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東方偽面録  作者: 水無月皐月
弐/喪失遊戯
12/27

喪失遊戯 参

「本当に大丈夫なの?」


「問題ない。昨日はすまなかった」


「……じゃあ、始めましょう」


翌日の朝早く。見物人が見守る中でついに神降ろしの儀が始まろうとしていた。

見物人は八雲紫、上白沢慧音、稗田阿求、本居小鈴、東風谷早苗、魂魄妖夢、霧雨魔理沙、豊聡耳神子、寅丸星、秦こころ。

里の中からは慧音の他に茶屋の店主が何故か見物に来ていた。

東風谷早苗と寅丸星、豊聡耳神子は宗教的な観点から見に来たのだろう。博麗霊夢の神降ろしなど一生の内に見れるか分からないのだから。

魂魄妖夢は名目上監視と言う理由で来ている。神降ろしに際して邪な魂が入り込もうとした時は即座に斬る役目だ。

霊夢の友人である魔法使いの霧雨魔理沙は、霊夢がとんでも無い事をやらかすのを期待して来ているようだ。

秦こころは、実の所篝と仲良くなり、彼女に無表情の仮面を授けた張本人である。今回もまた神降ろしの為の器としての彼女を演出させるために顔と口と鼻を付けた無表情の仮面を授けた。

彼女の持つ、作る仮面は様々な力を持ち摩訶不思議な効果を齎す。時にはその能力が暴走し危険な事も起こるが、使い方を間違えなければ問題は無い。


霊夢が境内の中に描いた神降ろし……今回は日本武尊……ヤマトタケルを高天原から降ろす為の術式陣の中心に、白い長衣姿でジッと正座している篝。

彼女は既に身に降りる神を受け入れる準備を済ませていた。一族の伝統を継承し、その使命を果たすために神格を得る。それが目的だ。


霊夢もまた、神楽面を被り神に不快感を抱かせ災厄を呼び寄せないように万全の態勢を整えている。

これまで月に行く時など、何度か神を降ろした事がある霊夢だが今回ばかりは緊張しているのだろうか?

