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東方偽面録  作者: 水無月皐月
零/胎動
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胎動 零

山狩り――里の住人達が、自らを脅かす理性無き下級妖怪・化成を駆逐する行事。

自警団主導の元、始末屋、退魔士などが合同で事に当たっている。

早朝から昼間にかけて、妖怪が活発化しない時間帯に奇襲を掛け一気に殲滅する作戦であった。

総数五十人前後の大規模殲滅戦。妖怪の山の天狗達には事前に通達し、首魁たる天魔からも認可証を承っている。

――この幻想郷において、人間の立場は実質的に妖怪より下だ。理由は単純明快。弱いからだ。

人間は妖怪に比べて脆い。死にやすい。弱肉強食の理、食物連鎖の理論から行っても人間は妖怪よりは下にいる。

だから、派手に動き回るとなれば妖怪に許可を取らねばならない。


「我々の活動は、里の民の命運を分けるのだ。各員、粉骨砕身を心に当たってほしい」


山の麓まで来た一段の先頭、官吏の服を着た男が簡潔な演説を行う。妖怪と言う未知への恐怖を払拭するかのごとく奮起を促している。

その演説を、冷めた態度で聞き流している無表情の女が集団の中にいた。

身長5尺4寸5分の細身の女だ。背中には身の丈以上……無数の札を刀身に巻かれた6尺の大太刀を背に差している。

その大刀を扱う者の証か、彼女の目は殺気立っている。人も妖怪も、今まで何十何百と屠ってきているのだろう。

素材は良い顔も、眼が発する威圧感で大抵の男は素足で逃げ出してしまう程の恐ろしい雰囲気を創りだしている。

――名を、出雲篝と言う。この幻想郷の始まりからずっと人を守ってきた剣客の一族の現当主にして最大戦力である。

事の始まりは明治初期。幻想郷の賢者・八雲紫が妖怪を集め始めた頃に一族ごと移住してきた彼らが直談判を行い、人間……特に博麗を守護する事を条件に棲むことを赦されている。

