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東方偽面録  作者: 水無月皐月
壱/紅の導き
5/27

紅の導き 肆

「単刀直入に申し上げます」


彼女は一呼吸置いて言葉を紡ぐ。レミリアは目を細めニヤついた顔で彼女の偽りの笑顔を見ている。

咲夜と言えば無表情に様子を窺っているようだ。二人だけでは無い。この部屋の外の気配にも気を向けているようだ。


「……里に住む妖怪を一人、引き取ってもらいたい」


「ふーん? 色々説明してもらえるかしら?」


「はい。まずはその妖怪なのですが、屍喰鬼です。人肉か妖肉が無いと生きていけません」


「それならば里から出れば良いだけだろう」


「そうですね。しかし彼女には人間の子供がいるのです」


「……妖怪の親を持つ人間か」


「はい」


レミリアは何かを考え込むように目を閉じる。咲夜は別段反応を示さず、じっと周囲と二人の様子を窺っている。

部屋に変化は無い。唯一おかしい所があるとすれば、太陽の光を無視して部屋の中に降り注ぐステンドグラスの光だけだろうか。

実はこのステンドグラスの裏には太陽光を模した妖灯台が多数仕込まれている。太陽光を浴びることの出来ない吸血鬼でも美しさを楽しむ為の仕掛けだ。


「一つ気になった事を聞いても良いかな?」


「はい」


「何故、そこまで肩入れする?」


「……知り合って、秘密を知った手前見捨てるわけにもいかないので」


「……もしかして、最近人里に流れる物騒な噂と関係があるのかしら?」


「噂?」


「知らないのか? 人里周辺の妖怪の数が激減していて、それをやったのは突きを得意とする女剣士……いや、女辻斬りだと言う噂を」


「あの女か……!」


「知っているのかしら?」


彼女の声は明らかに怒気を孕んでいた。そして、噂の主となっている人物は明らかに斉藤春その人である。

奴は、里に住む妖怪を炙り出すために周辺の妖怪を駆逐したのだろう。そして食料供給を断ち、里内で行動させるように仕向けたのだろう。

その決定的瞬間を押さえ、現行犯で拘束と言う名目で茜音を惨殺する気なのだろう。


「斉藤春と言う女です。最近里に出てきた新人の退治屋で、刀を持っていました」


「成程。つまり、貴女は里に住む妖怪母子の安全を確保するために屍喰鬼を引き取ってほしいと?」


「……はい」


「ふむふむ。興味深いわね、とても」


そう言ってレミリアは、心底楽しそうに笑みを浮かべた。妖怪の駆逐は幻想郷の力の平衡を狂わせる可能性がある。新人はそれが分かっていない。

里の教育が悪いと言えばそれまでだが、斉藤は個人行動を好む一匹狼の傾向が非常に強い。他者との関わり合いを積極的に持とうとはしない、ある意味で篝と似たタイプの存在だ。

