第二話 為歓幾何浮生若夢(青春は短い)
角海老時計塔の鐘が吉原に鳴り響く.
なんとか間に合うように話を締めることができた.みなで弁天様と黒助様へ手を合わせてから,隣町の高校に向けて出発する.
"二三時一六分":"移動",
キラー衛星までよく見える晴天の下,日暮里通りの裏道,遅咲きの桜で満開の並木沿いを,縦列で走り抜ける.クロスバイクの夕掛が先頭で車列を引っ張り,次に自作ロードバイクの矢摩,それから電動軽快車の万弓と続き,最後の広路が全体を調整する.
安全横丁を順調に進んで,学校のそばの信号待ち.
今日はお隣の女子校も始業式なので,駅から門前までが混雑している.その様子を探ると,視界から彩度が落ちていき,無彩色になったあたりで校舎の方に微かな光源が見えてきた.
小径はもう抜けているようだ.友人や先輩も見当たらない.
群衆から気を逸らしたその時,不意にどこからか起伏のないピッチの低い音が聞こえてきた.言語化はできないが,するならボーという音.種類は金属の振動.
たぶん鐘だ.確信はない.でも予感はある.とても低く響いており,チャイムではない.教会のものとも寺のものともつかない不思議な音色だ.汽笛や呼び声に似ていなくもないが,もっとわかりにくく,濃い霧の中で遠くから反響し,その途中の音も飲み込んできたような,出処の曖昧さだけが際立った波.名状しがたいだけで済ませたくなる複雑さ.
腕時計で辺りの音を数秒だけ録る.すぐに耳へ当てて再生するが,雑踏や電車の音だけで鐘の音は入っていない.
辺りを見回す視界の端で,信号が青に変わる.
道を渡ってまっすぐ正門へ向かおうと動き出すと,それを合図としたのか,鐘の音は止んだ.
渡りきったところで少し考えてから,広路は先頭の夕掛に声をかける.
「今日は裏門から行くぞ」
「はいはーい.後ろ,右折しますよー右ー」
「ここでハンドルを右に」
「前を見なさい.怪我しますよ」
広路の秘密は三つ.一つ目は前世の記憶喪失.二つ目はいるはずのなかった家族.そして三つ目は,正体不明の鐘の音が聞こえること.
鐘は不意に鳴り始め,不意に止む.他人には聞こえない.録音できない.楽器で再現もできない.経験則として,鳴ったときにしようと思っていたことをその通りに実行すると,八割超の割合で良い結果になっている.もしかしたら考え方の違いで本当は十割,あるいは零割なのかもしれない.
今回は,混雑する正門を避けて裏門へ行こうか思い付いたところだった.これなら失敗リスクも大したことがなさそうなので,従ってみる.
ぐるりと学校の外周を回ったところにある裏門に無事到着.誰もいないので静かだ.ケータイに仕込んでおいたスマートキーを使って電子ロックを解除する.
ちゃんと門から入ったので,誰かの何かが金網につかえることもなく,無事に駐輪場へ到着できた.つかえたのは小学生の頃に一度だけだ.
"二三時三〇分":"学校着",
正門はまだ混んでいる.リプレースされたばかりの認証ゲートと,春休み明けの再会のせいだろう.
部の先輩や前の級友を見つけて人だかりの一部になった三人と別れ,広路は掲示を見に行く.
玄関そばのラウンジに設置された大型ディスプレイの前にも,今日の日程とクラス分け表を見る人だかりができている.皆ああだこうだと盛り上がっているが,広路は一瞥もしない.ラウンジの壁側,自動販売機のそばで隠れるように立っている友人,澁衣景のもとへまっすぐ向かう.
夕掛曰く,「細いのにふわふわで,石鹸やシャンプーじゃない良い香りがする」らしい.
「広路さん.おはようございます.また同じクラスになることができて嬉しく思います.不束ものですが,今年度もよろしくお願いいたします」
澁衣は透き通った声でこちらに挨拶をしてから,ゆっくりと長めかつ浅めに頭を下げる.文人の礼の見本といえる所作.垂れる長い髪から微かな香りが立ちのぼるが,何かまではわからない.うま味のように,いい匂いという名前でいいんじゃなかろうか.
広路たちは高等部からの外部受験,澁衣は中等部からの内部進学と,級友歴はまだ一年.けれども,小学一年生の時に茶会で知り合っていたので,付き合いは長い方になる.内進でも普通コースなのは矢摩の建前と似たようなもので,婚約者よりも大学の格を下げるためだとか.ただしこっちは強制.門閥と財閥の違いか.
ゆっくり頭をあげた澁衣は何か言いたそうに,それでも口は優しげに微笑んだまま,こちらを見てきた.察して適切に反応できなかったら,そのまま萎んでしまいそうな予感がする.こんなときは外見の変化だというのが母の教え.
