長兼文化祭実行委員長』という長すぎる肩書きを持っている。聞いたときは、何の早口言葉かと思ったものだ。
「でね、ここから本題なんだけど」
時城は、あたりを見回すと――こう言った。
「――脅迫状が届いたのよ」
「はあ?」
ついつい俺は、素っ頓狂な声を出してしまう。そりゃそうだろう。脅迫状なんて、ドラマとか本とか、そう言う創作物でしか、見聞きしたことはない。だから、実際に目の前で言われてみると、驚いてしまう。驚きを通り越して「嘘だろう」と同時に思ってしまった。
時城は、俺の反応に「本当よ」と付け加えると、
「私の靴箱に入ってたのよ」
「お前の靴箱に?」
時城は首を縦に振った。
窓際に目線を移し、俺は思考を働かせる。目の前には、昨日と同じ夕焼けの空。何一つ変わらない。これから先も――と思考が横道にそれてしまい、俺は首を振った。
「ふぅん。まず、動機から考えておこうか」
俺は、手さぐり状態、なおかつ、深く考えずに言った。
「動機? でも、そんなのは――」
「ない。だろうな。文化祭は、皆のお楽しみってことだし」
不思議そうな顔で時城は「そりゃそうよ」と言いながら、俺を見る。
「うーん。って、やべ、今日、塾だから、早めに帰るわ」
「あ、そう。じゃ、帰ろう」
「おう」
時城と共に階段を歩きながら、俺たちは他愛のない話で盛り上がった。普通なら、脅迫状の話だが、俺たちは少々話がずれた。
「でも、部員よね」
「そうだけど」
時城は、しばらく考えていたが、
「霊感ある子募集、って書く?」
「やめとけ」
俺は苦笑いを浮かべる。そんなことやったら、誰も来なさそうだ。
「どうしようね」
「ま、それは後でいいんじゃないか?」
上履きからスニーカーに履き替える。靴紐を結び終わり、立ち上がる。時城も、ローファーのかかとがどうたらこうたらと何やら文句を言っていたが、俺に向き直る。
「まずは、脅迫状から、ね」
「ああ。どうする?」
「明日考えない?」
俺は小さくうなずく。
そのあとは、本当に他愛のない話だった。時城とは話が合う。だから、俺もついつい長話をしてしまうのだろう。
「ねぇ、林」
「ん?」
「林ってさぁ、好きな人、いるの?」
突然のプライベート発言に、吹き出しそうになった。
「は、はあ?」
「いるんだ」
「いないっての」
俺はひらひらと手を左右に振る。
「成績優秀、それでいて優しい俺様にゃ、似合う女はいないって?」
「いつどこで俺がそんなこと言ったんだよ」
呆れ顔で俺が言うと、時城は笑いながら「冗談、冗談」と言った。
いつも別れる交差点につくと、肩のあたりで手を振りながら、時城は言った。
「じゃあね!」
俺は「ん」と小さな声で返しながら、手を振った。
今日は軽く曇天であり、雨が降りそうな、そんな感じのあいまいな天気だった。雨が降るなら降ってほしいし、だいたい一番腹立つのが『降水確立五十パーセント』だ。傘を持ってけばいいのかが分からなくなる。念のため折り畳み傘は常に常備しているけど。
十月とあってか、軽く肌寒さを感じる。次の授業の準備をし終わると、俺は眠くなってきてあくびをした。
眠すぎる。昨日は、塾とかいろいろあったため寝不足なのだ。
――どうしよう。二時間目、眠ろうかな。いや、テストするんだった。
ふっと、目の前に影ができる。俺が、前を向くと時城が立っていた。
「ん? どうした?」
「いやー。林君」
ニヤッと時城は笑った。俺は体がこわばるのを感じた。時城が『林君』と呼ぶときには、俺にとって地獄が待ち受けているのだ。
「君、頭いいよね」
「よくないけど」
「――の事件、解決してほしい」
『この事件』――つまり、脅迫状の件だろう。
「ね、いいでしょ? 幼馴染からのお願い」
「……俺は元からそのつもりだった」
時城は、きょとん、としていたが俺の言葉を理解すると、
「え、そうだったの?」
と意外そうな顔をされた。俺は小さくうなずくと、
「当たり前だろ。そもそも、お前が俺に相談を持ちかけた時から、面白そうだと思ってたし」
「な、なんか、すっごく嘘くさいんだけど」