しかし、その思考回路は人とも大きく外れている。妖怪をひたすら憎み、全てを駆逐すれば救われると思っているような女である。


レミリアは暗い笑みのまま、彼女の仮面を見る。決して笑顔を崩さないその仮面に向かって微笑を向け、声を発する。

その声は先程の相談の時とは明らかに違う、怖気と威圧感を伴った大物に相応しい威厳を放つ女王の声色であった。


「随分と面白い状態ね、本当に。貴女は私の家をシェルターに使おうとしている。それで? 貴女は私が屍喰鬼を保護する見返りに何をくれるのかしら?」


「……斉藤の首を献上しましょう」


「足りるとでも?」


「……私にも立場がある。この笑顔を絶やさない為の立場と覚悟がある」


「ふ、ふふふ……ははははははは! 面白い!」


威圧するような声色から一転、心の底から今を楽しむような大笑いを始めるレミリア。頭に血が上ったか、本当に面白おかしくてしょうがないのかは不明だ。

咲夜は一切表情を変えない。主の決定がそうならばそれに従う、と言う徹底的な姿勢を貫いている。

篝もまた、彼女の大笑いの前に一切の反応を帰さなかった。言うべきことは言った。だから後は返事がどうか確認できるまで黙っているというスタンスなのだろう。


「いい返事だよ、スマイリー。その偽善者笑顔に応じて私もひと肌脱ごうではないか。明日にでもその屍喰鬼と娘を連れてくるが良い」


「お嬢様?」


今の今まで一切表情を崩さなかった咲夜がこの時になって初めて表情を変える。その驚きの表情は非常に新鮮であった。

しかしレミリアは意にも介さない。まるで、そう反応することを最初から分かっていたかのような笑顔だ。

篝も、仮面の中で咲夜の驚愕した顔を見て小さく笑っていた。普段無愛想な者が急に表情を変えると笑いが出てしまうのは人間……否、全ての知的生命体の性ではないだろうか。


「いいんだよ咲夜。誠実な住人が増えれば紅魔館の質も上がる。それに人間を保護した実績があれば賢者に小言を言われる頻度も減るだろう」


「確かに、それはそうですが……」


「スマイリー、私からもお願いしよう。是非ともその屍喰鬼を此処へ導いてきてくれないかしら?」


「……分かりました」


レミリアは満面の笑みで篝へと詰め寄り、ゴーサインを出していた。篝の話したかった用件はこれで終了したことになる。

咲夜は静かに立ち上がり、再び篝を先導する。複雑怪奇に空間を弄ってある紅魔館の出口まで案内しようと言うのだ。

行き帰り両方に対してしっかり対応するメイド長の鑑である。最も、働けるメイドが実質彼女のみなので、必然的に彼女がやらざるを得ないのだが。

篝はレミリアに対して深く礼をした後、咲夜に続き部屋を出て行った。

二人が出て行ったのを見送ったレミリアは腹の底で笑みを浮かべていた。打算半分興味半分での決断。しかし、これからの幻想郷の流れを変えるには十分、とでも考えていそうな笑みだ。


「……再び、異変が起きそうね」


彼女はまたも、心底愉悦を楽しむように笑っていた。






「すぐにお帰りになられるのですか?」


「えぇ。やる事もありますから」


「一つ、疑問に思ったことを聞いてもよろしいでしょうか?」


「……答えられる範囲ならば答えましょう」


「では……」


廊下を歩きながら二人は雑談……話し合いを始める。

咲夜は先程の話し合いを間近で見ていた。しかし、主が話す事に対してあまり意見を言おうとはしていなかった。主を立てるのは従者の務めである。

しかし、腹の底では疑問に思うのも当然と言える。彼女は差し支えなければ篝……スマイリーから何かを聞きだそうとしているのだ。

主の前では殆ど口を閉じていたのだから。


「貴女は妖怪ですが、何故そこまで人里の事情に通じているのですか?」


「……よく里に行きますから」


「そうですか。ではもう一つ。その仮面の下には何がありますか?」


「……私の顔がある」


「質問を変えましょう。仮面の下の貴女は本当に妖怪ですか?」


「……どう受け取っても構わない。人間だと思いたければ人間だと思うといい」


「分かりました。無粋な質問をした事をお詫び申し上げます」


彼女は篝の前に立ち深く一礼する。優雅で一糸乱れぬ動作だ。僅かな固ささえ無く、長年勤めてきた貫録を感じさせるモノだ。

顔を上げた彼女は即座に仕事モードに戻る。歪曲した紅魔館の廊下を先導し、篝を出口へと導いていく。

歩く間、篝は一体何を考えているのだろうか? 笑顔の下に隠された人間としての彼女はどのような考えで今回の直談判を振り返っているのだろうか?

それは本人しか知り得ぬ所存であるが、返事をした時や咲夜に質問された時に一切動揺を見せていない事から概ね期待通りだったのだろうか?