目が合ってから一秒で全身を見渡すが,それらしき変化はわからない.見当違いか.いや……毛先が巻きぎみに内側へ向いているような? 出会って以来ずっと,どストレートだったはずだ.万弓曰く「ヘアケアは私以上かもしれない」ので不自然といえる.
よし.ここまで二秒.
「あれ,髪型変えた?」
澁衣の穏やかな微笑みが激しい笑顔に変わる.
本物の専属家政婦さんがいるご家庭に寝癖はないと踏んで正解.しかし,研究会の先輩にやらされたハイレゾ音源のブラインドテストより違いがわからん.
「はい.ほんの少し,なのですけれど.昨日の夕掛さんのお話に,私もと思い,できる範囲で変えてみました.気づいてくださって,とても嬉しいです.……こういった螺旋状の髪型はお嫌いですか?」
矢摩曰く「上目遣いと首傾げと頬赤らめの合体は熱血最強.これにはにかみ笑いが付くと元気爆発.チラ谷間が加わると絶対無敵.ブラチラの追加で完全勝利.さらにボディタッチが合わさって地球滅亡.とどめの桃色吐息だと次元崩壊」らしい.
「げ,もとい,精美で良いと思います.はっきりとわからないのは勿体ない」
「ありがとうございます.せっかくですけれど,ひけらかしたい訳ではないので,これでよかったのです」
ラウンジの混雑が増して地球が滅亡したので,少し理解が追い付かなかった.
「気づけてなにより.ところで,他のクラスは見た? 」
「はい.小径さん,矢摩さん,万弓さん,夕掛さんは別でした.残念です」
それを受けて,幼馴染ネットワーク「しまゆうこミュ」にクラス分け結果を流す.次善の結果にどう反応するか.
「それでも,亜蘭さんと美浦さんはご一緒でしたよ」
幼馴染たちと引き換えに,数少ない友人たちと同じクラスになったようだ.学校行事の多い二年目だから,これはこれで最善だったかもしれない.馴染み甲斐の無いことを思ったところで三連発の返信.
「うまく揃ったねー.焼鎌って名字の人,けいちゃん以外にもう一人いたんだ.知らなかった」
全国にはあと十二人いる.
「生徒会の力でやり直そうそうしよう」
新宿の某学園に転校しよう.それか四十年前に行こう.
「行くより呼んだ方が楽だしおかえりなさい御館様って言ってあげるから来て(病院と檻と鎖と注射器とビールジョッキの絵文字)」
病院,転じてホスピタリティー,即ちおもてなしの心.わかりづらい.檻とかは知らん.
「せっかく別れたんだし,今度からお昼は新しい学食にする?」
本文を全て無視して返信したところで後ろへ振り向くと,高低差のある声が飛んできた.
「いよう生徒会役員ども.同伴重役出勤とは,いいご身分だな」と下段から酔っぱらいボイス.
「はよ……」と上段からウィスパーボイス.
酔い声の主,蘆原九音.
良い声の主,熊澤夢人.
いろんな面で高低差の激しい二人にも,澁衣の礼は等しい.つられて蘆原先輩も礼をする.
焼鎌兄妹と澁衣,熊澤・蘆原の両先輩は,去年まで手芸研究会員だった.母を含む業界人が在籍していたことから,一時期は文化研究会系最大規模を誇った老舗だ.
しかし,一年生の広路ら三人が入った時,会員は二年の二人だけしか残っていなかった.逃げた連中に主たる原因とされたのは,熊澤先輩のコミュニケーション能力だ.彼女と長く話していると,損したような気に陥るらしい.十重二十重と対策を張り巡らせなければ最終的に正気が失われる,とまで言う人もいた.実際,彼女のほとんどの人間関係は破滅した,あるいは破滅させられた.
広路たちが入会してしばらくした後,家庭の事情で澁衣が退会.中途での新入会員が確保できず,規定より人数不足になったため,昨年の年度末で廃会が決定.それから色々あって,紆余曲折を経て,蘆原先輩から無茶苦茶な提案があり,かくかくしかじかの結果,魔がさして,ついカッとなって,電撃的に「裁縫と自由」党で生徒会役員会選挙に立候補することになってしまった.
それからはとにかく大変だった.
ここでの選挙における最大かつ根本的な問題は,明白なスクールカーストがみられないという点だ.体育会系がギークの機材買いにパシられる.絶滅危惧種のギャルともはや主流派の腐女子が連れションをする.中等部からのボンやボンボン同士ですらつるまないし,そいつらの腰巾着も見当たらない.
明確な階層を形成するほどのやる気が誰にもないからじゃないか,と思う.父曰く「地方国立大学の工学部キャンパスに近い雰囲気」だそうだし.
もちろん,いじめや可視化されない階層意識はあるだろう.そんなの人類からは無くならない.幼馴染みや友人たちが関わらなければ次善といえる.こういう思考がそれらの存在を助長することは自覚している.でも,手が回らない.広路たちは,万弓や澁衣を「適度にお馬鹿さんでいた方がいい」と言われる社会から連れ出すことさえ,まだできない.もっと言えば,性産業に文化的価値を与える道化一族に差別を語る資格はない.
