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「青五位のエルネストと申します」

 背の低い男が自己紹介した。太上語風の名前だけど、それは本名ではなく、教団に入信した際に得たものだろう。言葉の端々にある訛りから判断する限り、この男は吉礼語圏の生まれだ。

 残りの二人も僕たちに太上語風の名前を告げた。

「……黄一位、テオドーロ」と、大男。

「青三位のアメディオだ」と、禿げ頭。

 名前の前に階位をつけられても、部外者の僕にはピンとこない(教団には三十六もの階位があるらしい)。とりあえず、この三人の中でいちばん偉いのがエルネルトだということは判るけど。

 そのエルネストに向かって、カペーリアが訊いた。

「教団があたしたちに何の用? 言っとくけど、原種の本なんか持ってないよ」

「我々が原種の本を求めていたのは昔の話です」

「じゃあ、今は何を求めてるわけ?」

「ふふっ……」

 エルネストは答えの代わりに微笑を返すと、床に落ちていた本を何冊か積み重ね、そこに座った。どうやら、ここから立ち去るつもりはないらしい。

「貴方も座ったらどうですか」

「そりゃどーも」

 カペーリヤは床に腰を下ろし、胡座をかいた。

 僕も楽な姿勢を取ろうかと思ったけど、やめておいた。エルネストは座っているが、後の二人は立ったままだし、しかもテオドーロのほうはあいかわらず弩を構えている。いざという時のために素早く動けるようにしておかないと。

 カペーリヤを真正面から見つめながら、エルネストは優しい語調で詰問した。

「貴方はここで何をしていたのですか?」

「司書を待ってたのよ」

「なんのために?」

「はぁ?」おなじみの表情だ。「物資が欲しいからに決まってるでしょ」

「信じられませんね。ここから七百階層ほど上の区画に集落があることはご存知でしょう? そこに住んでいる青年が貴方のことを教えてくれましたよ。ついでに貴方の似顔絵も描いてくれました」

 たぶん、その青年とやらはリーダーの孫娘の許婚だろう。なぜ、ヤツはこんな連中に僕らのことを教えたんだ? やっぱり、僕に嫉妬していたのかな? あの娘の膝枕で耳掃除をしてもらっているところを見られたのがマズかったのかもしれない。

「その集落だけでなく、他の場所でも我々は貴方に関する噂を耳にしました。奇妙な連れと一緒に〈図書館〉をさまよう美女がいる、と……」

「うふっ!」

 カペーリヤが笑った。「美女」と評価されたのが嬉しいのだろう。「奇妙な連れ」呼ばわりされた僕も笑うべきだろうか?

 彼女の不敵な笑みに動じることなく、エルネストは言葉を続けた。

「貴方の噂を何度も聞いているうちに、私はこんな印象を抱きました。貴方は目的も無しに〈図書館〉を放浪しているわけではなく……外界を目指している」

 正解だ。でも、「貴方」じゃなくて「貴方たち」と言うべきだね。僕はカペーリヤのオマケなんかじゃなくて、対等の立場にいるパートナーなんだから。

「それで、何が言いたいわけ?」

「貴方が一通りの人間ではないということを私は知っている――それを認識していただきたい。その上で改めて訊かせていただきます。何の、ために、司書を、待って、いたのですか?」

 ゆっくりと言葉を区切るようにして、エルネルトは尋ねた。

 カペーリヤは煩わしげに溜息をつき、素気なく答えた。

「司書に乗るためよ」



 司書は〈図書館〉と外界を行き来することができる。ならば、司書に乗ることができれば、後は何もしなくても外界に出られるはずだ。カペーリヤはそう考えたわけだ。

 そのアイディアを最初に思いついたのは彼女ではない。歴代の相棒たちの中にも、同じようなことを考えた者は何人もいた。僕の知らないところでそれを思いつき、実行した者もいるだろう。

 だけど、成功した者は(僕の知っている限り)一人もいない。

 特に悲惨だったのが、ライナーという相棒だ。虚空の下から急上昇してくる司書に乗り移るため、彼は手摺からジャンプした。そして、司書の回転翼に巻き込まれて、無数の肉片に変わってしまった。

 別の相棒のマリアはもう少し頭を働かせ、「司書に安全に乗るためには、まず司書の動きを止めなくてはいけない」という当たり前の結論を出した。彼女は廻廊の手摺に何本もの縄を張り巡らせ、網状の障壁で垂直のトンネルを塞いだ。司書は網の上もしくは下で立ち往生(いや、飛び往生かな?)するだろうから、その隙に乗り込んでしまえばいい。ところが、網を張った廻廊で何十時間待っても、司書は現われなかった。遠方から網を察知して、別のルートを選んだらしい。〈図書館〉は広く、トンネルはいくつもあるのだから、目的地に至るルートは五万とある。