それでも彼女の準備運動の中に迷いや緊張は無い。それに優秀な補助役も万が一の時を考えて待機させているのだ。失敗などあろう筈が無い。


「……始めてくれ」


「わかったわ」


霊夢が軽快な足運びで神を迎える舞を始める。陣の上を緩やかに、滑る様に舞いながら神を称え、迎える詩を詠み上げる。

八雲紫達見物人はその様子を、固唾を飲んで見守っている。失敗すれば大いなる災いが齎される可能性があるのだ。当然緊張するだろう。

篝は動かない。次第に強くなる神特有の霊力波動を前にしても一切態勢を崩さず、粛々と受け入れる姿勢を取っている。


「まさか、もう一度見られるとはな。あの時よりもスゴイ奴をさ?」


「月面戦争の時の住吉三神よりも上位の神を呼び寄せるのですから、当然厳かになるのでしょう」


「……魔理沙殿、早苗殿も静かになされよ。神が不快に思うかもしれませんよ」


魔理沙と早苗が話しているのを妖夢が咎める。妖夢は何が来ても良いように両手を己の二刀の柄に添え、何時如何なる時だろうと抜けるようにしている。

早苗もまた、万が一術式に不純物が入り込んだ場合に備えて修正を働かせることが出来るように術式の準備を始めていた。

こころは一切表情を動かさず、仮面を被って正座している篝を凝視していた。何を考えているのだろうか。


「あの人間、今は一切の欲望を無にしているな。あんなものは初めて見た」


「毘沙門天も評価しています。同時に、人としては異質過ぎるとも言っておりますが」


派手な布を纏った、元聖徳太子である豊聡耳神子は自身の読む能力を以てしても今の篝の状況が妙な事に気付いているようであった。

毘沙門天、ひいては命蓮寺の使いとして来ている寅丸星もまた、彼女の異常さに気付いてしまっているようだ。

たとえ仮面を被っていても、その内面まで無にする事は出来る訳がないのだ。生きている限り、常に何かを考えている。

しかし、篝にそれが無かったのだ。本当に、彼女の内面は無になっているようだ。


「……大丈夫なのでしょうか、篝さんは」


「大丈夫よ阿求ちゃん。篝さんならきっと、ね?」


「そろそろ、一周する頃だな。本格的に神が降りてくる筈だ。静かにしていよう」


篝の友達の三人は率直に心配しているが、霊夢の舞がちょうど一周を回ったところで口を閉ざす。

境内の中に、本格的に神の気配が色濃くなってきているのだ。力のある妖怪でなければ即座に逃げ出す程の力。強力な信仰を武器に、下々の者に様々な事象を引き起こす存在。

それが、今この瞬間篝に宿ろうとしている。被憑依者を試すように叩き付けられる暴風のような霊圧力。篝は身動ぎ一つせずそれを受け入れていた。

霊夢の舞も激しさが最高潮に増し、神が降りようとしている事を窺わせる。


――だが、動きが止まった。同時に、霊圧力も途切れた。


「霊夢?」


儀式が始まって初めて篝は声を発した。

博麗霊夢は仮面を被ったまま、何も言わずに地面に倒れ込んだ。まるで操り人形の糸が切れたかのように。

篝は倒れた霊夢の仮面を剥し、抱き抱える。霊夢の目には尋常ならざる程の恐怖が刻み込まれていた。一体彼女は何を見たのだろうか。

抱き抱えられた霊夢は、弱々しく篝が先程まで座っていた陣の中心を指差す。そこには驚くべきものが発生していた。


「何だ……あれは……?」


「おい紫! あれは何だよ!」


「妖夢と早苗とこころ以外はこの場を急いで去りなさい! 三人とも、出番よ!」


「御意」


陣の中心には、まるで陣から染み出したかのように黒い液体のようなものがあった。

それは強大な気配を放ち今から現世に出てこようとする者がいる事を示す。地面の下からと言う事は地獄辺りから何かが呼び出されてしまったのだろう。


紫が何時もの余裕すら見せず、焦りが籠った口調で大声を出して命令する。

阿求と小鈴は慧音に連れられて急いで退避して行った。他の者達も危険を察知したのか、自分たちの住む場所へと帰って行く。

そして妖夢は黒い液状物質の前に立ち、油断なく白楼剣、楼観剣の二刀を構え凝視している。

早苗はすぐさま陣の術式の構成の点検を行い、黒い塊を封じ込める術式を構築し始めた。

こころは何らかの面を作り出そうと力を手の中の一転に集中させている。

そして号令を発した紫は、神社周辺に強力な隔離結界を張った。この液体から出る者は余程危険なのだろう。


「何だ、何が来るんだ……霊夢……」


「……黄泉比良坂……黄泉……黄泉竈食ひ……」


「霊夢!」


「……奴が来る……腐臭を纏った一柱の神が……逃げて、速く」


霊夢は虚ろな目で訳の分からぬ事を言っているが、篝にはどうすることも出来なかった。

黒い液体は尚をも流動を繰り返し、何かを現世に向かって吐き出そうとしている。徐々にそれは姿を現す。まず頭、両肩、腕と胴体、下半身……その姿はまるで人だ。

白い着物を纏った、強大な気配を放ち周囲を闇の薄暗さに包む女性だ。真っ白な長髪と、紅い目。青白い肌……死者の特徴を押さえている。


「紫様、斬ってもよろしいですか?」


「まだ手を出さないで。……貴女には、あれが何か分かるわね?」


「はい。黄泉の国の主宰神、伊邪那美命ですね?」


紫が妖夢を制するが、状況は悪い方向に加速度的に傾くばかりだ。だが、妖夢を向かわせたところで黄泉の穢れと黒き雷で塵にされてしまうのは目に見えているのだ。

伊邪那美命が現出した瞬間、早苗は穢れによって一気に体調を崩したようで、境内の横の樹に身体を預けながら術の詠唱を始めていた。

こころはまだ面を作っている。伊邪那美命に関わる面なのだろう。難航しているようだ。


「ようやく会えたな、出雲の小娘」


「……っ」


「いい顔だの? わらわはその顔を見るのが密かな楽しみでな」


死の気配を間断なく撒き散らしながら、霊夢を縁側に横たえた篝へと近づいていく伊邪那美命。

仮面を付けたままでの対話だが、篝の表情も恐らく恐怖と戦慄で引き攣っているだろう。

それだけ、この神性は強烈なのだ。精神力の脆い人間ならば現出した時点で廃人になっていてもおかしくないのだ。

伊邪那美命は気付けば篝の背後に立っていた。そして青白い両腕で篝を抱きしめ、その耳元で囁くように言った。


「待ち焦がれていたのだ……お主を。わらわを宿すに相応しいお主を」


「わらわが抱きしめてやろう。そして宿ってやろう。お主に力を貸してやろう」


「幾千幾万の恨みを抱え、その全てに興味を失い棄神となったわらわが、お主を強くしよう」


「わらわが宿る事で、お主は何かを失うかもしれぬ。だが、わらわはこれまで失ったものと、これから失うものを憶えていよう。お主が朽ち果てる、その時まで」


そう言った伊邪那美命はまるで霧のようにかき消える。しかし、篝の様子がおかしい。

抱きすくめられた影響か、その場に小童のようにしゃがみ込み、自分で自分の体を抱きしめぶるぶると震えはじめる。伊邪那美命に憑依された影響で体の全てに影響が出ているのだろう。

声にもならぬ嗚咽を上げ、何かに耐えるように歯を食いしばっている。


「……っ」


口から血反吐を吐き、躰を染めるがそんな事は全く気にせず、なおも怖がり震え続けていた。

生きている存在が既に死んでいる伊邪那美命を宿したことで拒絶反応を起こしているのだろうか?

それとも、強すぎる神の重圧に少しでも耐えようとしているのか?