何故か若干引かれた。
「なんで引く⁉」
「いや……嘘っぽいし」
「え、酷くね⁉」
俺たちは、漫談を続けていると、先生が入ってきたので、時城が俺にこう言った。
「じゃ、昼休みね」
なんだかよくわからないまま、昼休みが来た。生徒たちは思い思いの場所で過ごす中、俺は『生徒会室』にいた。
「して、要件は?」
廊下から、校庭から生徒たちのにぎやかな声をバックミュージックにしながら、俺は時城に本題を切り出した。
「状況整理よ」
きっぱりと俺の問いにそう返事をすると時城は、カラカラと音を立てながら何も書かれていないホワイトボードを取り出した。
「じゃ、まず、脅迫状が届いた日。ちょうど『実行調査会議』があったころなんだけど」
と専門用語(?)で、言われたものの、俺にはピンとこない。時城は、
「えーっと、各クラスの現状報告ってことよ。それで、いつも通り靴箱を開けたらは言ってたってわけ。後輩を帰らせた後、私は一人で『生徒会室』に向かったのよ」
と付け加えた。ホワイトボードと向き合った時城は、女子らしい丸っこい字で、
『十月十四日 「実行調査会議」当日。私の靴箱に、脅迫状が届く。「生徒会室」に入れておく。
十月十六日 林に相談』
「ま、まあ、相談されたけど、わざわざ書くのかよ」
「いいじゃん。物はついで、よ」
「最近、よく使うなそれ」
時城は、ふふーんと言いながら、今後の予定を書き始めた。
『十月十七日 作戦会議』
俺は、気になったことを聞いてみた。
「現状報告の時に異変は?」
「ないね。みんな順調に進んでるみたいだし」
「うーん」
時城は、しばらく悩んでいた。
「だめね。思いつかなさそう」
「俺も」
何気なく目線を左にずらすと『文化祭計画表』と書かれた張り紙を見つけた。
「ん? 『文化祭計画表』?」
「え、ああこれのこと。そのまんまだけど。それがどうかした?」
「いや。気になって」
俺がそう流すと、チャイムが鳴った。
「あ、ヤバイね。行こうか」
「そうだな」
俺たちは『生徒会室』の鍵を閉めて、教室に戻った。
時は流れ、夕焼け染まる放課後。私は『生徒会室』にて、二度目の会議を行っていた。
書類を片付けながら、私は腕組みをした。
(ここにいる誰かが犯人? でも、動機は?)
私の頭の中は、全て『脅迫状』の内容だった。
「先輩?」
はっとして、考えを中断する。声の主、一年生の馬場君はきょとんとした顔で私の顔を見ていた。
「あ、何?」
「ホワイトボード、消していいですか?」
「うん」
特段何も書いていないが、一応消しておこう、と思ってくれたのだろう。「ありがとう」と言いながら、私は書類を片付ける。
片付け終え、鞄を手に立ち上がった私は、そばにいた同じ学年の友達と他愛ない話をする。
「ねぇ、綾香はさ。好きな人はいないの?」
私は笑って言った。
「いるわけないじゃん」
その友人は、意外そうな顔をされた。まぁ、おそらくあいつのことを好きだといってほしかったんだろうけど。
案の定、その友人はあいつの名前を出してきた。
「えー。林は?」
「あいつ? 無理無理。完璧すぎて駄目だよ」
「でも、あんたらいつも一緒じゃん」
言われてみればそうだ。林とは話が合うから、一緒にいるんだけどなぁ。そんなに変な目で見られているのかな。
「うん。そうだけど」
「美男美女のカップルとか、マジ期待してるんだけど」
「だから、ないってば」
笑ってごまかしたものの、実のところ私はどうだかわからない。自分があいつのことをどう思っているのかなんて。
「脅迫状の件も、話したんでしょ?」
「うん」
「ほんっと、あんたらマジで付き合えって」
「えー」
私は、話の流れで林の好きな人がいないということを話すと「付き合え」とその友人は真顔で言ってきたのだった。
面白くもない授業を切り抜け、今日は夕焼けのない放課後。俺は、すっかり忘れていたが、時城にこう言った。
「なぁ。忘れてたんだが、とりあえず、脅迫状を見せてくれ」
そう脅迫状の実物をお目にかかっていないのだ。全く、馬鹿だな俺は、と思ってしまう。