それはそれとして,階層構造の不在は間違いなく良いことだろう.しかし,選挙となると別.多数派工作のために交渉すべき相手がいないのだ.
なぜ業界団体は時代遅れや癒着の温床と批判されてもつくられ続けるのか.理由の一つは,業界の構成員をまとめることで業界を定義し,お上から業界へ,業界からお上へ,まとめて連絡できるようにするためだそうだ.一度に親族縁者へ挨拶を済ませるための,結婚披露宴の様なものらしい.いくつもの団体に関わってきた祖母が言っていた.
根本的な問題はまだ他にもある.社会勉強のためか,国政選挙と似た一党制で,さらに棄権がデフォルトなのだ.部活のような支持母体を持たない広路たちの党は,まず投票率を上げなければ話にならない.かといって,破滅を語る人たちに届いてしまうと,落選の危険が高まる.トレードオフというよりヤマアラシのジレンマ.
人見知りのオタクと牢入りのお嬢さまでもできる辻立ちの時間と場所割り,戸別訪問の時期と効果的な実弾の用意,世論調査と当落ラインの分析……と際限なくやるべきことは増えていき,涙と安楽椅子と茶菓子無しに語れない苦労の結果,なんとか勝利.会長は熊澤先輩で,広路と澁衣が副会長,小径は書記,会計に葦原先輩,庶務が該当無しという布陣.庶務は先輩たちの友人の鈴内先輩に内定していたのだが,諸事情で取りやめになった.
当選祝いの凌雲閣ケーキバイキングの帰り,蘆原先輩に立候補の理由を聞くと,予想通りの答えが返ってきた.
「だって,高校の生徒会だぞ? 生徒会なんだぞ? 」
澁衣はいつか,あの頃の苦労を回顧録にまとめるべきだ.たとえ,立候補かスクールアイドルデビューの二択だったとしても.
「とはいっても,都内じゃみんなで遊べる場所はいくらでもあるから,別に落ちても良かったんだけどな」
この人は回顧録を毎日読むべきだ.
無駄に深い礼から頭をあげた蘆原先輩に,広路は時間差で挨拶する.
「おはようございます.鈴内先輩はどうかしたんですか?」
「んーとな……風邪だ.風邪でいない.新学期初日からついてないやつだ.昨日提唱したばっかりの,街の女子高生はなぜか三人組の法則がいきなり崩された」
「なら先輩たちもお休みすればよかったのに」
「ひでえ」
話を一旦切ったつもりなのか,先輩が袖を掴んで引っ張ってきた.そのまま,引っ張られるように人だかりから離れたところへ移動する.澁衣たちは置き去りだ.
太い柱に隠れて止まったところで,あーだのうーだのを小声で発し,何か言いたいアピールを露骨にしてくる.多分,自覚はない.
「本当はなんでお休みに?」
幾つか候補を考えてから,一番無さそうな話題を振ってみた.
「……なんかな,とあるギャルサーから声掛けられてるらしくて,しばらく姿消さないといけないかもって.これは冗談じゃないからな」
何等かは分からないが,当たったので続けてみる.
「ギャルサー」
「そ.ぐあるすあ.生きた化石」
「話を勝手に補間すると,危ないんですかそこ?」
「ああいうのって全部,金! 暴力! セックス! ドラッグ! バイオレンス! 流血患者! おまけに完璧な着地!だろ」
声がでかい.
「『週刊実は』か『作家になって声優と結婚しよう』の読みすぎでは」
小声で意思表示をする.
「途中からは冗談だ」
一部わかってくれたようだ.
「でも,そのギャルサーは実際そうらしい.昔よくあった若作りのおっさんが雑誌や配信に出してあげるとか声かけて薬漬けにして金貢がせて食い散らかすタイプのじゃなくて,ギャルがボスでオタ女や野郎どもに薬ばら撒く奴.前者は三年くらい前にトップつーか下請けのおっさんが逮捕されてニュースになっただろ.ああいうのを金主と農場含め乗っ取ってできたんだってさ.羊の中にシミュレータのヤギが混じってたわけだ.いや,カッコウの託卵か? ま,なんでもいい.全部伝聞とネットで調べたことだから本当か知らんけど,リンちゃんがやばいって言うんならやばいんだろう.なんか用心棒,もちろんギャルのな,雇って,ギャルサー狩り狩りとかもやってるらしい.みんなモヒカンで肩パッドしてんじゃねえのかな」
「ギャルサー狩り狩り」
「聞いた話なんでつっこまれても困る」
バギーと火炎放射器はありえる.合羽橋で売ってたし.
「なるほど.推測するに,幹部として勧誘ですか.搾取される側なのかと」
「残念だが当たりだ.リンちゃんのコミュ力パネエからな.営業部長にってことらしい.いや,支社長だったかな」
出口調査の結果,我が党の得票は半分以上が鈴内先輩への個人票だったりする.