「……ところで、話題の渦中におられる屍喰鬼はどのような方で?」


「一児の母よ。母は強し、との言葉の通りに女性としての母性本能と妖怪としての鋭さを併せ持った豪胆な方……だと私は思う」


「この館に来ても頼りになりそうな方ですね。美鈴から体術を教われば立派な戦力になりそうです」


「何でもかんでも戦力として取り込もうとは思わない方が良いと思うわ」


「あら、失礼しました」


ブラックジョークにもならない話をしている彼女たちはやがて紅魔館の豪勢な入口ホールに辿り着く。

しかし、妖精達が談話しながら掃除のフリをしていたその場は篝が来た時と明らかに違っていた。

床には給仕として働いていたホブゴブリン達の遺体が多く倒れている。そして中心には一人の女が立っている。

官吏服を纏い、血走った目をした女。人里で噂になっていた”妖怪殺し”と呼ばれる苛烈な女。

斉藤春。斉藤一の子孫にして平突きの達人。妖怪に憎悪を抱いている狂気の者。

そんな女が、妖怪の本拠地たる紅魔館に踏み込んできたのだ。


「……ようやく会えたな、”笑い顔”」


「斉藤……春……」


「あぁ、この女が妖怪殺しですか。ようこそいらっしゃいました。私、この館で給仕の長をやっております、十六夜咲夜と言います」


彼女は怒りに震えながらも礼儀を欠かさず一礼する。

その様子を斉藤は嘲るように鼻で笑いながら二人の方へと一歩を踏み出した。

妖怪の巣窟にいるのだから妖怪に決まっている、殺さずにはいられないと言った風に春の刀を持つ手も微かに震えていた。興奮を抑えきれない震え、これから起こる事への期待を宿した微動であった。