時城は、少し考えてから頷いた。
「おっけー。その代わり、移動するわ。『脅迫状』の隠し場所に、ね」
「おう」
なじみ深い“夕焼け小焼け”のリズムの音楽が遠くから聞こえてくる。俺たちは、赤い廊下を歩く。明日の予定とか先生の愚痴など、他愛ない会話を続けながら、俺たちは『生徒会室』についた。
時城は「鍵を借りてくるね」というと、一回にある職員室に向かった。失礼します、という時城の声が聞こえた。
ややあって、時城が戻ってくると『生徒会室』とタグに書かれた鍵を使い、ドアを開けた。
「うわっ!」
「なんだ、これ?」
俺と時城は、口々にそう言った。
『生徒会室』が荒らされていたのだ。幸い、机やら何やらが押しかけている棚の資料は、白い床に散らばっていなかった。
「あーもう! めんどくさいわね。片付けましょ」
「ちょっと待てよ」
俺は、携帯電話を取り出し、何歩か下がると『生徒会室』の部屋の中の全体が写るように、写真で撮った。
「ふう。じゃ、片付けるか」
「そうね。手紙はそのあとでいいか」
手紙、じゃないんじゃないか? と考えつつ、俺は時城と共に長机やら椅子やらを片付け始めた。
三十分かそのくらいたったのだろう。俺と時城は、片付けついでに部屋の掃除まで済ませた。
「――って、なんで掃除⁉」
「物はついでよ」
時城は澄ました顔でそう言った。「ひでぇ」とぼやきながらも、本来の目的を思い出した。阿呆か俺は。
「あ、そうだ。手紙――じゃなくて、脅迫状」
「そうだったわ。それが目的だったんだわ」
阿呆がもう一人いたことに安心感(?)を覚えつつ、俺は時城が隠し場所である棚に向かっていくのを、座って眺めていた。
「あれ?」
「ん、どうした?」
時城は、棚の前で何やらやっていたが、やがて思案顔でこちらに向き直った。
「脅迫状がないの」
「ふーん――って、ええ⁉ ねーの⁉」
思案顔から、俺に言われて事の重大さを実感したのか、焦ったような顔になり、歩み寄ってくると俺に掴みかからんばかりに顔を近づけてくる。目の前には、かわいい時城と漂うシャンプーの良いにおいに、俺は顔が赤くなるのが実感した。
「ど、どうしよう⁉ 脅迫状がなくなったよ⁉」
「だあああ‼ 顔が近い‼」
と俺が叫ぶと、時城は「あ、ごめんごめん」と言いながら俺から顔を離した。
ワザとか⁉ っていうか、馬鹿のか⁉ あと十センチ近かったら、事故だぞ!
俺たちの間になんとも言えない微妙な沈黙が漂う。
「ど、どうしようか」
ぼそっと本当に小さな蚊の鳴くような声で、時城が言った。
いや、お前のせいだから――と言いたくなるのをぐっとこらえ、俺は頬をかきながら、
「脅迫状自体がないってことは、証拠がないんだろ?」
時城は、俺の切り替えに乗ってきた。
「そ。だから、どうしようってこと」
俺は打開策を考えいたが、結局何も思い浮かばなかった。
「どうする?」
「も、もう帰ろうぜ」
精神的にも肉体的にもつかれたし。
と言うことで、俺たちは特段収穫がないまま『生徒会室』を後にした。
「しても、どうして?」
「お前が『生徒会室』においていたのを見ていたんじゃないか?」
「うーん。あのときにいたのって、一緒に帰った実行委員のメンバーだけど」
「実行委員?」
「そ。えーっと、文化委員、風紀委員、学級委員、保険美化委員。各クラス男女二名ずつ。つまり、学年に換算すると、二十四人ね」
「生徒会も入るんだろ」
時城の計算の速さに舌も巻きつつ、そう言った。
「あ、それもそうね。えーっと、生徒会はざっと十二人くらいだから――合計、三十六人ね」
俺は目を回した。
翌日の昼休み。『生徒会室』にて俺は、時城と話していた。
「例の脅迫状の件。脅迫状の内容が分かったのよ」
「お、マジ?」
思ってもいない進展に、俺は少しだけ嬉しくなった。なんでだかは分からないが。
「脅迫状内容は、こうよ。『文化祭ヲ中止ニシナケレバ、我、自殺スル』だって」
俺は思わずあきれ返ってしまった。
「んじゃそりゃ。文化祭を中止にしないと、自殺? ずいぶんと、突飛だな」