「で,学校来ると待ち伏せからのハイエースあるから逃げるんだと.あ,そういや用心棒もまだ探してるらしい.だから穴師とかは気を付けとけよ」
身内に警官がいて使いやすくても,家柄的な問題で声を掛けないとは思うが,未知の相手に期待をしても仕方ない.
「鈴内先輩のお連れさん,うちのOGで三田の院生でしたっけ?」
「知らんそうだ.匿ってすらないな」
「付き合いだしたの先月ですよね」
「そりゃ,割れてるだろ.寝取られてたりして.ヤンキーなら隠れれば何とかなりそうだけど,ギャルサーじゃそうはいかねえってこと.時間稼いで代わりが見つかりゃいいけど,じゃないとなあ.どうしよマジで」
「ギャルサーって,そうなんですか?」
「あ? ああ,権力者の子女が幹部っぽいんで,金にならなくても徹底的にやってるってさ.このへんがヤンキーとの違いだな.廃れた理由ともいうが.今どき続いてるってことは筋金入りよ.ダンスサークルの体とってるから,末端の何も知らん連中に事情伏せて回状まわしてるみてーだ.実際,別件であたしの蜜壺端末にも,借りパク下手人探しを偽装したメッセージ着たことあるし.うちと隣の学校にも遠めの関係者いるの見つけたし」
「裏は? ダークかっこわらいウェブ潜ったんですか?」
「ガチハカーかっこわらいでもないのにそこまではやんねえよ.ゲームのアカとか鍵の売買で雑魚を少しずつ釣っただけ.だから半分くらいは統合的推量.ガードかてえし,国内限定だから『ミルキーウェイ』とか行っても,たぶん出てこないと思う」
「サークル名は?」
「知らん.知ってたら話しとる.あたしの予想じゃトップは某アイドル声優なんで,『オリガ』って呼んでる」
つい顔をしかめてしまったが,葦原先輩にではない.鈴内先輩にわざわざ目を付ける程の組織体で,名前が出てこないというのはなんだかヤバそうだ.
「アンテナ高いんだか低いんだか」
とりあえず危機感を悟られないように誤魔化しておく.
「まあ,大事なのは感度だと申しますし.何とは言いませんが」
「何だ」
「胸です」
「死ね」
「嘘です.い――」
「地獄に落ちろ」
誤魔化せたのならよし.
「はあ,マジやべーよな.名前わからんとか.公園とか公民館でもやってるであろう生会合を探すのができんし,カマもかけらんねーし」
なじられ損だった.
「何かがどうにかなったら,吉原とか深川の人が出てきたりしねえかな? 連中,さすがに売りは手出ししてねえっぽい」
ポジショントークになるが,野良援交を経済的に壊滅させた売管法はやはり偉大だ.
「ただのミテコの火遊びなら,どうにかなる前にやることはやるでしょう.それ徹底して赤線が残ったわけですので.ただ,薬物が建前抜きでダメかと.門内に一粒たりと入れまいとするなら,関わりたくないはずです.無論,そいつらから来るなら別ですが.あと深川辰巳は縮小してるので期待しない方がいいです」
いや,だからこそもあるか.知り合いの番頭さんを探っておこう.
「んー,それはちょっと想定外かな.バックからすると警察は厳しいし,軍を引っ張り混むネタはないしな.自衛のためにポストアポカリプス一式を揃えざるをえないか.機械化PMC雇ってUAVと衛星運用とかなら現代娘っぽくて面白いけど,さすがに実在させたくない」
「実際,ドローンなんて,高性能3Dプリンタといくつかの部品と公開されてるソース使えば誰でも作れちゃいますしね.買っても初期費十万程度,民間レンタルで月八千円,大学なら無料から」
「まあほんとになんてお得なのダニー.じゃあうちでも作ろうぜUAV,ってかドローン.で無人機空戦しよう.BGMはテクノかドラムンベース.基盤とソフトはあたしにまかせろーバリバリー」
作るより問題なのは運用です.
「本気なら一応,生徒会プロジェクトにできるかつついてみますか.民生機は高度とエリア制限がめちゃくちゃ厳しいですが,教育機関ならもっといけますし.安定性や離発着用地のこと考えると,飛行機じゃなくヘリか飛行船の方がいいかもしれません」
確か謎の予算枠があったはず.
「おー,苦労だけで実入りのない役職の使いどころだな」
あんたが望んだ結果だよ.