戦国初期から始まったこの一族はその大太刀を旗印に無数の屍を後ろに築き上げていた。その全ての理由はより良き世の為、牙を持たぬ人の為であった。

今、出雲篝は一族の誇りと家訓に従い力無き人々の為にその大太刀を振るわんとしている。


「”山狩り”を始める! 奮起せよ!」


官吏の男の宣言によって、集団が一斉に声も無く山へと殺到していく。篝も背の大刀の柄に手を掛け駆け出していた。

先頭集団をすぐさま抜き去り、単独で山へと入った彼女は真っ先に発見した四足歩行の化生に向かって跳ぶ。

空中で背から太刀を抜く。巻かれた札が剥がれ落ち、一族の旗印がその姿を現す。何の変哲もない大太刀だが、見る者を圧倒する威圧感に満ちていた。

恐るべきことに、篝はソレを片手で持っていた。細身からは想像出来ぬ程の強靭な筋力と制動力を持っているのだ。


「……一つ、殺った」


微かに呟いた彼女はそのまま全体重をかけ、重力と共に太刀を化生へと叩き付ける。

刃は肉に食い込み骨を断ち切り、地まで達する。一撃必殺。両断されたのだった。

勢いのまま着地した彼女の体はすぐに次の殲滅対象へと動く。彼女の正面に飢えた獣が三匹。人間の肉を喰らいたいと言う本能のままに四つの足を動かしている。

それを一瞥した彼女はすぐさま刀を戻し、両手で持ち直す。その場で一回転し、遠心力を味方につけ飛び掛かってきた化生の顎を横合いから三匹同時に薙ぎ払って切断する。

顎を割られた彼らは涎と血を垂らしながら地面をのたうち回る。

彼女は何の躊躇もなく一匹一匹脳髄に刃を叩き付け仕留めて行った。


「やるねぇ篝ちゃん」


「……朝飯前です。この程度は」


「そうはいってもね? 惚れ惚れしちゃうよ」


「どうも」


追いついてきた退治屋達が口々に彼女に賞賛の言葉を送るが、彼女自身は別段気にしていない様であった。

他者から褒められることなど興味が無いのだろう。恐らく彼女は今やっている事は使命……つまりは仕事だと割り切っているからだろう。

私的な戦いではなく、義務としての戦いだ。例えるならば国家の為に戦う兵士と言うのが一番似合っている。

彼女にとっての国家が家の誇りと任された役目と言うだけのことなのだ。

賛辞を貰った彼女は片耳で受け流しながら次の獲物が潜んでいる山の中腹まで踏み込んでいた。此れより先は天狗と河童の領域で人間は基本的に立ち入る事は出来ない。


「お、大型の化生が出たぞ! 応援をくれ!」


山の中で男の声が上がり、彼女はそちらへと意識と顔を向ける。

視線の先では、全長8尺はあろうかと言う獣人がその剛腕に棍棒を持って退治屋を薙ぎ払っている所だった。

彼女はすぐさまその獣人の前に行き、青眼の構えで対峙する。

目を充血させ、絶叫し続ける獣人は飢えた虎以上に凶暴な様子で大暴れしている。最初に見た退治屋の人間は心的外傷を患ってしまうかもしれない。


「篝さん!」


「退いて下さい。後は私が始末をつけます」


「わ、分かりました!」


彼女の後ろに退避していた一団は負傷者を担架で運びながら急いで下山に取り掛かっていた。

一人残った彼女は眼前で狂う珍獣相手に一切の動揺を見せず、無表情のまま突撃を始める。

理性無き獣がその勢いのまま手に掴んでいる棍棒を横薙ぎにするところを、彼女は空へ跳び回避する。

最初の一匹を両断した時のように、空中から頭部に向かって全体重を掛けた大切断を仕掛ける腹積もりのようだ。

獣は空を仰ぎ見て彼女の姿を確認する。だが時は既に遅く、六尺の刃は頭部に直撃する寸前の高さまで来ていた。

肉を断ち頭蓋骨を寸断しながら徐々に割っていく。自由落下斬撃で頭部から胸部までの切断に成功していた。

彼女はそのまま刀に力を加え、胸部から股下まで一気呵成に斬り抜いた。

全長八尺の巨躯は呆気なく切り潰されて妖怪の山の土に斃れる事となった。

自らに課せられた役目を果たした彼女はそれを一瞥もする事無く下山していく。後に、白狼天狗が死体の掃除に来るだろう。


このように、彼女は幻想郷においては形式上人間側の勢力として数えられている。それはかの博麗霊夢と同じようなものだ。博麗は全てのモノに平等だが巫という立場から妖怪に対しては多少だが厳しい格好をしている。

出雲は全てに対して平等ではないが、格好の形態は霊夢と似たようなモノだった。


次の日になれば、迷惑な鴉天狗が山狩りについて記事を書き上げ里と山で配りまわるのは確実な事である。彼女たちは記事の素材の蒐集・執筆には一種の恐怖を覚えるほどの執着を見せる。

しかし、ある賢者や大妖怪はその様子を学級新聞と評していた。同志で回し読みして楽しむ自己満足とも言う。


下山した彼女は獣道を突っ切って人間の里へと向かって行く。たとえ狩りの帰りでも鬱蒼とした林の中に入れば妖怪が息を潜めて通行する者を狙っている可能性もある。

――が、彼女の天性の感と鍛え抜かれた観察力・感知力の前では余程気配を消さぬ限り居場所まで探知される始末だ。

幸いにも、彼女は帰りに妖怪と遭遇する事は無かった。遭遇していたとしても不幸な目に遭うのは妖怪である比率の方が遥かに高いが。





「お疲れ様です、出雲さん」


里に入った彼女を出迎えたのは病弱な少女……名を稗田阿求と言う。先祖の内から出雲とは仲が良い古き良き家系の一つだ。

彼女の家の役割は、幻想郷縁起と呼ばれるこの幻想郷のあらゆる事が記された歴史書の編纂にある。人間の身で妖怪の事を書きこむのは非常に勇気と力がいる。彼女は時たま阿求に請われて強力な妖怪の元へ行く際の護衛を務めたこともある。

そう言う関係が続いている為、阿求からは頼りにされ彼女自身も語り合うなどして仲が良いのだ。


「ありがとう、阿求。今日も茶屋でお団子を食べましょう?」


「良いですね。久々に外に出る事が出来たので楽しみです!」


「今日も私が奢るよ。今日も給料が入るだろうし」


「奢って下さらなくてもいいのに……」


「人の善意に遠慮しなくてもいいのよ」


そう言って二人は里でも人気の茶屋へと歩いていく。

時は既に昼間。里の中は人が活発に動き、ある者は机に向かって書類処理。ある者は家を建てる為に大工仕事。ある者は里の警備を行っている。

この中でも警備員は里の人間の中でも特に腕の立つ者から選ばれた自警団の団員である。

決して治安が悪い訳ではない。しかし、小さないざこざはやはり起きるもので自警団の人間はそう言ったトラブルを解決するためにもいる。本来は里を襲撃しようとするルール違反の妖怪を撃退する役目だ。