 では、その目的地で司書を待ち受ければいい――そう考えた相棒たちもいた。数が多すぎて、その相棒たちの名前を挙げることはできない。これは最も容易な方法に思えるかもしれないが、実は最も難しかった。司書の目的地は、召喚灯が設置された露台だ。そういう場所には自然と人が集まり、大小の集落や迷賊(ビブリガンテ)の根城になる。そして、そこの住人たちは、得体の知れぬ流れ者が司書にちょっかいを出すことを好まない。司書は生命線なのだから。

 では、その集落に帰化し、真意を隠して普通の生活を送り、召喚灯に堂々と近づける立場を築き、チャンスを見計らって司書に乗ろう――そんな気の長い計画を考えた相棒が一人だけいた。名前はウージェーヌ。彼の作戦の前半はうまくいった。西陬語圏の集落で暮らすようになり、皆からの信頼を勝ち取り、実力者の家に婿入りして、遂には外界からの物資を管理する役職に就いた。だけど、作戦はそこで終わってしまった。作戦の進み具合を知るために僕が五万三千時間振りにその集落を訪れた時、ウージェーヌは外界へ出るという目的を捨て去り、完全に集落の一員となっていたのだ。

 以上のような先人たちの失敗談を僕から聞かされると、カペーリヤは暫し黙考した後、こんなことを言ってのけた。

「だったら、周囲に人がいない召喚灯を見つければいいじゃない。人がいなけりゃ、邪魔もされないわ」。

 なるほど。悪くない考えだ。なにせ、〈図書館〉には千の千倍の王台があるのだから、誰も見つけたことのない王台もどこかにあるかもしれない。いや、きっとあるはずだ。問題は……〈図書館〉があまりにも広すぎるということ。王台の数が千の千倍どころか、千の一万倍だったとしても、廻廊の総数には遠く及ばない。その中から、誰にも触れられたことのない未知の王台を見つけ出すなんて、砂漠に落ちた針を探すようなものだ(僕は砂漠なんて見たことないけど)。

 ところが、僕とカペーリヤは無人の王台を見つけることができた。それは未知の王台ではなく、忘れ去られた王台だった。召喚灯が壊れて機能しなくなったため、その周囲に住んでいた人々はどこかに移住してしまったらしい。

 無人の王台を発見できた時点で僕たちの幸運は尽きてしまったんじゃないかと心配したけど、そんなことはなかった。召喚灯を簡単に修理することができたのだから。ただし、その「簡単」というのは僕の尺度に則った見方であり、普通の人たちに直せるような状態ではなかったけど。

 しかし、今度こそ、幸運は尽きてしまったのかもしれない。よりにもよって、再生教団の巡礼者に目をつけられてしまうとは……。



「司書に乗って〈図書館〉から脱出するというわけですか。無謀ですねえ」

 エルネストが嘆息すると、カペーリヤは鼻で笑った。

「そんなことは言われなくても判ってるよ」

「無謀だということが判っていながら、なぜ、外界を目指すのですか?」

「つまらないことを訊かないでよね。落ちかけている船から逃げ出すのはあたりまえのことでしょ」

「船というのは落ちるのではなく、沈むのですよ。水の上を走る乗り物ですからね。落ちるのは、空を飛ぶものたちです。司書や鳥や馬のような……」

「馬は飛ばないわ」

「ある種の馬は飛ぶことができるのです。背中に翼を持った馬の絵を私は何度も見たことがあります」

 天馬(ペーガゾ)は想像上の生物だってことを教えてあげるべきかな?

「ねえ」と、カペーリヤが言った。「あんたの話、長くなる?」

「空を飛ぶ馬の話ですか?」

「そうじゃなくて、本題のほうよ。何が本題なのか知らないけどさ」

「手短かに話すように努力しますが、場合によっては長くなるかもしれません」

「だったら、煙草を吸わせてくれない? あたし、美味しい煙を吸ったり吐いたりしてないと、集中力が途切れちゃうのよねー」

 相手の返事を待たずにカペーリアは腰から煙管を抜いた。

 エルネストたちは無反応。煙管というものは知っているのかもしれないが、実物を見たことはないらしい(〈図書館〉では煙草は希少だからね)。そうでなければ、カペーリアを止めるはずだ。彼女が持っているのは煙管などではなく、火消し(ポンピエ)たちの集落から盗み出した短銃なのだから。