時城も俺の意見に賛同しながらも、
「ただ、これが本当だったら、真面目に文化祭は中止になる」
「それは最悪だな。さっさと犯人、暴き出さないと」
文化祭中止もしくは延期。それが、最悪の結末なのだ。犯人の思惑通りに事が進む。
「先生たちも、そっちの方面で検討しているみたいだし」
無言で俺は顔をしかめた。時城も、首を縦に振る。
「それはそれでまずいな」
「でしょ? だから、とっとと犯人を捕まえないといけないのよ」
俺は、しばらく考えていた。
「なぁ、時城。昨日『生徒会室』の鍵って、誰か借りていたか?」
うちの学校では、鍵を借りる時には署名しなくてはいけないのだ。だから、借りた人物が分かると思ったのだ。
「ううん。その日は、私だけだったよ」
さすが用意周到。もう調べてきていたらしい。
「ってことは……その、前日?」
それしかないだろう、と俺が思いながら言うと時城は、首を振った。
「まさか。あの日は会議があったけれど、私が最後に鍵を返したもの」
俺は、しばらく考えるとあり得ない結論に至った。
「え、待てよ。そしたら、誰もできないぜ」
「どういうこと?」
時城が、首をひねったので、俺は立ち上がると、落書き一つないホワイトボードにこう書き込んだ。
『おととい、会議後。「生徒会室」の鍵を時城が返す。
昨日、脅迫状を俺に見せるため、時城が「生徒会室」の鍵を借りる。
ただし、昨日「生徒会室」の鍵を借りた人は時城のみ』
「ってことになるぜ」
黒ペンのキャップを閉めながら、俺は言った。俺とホワイトボードを交互に見ながら、時城は驚いた顔で言った。
「犯行が不可能⁉」
そう、犯行が不可能だ。一昨日の放課後に時城が鍵を返し、荒らされていた昨日の『生徒会室』の鍵は、時城のみ、ということになるからだ。つまり、一昨日から昨日にかけて、犯行は不可能というわけだ。
「ああ。こりゃ、あり得ないぜ」
俺は自分が書いたことが信じられなかった。
「会議をした時には何も異常はなかったわ」
ますます、あり得ない話だ。どこぞの探偵ものじゃあるまいし。そもそも『密室』なんて、あるのだろうか。
携帯を取り出し、カメラフォルダを起動させる。部屋が荒らされていた昨日、『生徒会室』を写真で撮っていたのだ。
荒らされた『生徒会室』の窓ガラスが割られている様子はない、つまり、外部から侵入したのはあり得ないのか……? そう思い何気なく目線をずらした俺の目にあるものが写った。
「時城よ」
「なあに?」
「あのドアは?」
俺が指差したのは、ちょっと汚れたドアだ。
「あぁ、あれ? あれは『生徒会準備室』って言う部屋よ。ファイルとかが保管されてて、こことつながってるの」
「ここと?」
俺は自然と口元が緩むのを感じた。
「時城よ」
「なによ」
俺だけわかっているのが納得いかないのか、時城はふてくされた顔だった。俺は、変に慌てて説明する。
「『生徒会準備室』と『生徒会室』はつながっているんだろう? だとすれば『生徒会準備室』の鍵を借りれば、いいじゃないか」
「あ、そうか」
俺は、薄汚れたドアに歩み寄る。ドアノブを引っ張るも、当然開くはずもない。俺は、鍵を開ける。
「密室なんて、この世にはないな」
いや、単に俺が気付かなかっただけなんだけど。
チャイムが鳴り、俺はあわててドアノブを捻り、ドアを開ける。時城の話通り、ファイルなどが保管されているようだった。
「帰ろう」
「うん」
時城とうなずき合うと、俺たちはさっそうと『生徒会室』を出た。
その日の放課後。時城と俺は、集まっていた。もちろん『生徒会室』で。いつしか、ここが定番の集まり場所になっている。
「『生徒会準備室』の鍵はだれも借りていなかったみたい」
「は?」
俺は、予期せぬ回答に驚いてしまった。
「本当よ。『生徒会準備室』は、一クラスだけ掃除のときに鍵を借りていくだけだし……」
思わず頭を抱えたくなってしまった。これでは、また振出しに戻ってしまう。
「あ、そうそう。私、先生から頼み事されてたんだった」
