表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東方偽面録  作者: 水無月皐月
肆/黄昏
23/27

黄昏 壱

「あれは!?」


「……根の国の処刑台」


異変を感じ、外へ出た阿求達三人が見た物は空を覆い尽くす逆さ都市であった。

生気を感じさせない、地獄そのものと言った気を地上に向かって放つソレはたった一人の何者かを処断し地獄へ連れて行くための舞台装置なのだ。

そして、そのたった一人は今現世に戻ってきた。真実の断片を手にし、最後の望みを叶えるために往くのだ。


「閃さんは何か心当たりが?」


「はい。今出雲篝として活動している女は出雲溟で間違いありません。しかし、彼女は本物の篝お姉様を殺し、魂を取り込んで肉体を奪った……」


「そして篝になりきった溟は彼女の能力――偽る程度の能力を使って魂の台帳や閻魔さえも欺きながら今まで生きてきた。しかし、千年以上の生がその能力に綻びを起こしていたのでしょう」


「そして……地獄の者達がそれに気付き、魂に不正を働いた出雲溟を地獄に引きずり込まんと根の国ごと出陣してきたのでしょう。こうなってしまった以上、もう逃げる事は不可能でしょうね。待っていても、出雲溟は必ず死にます」


「で、でも篝さんの肉体や取り込まれた魂はどうなるのですか!?」


「……恐らく、共に地獄へ堕ちて処断されるでしょう」


その言葉に阿求は言葉を失う。今まで仲良くしてきた女は心の中に闇を抱えたまま仮面を被って演じていたのだ。だが、記憶を失った事で、本人も知らぬまま望んだとおり死ぬ事が出来るようになってしまった。

当然、阿求は出雲篝の望みなど知らない。急に姿を消した者に話を聞く事など出来はしない。全てが遅すぎたのだ。

裏切られたと感じるのも仕方のないことだろう。だが、結果として蓄積されてきた嘘は破綻し、真実が空から降ってきている。今、阿求が出来る事など精々祈る程度であった。


「篝さんは……どうなるのでしょうか」


「篝お姉様だけ助けられるのならばそうしたいですね。……出来るかどうか、と聞かれれば無理としか言えませんが」


閃は顔を伏せて苦し紛れにそう答える。篝を利用した溟など地獄に落ちても構わぬが、死人に口無しと言わんばかりにその魂と肉体を利用された篝にしてみれば、余りにも残酷な結末だ。

だが、現実問題として助ける手段は無だ。魂を切り離し片方だけを現世で生きさせるなど、高名な魔術士であっても至難の業だろう。そんなものを用意する時間も無ければ出来る存在もいない。奇跡など最初から起こる訳が無いのだ。


「足掻いたところでどうにかなるわけじゃあない。……阿求、このままここで過ごしな。あの処刑台が消えるまでは」


「……はい」


余りにも無力な自分では何も出来ぬと悟ったのか、彼女は屋敷の中へと戻って行った。店主も一緒に入って行く。

閃だけは、白い大地を踏みしめながらずっと空の彼方を睨みつけていた。まるで、溟だけが地獄へ堕ちろと言わんばかりに念を飛ばしながら。






「……呼ばれている、な」


「鬼共め、わらわの許可なく根の国を現世に呼び出すなど……!」


根の国の主たる伊邪那美命は怒り狂っていた。それもその筈、まだ正式な手続きを行っていないのにも関わらず所有物を持ち出された挙句、霊力の強い衆目に晒すような真似をされては怒りに震えるのも当然だ。

しかし、その処刑台に呼ばれているのは間違いなくこの場にいる出雲篝なのだ。一般人は至って普通に……まるで見えていないかのごとく生活している。

これは異変などでは無く、ただ一人をあの世へと連れ去るだけの儀式なのだ。力持たぬ一般人に見せる必要など全くない。故に、根の国は死に関係する者や、感覚が鋭敏な者、強力な者以外には見えぬようになっているようだ。


「着いた……」


小舟から降り、桟橋に立った彼女はすぐに背中に伊邪那美命由来のボロボロの黒い翼を生やし空……処刑台に向かって飛翔する。何が待ち受けていようが、己が望んだ死に方さえ出来ればそれで良かったのだ。

恥を晒し続ける生き方など剣客としては御免なのだ。無意味に生を刻んだところで、失う悲しみが増えるだけ。さっさと消えてしまう方が、人間に近い精神を持った彼女にとっては幸せなのだろう。