 でも、エルネストたちが無知というわけじゃない。〈図書館〉で生きる者の常として、知識が偏っているだけだ。彼らは銃を知らないけど、複雑な数式や高等な理論は知っているかもしれない。カペーリヤは銃を知っているけど、船が水上の乗物であることを知らない。父さんも多くのことを知っていたけれど、〈図書館〉から出る術は知らなかった。〈図書館〉で生きている限り、人は断片的なものしか手に入れることはできない。もしかしたら、外界も同じようなものかもしれないけれど。

 目の前で何が起こっているのかも知らず、エルネストはまた語り始めた。

「さて……貴方は〈図書館〉のことを、沈みかけた船だと思っておられるわけですね」

「あたしだけじゃない。誰だって、そう思ってるよ。〈図書館〉に未来は無い。本はバカになる一方だし、設備はボロくなる一方だし、あんたたちみたいな狂信者の数も増える一方だしね」

 そうやって話している間もカペーリヤは手を休めなかった。火縄に点火し、弾丸と装薬を銃口に詰め、込め矢を使って奥に押し込んでいく。

「未来が無い? そんなことはありませんよ。〈図書館〉には、希望に満ちた未来があります。その証拠をお見せしましょう」

 エルネストは麻袋から一冊の本を取り出し、アメディオに手渡した。アメディオは僕らに歩み寄り、それをカペーリヤに差し出した。

「なにこれ? 原種の本じゃなさそうね」

 その本が原種であるはずがなかった。表紙に汚れはないし、紙も変色していない。かなり若い本だ。たぶん、この前の繁殖期に生まれたのだろう。

 カペーリヤは銃を床に置き、本を受け取った。

「どこにもおかしな点はないけど……」

「おっと、いけない!」と、エルネストが額を軽く叩いた。「そういえば、貴方は太上語が読めないのでしたね。その本は太上語で記されているんです」

「はぁ? 何語で書かれていようが、読めるわけないでしょーが。どうせ、まともな文章じゃないんだから」

「ところが、そうではないのです。その本は屑本ではありません。完全ではありませんが、文意は整っています」

「本当に?」

 と、カペーリヤが問い質した相手はエルネストではなく、この僕だ。

 僕はその本を横から覗きこんだ。

 次の瞬間、思わず声をあげそうになった。エルネストの言葉は嘘ではなかったのだ。

『……〈知のエクソダス〉と呼ばれたあどもにな計画の舞台として選ばれたぬは、若きベルツォーニがうににれに発見した〈大虚窟〉であった。すの地に創造さりる新世界は〈図書館〉と名付けらられ、なきとれていた円環的な構造を……』

〈図書館〉創設時のことが書かれている。おかしな単語や誤字が含まれているとはいえ、その文章は比較的まともだった。まるで、原種に近い第四世代から第五世代あたりの本のようだ。

 この本は屑本ではない――それを伝えるため、僕はカペーリヤに頷いてみせた。

 カペーリヤの表情が変わった。本をエルネストの足元に投げ、銃を再び手に取る。

「ようやく、あんたの話に興味が持てたわ。こんな本をどこで見つけたの?」

「見つけたのではありません。教団が作ったのですよ」

「ふざけないでよ。人の手で本を作ることなんてできるわけないでしょ」

「いいえ、できます。計画的に交配させるという手段でね。知っての通り、本は世代を重ねる度に内容が崩れていきます。しかし、ただ崩れるだけであり、完全に消えてしまうわけではありません。屑本の深部には、祖先にあたる本たちの文章が眠っているのです。それを呼び覚ますことができれば、屑本は屑本でなくなります」

「呼び覚ます?」

「そうです。『先祖返りさせる』と言ってもいいかもしれません。屑本たちを集め、繁殖をしっかりと管理すれば、次の世代の本の文意は回復し、親たちの文意よりも僅かに整う場合があるのです。それを何度も繰り返すうちに、文意は明確になり、原種に近い本が生まれます。もっとも、成功率はさして高くなく、正常な形で先祖返りする本は一万冊に一冊もありませんが……」

 一万冊に一冊の割合でも、たいしたものだ。正直、教団を見直した。本の正常な繁殖と育成を試みている人には何度か会ったことがあるし、それに協力したこともあるけど、成功例を見たのはこれが初めてだ。