「妖怪が人間の真似事か。滑稽だな。だが、それもすぐにやる必要はなくなるっ!」


もう一歩を踏み出した瞬間、姿がかき消える程の速度で咲夜に接近した春は渾身の平突きを放つ。当たれば上半身どころか体が粉微塵に砕かれる程の威力を伴っているようだ。

しかし、篝が刀を抜き、瞬きをした時には既に咲夜の姿は無く、春の突きは空を貫いていた。衝撃の余波がそのままホールの壁に叩き付けられ大穴を開けていた。

当の咲夜はホールの天井に足を付け、逆さまになって立っていた、組んだ両手には無数のナイフを持っている。


「面白い能力を使うんだな、妖怪。だが、妖術変化だろうが私の平突きの前では無力だっ!」


春はその場で天井に立つ咲夜に向かって平突きを繰り出す。もちろん、刀本体は射程距離が圧倒的に足らずに空を突くだけだが、衝撃が天井まで届き二階の床まで貫通する。

だが、またしても咲夜はその場から姿を消していた。代わりに衝撃波が過ぎ去った地点には下向き……正確には春の方に刃先が向いた無数のナイフが宙に浮いていた。


「ッ! 小癪な真似をする女だ!」


ナイフが一斉に春に向かって降り注ぐ。我武者羅に刀を振りながら数歩後退し回避する春。

そして、その隙を逃さんと言わんばかりに春の背後に踏み込んでいた篝。春が退いた直後長得物が音速以上の速度で横薙ぎに振るわれる。

奇襲に気付いた春は刀を戻し背後から襲う刀を受け止める。鋭い金属音が鳴り響き、双方に衝突の衝撃が走る。

そこで止まる篝では無く、矢継ぎ早に袈裟斬りを繰り出し急所を斬り裂かんとする。

春は超高速で打ち込まれる連撃を捌くのに精一杯で、得意の平突きの構えを出来ずに徐々に後退していった。


「ちっ、妖怪とは言え侮れんということか」


「驕るな人間風情が。お前のように戦うことしか脳に無い者とは覚悟も誇りも違う」


「黙れ。貴様達を全て駆逐せねば人間は平和に暮らせんのだ」


「傲慢だな。貴様一人で全てを駆逐するつもりか?」


「同志を集めるに決まっているだろうが! 私が一匹でも多く屠ればそれだけ人も集まるというもの!」


「ならば、貴様はここで終わりだな」


瞬間、縮地とも思える速度で春の眼前へと踏み込んだ篝は右薙ぎ大刀を振るう。僅かな淀みさえ無い純白の刃は春を両断せんと迫る。

そこに対してすかさず攻撃に反応する春も相当な手練れなのは間違い無い。すぐに態勢を立て、剣で刀を受け止める。数多の戦闘経験を得た賜物か、かなりの使い手であることを窺わせる。

しかし、篝は止まらない。春の剣を強引に押し込め、袈裟切りと薙ぎを交えた連撃で徐々に壁面へと追い詰めていく。長い得物故、何度も床に切り傷をつけているが、彼女は意に介していないようだった。


「クソっ! 化け物め! 怪物め! 私が斃れても、私の後を継ぐ者が現れる! 人と妖の戦いはどちらかが滅びるまで終わらんのだ!」


「ならばそいつらがいなくなるまで鏖にするだけだ。簡単だな」


「……ッ!」


篝の反応が気に食わなかったのか、発言に血が上ったのかは不明だが壁に追い詰められている状態で平突きの構えを取る春。全身に力を入れ、剣戟の僅かな隙を縫って篝の顔面に向け鋭く突きを繰り出す。

篝の刀は構えを見せた春の体を複数個所に深手を負わせながらも、突きの反応し大きく上体を背後に捻る。

結果として、彼女の胸の僅か上を殺意の乗った突きが通り過ぎる。その余波がホールの玄関までの床と入り口を悉く破壊し、中庭の花にまで被害を及ぼす。


「終わりだ」


彼女は上体を戻し、突きだした刀を戻す春の左肺の中心辺りに刀を突き刺した。長すぎる刀は当然の如く春の体を貫通し反対側の脇腹から突き出る。

その状態のまま刀を徐々に持ち上げていく彼女。傷と食い込む刀による激痛に悶えながら、得物を取り落し、両手で彼女の得物を掴む春。


「終わったようですね」


最初に攻撃して以来、手を出してこなかった十六夜咲夜がホールの二階から淡々とした声で話す。

恐らく彼女はレミリアへの伝令も兼ねて、身を隠していたのだろう。今更だが彼女も狡猾な策士と言わざるを得ないだろう。


「造作も無い」


「でしょうね。残念ですが、この人間は紅魔館で食料として解体することにします。あ、解体していただけるならそれでも構いませんが」


「解体はしない。が、やりやすいように致命傷は与えておいてやろう」


「がっ!?」


彼女は勢いよく刀を引き抜くと、膝から崩れ落ちる春に勢いのまま一太刀を見舞う。

瞬間、無数の剣戟によって傷つけられたかのような傷が春の体に次々と刻み込まれている。その全てが急所を的確に狙った高速斬撃であった。

人でありながら妖の業を使いこなす篝。人間を自称しているもののその実態には疑問符がつくだろう。


「くそ……妖怪め……」


瀕死の春は残る力を振り絞り、腰の巾着から何かを取り出し床に落とした。

床を転がる何かは途端に強烈な閃光を発し、篝と咲夜の視界を塞ぐ。


「……逃がしたか」


「ですが、あの傷では持って数分では?」


数秒程度続いた閃光が消えた時、何かは塵となって床に広がり、春の姿は無かった。彼女が流した生々しい血の痕が広がるだけであった。

篝は刀に付着した血糊を払い、服の内側から取り出した布で刃を一通り拭いてから背中に差す。


「急な強襲はあったが用事は済ませた。これで失礼する。……汚して済まなかった」


「いえいえ。またお越しください。お嬢様も喜ばれます」


咲夜の営業的な笑顔を尻目に篝は館から出て行った。

その胸中に、答えが出せぬ疑問を秘めながら。

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