「実は無くても夢は見れます」
「神託機械実装プロジェクトとか夢見てる巨大数同好会に下請けやらせよう.一人月十劾ペンゲーくらいで」
「多めに払ってキックバックさせた方がいいんじゃないでしょうか」
「どうやんの?」
「去年掘って死蔵してる仮想通貨で支払って,現金化手数料で取るとか」
「桁的に連中なら普通に貯蓄しそうだ.いずれにせよ,その程度のプールじゃギャルサー対策費にもならんがな.さっさと競合と高田馬場か西麻布か新潟あたりで潰し合ってくんねえかなあ.でも金にこだわらないなら,ルート分割して生き残りそうなのが怖え」
ここらで掲示を見ていた熊澤先輩と,それに付いていた澁衣がこちらにやってきたので,葦原先輩をつついて促す.
「ああ.リンちゃんは定期連絡あるから……知らせてもいいよな? 」
葦原先輩視点でノータイムになるように頷く.
「助かる.で,汚れた社会の話は措いといて,本題だ.今日までの生徒会仕事は終わってるのか? こんなに地味で忙しいとは思わんかったから,不安なんだよ」
初めに推測したうち,最も可能性が高いと思ったのが一等だったみたいだ.
「忙しいって,そりゃ一応は教育実験校ですし,先代以前は特定の部活関係以外あまり熱心ではなかったみたいですから,やるべきことは大量にあります.でも,今日までのは昨日のうちに終わってます.ご心配なく.先輩は遠くで見ていたから進捗がわからなかったのでしょう」
「失敬な.座ってただけの夢人と違って,手え動かしてたわ.つーか,ずっと隣だったじゃねえか.サイズ的に遠くにいるように見えたか.その場で遠近法とかいうんじゃねえよ」
ずいぶん遠くまで一人で走ってくれるな.
「ごめん.役立たずで.前もそうだったね.研究室で生地の在庫を――」
じわりじわりとやってきていた熊澤先輩の横槍で話が逸れそうになるのを,澁衣が留めようとする.
「あの件は倉庫の鍵が――」
「澁衣にも悪いことをしたよね.あのときも――」
口を挟んだことの後悔をわずかに目に表した澁衣に二人で心の敬礼をし,話を行事の打ち合わせに戻す.
「詳細ですが,事前作業と各委員会への当日作業の割り当てとそのマニュアル配布は済んでます.欠員が出ても全ての代替は準備可能です.会長は式の後の説明会で,最初に原稿読む挨拶だけ.後の表に出る仕事は,俺と小径と澁衣だけです」
それを聞いて先輩は大きく頷く.
「了解した,てか安心した.お疲れさま.最初からわかってたことだけど,あたしらこれでも受験生なんで.今後も三人に任せること多くなるから.澁衣ちゃんは家のことあるし,焼鎌姉弟が頼りだ.わりーともありがてーともちゃんと思ってる.返そうとも.なんで,そんかわり,あたしは夢人をなるべく引き受ける.リンちゃんはアレだし.あたしの屍をこえてけ」
熊澤先輩が蘆原先輩ラブなのは,唯一の救いともいえる.ケアを防波堤に集中すれば全体を守れる.生け贄ともいう.
「用件が済んだところで,だ.愛しの小径お姉ちゃんどこ行った.抱きしめないと一日が始まらない.一回のハグは,一日のストレスを半減させるんだぞ.これ豆ちゃんな.二回でどうなるかはしらん」
「今日は始まらないまま終わりそうです.一日分若くてお得ですね」
「いや,まだだ.計算してみたが,講堂への移動中に襲える.そうしないと我が右腕の力が云々で女子生徒が触手まみれに.故にわたしが抱かねばならんのだ.それをわかるんだよ広路」
それが本当なら,阻止してもいいんじゃないだろうか.
「わかりません.愛しくない方と似てるのに」
「似てるのに大人しくて可愛らしい.出来ないことが出来て二倍おいしい.義理でもいいからあんな妹が欲しい.あ,いや,姉か」
こういう無自覚っぽいワイルドカード発言があるから,反応に困って聞き役にならざるをえない.釘を指しておくべきか.
「弟として前から言おうとしてたんですが,姉は大人しいんじゃなくて,先輩と話をするのが億劫なんです」
「直球過ぎてひでえ.でも,これはこれで将来のデレがおいしい」
効いていない様子だ.
「いや,待て,待て.今のはおまえの想像だろう? 双子だろうと他人なんだから,勝手に決めるのはおかしい.そういうのあたし,もやもやして嫌なんだよ」
やっぱり効いてた.発言に内心で同意しておく.口では無視して話を先に進めておく.
「本人の証言に基づく再現です」
「マ,マジでか.ごめんよ…….よし,やめるよ.やめないかもしれない.やめないんじゃないかな.ま,ちょっとは覚悟しておけ」
「その宣言,ここからじゃ届きません.もっと大きな声で.さあ,かんばれ,かんばれ」
「いきなり失脚させんな.いや,小径ちゃんて,あたしにだけ人見知りだから,おまえが伝えてくれ」
「わかりました.さすが気付かれない気配り上手です.先輩の半分はオブラートでできてますね」
「いやいや,重ねるなよ.高校生の会話というのはすべて漫才でなきゃならんのだぞ.女子はボケ,男子はツッコミなんだぞ.これじゃあたし空回りしてるみたいだろ,っていうかしてるよ! 悪かったな! だから場の役回り的にツッコんで助けてくれ!せめて,こいつウゼェーって顔してくださいお願いします.あたしだって,こんな時くらいは直接謝るから.あと,あたしの実質が半分しかねえじゃねえか」
ようやく暖まってきたようだ.これは何まわしというのか.