 でも……なぜ、教団は成功したのだろう? 教団の全体主義が本の繁殖管理に良い影響を及ぼしたのかな? 本というのは人間の意識に強い影響を受けるらしいから、傍にいる人間たちが一つの規範に従えば、本の内容にも自然と規律が生じるのかもしれない。だとしたら、〈図書館〉に住む全員が同じ教義を信じて、同じことを考えて、同じ言葉を喋って、同じ服を着て、同じものを恐れて、同じ未来を夢見て、同じような毎日を送れば、無意味で無価値な屑本が生まれることもなくなるわけだ。

「実を言うと、成功率以外にも問題があります。それは本の内容の信頼性です。先祖返りした本に記されている情報は概ね正しいと我々は思っているのですが、それを確かめる術がありません」

「そりゃあ、そうでしょうね」

 銃の火皿に点火薬を盛りながら、カペーリヤは言った。

「そもそも、あたしたちには『原種の本』と『原種に限り無く近い本』の区別だってできないんだし」

「はい。しかし、本の信頼性を確認する方法が無いわけでありません。貴方は『教団は何を求めているのか』とお尋ねになりましたね。今、それに答えましょう。我々が求めているのは、太古の知識を持った存在です。その存在の力を借りれば、先祖返りした本の内容が正しいかどうかを知ることができるはずですから」

「ちょっと待ってよ。『その存在』とやらが本当にいるのなら、わざわざ本を育成する必要はないでしょう。本を読まなくても、『その存在』から知識を伝授してもらえばいいんだから」

「そうですね。しかし、教団は本という形で構成に知識を残したいのですよ」

 あるいは、本の育成というのは「その存在」を担ぎ上げるための名目に過ぎないのかもしれない。そのほうが教団らしい。

「そういうわけですから――」

 エルネストは立ち上がった。

「――カペーリアさん。外界に出るという無謀な目的は捨て、教団に加わっていただけませんか?」

「なぁーにが『そういうわけ』だっつーの。意味が判んないよ。どうして、あたしを勧誘するわけ? あんたたちが欲しがっているのは、太古の知識を持っている存在であって、太上語も知らない小娘じゃないでしょ」

 二十三万五千時間ほど生きている女性が「小娘」の範疇に入るかどうかは疑問だけど、エルネストはその点は指摘しなかった。実に賢明だ。

「私はあなたをただの『小娘』だとは思っていないのですよ」

 足元に投げ捨てられたままの例の本をエルネストは指し示した。

「この本には、ジョルジョ・ルイージ・スパランツァーニという名前が何度も出てきます。彼は〈図書館〉の創設にかかわった人物の一人であり、教団が崇める館長のモデルになった人物でもあるようです」

「……」

 カペーリヤは僕を横目で見た。

 僕は敢えて何も言わなかった。

 ジョルジョ・ルイージ・スパランツァーニ――それは僕の父さんの名前だ。

「スパランツァーニ氏は司書の性能に不満を抱いており、もっと高度な機械生物を作るべきだと主張していたそうですが、その意見は誰にも受け入れられなかったそうです。この本にはそれ以上のことは書かれていませんが、彼が後に何をしたのかは容易に想像できます」

 僕も想像できる。

 いや、想像じゃない。これは事実だ。

〈図書館〉が完成した後、天才スパランツァーニは司書よりも高等な自動人形を作り上げた。外界への出口を探すために。

 それにしても、笑える話じゃないか。父さんは天才だけど、あまりにも滑稽だ。〈図書館〉の創設者の一人であり、自動人形を生み出すほどの知識を持っていたにもかかわらず、外界に出る方法を知らなかったなんて。自分の意思で〈図書館〉に入植しておきながら、郷愁にかられて外界脱出の模索に人生を費やすなんて。挙句のはてに、妙な教団にカミサマとして祭り上げられるなんて。

 エルネルトが一歩だけ足を踏み出した。カペーリヤに向かって。

「もし、スパランツァーニ氏が自動人形を作っていたのだとしたら……その自動人形は多くの知識を氏から受け継いでいるはずです。我々はその知識が欲しい」

「もしかして――」

 カペーリヤは撃鉄に火縄を装着した。準備完了。いつでも〝煙草〟を吸うことができる。

「――その自動人形があたしだと思ってるぅ?」

「思っているというより、期待しているのですよ。さっきも言ったように、私は貴方の噂を何度も耳にしました。その中にはこんな噂も含まれています。『あの探索者は自動人形だ』。それを初めて聞いた時は心が躍りました」

