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東方偽面録  作者: 水無月皐月
弐/喪失遊戯
17/27

喪失遊戯 捌

「突破などさせませんよ! 大天狗様の命令があるのでね!」


「……」


二人の天狗が凄まじい速さで攻撃を繰り出す。文は上空から圧縮した空気を撃ち出す烈風弾。鬼眼は二刀と風による超速の連続斬撃である。

風を斬り、二刀をいなす篝は伊邪那美命の絶叫とも取れる言葉に耳を傾けながら隙を見つけようと二人を観察していた。

鬼眼はどれだけ刀を弾かれようと暴走列車のように止まらず攻め立てる。文はそんな鬼眼にとって丁度いい時に烈風弾を撃ち込んでくる。反りが合わなそうな二人だが、良く連携し援護を上手く活用していた。

しかし、篝も負けていない。風を裂くと同時に神圧を発し、文の動きを僅かに止めつつ団扇を破壊しようと斬撃波を放っている。

ふざけているように見える文も、篝の内側にいる伊邪那美命の圧力を受ければ、本能的な恐怖によって体の動きを鈍らせてしまう。それは鬼眼も同様だった。

そして、高い実力者同士の戦はほんの僅かでも動きを止めればリズムに乱れが生じて不利になる。次に地上で攻められているのは鬼眼の方だった。


「……荒削りだが、速い」


「鬼眼さーん! 今援護します!」


「っ! 止せ!」


防御の二刀に僅かなブレ。防御位置を篝にずらされ、衝撃を吸収しきれなくなり右腕を離れて飛んで行った片割れ。鬼眼はその瞬間に敗北を覚悟していた。

そして文の援護。彼女的には鬼眼を助けようとしたのだろうが、それが裏目に出てしまった。

烈風弾を撃ち込もうとした時、突如として腐りゆく伊邪那美命の神格像を具現化させた篝の姿が目の前にあったのだ。これではいかに速い天狗と言え、回避は不可能だ。


篝は鬼眼の右腕から刀を吹き飛ばした後、総海がやっていたように伊邪那美命の神格像を現出させ、神力による幻覚攻撃を仕掛けたのだ。彼女がまだ鬼眼を攻め立てているように見せる幻覚。文は空に浮いているが故、その攻撃を感知することなく術中に嵌ってしまったのだ。

僅かな幻覚でも、騙されればそれは隙になる。彼女は騙されたまま撃ち込もうと風を集め始めた時には既に篝は飛んでいたのだ。


「なっ!?」


天狗団扇を一瞬にして斬り裂かれた挙句、撮影機まで輪切にされた文は驚きの声を上げるしかなかった。

鬼眼はすぐに一刀を広い、二刀で背後から攻撃を仕掛けようとするも腐りゆく腕に左手を掴まれ地面に叩き付けられる。

神格像の伊邪那美命は歪んだ笑みを浮かべており、長く白い髪が顔の右側を隠している。恐らく、その部分が腐って落ちているのだろう。


神格の右腕は驚く文を素早く捉え、地面では無く九天の滝の方へと投げ飛ばした。神の力に逆らえず、文は真っ逆さまに滝の上流から下流へと落っこちて行った。

地面に叩き付けられた鬼眼も気を失ったのか、立ち上がらず倒れ伏したままであった。

後ろを見てそれを確認した篝は、紅葉地帯を越えいよいよ守矢神社本殿前まで飛んで行った。普段は飛べない彼女だが、今は伊邪那美命の神力が一時的に解放されている為浮力が付いたのだ。


「お主、あれを見よ!」


本殿前に辿り着いた彼女と伊邪那美命は、疲れた様子で動けない三人に向かって神格の腕を伸ばし記憶を奪い取ろうとする総海の姿を見る。

瞬間、篝の体は動いていた。地を走る、と言うよりは低空で跳ぶと言った表現が正しいと思える程の速度で総海の背後に接近、そのまま加速度に任せ鋭い突きを繰り出す。

総海は直前で振り向くが、時は既に遅い。振り返ったと同時に左肩が貫かれ、そのまま早苗達を素通りし本殿の中庭まで押し込まれる。そして刀を上下に切り払われ、そのまま左腕がもがれて吹っ飛んだ。


「遅かったわね……ふふふふ、私の負けか……!」


「剣を取るが良い。存分に、剣客同士殺し合うが良かろう?」


「伊邪那美命の神格か……成程。私の真似事をしたか……!」


広大な中庭で対峙した二人は互いにボロボロだった。篝は一時間と十数分で妖怪の山を突破してきた疲労。総海は早苗との戦闘で大きく戦闘能力を削がれた事に加え、篝の不意打ちで腕を持って行かれた事。

