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東方偽面録  作者: 水無月皐月
壱/紅の導き
6/27

紅の導き 伍

咲夜は篝を見送った後、残ったメイド妖精とゴブリンを招集し清掃に当たっていた。

妖怪の巣窟たる紅魔館に殴り込みをかけるなど正気の沙汰ではないが、実際にそれをやってしまった者がいる以上、対策を取らざるを得なくなったしまった。

現在のところ、春がどのようにして紅魔館に入ることが出来たかは不明だ。しかし、正面玄関からわざわざ入ってきたのだから取った場所は十中八九正門だろう。


「美鈴」


「は、はい!」


「侵入者に関して報告を」


「はい。刀を持った女と戦闘しました! ……申し訳ありません。力及ばず侵入を許してしまいました」


「ふむ……」


咲夜は美鈴の部屋を訪れ、怪我をした彼女を見舞うと同時に事情聴取を行っている。

美鈴はこんな成りだが立派な妖怪である。気を使った戦術を得意とし、幻想郷において格闘術の腕前は一、二を争う域に達している。

体術に優れた咲夜もたまに美鈴に教えを乞うことがある程だ。


二人の表情は深刻だ。美鈴は侵入を許してしまったという自責の念。咲夜はむざむざ働き手を減らしてしまったばかりか、獲物を取り逃がした事への監督不足への責任。

規律が厳しい紅魔館においてこれらの不祥事は重大な出来事だ。減給等は無いだろうが、主は当然機嫌を悪くしてしまうだろう。

そして最大の問題が、この館が妖怪にとって安全な場所とは言えなくなってしまったことだろう。賢者からの小言も増えるに違いない。


「責任追及に関してはこれで終わりにするわ。私にも責任があるし」


「はい……」


「次が無いとは限らない。それまでに腕を磨いておきましょう」


「はい」


「……今日はゆっくり休みなさい。怪我が治ってから復帰して頂戴」


「分かりました。ご迷惑をおかけします」


美鈴の返答を聞き、彼女は部屋を出る。当然、気分は晴れない。

やることが沢山あるのだ。主への報告、地下の図書館に住む魔女に協力を取り付けて結界を強化してもらう、補充人員の検討等々、山積みなのだ。


「ご苦労だったな、咲夜」


「お嬢様……」


「此度の襲撃、甚大な被害を受けたとはいえ本格的に紅魔館が潰されたわけではない」


「はい」


「気に病むな。次奴が来たときは私が出る」


部屋を出、主の部屋に向かっていた咲夜だったが、廊下を歩いていたレミリアに呼び止められた。

一通りの労いの後、暗にレミリアはこう言ったのだ。”住人を傷つける者は決して許さない”と。

仲間想い、家族想いのレミリアは今回の件に関して、表には出してなくとも腹の底では激怒しているのだろう。警備員の責任追及ではなく、実行犯へ怒りを露わにしている。

数日以内に襲撃が来たならば、確実にレミリアが始末を付けるだろう。それこそ、直接対峙したスマイリーが到着するよりも早く。


「パチュリーにはもう頼んでおいた。数日中に結界の術式を仕上げて館に組み込むと言っていたよ」


「はい」


「いつも通りに振る舞え。完璧で瀟洒に、な」


「御意」


レミリアは言いたいことを言って廊下を歩いていく。自室に戻るのだろう。

そこから咲夜の行動は迅速だった。いつも以上に能力を行使し、少ない時間で多くの業務を行った。

毎日やる基本的なことから、防衛策の構築まで様々な事を一日のうちに済ませようとした。

人員が減った分は彼女が働かなければならないのだ。凄まじい能力を持ってはいるものの、彼女も人間であることには変わりない。

顔や立ち振る舞いには決して出さないが、肉体的にはかなり疲弊しているのは想像に難くない。





里に戻った篝は早速紅音と話をすることとなった。

茶屋の店主から住んでいる場所を聞き、住宅密集地の片隅にある古い家を尋ねる。