「ハーフボイルドのヒーロー?」
「そうだけどちげえよ.ちげえけどそうだよ.会話と会話の前提知識,両方を端折りすぎだろ.てめーどこの禿だ.あたしと風祭ちゃん以外ついてこれねえって.光ってるネタと違って,ボケは理解とツッコミがあって初めて輝くんだからな.訓練されすぎだろ,お前.話がいくらでも通じるから嬉しいけどさ」
「ただの私的な雑談なんですから,先輩と通じあえばそれでいいじゃないですか.外向けに前提から語ってたら,今のうざさの非じゃなくなりますし,政治的正しさに配慮までしたら何言ってるかわからなくなりますよ」
「本当にうざかったのか……すまねえ……すまねえ.このご時世,同世代の五割はオタクっていう調査結果とか鵜呑みにしちゃって,現実の節度わきまえてなかったわ……すまねえ……すまねえ」
「先輩が他人のふんどしでばかり喋ってうざいのだって,俺や澁衣に対してだけでしょう? なら大丈夫ですよ.舞台では大暴れするけど楽屋では礼儀正しい芸人さんと同じです」
「またうざいっていった.そら,時と場合によるんだよと言われればそうなんだけどさ.んー,自分の言葉で言わせてもらうと,あたしゃ,もうちょっと段階を踏ませてほしいんだよ.で,上げてから落とす.登りきって涅槃には着きたくない」
持ち上げたら落としていいのか.持ち上がったらそのままでいたい性分なのでわからなかった.
「じゃあ,最初から行くので塔を降りてください.さっき気になったのですが,今回の会長って,小さいことにこだわりますね」
さて,どう出る?
「そこからか.しかも今回って.あれ何人目とか何週目とかじゃねえから.……ま,昨日とか鼻息荒かったからな.それなりに歴史ある部を潰した責任を,あいつも……多いに感じてるんだろ.あたしらにも責任あるけど」
一期生の頃から研究会があったらしい.
「リコールも解散もないんだし,所詮は内申書にあるだけの名誉職.ひと味違う高校生活を楽しむだけでいいのにさぁ.……ノイズ多くてわかりにくいけど,夢人はわからず屋なんだよ.いや,悪い意味で真面目なのかも.見方変えると完璧主義で自閉モードだから,当たってほしくない憶測だけどな.現時点で,家がアレな以上,ほぼ間違いなくアダルトサバイバーなわけで.CBTを真面目に勉強したほうがいいのかもな.そこまで友人関係に費やせるかわからんが,逃げた連中みたいにはなりたくねえし」
さっきまでとはうってかわった真面目さなので,合わせて広路も真面目に応える.
「真面目に良い意味なんて,これっぽっちもないです」
「そうか? んん……? あー,たしかにそうかも.なるほど,そういう考え方もあるか.お前や澁衣ちゃんはそういうの,わかってはいるけど,やることは巧くやるタイプにみえる.あたしはわかっちゃったらもうやらないタイプなんだよ.小径ちゃんはお前と同じではないけどあわせる感じ? よくわからん」
独りで納得してから一旦黙る先輩.それを見てこちらが応えようとするのを,遮って口を開く.
「その前に……人を見ながら何度も小さいとかこれっぽっちって言うんじゃねえよ! いじりの名を借りたいじめだ! 大袈裟じゃなく差別だ! 穴師にんなこと言ってるのみたことねえぞ!」
さっきからわざと腰を屈めている自分に対抗して,全身で背伸びをしてくる.そのつま先を見ながら,もしかして,これが望んでいた落ちなのだろうかと考える.だとすると,落とされるのは広路の方になってしまう.生憎,落ちるのは嫌いだ.
「はい.いじめでした.小さいことにこだわるなんて思って,すみませんでした!」
「声が小さいなんて言ってねえ! ていうか『細かいこと』じゃないのは,それ言いたかっただけだろ.てめぇは別に小さいもん好きじゃねえのに,しつけえよ」
「え,声小さい?これくらい?」
澁衣との一方通行を断りなく中断して会長が反応する.計画通りだが,どうなるか少々恐ろしくもある.