――だが、彼女は未だ台帳の破られた頁についての真実を知らない。彼女自身に大きく関わり、その運命さえも歪めてしまった真相にはまだ辿り着いていない。


地獄の都に覆われた空に色は見えず、ただ無機質な処刑場のみがある。中央に尖塔のようなものがあり、そこから周囲に広がるように家屋のようなものがあるだけの模様だ。

彼女は迷うことなく逆さの都市へと向かって行く。その進行を邪魔する者は誰一人としていない。彼女の自刃に自ら巻き込まれに行くような者など一人もいない。


「お主……本当に終わるつもりか? まだ生きたいとは思わぬか?」


「……長すぎる生は腐敗を生む。それに、私の生きる時代はとうの昔に終わっているよ」


「わらわ達神の時代も、とうに終わっているのかもしれぬな」


天を覆う地獄が現れた事で、現世の気候状況も大幅に乱れが出ているようだった。現世では決して吹き荒ぶことのない死の風が空に竜巻を作っている。早急に地獄を冥界に追い返さねば、いずれは大災害が起こり幻想郷自体崩壊を迎えるかもしれないのだ。

それを防ぐという名目でも、彼女は地獄の空へと向かわなければならない。幻想郷の平衡を守ると言う、彼女の命に課せられた役目を果たすために。


逆さの地獄に近づくにつれ、生を拒絶し死を齎す瘴気の濃度が増していく。この先は生者お断りの地だ。仮に入れたとしても……生きては帰って来れないだろう。特例を除いては。

重力が反転するのを感じた篝は着地で頭をぶつけぬように空中で体を回し、足を空に向ける。後はそのまま自由落下で都市の中へと降り立った。


「……寂れているな。地獄というくらいだから鬼でもいるのかと思ったけど」


「鬼神長の姿が見えぬばかりが閻魔もおらぬ。……何処かの誰かが、わらわの不在をいいことにお主を殺しに来たのだろうて」


「どちらにせよ、好都合だ」


白く寂れた地を歩く彼女は、どこか楽しそうであった。目指す差先は、恐らく中心と思われる尖塔のような建物。それもまた白く染められ、生きた気配を感じさせないものであった。

ふと空を見上げれば、今立っている場所と違い色がある本物の地上が小さく見える。だが、彼女はもうそこに帰る事は出来ない。彼女がこの地獄と共にあの世へ沈まねば、死の瘴気を放つこの都市が幻想郷全てを巻き込んで彼女を探し始めてしまう。


「……」


「お主、何か気にかかることでもあるのか?」


「……暖簾の後ろ、障子戸の後ろ、屋根の反対側、幟の裏……その全てに怨霊がいるような気がして」


「怨霊? わらわは何も感じぬが……」


「だが私は――」


そこまで言い掛けた時、周囲に火縄銃のものと思われる号砲が鳴り響く。同時に、何も無かった都の中に気配が満ちる。

誰もいない家屋の中から続々と鎧を纏い武器を手に持った、三角傘の足軽達が彼女を囲むように集まってくる。

者どもの顔は一様に灰一色に染め上げられた面を付けていた。目も鼻も口も無い、彼女が以前の戦いで使った無の仮面のようなものだ。

そして彼らは、刀、槍、弓、そして銃……その全ての武器を彼女に向けていた。


「獄卒共が……油断させて囲む気だったのだろうが甘いわ。 死に方くらい、選ばせろ!」


怒りに満ちた眼で彼女は刀を抜き払い、屋根上を占拠し銃を構える一団を一瞬の内に薙ぎ払った。斬り裂かれた足軽達は黒い霧のようになって大気に溶け消滅する。

同時に上空から放物線上に放たれた無数の矢が彼女のいる通りに殺到する。彼女は前方に陣取り、今にも彼女に全力突撃を行おうとしていた怨霊騎馬隊に斬り込みながら矢を避け尖塔に向かって駆け出していく。背後からは長槍を持った騎馬兵が続々と突撃を敢行する。

通りを制圧されてはたまらんと空中に上がり、周りを見渡してみればほとんどの家屋の屋根は桔梗紋が描かれた旗を掲げた鉄砲隊によって占拠されていた。桔梗紋……すなわち彼らは明智の手の者だろう。明智光秀自体が鉄砲の名手であったこともあり、彼らの練度も推し計るべきだ。