篝の方が疲労の度合いは低いとは言え、剣先が鈍るのは自明の理。腕をもがれ体の平衡を失った総海は言わずもがな。

互いに最高の状態とは言えない。しかし、二人は剣客として戦わなければいけない。正規の契約に乗っ取った一騎打ちではないが、襲撃予告を出した、出された身としてはどのような状態であろうと斬り合わなくてはならない。それがどれだけ一方的であったとしても、だ。

それが、二人にとっての剣客の法だった。


「神格など最早必要ない……決着を着け、全てを奪わせてもらうわ。出雲、篝!」


「勝てよお主。こんな小娘に負けたとあってはわらわが宿った意味が無いからの」


二人とも神格を消し、ただ己の腕と身体能力、そして剣技で競う事になる。どちらかが勝ち、どちらかが死ぬ最後の、たった二人だけの戦だ。

意地も矜持もかなぐり捨て、法と言う名の信条に乗っ取った自己満足の為の戦い。


先に動いたのは総海だった。中庭を一気に駆け、疾風迅雷を体現するかの如く正面から何も考えずに向かって行く。

最早生き残る事など考えていない、単純明快で分かりやすい袈裟切りの構えだ。相討ちすれば良い方とでも考えているのだろう。

しかし、そうは問屋が卸さない。篝は相討ち等と言う死も同然の結末を受け入れる筈は無かった。

腰を低く落し、両足を地に付け、居合の構えを取る。相手は速いが、平衡感覚を喪失している上、先の闘いで戦闘能力を大幅に削がれているのだ。必ず斬れると言う確信が、篝の中にあるのだろう。


総海が動いてから一秒後、篝も動く。低姿勢のまま一直線に総海に向かって突進していく。

この一瞬の交錯が、勝敗を決める事は想像に難くない。沖田総海を中心として起こった喪失遊戯はこれで全てが終わるのだ。

一閃。全てはこの一撃に掛かっている。恐怖も傲慢も今この場には無用。純粋に剣客としての実力が試される場だ。

勝てば生き、負ければ死ぬ。強者は弱者の肉を喰らう。それは世の理だった。


「奪わせろ、奪わせろ、奪わせろ、奪わせろ、奪わせろ、奪わせ……」


譫言のように略奪の呪詛を発しながら斬りかかろうと迫る総海は止まった。

懐に潜り込み、紫電一閃の如く認識が困難な程の速さで切り上げを放っている篝がいた。

胴体に大きな傷を付けられ、刀を取り落した総海はそのまま庭に仰向けで倒れ込み、空に浮かぶ月を仰ぎ見る。その眼からは、涙が流れ出ていた。

何を思って涙を流しているのだろうか? 彼女は息を浅くしながらも、仮面を外し、彼女の顔を覗き込む篝に語る。


「……お主は結局、何が欲しかったのだ?」


「……人間の幸せが欲しかった。 私は生まれついての人斬りだ。道行く人々を、斬らねば体が震え渇くのよ」


「記憶を奪おうとしたのは、妬み故か?」


「そうかもしれない。でも、誰かの記憶を奪えば奪う程、私の過去は消えていく」


「最早、私の生まれ故郷がこの世界の何処にあるかさえ思い出せない。父母も、恩師も、師匠も、先祖の遺影さえ……」


誰かの記憶を奪う事で、幸せに浸ろうとしていた総海。

しかし、その実態は奪えば奪う程彼女自身の記憶が薄れ、最後には偽りの記憶に支配され人生を歩み続けると言う禁忌の遊戯。

他者の記憶を奪う喪失遊戯は、真には自身の全てを喪失していた事に他ならない。

彼女は承知の上だったのだろう。幸せを掴むことに渇望し、魔道の道へ堕ちようとも諦めなかったのだ。最初から自身の中に有る苦痛の記憶を捨て去るつもりだったのだろう。


「……お主は人斬りには見えぬがな。嘘を吐いたのか?」


「……勿論嘘よ。でもね、幸せになりたかったのは本当。私は好きで剣客になったわけじゃあない。そうする事でしか、生きられなかったから。斬る事でしか、自分を表現できないし、斬る事以外に生き方を知らないから」


彼女は生粋の斬り屋だった。戦いしか生き方を知らぬ、大よそ今の世の中では不要とされる人種だった。戦国時代に生まれたのなら大名は無理でも上位の臣下くらいにはなれただろう。