「はい」
「だから小さくねえよ! お前ら人の話ちゃんと聞けよ!」
「聞いてないのは先輩でしょう.俺が言ったのは会長のことです.お求め通り,落とすために最初から話したんですよ? いちいちぃ細部につっこまないでください」
「ぎなた読みしてんじゃねえよ! 誰がチビ,つり目,剛毛三つ編みの三重苦だ! ぶっとばすぞ! 」
なんて楽しそうに怒る人だろう.あと,三重苦じゃなくて瓶底眼鏡,デコ出し,太眉,八重歯,洗濯板,オタクだけど腐れない,で九重苦だって自分で言ってましたよね先輩.三つもあったらちょっと多すぎるんじゃないかと言われるところを,九つもですよ.
「九音はそういうこと言っちゃいけない」
「ええい,よるな! よらば貴公の首を柱に吊るすぞ!」
てきとーなお姫様っぷりだったが,熊澤先輩は勝手に納得して,澁衣へ向き直る.微苦笑で待っている澁衣の,忍耐と寛容さにはいつも感心する.あれ?いつも押し付けてるのか,もしかして.
「さて.微修正します.今回の会長は意外と大物でした」
「今回の方を修正しろ.夢人が三十人とかいたらアメリカ滅ぶわ.止めるのにあたしが百五十人くらい要るぞ」
「さすがヒーロー.頭数は敵の五倍.悪なら敵の七倍」
「ならてめーは外道だ.小バーストキック! 毒針スペシャル!」
ピキーンと効果音も言いながら蹴ってくる.ダメージはゼロだ.あまりの無衝撃っぷりに,もう一回お願いする.
「SMは愛の上に成り立つんだよ!」
それに続けてDDTの態勢に入ろうと密着してきたところで,遮ぎるように腹から出した良い声と精一杯の決め顔で言う.
「俺なりの愛です」
葦原先輩は「そんなものは要らない」とは続けずに,こちらを突き飛ばしながらバックステップで離れる.そして,うつ向いて「ちくしょう」と小声でつぶやき,時計を確認する.この人のツボが未だによくわからない.商業創作物流通規制の影響で,使いやすいネタが全体的に古いせいもあるのだろうか.それとも付き合いが短いだけか.
なにはともあれ,自分たちの間では落ちたようなのでよしとする.第三者の視点など考えたくないし,何がどこに落ちたのかは聞きたくもない.これでよしとする.以上,閉廷,解散.さっさと散れ.
「……夢人.こいつらもあたしらも時間がねえんだから,もういくぞ.はやく用件伝えろよ」
「もう終わってる」
澁衣の眼からはハイライトが消えていた.撮影しておきたい.
「いつの間に!? なんか聞こえてきたのボーンズマンだの中野の学校だのだったよね!? 」
「てんでバラバラの細かい話をしているのにいつのまにか重要な話が完結しているのは,必須スキルだそうですよ.お隣の現役女子大生が言ってました」
「そうなの!? あたし夢人に女子力で負けてんの!?」
やべーやべーとぶつぶつ言いながら,撮影もせずふらついて歩きだす蘆原先輩.その後を追おうとする熊澤先輩.一歩を踏み出して止まり,ひらりと偽制服のスカートを翻して,用件らしきものをまくしたてる.
その話は完全には聞き流しておいた.澁衣の仕事だ.
幸い,一息というか一回転分で終わったらしく,先輩はフィギュアスケートのような華麗さで走り去った.その姿に澁衣と顔を見合せ,苦笑する.
やらなければいけないことが,後からわかることもある.わかったときにはすでに遅いときもある.それと,現象を一般化しすぎると中身のない格言みたいになる. まったく,高校生ってやつは余計なことを考える暇もない.
"1459727100":"moveTo(35.732436,139.764879,12.0,"Room Blue-28")",
チャイムに急かされて教室へ駆け込む.初めての,それでいて前とは大して変わらない二年の教室は,騒がしさと静けさが同居していた.騒がしいのは引き続きクラスメイトになった人たちで,静かなのはそうではない人たちだとはっきりわかる.今のうちから騒がないと後で辛い気がする.
最後なので空いている席は残り二つだけだ.白板の座席表をみると,広路は窓際列の一番後ろという特等席だった.幸福質量保存の法則が怖い.澁衣はその右隣の列の最後だが,窓際列は席一つ分少ないので,広路の隣ではない.
広路の一つ前には数少ない男の友人,美浦肇がいる.
「よお,久しぶり.終業式以来だな」
美浦は脇に立ったこちらを見ずに言う.
「昨日も会っただろ」
これにはこちらへと向いてくる.
「おめーじゃなくて,澁衣嬢だよ」
「澁衣も」
「あぁ? 頭打って記憶飛んだか? 大丈夫か? 」
顔が勝ち誇ったように見えてむかつく.
「お会いしましたよ」
渋い顔の澁衣.……多分,本人すら思い浮かべて心が冷えたはず.
最近になってようやく気づいた事だが,澁衣と美浦はそりが合わないらしい.澁衣は,人間関係を狭く深く望む傾向があるみたいなのだが,美浦の方は,とにかく交友関係が広く,付き合いが軽い.そして戦闘能力を有しない異性に対する認識がかなり甘い.故に,社交性や容姿や実績のわりにモテない.別にその必要もなさそうだが.
