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東方偽面録  作者: 水無月皐月
参/記憶旋律
20/27

記憶旋律 参

飛び出して飛行を続けた彼女はそのまま天狗の縄張りを突っ切り、中有の道へと降り立っていた。

この道を通らなければ死者は三途の川には辿り着けず、永遠に現世を彷徨う事になってしまうと言う。その他にも、模範的な幽霊達はここで屋台を出し、その成果や態度によっては閻魔によって転生を待つ事を赦され白玉楼に送られる者もいると言う。

どちらにせよ、正当な裁きを受けるためにはこの途を通り三途の川で運んでもらわなければならない。


「……お主、何か隠し事をしてはいないか?」


「何の事だか。私以上に正直な奴はいないと自負しているよ」


「そうか……」


煩雑な幽霊達の屋台を眺めながら、奥へ奥へと進んでいく篝。三途の川で釣った魚やら、亡霊牛のステーキなど普通の店では売っていないモノが多数並んでいるが、彼女は特に興味を示さなかった。

彼女は観光をしに来たわけでは無い。自分を取り戻しに来たのだ。余計な祭事に関わり、無駄な時を過ごすつもりなど毛頭無いのだ。その意思は足に現れている。体力を温存するために走ってはいないものの、早歩きなのだ。

流れてくる死者の波に逆らい、質素な道を足早に通り抜けて行く。雪に埋もれた彼岸花の横を通り抜け、昏き川の渡し場へと急いでいく。

死者の屋台の集合地を抜けた先は、殆ど何もない道が続くだけであった。農地すら無い、ただ草木があり、近くに三途の川があるだけの場所。幽霊はちらほら見かけるものの、敵意は無いようだ。


「そろそろ三途の川だの」


「そうだね。川の音も微かに聞こえてきた」


「……真実を知る事に対して、恐怖は無いのか?」


「不思議と無い。これが私だったと、懐かしさと共に安心感を憶えているよ」


「そうか……ならば心配はいらなそうだな」


伊邪那美命が心配してくれている事に心の中で感謝した篝はそのまま何も無い道を突っ切り、川の岸までやってきた。

岸には、渡し船と鎌を持った赤い髪の女……死神が彼女を見て陽気な笑みを浮かべながら手を振る。

それを合図に彼女は、すぐさま赤い髪の女の元へ向かう。朗らかな笑みを見せた女は死神らしい眼つきで彼女を凝視した後、話しながら船へと案内した。


「あんたが篝か。あたいは小野塚小町。是非曲直庁所属の死神やってるもんだよ」


「貴女が運び手か。今回はよろしく頼む」


「任せな。久々に話せるヤツが来て私も楽しみだったんだ」


そう言って二人は船に乗り込む。小さいようで大きかった渡し船は死者の魂を運ぶには十分すぎる大きさなのだ。

生者を運ぶとするならば、精々小町含め五人乗れれば良い方だろう。死者ならば魂だけなので実際の重量は無い。船で運んでいると言う概念が必要なのだ。

霧のかかる川へゆっくりと進んでいく船の中では、篝と小町が他愛の無い会話で船上の暇を紛らわせていた。

やれ現世はどうだ、あの世はこんなんだ、上司は叱ってばかりだ、上司は厳しい、上司は休暇をくれない、上司は――。

上司の事ばかり言うが、根底では尊敬しているようで、怠惰な自分を唯一叱り戦力として使ってくれることを感謝しているそうだ。


「それでさぁ、上司の……四季映姫ってんだけどね? 晩酌に誘ったら真面目な顔して仕事がありますって断られちゃって」


「働きすぎなんじゃないのかな。その四季映姫って人」


「あたいもそう思うよ。でも、裁判長だからね。決まった日にしか休みとれないし、長期休暇だってそんなに無い。裁きを待つ魂が大勢いるからね」


魂に判決を与える裁判所の仕事は、生者のものよりも大分過酷なもののようだ。生者が生前犯した罪と善行を比較し、死後どうするべきかの判断をするのがこの是非曲直庁の職員である閻魔の仕事だ。

魂の全ての生を見るのだから、その精神的負担はかなりのものと言えるだろう。普通の人間ならばまだしも戦人だった場合その様子は壮絶に違いない。

篝の人生も、常に敵がいて血を被って生きている。彼女の一生を浄瑠璃の鏡で照らした場合壮絶過ぎる人生に生半可な閻魔は失神してしまう可能性さえあった。

生きるために罪を重ねる。罪とは生そのものである。その罪に対し、然るべき裁きを行い、道を示すのが彼ら閻魔なのだ。

そんな話を延々と聞かされた篝は何時になく笑顔になっていた。記憶を取り戻してから殆ど笑っていなかった彼女が、小町の愚痴と与太話に付き合っている。精神的余裕が取り戻せつつあるのだろう。自分は余裕だ、と強気な発言ばかりしていたが、笑う気力さえ無いほど切羽詰まっていたのだ。


