第九話 幕間一 老人風の話し方をする褐色ポニ娘は実在する
ウェブがまだまだ科学者とオタクのものと捉えられていた頃の,伝説的な話.とある,日本の無職・童貞・ひきこもりが集まるスレッドフロート型画像掲示板に,ある日の朝四時,一枚の画像が投稿された.ターバンを巻いた半裸の褐色美少女を描いたイラストである.しかし,その画像は,無惨にもナローバンド回線によってアップロードが失敗し,下半身が途切れてしまっていた.通常,そのような事態では,スレッドのレスは「貼りなおせ」や「こんナロー」で埋まってしまう.ところが,今回は幸か不幸か,画像に添えられた本文に対する反応が少なからずあった.
結果,同一人物による同一時間における同一画像の投稿は,一週間続くことになった.もちろん,匿名の掲示板であるので,投稿した人物が同一であった保証はない.管理人さんなら知っているかもしれないが,管理人さんのことを知ろうとするところころされる.それでも,そのスレッドに集った無職・童貞・ひきこもりたちは,毎回下半身が途切れるその画像とレスの文体に同一性を見出し,投稿した人物を親しみと憎しみを込めてこう呼んだ.
「こうなろう」と.
ちなみに,最後の投稿でも下半身が切れたので,下半身を想像で描き足す祭が二,三日続いた.
ログ倉庫に残っていた一部の本文を抜粋するとこうだ.
「こんナロー」
「は り な お せ」
「ブロードバンドにしてもらえ」
「願いを,無限に」
「セックスさせろ」
「二次元との行き来を自由に」
「働きたくない」
「ババア結婚してくれ」
「あなたつかれてるのよ>願いを無限に」
「某有名海外ドラマの『三つの願い』いいよな.あのシーズンが一番好きだ」
「お前がほしい」
「鯖増強してくれ」
「世界平和.人類の絶滅的な意味で」
「どこで攫ってきた」
「自殺しろ」
「バイトで某所の倉に調査に行って,その中の古い巻物を修復に持って来たら出てきた.お決まりだけど願いの回数は増やせないって.一つだけみんなに譲るから何がいい>どこで攫ってきた」
「死ね」
「生きろ」
「なんで倉にランプの精がいるんだよ」
「俺たち全員に職と嫁を」
「俺も調査と修復のバイトやるわ」
「俺も俺も」
「全俺が泣いた>俺たち全員に職と嫁を」
「これだ>俺たち全員に職と嫁を」
「自分を好きだったあの頃に戻してくれ」
「職じゃなくて金だけくれ」
「おいそういうことをいうのはやめろ>自分を好きだったあの頃に戻してくれ」
「巻物というか絵図だった>なんで倉にランプの精がいるんだよ」
「『月曜の朝』とかもいいよね>あのシーズン」
「これでいい?金と嫁のがいい?>俺たち全員に職と嫁を」
「人間じゃないから中に出しても安心だな.ただしふやける」
「女子向けに婿も可にしてくれ!!!」
「女子などいない」
「ミノ粉と常温核融合を現実化してくれ」
「でもホモはいるから婿も可で>女子などいない」
「飛行機野郎は自重しろ>でもホモはいるから婿も可で」
「サイレン鳴らそうぜ」
「アカシックレコード掌握」
「まて!みんなが職と嫁を手に入れてしまったらここが過疎になるぞ!」
「お前頭いいな」
「あと『偉大なるマリーニ』とかな.おまえとはいい酒が飲めそうだ>『月曜の朝』」