「ん?」
悩みに悩んでいる際、俺が顔を上げると時城は「気分転換に」とこう言ってきた。
「部屋を点検してこい、だってさ」
「んだそりゃ。先生がやるんじゃねぇの?」
「うん。そうみたいだけど。先生曰く『物はついで』だって」
もしかしたら、その先生から、時城に『物はついで』と言う口癖が写ったのでは? と俺はひそかに考えてしまった。
「いいけど」
「じゃ、さっそく行こう」
「おう」
ということで、気分転換に俺たちは各教室を見まわることになった。
まずは、この部屋がある一学年のフロアである二階からだ。
「じゃ、まず一年C組」
と中を覗く。
「うん。異常なっし!」
「おいおい。早めに終わらせようぜ」
「わかってるけど。雰囲気を楽しみたいの」
とそんなこんなで、一年生の教室を見続けていたのだが、時城の足が止まったのは一年A組を覗いた時だった。
「あれ、ここ、何もしてない」
「何もしてないってことはないだろ」
と、俺は言いながら中を覗く。時城の言うとおりだった。文化祭の準備がされていないような気がした。
「変だなぁ」
「ま、別のことなんじゃないか?」
「そうなのかなぁ」
ぶつぶつ言いながら、時城は「後で確認しよう」と言った。
その後も、俺たちは順調に各教室に異常がないか見ていく。
「ていうか、これ、意味あるのか?」
「さぁ……」
時城は何とも言えない顔で、首をかしげる。
「頼まれたセンセーの名前は?」
「え、スクールカウンセラーの山瀬先生だよ」
「山瀬先生が?」
意外な人物の名前に、俺は驚いていた。山瀬先生と言えば、ちょっとした変人だけれどスクールカウンセラーとしての腕は完璧だ。話しかけやすいし、生徒の悩み相談は忠実に乗ってくれる。
「だけれども、何故そんな人が?」
「さぁ。わからないわ」
時城は首を傾げた。「誰かしら相談したのだろう」という結論に至った。
結局、そのあとは何も異変はなかった。あったとすれば、一年A組に何もなかったということなのだろう。
いつもの十字路にたどり着くと、俺は帰路についた。いつもの坂道。ここをあがれば、市立図書館にほど近い俺の家がある。
「あ……」
後ろから小さく声がかけられる。そこにいたのは、中学生くらいの少年だった。
「あれ、君は……」
確か、この子は近所に住む少年だったはずだ。名前は確か、珍しい名前だったような気がする。
「あ、ど、どうも」
少年は軽く頭を下げると、少年は少し早足になり、俺と同じ方角に歩みだす。
坂道を上がり終えた俺は、家の鍵を開け、家に入った。トイレで手を洗い、冷蔵庫の中にあるもので適当に何か食べると、自室に入り俺は考えた。
事実上の密室。荒らされていた部屋。三十六人の容疑者たち。確か、時城の話では『文化委員、風紀委員、学級委員、保険美化委員。各クラス男女二名ずつ』だったはず。
だとすれば、この中の誰かが犯人か。
俺は、同じ状況下にいる時城に確認することにした。電波が悪いのかなんなのかはわからないが、時城は数回目のコールで出た。
『もしもし?』
「俺」
『その自己紹介って……詐欺? まぁ、いいわ。何?』
時城は外にいるらしく、時折雑音が聞こえる。
俺は考えていた自分の推理を発表した。正直、当たっているかなんて自信はない。だから、時城に話を聞こうと思ったのだ。
話を聞き終えた時城は、
『なるほど。だとすれば、犯人は……絞られてくるわね』
「ああ」
電話先では伝わらないのだろうが、俺は頷いた。
『うーん。でも、わからないわ』
「じゃ、聞くけど――」
俺は、思ったことをありのままに言った。
『え、それは……』
「じゃ、そいつだな」
『まさか!』
「それ以外何かあるか?」
俺がそう問うと、時城から答えは返ってこなかった。
『……明日、聞いてみる』
「おう」
俺は時城と会話を切り上げると、適当に学校と塾の勉強を済ませた。
とてつもなく、なんだか悪いことをしたような気分だった。
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