「マジかよ.すまん.だっせえな俺」
「ごめんね,景.この子,脳が横紋筋だから」
広路の席に座っている美浦の彼女,長濱亜蘭.矢摩曰く,「ヤンキーとオタクは親和性が高く,ゲージツ家とは合わない」らしい.
長濱は,美浦と人前で堂々キスをしてから,全校で一人しかいないド金髪をなびかせ前方の席に戻る.親和性は高くとも,やはりヤンキーとオタクは違う.これは無理だろ.
右隣は知らない男子だったが,寝たふりをしているので放っておく.
もっとも,知らないといえば,長濱と美浦と澁衣以外は,見たことがある程度で誰も「知らない」.学校に来てから会話した五人全員が友人,でもってそれが校内では全て.統計学者である父曰く,一説では人が一時的に維持できる知人の数は平均百五十人,生涯の累計でも五百人程度.別の調査でも百人から三百人の間だ.だから友人ならこれくらいでも妥当なんだと,無理やり納得している.
何を以て友人かは,中高生にとって難問だ.社会学者も客観的な定義の不在を嘆いているらしい.
広路の友人と考える基準は,幼馴染たちを「しまゆう」と呼べるかどうかによっている.改めていうことでもないが,彼女たちは凡庸ではない.吉原外周に住んでるだけでも特殊だし,それぞれの家がその中でも特別な役割を担っている.八荒は芸事指南役,風祭は鎮守社の管理者,穴師は遊女・小桜の護身術道場主と自警団長,そしてついでに,焼鎌は秋葉常灯明の管理者兼裏大門の守護頭と.
近くの八荒のマンション群にはその手の人しかおらず,他の一般家庭は洗足通り商店街か龍泉まで出ないとない.吉原病院近くの保育園は遊女の子供で常に満員だが,小学校へ上がる頃には吉原を離れるのが通例だ.そして,小中では「吉原の子」は避けられる.
個人としてはなんというか,あれだ,言いにくいが,方向性は違えどみんな綺麗だし,可愛いし.体型はバラバラ,性格もバラバラでその上に裏表まであるし,ってなんか話が暴走してきた.
とにかく,そんな濃度を無視してひとまとめにできる人を友と呼びたいと,広路は思っている.
蘆原先輩曰く「あいつらが普通とかいったら,それはほんとに普通のやつにとっての虐殺に等しい.じゃあ自分たちなんなのさ,ってな.MOBAのレベルキャップ無視した糞マッチングみてーなもんだ.ケーキカットもしてない奴らをアイアムヌーブって言いながらスコープ覗かずにビューティフォーヘドショトしてるんだ.糞が.あたしでさえ趣味とか学校的に,普通っていったら怒る奴がいるだろ.お前はその辺の自覚あるみたいだから言いやしないが,あいつらはよりによってお前と比較したりするから,危険だ」と.うらやましいな,は易しい.大変だな,は難しい.高校までは,親戚縁者,それと海外に引っ越してしまった一名を除いて,同世代でそういう人とは出会えなかった.つまり,ずっと澁衣以外に友人がいなかったわけだ.そりゃ,部活もやらずに稽古ばかりで,普段は決まった普通じゃない女子たちとべったりつるんでいれば,そうなるだろう.しまゆうと小径狙いの踏み台扱いすらなかった.なので,出会いはどうあれ,美浦や長濱はそんな自分によく付き合ってくれてる,とてもいい人だと広路は思っている.
翻って,広路は自身を見なおしてみる.進路が制限されない程度に裕福で伝統のある家.聡明で,個人を尊重してくれる両親と祖父母.仲の良い姉と幼馴染たち.尊敬する武芸の師匠たち.気の置けない先輩と級友.そして,誰かに言わせれば「全身凶器」「無駄性能」「童貞の妄想」「普通とかいったらマジ絶交」「原作版リア王」「美形は死ね」「英国貴族次男坊執事」「緑のあいつ」「昔のジュヴナイルポルノ」「非実在青少年」で,誰も知らない秘密がある自分.超能力がないのは,少し残念かもしれない.とはいえ,この状況だけでもネタには事欠かない.
実際,煮詰まって修羅場だった矢摩が,勢いで描いたラフを「焼却してほしい」と持ってきたこともある.広路らしき男が,矢摩の弟らしき子供を何やら調教しており,それをみた矢摩らしき男が手当り次第に薔薇を咲かせる『淫魔の学校乱舞る』という,作者の重厚長大な葛藤が伺える作品だった.生にもほどがある.実物でがっかりする,とは言えなかった.そして,カフェインの過剰摂取と徹夜のテンションの産物は,灰になった.あれは産まれるべきでなかった.
とにかく.例え,他人の創作物の影響でツッコミ役を押し付けられそうと,やられるまでの主役だとしても,今の恵まれた人生に不満はない.三つの秘密を除いて.