戸を叩くと、中から白い着物を纏った少女……雪が出てくる。


「あ、師範様……」


「お母さんはいる?」


「は、はい。こちらへ」


若干遠慮がちに家に上がった篝は、茶の間で静かに佇む紅音を目視する。

先ほどまで雪と話していたのだろうか、若干嬉しそうに顔を綻ばせていた。その顔は、篝が家に入った途端険しいものへと変わってしまったが。

篝はすぐに卓袱台を挟んで紅音の前に座る。ただならぬ雰囲気を察したのか、紅音は雪に部屋へ戻るように促した。

サインを受け取った雪はすぐに茶の間から退散する。いい子だ。


「……何か御用で?」


「はい。貴女方家族の安全を確保するため、紅魔館と約束を取り付けました」


「……唐突ですね」


「事前にお知らせできずに申し訳ありません。情報が漏れると非常に不味いので黙っていました」


「……いつ移動するの?」


「明日の朝早くに出発いたします。私が護衛になります」


「……分かりました。一つ質問をよろしいでしょうか?」


「はい、なんでしょう?」


「雪は……大丈夫でしょうか?」


「そちらも了承を取っています。……万が一のことがあった場合、私を捨て置いてでも紅魔館へ向かってください。それでは」


伝えるべきことだけを伝え、彼女は紅音の家を出た。紅音は最後青い顔をしていたが、彼女は意に介していない。

十中八九、彼女は尾行されている。そして今回、面倒事を始末するためにこうして予定を伝えに行ったのだ。

春が来なければそのまま紅音達を紅魔館に預けて終了。平和になる。

そして春が仮に襲撃に来た場合、彼女が殿を務め二人を逃がす。その際の戦いで、彼女自身が死のうとも、だ。


春は強敵だ。篝一人でも勝てないわけではないが、苦戦は必至だろう。

得物は彼女の持つものの方が長く、切れ味もあるとは言え殆ど人間を相手にしていない彼女にとって春は強敵というほか無かった。

前回の戦いの時は対人慣れしている咲夜の存在もあり、高速で斬撃を叩き込み勝利した形だ。春は重傷を負ったが、どこかに逃げ去ったため再襲撃は十分に考えられる事態なのだ。


「……禁じ手は使いたくないけど仕方ないわね」


一人呟いた彼女はすぐに家から離れ里の表通りに戻っていく。長屋の間を抜けるだけだが、追跡者の目を眩ますためにわざと複雑な道筋を通って行っている。

気づけばその場で始末し、気づかなければ気づいた場所で始末する。このスタンスを彼女は堅守していた。

義理と人情、そして知ってしまったことへの責任のみで彼女は今日まで秘密を守り抜いてきていた。

しかし、それも明日という日を迎えれば終わる。紅音がレミリアによって保護されれば今回の件は無事終了だ。彼女も、これまで通りの業務に戻ることが出来る。


長屋の集合地から表通りに出た彼女はわき見せず自身の運営する道場へと足を向ける。

計画が佳境とはいえ、後方の憂いを断つための準備をするのだろう。それは正しい選択なのだろう。


「……元気だな」


寺子屋から僅かに聞こえる子供と、教師である上白沢の声を聴きながら彼女は閉じられた道場の鍵を開き素早く中へ入る。そして、後ろ手に施錠する。

暫く休業していた彼女は中の埃など目もくれず自分の生活区域へと急ぐ。すぐさま準備が必要なのだろう。


私室に着いた彼女はすぐに得物の刀身を晒し、布で刀身を拭き始める。数多の血と肉片が付着した刃ではあるが、未だその輝きを失わずにいる。

ただの業物などではなく、何らかの存在による加護があると言うのだ。彼女がこの話を受け継ぐときに聞いたときは大層驚愕していた。

そのようなモノが存在するはずがないと思うのは最もだが、現実にそれを見た彼女はその事実を重く受け止めているようであった。


僅かに付着した血糊や肉片を拭き終わった後、別の布で刀身を磨く。錆びることがない刀身とはいえ、幼少の頃から普通の刀で修練を続けてきた彼女はこうして今でも大事に大事に手入れをしている。