手近な屋根の敵を薙ぎ払い着地した彼女は無数の銃弾と弓矢が飛来する中縫うように屋根を飛び移りつつ先に進んでいく。

時折下から全身を黒で固め、刀を逆手に持った忍者のような怨霊も現れる。だが上がって構える前に薙ぎ払われ特に戦果は挙げられていなかった。


「こいつらは一体誰に従っている……」


「お主! 遠くから大筒が来るぞ!」


背後を見た彼女は巨大な火だるまの鉄塊が自身に向かってくるのを認め、刀へと霊力を送り込む。陽炎のように揺らめく、蒼白き光を放つ力を纏った刀を鉄塊に向けて鋭く振り下ろす。

巨大な霊力の刃が形成され、直線上の怨霊を巻き込みながら鉄塊へと直進。そのまま鉄塊を破壊し霊力を散らしていく。

遠方に大筒の本体が見えるが、そこは今彼女が目指している尖塔とは真逆の方向にある。故に、彼女は無視して前に聳え立つ塔を目指す事にした。

銃弾と矢の雨は止むことは無い。故に彼女は雨を止める為に塔へと急ぐことにした。


鬨の声が響き渡り、家屋から再び足軽の増援が現れる。今度は全員が長槍を持ち、屋根を飛び移る彼女を串刺しにしようと待ち構えているようだ。

それが分かっていて引っ掛かる彼女ではない。彼女は突き出された槍の刃を蹴りながら次の屋根へと乗り移って行く。

尚も追いすがるように矢と銃弾、大筒の弾が迫るがその全てを悉く回避し彼女は塔へと翔ける。形振り構っていられないのだ。彼女に懸けられた命の価値がそのまま幻想郷の命に繋がるのだから。


「お主、あの塔から良くないモノを感じるが故気を付けよ」


「元はと言えばあんたの所有物なんじゃないの?」


「そうだ。だが、わらわはアレの存在を知っていても使ったことは無い。アレを使うのはわらわの役目ではないが故だの」


「面倒な……」


篝にしては珍しく悪態を付いていた。その様はまるで外見は変わらず中身だけ別人にすり替わったようである。だが、この極限状況下では毒づきたくなる気持ちも分かるというものだ。

絶え間なく命の危機――魂の危機に晒され続ければこうもなるだろう。誰しもが、そうなる。

ここで篝は一つ後悔していることがあった。せめて、塔の近くに降りればここまで苦労する事は無かっただろうと言う事だ。しかしそれも後の祭り。銃弾と矢の雨に身を浸している今になって思った所で全てが無駄であった。


「――ッ!」


「お主! 考え事をしておる余裕は無いぞ!」


大筒の鉄塊が逸らした体を掠め、進行方向上の家屋を粉砕する。もし彼女の回避行動が僅かでも遅れていれば今頃肉塊となり周囲に飛び散っていただろう。

代わりに飛散したのは巻き込まれた無数の怨霊達。どうやら敵味方の区別なく、彼女のみを狙って撃ちこんでいるようだった。どのような犠牲を払おうとも彼女を仕留めようと言う明確な殺意がそこにはあった。


再び疾走を始めた彼女は不気味さを感じて周囲を見渡す。全てのものが遅行しているように見える程の速度だが、彼女は一抹の不安を感じていた。

家屋の下、空、尖塔、地面――その全てに罠が仕掛けられているのではないかと疑心暗鬼に陥っているのだ。

そして不思議な事に、彼女が塔にある程度近づいてから攻撃が緩やかになっているのだ。豪雨のように襲い来る矢と銃弾は小雨のようになり、槍による奇襲も無くなってきているのだ。


「……なんだ? この、妙な気味の悪さは」


「わらわにも分からぬ」


回避動作が殆ど必要なくなるほどに弱まった波状攻撃は今や木偶の坊が固定砲台をしているだけのような状態であった。

空を覆い尽くす程の遠距離攻撃も無くなり、時折脅かし程度に槍が飛び出してくるだけになっていた。無論、彼女はその奇跡的な反射神経のみで避け攻撃者を薙ぎ倒していく。

塔に近づけば近づく程攻撃の密度が薄まり、入り口まで数十メートル付近に入った時には既に攻撃は無かった。

出払っている武士の怨霊達は、魂が抜けたように立ち尽くして動かない。全てが生者にとって不可思議であった。


「……」


言いようのない疑惑を胸に彼女は地面に降り立った。視線の先には無数の鳥居と、奥に塔の入り口と思われる巨大な門がある。漠然とした中でも、彼女の意思はその先が終着の場所だと叫んでいた。

彼女は走るのを止め、一歩一歩踏みしめながら鳥居をくぐって塔に向かって行く。その姿はまるで、素戔嗚が八岐大蛇に向かって行く時のような、無謀かつ大胆であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