「……」


「……妖夢、気を付けて」


「はい」


三人の前で、篝の震えが止まった。そして彼女は立ち上がり、仮面を剥ぎ取り地面に投げ捨てた。

陽の光の下に晒された彼女の容姿は大きく変わっていた。黒い髪は何がそうさせたのか不明だが真っ白に染まっていた。

両の眼も、余りにも強すぎた神の圧力の所為なのか真っ赤になっていた。

右手には何時の間にか鞘に入っていたハズの彼女の愛刀が握られていた。宿った神の力の所為かは不明だが、黒い雷を纏い凶悪な雰囲気を醸し出している。

彼女の着ている服にも大きな変化があった。純白で柄の無い衣に、蝶を思わせる黒の斑点が付着していた


「……篝?」


「……」


紫に名前を呼ばれた彼女がゆっくりと三人の方に振り返る。そして、口を開き何事かを言おうとしていた。

だが、音が出ていなかった。彼女は口を開き、舌を動かして何か言おうとしているのは確かである。しかし、声が無いのだ。まるで言葉は覚えているのに声の出し方を忘れてしまったかのような状態だ。

だが、紫だけは落胆した様子で首を横に振っている。そして妖夢とこころに極めて残念そうな様子で言った。


「……彼女、記憶が飛んでいるみたいだわ」


「どう言う事ですか?」


「お前達は何者だ、って言ってるわよ、彼女」


「……伊邪那美命が宿った影響で記憶と言語能力を失ったと?」


「そう考えるべきね」


篝は無表情で三人を見るが、妖夢の刀に気付いた途端自身も刀を構えて鋭い目線で三人を射抜く。

どうやら、敵と認識したようだ。記憶が無い彼女にとって、武器を持った相手は敵に見えているのだろう。

そして何より、敵意を向けた瞬間に暴風のように放たれる神格者の圧力は妖怪のソレを遥かに超えたモノだった。


「来るわよ! 藍、出なさい!」


妖夢が刀を構え、前に出る。紫は懐から一枚のお札を取り出し、自らが使役する最高の使い魔である八雲藍を呼び出す。

九本の尾を持つ狐に特製の式を被せた最強の使い魔だ。その能力は主である八雲紫には及ばぬとは言え、幻想郷中で見ても類を見ないほど力が強い存在である。

何より、情を挟む事はあれど基本的に八雲紫に従順でよく命令を聞くので扱いやすいのだ。

そして、通常の使い魔と違って自分で考えて動く事が普通に出来るのだ。自律行動さえ可能な使い魔を使役する紫の能力の高さが窺える。


「藍、妖夢と一緒に出来る限り時間を稼いでちょうだい。一気に術式を描いて篝を大人しくさせるから」


「御意。妖夢殿、よろしくお願いします」


「……藍様、補助を頼みます」


「引き受けた!」


言うが早く、篝が無言で刀を振り上げて一直線に二人に向かって斬り込んでいく。

元々剣術の才覚もあり、鍛錬で切磋琢磨してきた彼女の業は神格者となった事でその力を十全以上に発揮できるようになっていた。

驚くべきはその速さで、半人半霊で剣術指南である妖夢ですら反応するのが困難な速さなのだ。素人ならば知覚できぬ内に鱠切りにされ夜の食卓に並んでいただろう。


「速い……!」


「妖夢殿! すぐに離れてください!」


「っ!」


妖夢が最初の唐竹を受け止めた。しかし次の瞬間には空いた脇腹への突きが繰り出されていた。

そこを、藍が得意の妖術で妨害するように無数の光弾と光線撃ち出していく。

迫りくる光の軍勢を目視した篝はそれに向けて一太刀を振るい、後続する全てを斬り捨てていた。振るった一刀から無数の斬撃が空間を飛び全てを破壊したのだ。


「なっ!?」


次の瞬間には既に篝は藍の目前に迫っており、刀を水平に倒し、顔面に向けての突きを繰り出していた。

それを寸での所で見極めた藍は九本の尾の内四本を妖力によって即座に硬化させ、刀に集中させて突きを受け止める。

突きはそこで止まったものの、四本の尾には硬化したにも関わらず深い傷が入っていた。尾の中ほどまで貫通されていたのだ。


突きで動きが止まった篝に、背後から攻撃を仕掛ける妖夢。彼女の得意技である音速を超える居合を仕掛け真っ直ぐに突貫していく。

だが、後ろに目が付いているのかと疑いを向けたくなるほどの速度で篝は振り向き万全の構えを取っていた。

それでも妖夢は篝の左脇腹から右肩上まで斬り裂かんと長刀である楼観剣を抜刀する。


「これが……神格者か……!」


「……」


篝は表情一つ変えずに、刀の切先僅か五寸にも満たぬ部分で撫でるように妖夢の一刀を受け止めていた。

そして次の瞬間、妖夢は刀を切り払われた衝撃だけで神社の社の中へ吹っ飛ばされ畳の上を転がっていた。


「藍様!」


畳みの上で態勢を立て直し、境内の中を見た妖夢は、藍が九本の尾全てを硬化させ篝に向かっていくのを目撃する。

そして、怒涛の連続攻撃にも関わらず片手に持った長刀でそれをいなす篝を見た。


妖夢は涙を流し、右手で拳を作り畳を思い切り殴りつけた。

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