目釘の整備も行っている。刃が振りぬいた瞬間に抜けるようなことは万が一無いだろうが、実際に抜けては大変なので重点的に調子を確かめている。


「……」


整備を行う彼女の表情は無そのものだが、その動作はどこか滑らかで柔らかさを感じさせる。同時に、執着心も見え隠れするようであった。

これを受け継いだ彼女にとっては、自分が後世の者に使命を引き継ぎ隠居するまではずっと共にいる相手なのだ。

だからこそ、執着する。だからこそ、大事にする。だからこそ、道具として振るう。

剣客たるもの、一本や二本は生涯の友として持ち歩く業物があるだろう。それに似た感覚を彼女はこの刀に抱いていたようだ。


目釘の整備を終えた彼女は部屋の隅の大きな壺の蓋を開け、中に刀身を入れる。

壺の中身は神格油と呼ばれる、神の骸より採れる特殊な油、という触れ込みの液体だ。神に由来する呪具や武具の整備には不可欠なモノで、希少なものらしい。彼女も詳細は知らない。

出雲の家は代々これが入った壺を数多く貯蔵している。それはつまり、無数の神々を屠ってきたか、骸拾いをしてきたかのどちらかだろう。


しかし、そんなことは彼女には関係の無い事だった。由来など知ったことではないと言わんばかりに刀身を油塗れにして引き上げる。

だが、引き上げられた刀身はまるで霜が晴れたかの如く眩耀としている。特殊な効果を持っているのはどうやら本当のようだ。


「さて……」


同時並行で行っていた鞘の整備も終わらせた彼女は静かに刀身を鞘に納め、部屋の床に横たえる。その手つきは王国の姫を運ぶ騎士のようであった。

彼女は騎士ではなく、剣客という彼らの立場からすれば蔑むべき職業だが。

刀にかける思いは千差万別。しかし、彼女の執着は常人のそれははるかに凌駕している。


彼女はそのまま一言も発さぬまま、黙々と明日のための準備を続けていた。






「ふふふ、ふふふふふ……」


一人の女が森の中を彷徨っていた。

今にも千切れそうな風な女の右手にはどこから手に入れたか分からないが、邪悪そうな魔術が記されている不気味な本が一冊握られていた。

その魅力に憑りつかれたのか、はたまた力を求め続けた結果かは不明だ。だが、これがこの女の出した答えである事は確かだろう。


「あいつだ……笑い顔にあのメイド……怨……怨怨怨怨怨怨っ!」


暗闇の中で声にならない恨みの声を上げる。その声は最早人としての正気を保持しているとは言い難い。極限まで精神が疲弊すればこうなるのだろうか?

別の可能性を示すとすればこの女自ら狂気に堕ちる事で己の限界を越えようとしたのかもしれない。

そうやって手に入れた力の振るう先は彼女の言から察するに笑い顔とメイド長の二名だろう。それ程までの恨みを抱くに至った経緯は不明だが、腰に差す刀を見るとすれば、手痛い敗北を味わったのだろう。

無論、真相は壊れた彼女の中にしか無い。


「この世界の規範など知った事か……あの二人の首を刎ねた後は奴らを……根掘り葉掘り探し出して地獄に送ってやる……!」


体はボロボロで殆ど動ける筈が無い。しかし、現に女はこうしてフラフラになりながらも森を闊歩している。

そんな彼女の眼はギラギラと妖しい光を放っている。人間がしていい目では無いのは明らかだ。色素は黒と紫が混ざり合ったような混沌とした色だ。

そして紫……特に濃紫と言うのは特濃の妖力を内部に含んでいる状態だ。この眼になりかけているこの女は既に人の身の範疇から逸脱しかけているのだろう。


女は何処かを目指して森を歩き続ける。不気味なその姿は見る者を恐怖に誘う作用を見事に発揮している。

だが、彼女の眼中にあるのはただ二人のみ。その他の者達など路傍の石か塵芥程度にしか見えていないのだろう。


「――宴だ、宴を始めよう」

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