「あー、そろそろ本題に入るかい?」


「うん。十分、休めた。ありがとう、気を遣ってくれて」


「いやいや。リラックスさせるのも死神の務めなのさ」


小町がそう言った瞬間、対岸に船が着いた。本来、三途の川とは乗った者の罪深さによって川幅が変わる概念的な場所なのだ。生者が乗った場合、すぐに辿り着いてしまうほどの川幅しかない。

なぜこれほどまで、川幅があったのか? それは小町が持つ距離を操る能力により、話が出来る程度の幅まで増やしていたのだ。そして本題に入る事を合図に、元通りの川幅に戻した結果一瞬で着いたのだ。

船を降りた二人は、目の前に建つ古めかしくも荘厳な建物を見上げる。正門横の表札には、是非曲直庁彼岸裁判所と行書体で刻まれていた。


「さぁ、こっちだよ」


小町の先導で中に入った篝は鎌を持った死神は台帳の束を持つ閻魔とすれ違いながら裁判長の執務室へと向かって行く。

廊下を歩く途中、何度か小町の同僚と思われる死神に声をかけられ、応接しながら更に奥へと進んでいく。

裁判所内の雰囲気は、神聖そのものだ。決して罪科を許さず、法に乗っ取った裁きを与える場所としてこれ程適しているものも無いと言う具合に。

そこで働く閻魔や死神も真面目な者ばかりのようだ。小町のように不真面目な者は少ないだろう。

そんな、村八分にされそうな雰囲気でも働ける小町の豪胆さは篝も見習うべきだと言える。


数分ほど歩いた先、他の閻魔の部屋とは一際違う雰囲気を放つ部屋の前に着いた二人。

部屋の表札には裁判長執務室と書かれている。小町は彼女の様子を一瞬窺った後、臆することなく中へ入って行く。

続いて彼女も、小町が執務机に向かってお辞儀したのと同時に入り小町に続いて頭を下げた。


「小町、御苦労さま。……初めまして、出雲篝。私がこの是非曲直庁彼岸裁判所の最高裁判長、四季映姫・ヤマザナドゥです。よろしく」


「初めまして、四季映姫。奇遇なものね、あまり初めて会った気がしないわ」


「私はもう何度か出会っていますよ、出雲篝。会う度に記憶を失っていて哀れとは思いますが」


四季映姫――幻想郷担当の閻魔長は彼女の事を細かく知っているようだ。幽々子以上に彼女の詳細を掴んでいる事が窺い知れる。

小町は映姫の横に静かに控えている。公私をしっかり弁えて行動しているようだ。

彼女は映姫に促されて執務室の応接間――長机を囲む座布団の上に正座する。映姫と小町も彼女と向かい合うような形で座った。


「では、これを読んで下さい。記述に間違いがなければ、出雲篝と呼ばれる者の記録が残っています」


四季映姫が一冊の分厚い紙台帳を長机の上に置いた。表紙には掠れながらも、はっきりと読める字で出雲篝と書かれている。彼女の人生――魂の転生を含めた全てが載っているのだ。

閻魔は生者の人生を記録し、それに対して判決を与える義務を持つ。その是非の判断基準と成りえるのがこの台帳である。これは幻想郷に生きる全生命体分保管されている。

台帳を手に取った篝は一頁目から細かに目を通し始めた。右腕から伊邪那美命の茨を生やし、台帳に接続しながらである。彼女が読み込んでいくと同時に、伊邪那美命にも分析を任せているのだ。


「出雲の家とは……良くも悪くも刀一筋の家でした」


四季映姫が感傷に浸るように呟く。その声色は閻魔らしからぬ哀愁に満ちたものであった。出雲の人生を何度も眺めた映姫は、刀としか生きられない彼女の家について何か思うところがあるのだろう。

一方、台帳を読み解く篝は自身も知らなかった上、知ろうともしなかった驚愕の事実に目を見開いていた。

剣客という存在を最初に生み出した家、記憶を受け継ぎながら別の体へと意識を移す転生法の確立、日之本における剣術の走りである――全て、彼女の家が成し遂げたものであった。

