トラブルランチ
Author:すのんーそんぐ
「昼飯が消えたって?」
「そうなんです。確かに朝にはあったはずなのに、お昼には消えていたんです」
ここは戸在留高校の2年A組の教室。某微妙に発展した市の、県内でも真ん中あたりの偏差値というこれまた微妙なランクの高校だ。
そんな高校に通う俺達生徒は、ただいま昼休みの真っ最中だ。そこら中の机や椅子が乱雑に動かされ、皆が思い思いの昼の過ごし方をしている。
とある奴らは、仲間内で集まってお弁当を広げている。そしてまたある奴は、他のクラスからわざわざやって来ている。
実は俺の前に居る、この変に丁寧っぽい口調に、パッチリとした目。あとはロングの髪が特徴の少女もその一人だ。
……とは言っても、こいつはお昼に俺のとこには滅多に来ない奴だ。ほぼ毎日、登下校は一緒にしているというのに、校内ではあまり喋ったりはしない。
そしてこいつが珍しい時間に、俺のとこに来るのは大抵が何らかの厄介事……それも大抵が面倒な頼み事だ。
今回は俺がお昼のお弁当を広げて、今まさにおかずのアジフライに手を付けようという所でやってきた。
彼女にしてはかなり焦った様子で、小走りで俺のいるクラスに乱入。俺の前に立つなり、早口で言ったのだ。
『大変なんです! 私のお昼ご飯が消えてしまったんです!』と。
「いきなりそんな事を言われても、俺に言えることは特に無いぞ。情報量が少なすぎる。せめて、もう少し詳しく話してくれ」
面倒くさそうだが、彼女とは小さい頃からの仲だ。そんな奴の頼みを無碍に断るほど、俺は冷徹な人間ではない。
「とにかく、私のお昼ご飯が消えたんです、早く来てください!」
そう言うなり、彼女は風のように去っていった。……たしか、あいつのクラスはD組だったはず。
「D組はA組から一番遠いから面倒なんだよな……」
しかしそう愚痴っていても話は進まないし、面倒だからと行かなければあいつは俺を引きずってでも連れて行くだろう。何度もそんな目にあって、最近は諦めがついてきてしまった。
唯一の救いと言ったら、この様な事が一ヶ月に二、三回しか無いことだ。……二、三回でも十分に多いとは思うがな。
頭をぽりぽりとかきながら、ゆっくりとD組へと向かう。
「やっと来ましたね。遅いですよ!」
D組に入るなり、頬をぷくっと膨らませた彼女にそう怒られてしまう。……そっちが呼び出したんだから、多少は遅くてもいいだろうに。
「すまん、俺は腹が減って力が出ないんだ。お昼ご飯を放棄して来たんだから、許してくれよ」
今日は朝から遅刻しかけて走って学校に登校したせいで、余計にお腹が空いているのだ。実は半分位は本音である。
「まあ、いいです。これは私から頼んだんですから。……そんなことはどうでも良いんです、これを見てください!」
ばっと、彼女はピンク色の可愛らしいデザインのお弁当箱を差し出してくる。
差し出された彼女のお弁当箱は、女子にしては結構大きい。他の奴らの平均の二倍くらいはあるだろう、多分。
まあ、これは気にしてはいけない。彼女は昔に自己紹介で、ご飯を食べるのが人生の楽しみと豪語した過去を持つ。
ちなみに、体重がうんぬんという事情で半分位になる時はあるが、大抵は一週間もしないで大きさが戻っている。
「……このお弁当箱がどうかしたのか?特に異常は無いように見えるんだが」
お弁当箱の中には、枝豆・唐揚げ・プチトマト・ひじき・煮物らしきおかず達が詰められていた。お弁当箱自体が大きい分だけ、おかずは量も種類もあるが特に不自然な点は見られない。
ひとつだけ言うならば、食べかけだということくらいだ。ちょうどお弁当の端がおかず一品分のスペースがあいている。
「じゃがいもが入っていないんです!」
「じゃがいも?」
「ええ、そうなのです。朝に確かにお母さんがフライパンにじゃがいもを入れて、炒めているのを私は見ました。でもどのおかずもじゃがいもを使っていないのです」
となると、もしかして……。
「まさか、このお弁当の隙間は……」
「やっと分かって下さいましたか。そうなんです、おかずが盗まれているんです!」
「……なるほど、怪しいとすれば学級委員長か」
さっきまでとは違い、声を小さくして喋る。
「はい、そうです。委員長は今日の四時間目の体育で、施錠の確認の為に教室に一人で残りました。その時でしたら、誰にも見られずに私のおかずを盗めるでしょう」
ちらりと、彼女が視線を左に向ける。その方向には、昼放課だというのにも関わらず、小難しい参考書を読む女子の姿。
委員長は丸いメガネを掛け、髪型をポニーテールにしている。そして背はあまり高くは無い。
「委員長、今日はお弁当を忘れてしまったそうです」
「なるほどな。つまりは、ついつい空腹に耐えられずに、おかずを少々盗んでしまった可能性が無いとは言い切れない。そう言いたいのか?」
「ええ、そうです。それくらいしか犯人の目星がつきません」
なるほど。少々強引な気がするが、たしかに筋は通っている。しかし、そうだとすれば1つの疑問が生まれてしまう。
「仮にそうだったとしよう。だとしたら何故、おかずを少しだけ盗んだんだ? 俺なら弁当箱ごと盗んでどこかに隠して、昼放課に校舎裏とか人気のない場所でこっそり食っちまうな。下手におかずを少しだけ食べると余計に空腹がましてしまうからな」
「……でしたら、他の誰が犯人なんでしょうか。私にはこのくらいしか思いつきませんでした」
「ならおまえが席を離れた時は、他に無かったのか?」
「ええ、ありませんでした。今日は体育の時以外は、席を一切離れていません」
ふむ、すると犯人候補は委員長ただ一人となってしまう。だが、他に可能性は本当に無いのか……?
「なあ、お弁当箱は二段のだったろ。もう一段はどうなってるんだ?」
おそらくはご飯で埋め尽くされているだろうが、もしかしたらそこにはじゃがいもが有るかもしれない。
「全部ご飯ですよ? 鮭フレークがかかってますが、じゃがいもはありません」
彼女の机の上には、二つの四角のお弁当箱が置いてあり片方には先ほど見たおかずの山。もう一つには真っ白なご飯と、その上にかかったピンクっぽい鮭フレークがかかっている。たしかに、じゃがいもの入る余地はなさそうだ。
「おや、この小さな缶みたいなのはなんなんだ?」
机の上にはお弁当箱の他に、高さ十センチメートルも無い小さな水筒みたいなのが置かれていた。
「これですか? 中身は生クリームです。実はデザートに、パンケーキがあるんですよ。朝にお母さんが忙しそうに、生クリームを混ぜてましたから」
そう言って彼女は、蓋を開けて中身を見せてくれた。中には真っ白な、生クリームらしきものが入っていた。これも特に不自然な点は無い。
「うーむ、だとしたら一体じゃがいもを使ったおかずはどこに消えたんだ?」
いや、待てよ……。じゃがいもを炒めたんだろ? そしておかずにはじゃがいもらしきものが無い。
もしかしたら……。
ふと、ある可能性に気がつき俺はニヤリと笑う。
「むむ、その顔は何かわかった顔ですね!何か思いついたのですか!」
「ああ、そうだ。……もしかして、じゃがいもは『バター』で炒めてたんじゃないか?」
「えっ? 何で分かったんですか、教えてください!」
彼女の顔がぐぐっと、俺に接近する。
「ああ、教えるよ。じゃがいもはな……」
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