「ふーん」

 カペーリヤはゆっくりと立ち上がった。

 僕は彼女の顔を見上げた。

 期待しているのはエルネストだけじゃない。カペーリヤが見かけどおりの存在ではないことを僕は望んでいた。そう、彼女は父さんが生み出した自動人形なんだ。本当は太上語を知っているし、僕の父さんのことも(もちろん、僕以上に)よく知っているに違いない。西陬語圏の区画で生まれ育ったと言ってたけれど、そんなの嘘に決まってる。当然、年齢が二十三万五千時間というのも嘘だ。機械仕掛けの自動人形が生きてきた時間がそんなに短いわけがない。

「うふっ!」

 カペーリヤが笑った。僕の儚い妄想を嘲るかのように。

「自分で言うのもナンだけど、確かにあたしはお人形さんみたいに奇麗な顔をしているから、自動人形に見えちゃうかもねー。だけど、あたしは人間よ。スパランツァーニが作った自動人形は――」

 カペーリヤの整った指先が僕に向けられる。

「――このサバトよ」

 エルネストたちの視線が僕に集中した。やっと注目されたよ。

 しばらく僕を見つめた後、エルネストは顔を歪めて、重い声を出した。

「つまらない冗談はやめてください」

「どうして、冗談だと思うの?」

「どうしても何も、そこにいるのは……」

 一瞬、エルネストは次の言葉を言い澱んだ。

「……ただの猫じゃ(ヽヽヽヽヽヽ)ないですか(ヽヽヽヽヽ)

「おいおい。自動人形が猫型じゃないなんて、誰が決めたのさ?」

 と、僕は太上語で言い放った。

 その言葉を聞くと、エルネストたちの目が大きく見開かれた。まさか、猫の口から人間の言葉が出てくるとは思っていなかったのだろう。あきらかに驚いていたし、怯えているようにも見えた。

 僕が喋るところを初めて見た人は皆、こんな反応をする。面白いけど、ちょっと寂しい。



 僕は土曜日に完成したので、父さんにサバトと名付けられた。

 なぜ、僕を猫型にしたのか? そんな疑問を僕は何度も父さんにぶつけたものだ。帰ってくる返事はいつも同じだった。

 曰く「人間よりも猫のほうが行動しやすいだろう」。

 まあ、納得できないこともない。確かに定住者たちの多くは人間の流れ者には警戒の目を向けるけど、猫には(赤ん坊や食べ物に近付いたりしない限り)注意を払ったりしない。どこからともなく現れても、いつの間にか消えてしまっても、「猫とはそういうものだ」と納得してしまう。

 でも、良いことばかりじゃない。知性ある者として振る舞うべき状況になったりすると、猫としての姿が不利に働く。逆に、知性を隠して普通の猫として振る舞わなくてはいけない時も苦労する。

 これらのデメリットを父さんが想定していなかったとは思えない。やっぱり、僕を猫型にした理由は別にあるんじゃないだろうか? たとえば、「僕に孤独を感じさせるため」とか。猫型の自動人形は猫の社会に加わることはできないし、人間と交わることもできないので、自分の居場所が〈図書館〉に無いことを思い知り、嫌でも外界を目指すようになる――そんなことを父さんは考えたのかもしれない。もっとも、僕を受け入れてくれるような存在が外界にいるとも思えないけど。まさか、機械仕掛けの猫が沢山いるなんてことはないよね。

 ともあれ、孤独を感じさせることが父さんの狙いだったのなら、それは成功したと言える。でも、僕は常に希望を持っていた。自動人形は自分一人だけじゃないかもしれないから。

 父さんは何も言わなかったけど、僕が生まれる前に「金曜日(ヴェネルディ)」なんて名前の兄を作っていた可能性はあるし、僕が旅立った後に「日曜日」(ドメニカ)とかいう名前の妹を作った可能性もある。だから、僕は外界への出口を探す傍ら、自分の兄弟である自動人形たちも探していた。兄弟たちに僕を見つけてもらうため、相棒が自動人形だという噂も流した。その噂に教団が引っ掛かってしまったのは計算外だったけど、僕はまだあきらめてはいない。

〈図書館〉のどこかで風変わりな人物に出会う度に僕は相手をよく観察する。その人も、父さんが作った自動人形かもしれないから。もし、その人が自動人形だということが判ったら、僕は迷わず友達になるだろう。相手の年齢や性別や容姿や人格や使用言語は気にしない。

 僕たちはきっと判り合えるはずだ。

 なにせ、兄弟なのだから。

次回(最終回)は2015年6月9日頃に投稿予定。

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