篝は話を聞きながら、唐突に総海の顔を掴み何かを引き摺りだそうと引っ張った。伊邪那美命は慌てて止めようとしたが、掴んでいるものを見て理解したようだ。

総海の顔から、禍津日神の神格を引き摺りだしているのだ。

幾ら神と言え、穢れと血で汚染されたものを引き摺りだすなど不潔極まりない。下手をすれば命に関わるようなことを平然とやっているのだ。

だが、彼女は手の中で悶え、声にもならない声を発しながら暴れ回る神を鷲掴みにしたまま離さない。だが、いくら暴れても篝の手の中から脱出出来ず、刀と言う名の処刑台に立たされている。


「お主……まさか、神格から意識のみを消し去るつもりか?」


篝が小さく頷く。彼女に宿っている伊邪那美命は考える事が大抵分かる為、察する事が出来る。

伊邪那美命の幻影の手が、神格を持つ右手と重なる。篝の右手に巻きつくように肩から黒い茨が三本現れ、未だ手の中で暴れる禍津日神へと突き立てられる。

黒い雷が茨を走り、禍津神へと流し込まれていく。暫くはその電流で悶えていた禍津神は、数秒の後に襤褸人形のように動かなくなった。

彼女は手を離し、意思を消し去られた神格を総海の中へと戻した。意識を完全に上書きしたのか、見開かれた目が正常に戻り傷も急速に塞がって行く。


「……おやすみなさい」


だが既に意識が飛びかけていたのか、総海は瞼を閉じて眠りに入ってしまった。斬り飛ばされた腕もそのままだが、切断面をくっつければ自然に再生するだろう。

篝は刀を修め、総海の刀を拾い上げ鞘に収める。斬り飛ばされた腕も広い、霊術によって腐敗しないよう保存術式を組みその中に封印する。そして意識の無い彼女の躰を担ぎ上げ神社の本殿前に出てきた。


月は未だ輝きを失わず、ただ静かに青白い光を地に降り注いでいた。

この静寂な夜に、僅かな人物にしか語られぬ戦いは終わりを告げた。残りは被害を受けた者達への手当や当事者たちの休養である。

篝もまた、今回の一連の戦いで神力と呪いを抑制する仮面こそ割れなかったものの多くの力を消費した。当然休まなければ立ち行かなくなってしまうだろう。

たとえ神だろうと、疲れる時は疲れるのだ。全能などと呼ばれているが、そんな事は無い。エネルギー源が人間や妖怪と違うだけで立派な生命体なのだ。


「お主、その小娘を引き取るつもりか?」


「……」


「そうか。ならばわらわは何も言わぬ。お主の好きなようにするがよい」


篝は疲れた顔をしながらも見送りに来た早苗を尻目に下山する。途中、誰も襲い掛かってくる事は無かったようだ。






「被害者、里の全住民」


「被害内容。数時間の記憶の欠落」


「剣客、出雲篝による首魁沖田総海の撃破を以て、今回の異変は終了とする」


「報告は以上です」


里の集会所では、里の様々な分野の代表者と妖怪の賢者、及びに篝と早苗以外の今回の事件の当事者が集められていた。

今回の異変は総海が記憶を奪うと言う前例に無い方法を取ったお陰で目撃者はいても、忘れてしまっている為解決が困難になると予想されていた。

紫は口元に扇子を当てていたが、扇子を畳み改まって里の重役達の前で話を始める。


「賢者としては、これ以上里への被害は看過できませんわ」


「……仰る通りです、賢者様。我々も同じ人間から被害を被るのは勘弁願いたい」


「人と妖の力関係が崩れれば互いに困る。何とかしなければな」


里の警備意識を高めた所で、力ある者や規律に従わない者は当然出てくる。ならば被害を出す前に抑制しなければならない。その為の剣客なのだ。

しかし、これまで短い期間で起きた事件は剣客の対応さえ後手に回っている。単に篝の推理や考察不足かつ、やる気の無さの所為もあるが。

しかし、神になったとしても一人で守れる数には限界がある。二本の腕で全てを守る事は出来ないのだ。

彼女の真意は不明だが、今の彼女に剣客を辞める気は無さそうである。

しかし、彼女一人に負担を強いる訳にもいかないだろう。それは彼女の選定に関わった紫自身が分かっている事だろう。


「……剣客集団でも作ろうかしら?」


危険な発想を携えた呟きを、誰一人として聞いてはいなかった。

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