私の嫌いなお隣さん
私はあの子が嫌いだ。あの子と言うのは同じクラスで隣の席の高崎玲奈のことだ。
何故嫌いなのかって?実を言うと私にもその理由が分らないのだ。ただなんとなく嫌いなのだ。別に彼女に何かされたわけでもないし、そこまで親交があるわけでもない。……本能的に嫌いなのだろうか。
「高崎、次の行を読んでくれ。」
今は現国の授業中だ。教師の山田は生徒に教科書を音読させて自分は楽をすることで有名だ。まさに今がその状況だ。
「はい。」
そんな山田に一人の女生徒が指名された。あの高崎玲奈だ。高崎は椅子から立ち上がり淡々と教科書に載っている『檸檬』を読み上げ始めた。
「えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧えつけていた――。」
得体の知れない不吉な塊。まるで私が彼女に抱いている気持ちだなと思った。そしてその塊は私の心を終始押さえつけているところなんてそうだ。
その後も彼女は淡々と詰まることなく『檸檬』を読み上げていく。私はそんな彼女が気に食わなくてどこかで詰まれと祈る。けれど私のそんな祈りは届かず流れる川のように滞ることなく読んでいく。ああ気に食わない。早く詰まるなり漢字が読めなくなったりして恥をかけよ。ほら――。
「……現実の私自身を見失うのを楽しんだ。」
「はい。ありがとう。座っていいぞ。」
私の願いはむなしく叶うことなく彼女は最後まで読み切った。私は彼女の顔をチラッと見てみる。その顔は無表情だった。もっと何か表情を浮かべたらどうなんだよ。
「次は……そうだな。朝倉。読んでくれ。」
「へっ?」
山田は朝倉と言う生徒を指名した。今更だが私の名前は朝倉紗枝という。このクラスには朝倉という名字の生徒は一人しかいない。つまり彼の指名した生徒は……私だ。
「はっ。はい。」
私は教科書を持ち椅子から立ち上がってみたのはいいのだけれど……どこから読めばいいのか分らない。最初の文頭こそは聴いていたけど途中からずっと他のことを考えていたから、どこまで読んでいたのか分らないのだ。高崎はどこまで読んでたっけ。ああ分らない。
「36ページの5行目。」
「えっ?」
隣の高崎がボソっとそう呟いた。そして程なくして私はその呟きの意味に気付いた。
「私はまたあの花火と言うのが好きになった――。」
そう。私の読むべき行数のことだったのだ。私はその後も文章を読みあげていった。けれど『檸檬』は昭和初期の作品のためか、読みの難しい漢字がふんだんに使われている。ちょっと先の文章を見てみたが、一つ読み方が分らない漢字を見つけた。果たしてこの漢字はなんと読むのだろうか。……分らない。
私はできれば滞ることなく最後まで読み通したい一心だった。それは読めないということで恥をかきたくないということもあったし、なにより隣の奴は一切詰まることなく読み通した。ここで詰まったらなんだか負けてるみたいじゃないか。しかし程なくしてその漢字が含まれている文章に辿り着いてしまった。
「またそれを――。」
その漢字に辿り着いてしまった瞬間。私の口の動きは止まった。
結論から言うと、やっぱり分らなかった。私の最後まで読み通すという決意は虚しく達成することはなかった。
「ええと……。」
私はとりあえず考えてみる。嘗める……『ほめる』だろうか。
「ほめてみるのが……」
「これは難しいよな。『なめる』って読むんだ。」
山田は待ってましたと言わんばかりに私の間違いを指摘して訂正した。すぐさま返ってくるってことは毎年、問違う奴がいるんだろうな。そして今年度のその役目は私だと思うと何だか悲しくなってきた。
「なめてみるのが……」
そして改めて文章を読んでいく。ふと隣の席の高崎を見やると苦笑しているのが分った。
「~~~~!!」
私は彼女のその表情を見るなり顔を赤くした。顔を赤くした理由は二つある。それは最後まで読み通せなかったという敗北感と、もうひとつは……心の奥底から湧きでた分らない感情だった。
程なくして私の指名された分の文章を読み終えた。読み終えるなり山田は私に席に座るよう促した。私は言う通りに席に座るなりぐったりとした。隣のアイツを見るとあの苦笑した顔は無くなり無表情を浮かべた。ほらなんとか違う表情して見ろよ。ほらほら……。
そんな事を思っていたら教室に授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。山田は腕時計で時刻を確認するなりクラス委員に起立礼を促した。
「起立。礼。ありがとうございました。」
挨拶のあと、教室内が一斉にざわめいた。私は座ったまま伸びをしたあとに隣の高崎の方に目をやった。
「あのさ、さっきはありがとね。」
「えっ……。」
唐突な私の感謝の言葉に高崎は困惑しているみたいだった。
「ほらさっき私に音読するところ教えてくれたでしょ。そのお礼だよ。」
「あぁ……。いやいやどういたしまして。」
「……。」
どうしよう。なんて返そう。あぁ困ったな。あぁ……。
「朝倉さん。授業は真面目に聴かないとだめだよ?」
ふと、高崎は私にそう微笑を含めながら言った。
「~~~!!」
またしても私の中にある得体の知れない感情が騒ぎだす。このキュンと心が締め付けられるような感情は何だろうか。
「それじゃ、私はお手洗いに行くから。」
そう言うなり高崎は椅子から腰を上げて手洗いまで歩いて行った。
「あ、ありがとう。」
私は高崎に聞こえない程度の声量でそう呟いた。多分今の私の顔は茹でタコみたいに染まっているんだろうな。
……やっぱり私をこんな気持ちにさせるアイツが嫌いだ!
また暇だったらなんか書きます




