カルロス怒られる
<登場人物>
カルロス・・・上級魔術師。
キャサリン・・・パン屋の娘。カルロスの幼なじみ。
帰省したカルロスは両親への挨拶もそこそこに、荷物を放り投げるようにして家を後にする。
向かった先は幼なじみのキャサリンのいるパン屋だ。
カランカラン
扉を開けると、ベルが軽快な音をたてる。
「いらっしゃいませ」
明るく朗らかな声が聞こえ、奥からエプロン姿の娘が現れた。
「よっ」
カルロスが片手を挙げると、娘の顔がパッと輝いた。
ところが、みるみる娘は口をへの字に曲げ頬を膨らませた。
「ばかカルロス」
娘はそういうと、三つ編みを揺らしながらプイッとそっぽを向いた。
「いきなりそれかよ」
カルロスは首をひねる。
「キャサリン。なに怒ってんだよ」
カルロスはキャサリンの向いているほうへ移動すると顔を覗き込もうとした。
「ふん」
キャサリンは反対側をむく。
「おい。機嫌なおしてくれよ」
カルロスは反対側に移動する。
「ばかばかばか」
キャサリンはそういうと、店の奥へと引っ込んでしまった。
「何なんだよ、いったい……」
カルロスが首をひねりながらつぶやいていると、奥からキャサリンが壺をもって現れた。
「帰れ」
キャサリンは壺の中の塩を握ると、カルロスに投げつけた。
「うわっ」
カルロスはとっさに飛び退く。
「ばかばかばか」
キャサリンはさらに塩を投げつける。
「やめ、やめろ。おい、こら、キャサリン」
カルロスは後退し、扉の前に追い詰められた。
「わかった。わかったよ。俺が悪かった。謝るよ。この通りだ」
カルロスは両手を合わせ、キャサリンを拝んだ。
「悪かったって、何が悪かったかわかってんの?」
キャサリンは頬を膨らませる。
「いや……。それは……」
カルロスは視線を泳がせる。
「分かんないくせに、謝ってんじゃないわよ!!」
キャサリンが至近距離から塩を投げつける。
塩は見事にカルロスの顔面にヒットした。
カルロスはとっさに目をつぶったが、口の中には塩が入りこんだ。
「うげっ」
塩を吐き出しながら、顔についた塩をはらう。
「ごめんなさい。大丈夫?」
キャサリンは慌てて壺を置くと、エプロンでカルロスの顔を拭ってやる。
「おめぇ、いくらなんでもひでーよ」
「ごめんなさい」
キャサリンは下を向いてしゅんとする。
「ったく……」
カルロスは少しムッとた様子でキャサリンから視線を逸らし、舌打ちする。
下を向いたキャサリンが鼻をすすった。
カルロスはチラっとキャサリンを見る。
キャサリンは肩を震わせながら鼻をすすっている。
「おい。キャサリン」
カルロスが覗き込んだ途端、キャサリンの目から大粒の涙がポタリと床に落ちた。
「おい。泣くなよ」
カルロスは困りきった様子で頭をかきむしった。
「忘れられちゃったって……」
「ん?」
キャサリンは顔をあげた。
「もう、あたしの事なんか忘れちゃったんだって思って」
そう言うと「わぁ」っとエプロンで顔を覆う。
「おい。なに言ってんだよ。忘れるわけねぇーだろがよ」
「じゃあ、なんで返事くんなかったの?」
キャサリンはエプロンから顔をのぞかせ、上目使いにカルロスを見た。
「返事?」
きょとんとしたカルロスを見て、キャサリンは目を吊り上げた。
「ひどい!! 何度も手紙書いたのに」
「あ、あれか……」
カルロスは思い出すように視線を斜め上にさまよわせる。
「ありがとな」
少し照れくさそうに頬をポリポリと掻くカルロスを、キャサリンはジロリと睨んだ。
「どうせ読んでないんでしょ?」
「読んだよ」
キャサリンは無言でじっとカルロスを睨んだままだった。
「読んだよ。読んだって。ほら、あれだろ。裏のおばさんがぎっくり腰になったんだろ?」
キャサリンは微動だにせずにカルロスを睨んでいる。
「角の犬が子犬を4匹産んだし、そうだ、新しい喫茶店ができたんだったよな」
カルロスは窺うようにキャサリンを見ながら言った。
キャサリンの表情が少し和らいだ。
カルロスはひとまずホッとする。
「読んでくれてるのに、なんで返事くんなかったの?」
キャサリンの一言にカルロスは「うっ」と詰まった。
「やっぱり迷惑だったんだ。あたしの手紙……」
キャサリンは悲しそうにポツリと言った。
「んなわけあるかよ」
カルロスは慌てて首を横に振った。
「いや、なんつうか、その……。嬉しい」
カルロスは照れくさそうに小鼻を掻く。
「ほんとに?」
キャサリンが疑り深い目で見る。
「ほんとだよ。嘘ついてどーすんだよ」
キャサリンの瞳がパァと輝く。
カルロスはホッと息をついた。
「じゃあ、次は返事くれる?」
キャサリンは小首をかしげ、上目遣いにカルロスにきく。
カルロスは片手を首の後ろにやりながら、「うーん」と唸る。
「だってさ、だって、あんたが返事くんないから。だから。あたしの手紙、迷惑なのかなとか、他にいい人出来ちゃったのかなとか、そんなことばっかり考えちゃって……」
キャサリンはエプロンの裾を両手でグニャグニャしながらうつむく。
「ごめん。俺、何書いていいかわかんねぇんだよ。手紙とか書くの苦手でよぉ」
カルロスは軽く頭を下げると、首の後ろを掻いた。
「読んだ、ってだけでもいいの。じゃないと、あたし……」
キャサリンは声を震わせる。
「わかった。書くよ。書く。絶対書く。約束する」
カルロスは力強く頷きながら言った。
キャサリンはチラリと上目使いにカルロスをみたが、再びうつむいてしまった。
「信じてくれよ。俺、おめぇとの約束破ったことないだろ」
カルロスはキャサリンの顔を覗き込んだ。
キャサリンは「うん」とうなずくと、嬉しそうに微笑んだ。
カルロスはホッと息をつく。
「やっと笑ってくれたな」
「え?」
カルロスはきょとんとするキャサリンにむかってニッコリと笑う。
「おめぇの笑顔が見たくて飛んできたのによ。会うなり、こんなおっかねぇ顔で塩投げつけるんだもんな」
カルロスは両手を目尻に当て、目を吊り上げてみせる。
「ごめんなさい」
キャサリンはしゅんとうつむいた。
「いいって、いいって。機嫌なおしてくれたんならよ」
カルロスは片手を振りながら言うと、ふと床に目をやる。
「それにしても、ずいぶん派手にやらかしたよな」
キャサリンもつられて床を見る。
あたり一面、塩だらけだった。
「ほうきとってくる」
「おう」
キャサリンはパタパタと小走りで店の奥に消えて行った。
カルロスはそんなキャサリンの後ろ姿を優しく微笑みながら眺めていた。