同じ家系の者についても言及があり、中でも初代篝の姉である出雲溟と呼ばれる人物は、出雲が作り出した秘法に大きく関わる天才剣士として名が挙がっていた。

溟もまた、転生法によって生きているかもしれない。だが、一方で既に死を迎え、新たな魂となり別の生を歩んでいる可能性もあった。


「出雲篝さん、貴女は一体何回目の篝なのでしょうね?」


「……分かりませんよ。だって、私は溟に言われるままに記憶を引き継ぎながらずっと存在し続けているのでしょう? この台帳を読んで疑問に思ったのは、なぜ私なのか? と言うことです」


「天才ならば自分が不滅であるべきじゃないですか。台帳を読む限り私の剣客としての……剣士としての腕は溟の足下にも及ばないというのに」


「……実は、その辺りの事情は出雲溟の台帳にも載ってないのです。それどころか、転生法を作った本人の魂の記録が江戸末期辺りから途絶えている。普通ならば、あり得ないのですよ。このようなことは」


「しかし、依然として私の……出雲篝の魂の記録は続いている。何らかの事情で私に全てを託すしかなかったのか?」


この疑問に答えられるものは誰一人としていなかった。だが、少なくとも出雲の一族が幻想郷に来て定住を始め、いつしか安住の地としていたのは台帳が証明していた。

出雲篝は平安末期から生き続ける不滅の剣客。だが姉は江戸末期――ちょうど、八雲紫が妖怪の減少を憂い、幻想郷を創ろうと思った時期に途絶えている。

誰もわからない、誰にも見当が付かない。新たな疑問の答えは既に冥界からも離れ闇に葬られてしまったのか。

しかし、唯一あるとするならば篝が全てを思い出すことだ。記録には書かれていなくとも、当時一緒にいた人物ならば何を考え、何を成そうとし姿を消したのか推測出来る可能性がある。

全てを諦めるにはまだまだ早いのだ。


「一日で全て読破するのは無理でしょう。一室を使えるようにしていますから、そこで休みながら読んでください」


「案内は私がします。四季様」


「頼みましたよ、小町。魂の運搬も忘れずに」


「はい」


篝の案内を終えたらサボろうと考えていたのか、小町の顔がニヤけていたがそれを看破した映姫が釘を刺す。一瞬青ざめた小町だったが、観念して仕事に打ち込むことにしたようだ。

二人の会話を聞いていた篝は茨を解き、台帳に栞を挟んで閉じる。小町が部屋の外へ出るように促したため、映姫に対して一礼した後廊下に出た。一歩遅れて小町も退室する。

執務室の扉を完全に閉めた小町は大きな溜息を吐いた後、疲れた表情で篝の案内を始める。魂の運搬について思う所があるのだろうが、篝には理解出来そうに無い。


相変わらず裁判所内は忙しさに溢れている。次から次へと裁判が始まり、判決が下されては次の者が入ってくる。閻魔が何人いようとも人手不足は免れなかったようだ。

これでも過去に一度、お地蔵様に召集を掛け、人材の拡充を図ったがまだまだ足りなかったようだ。その内根の国からも呼び出す日が来るかもしれない。

そんな喧騒の中、小町の後ろについて篝は歩いていく。書類を運ぶ若手閻魔が覚束ない足取りで二人の横を通り過ぎてゆく。疲れた顔の死神が文字通り死んだ目をして休憩室へと入って行く。


「どうも最近は仕事が多すぎる気がするんだよ。六十年毎の幽霊大発生でもあるまいし」


「何か気にかかる事でも?」


「あぁ。お空の向こうから良く無いモノを感じるんだが……悔しいね。あたいら死神は基本的に現世に干渉できない決まりなんだ」


「霊夢辺りが調査すると思いますけどね」


「そうだといいんだけどねぇ」


どうも煮え切らない態度をとる小町を不思議に思う篝だが、考えても仕方ないので止めたようだ。

複数の仕事人を通り過ぎ、施設内を何分か歩いた末彼女が与えられた部屋の前に着いた。表札には特別応接室と書かれている。重要な客人を迎え入れる為の部屋の様だ。

小町の持つ鍵で開錠し、中に入った篝。小町は鍵を室内の長机の上に放り投げ、手を振って部屋を後にする。


「お主、明日は彼岸の奥地に行ってみてはどうだ?」


「奥地?」


「うむ。あそこの景色は綺麗だからな。心を休めねば潰れてしまうだろうて」


「……そうだな。明日は少し読んだら散歩するとしよう」


そう言って彼女は再び台帳を開き、今までの人生の記録を読み進め始めた。

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