「一通り異変も治まって普段の活気が戻ってきているわね」


「そうですね。先日の逆さ城やお面の異変の時は肝が冷えましたよ」


「妖怪が相手だから私が出張らなくちゃと思ったけど博麗が先に解決してくれたおかげで流血沙汰にならなくて本当に良かったわ」


「あはは……」


彼女……出雲はお札を投げて退治する様な昔ながらの方法を取ってはいない。背に差してある大太刀で命を奪う裏のやり方を取っている。

と言うのも、彼女はそれしか戦う方法を知らないのだ。弾幕ごっこのルールや道理はもちろん理解している。そして弾幕を出すことだって出来る。

しかし、彼女はその方法を取ろうとはしなかった。彼女の戦う相手とは理性のある妖怪ではなく、本能のみで人を襲い喰らって貪ろうとする規範無視の外道が相手なのだ。


「最近幻想郷は立て続けに異変が起こって人間が混乱するばかりだったからね。少しは平穏な時代が続いてもいいと思うよ?」


「そうですね……あ、三食団子二人分下さい」


「料金は……あ、出雲さんが出すのね。はい、おまち」


「ん、ありがとうおばちゃん」


「おばちゃんじゃなくて姐さんと呼びな」


茶屋についた二人は店主の姐さんから三食団子を二つ購入。店先の赤い布をかけた縁台に座り団子を食べ始める。

出雲至って普通に咀嚼するだけだったが、阿求は頬を桜色に染め幸せそうな顔で一口一口噛み締めて食べていた。

そう、阿求はこの店の三色団子が大好物なのだ。


「本当に美味しそうに食べるね」


「こんな美味しい物を何度も食べられるのですよ! 一口でも美味しく味わえなければ不幸ですよ!」


「うん……そりゃあ、そうだけども」


「いいですか? この三色団子は姐さんが心を込めて作ってくださった逸品なのですよ! それをただ適当に――」


阿求はこの団子の話になると半刻は止まらなくなる。彼女の三色団子に対する熱意は並ならぬ物があり、その勢いと情熱は高さで言うなら月まで届くが如くである。

出雲は横で苦笑いをしながら聞いているが、右耳から左耳へと聞き流していた。突然立ち上がって去れば阿求は泣いてしまう。かと言って露骨に無視していれば腹を立ててしまう。

彼女の取るべき道は聞きながら適当に相槌を打ち話が終わるのを待つだけだった。





「そろそろ良い時間だ。私は道場に帰るよ」


「あ、そうですか。今日はありがとうございました。団子、とっても美味しかったです」


「喜んでもらえて嬉しいよ。姐さんもきっと喜んでるよ」


「そうですね! それではまた近いうちに!」


話が終わった後、彼女は阿求を屋敷へと送って行った。最後まで団子を気にしながら阿求は彼女に今日の別れを告げ屋敷の中へと入って行く。

それを見送った彼女はすぐに踵を帰し上白沢の寺子屋の横に増設と言う形で自らが開いた剣術道場の居住区域へと帰って行く。


上白沢とは、この里で寺子屋を開き学問を教えている半獣の女性だ。後天的白沢と呼ばれる賢獣になったらしく、満月の夜には角が生える。

上白沢の能力は歴史に関する能力で、非常に効果範囲が広く規模も絶大だ。が、滅多に使おうとはしない。

里に馴染む為に血の滲むような努力を重ねた上白沢に、彼女は敬意を抱いている。


「さて……」


寺子屋の中から響く子供達の声を聴きながら道場へと入っていく。

この時間帯に修行している子らはいない。そもそも施錠してあるので入ってこられるのはごく一部の者だけだ。

鍵を持つ出雲、境界による移動で距離含め殆どの障害を無視できる八雲紫、あとは霊術的に結界を破壊できる幾つかの者達くらいだろう。


道場に入った彼女はまず内鍵を施錠。次に奥の居住の間に行き外套を脱ぎ捨てた。

血のついた外套を何時までも来ていればいらぬ客を呼び寄せる原因となる。人の血肉を好む妖怪は幻想郷に非常に多い。

庭先に置いてある桶には事前に井戸から清水を汲み上げており、脱ぎ捨てられた外套は即座にそこに放り込まれた。

ついでとばかりにその日来ていた物も全て放り込まれ、彼女は寝間着に着替えていた。

布団は既に敷かれており、彼女は体も洗わずにさっさと布団に潜り込んで寝付いてしまった。


彼女の今日の仕事はこれで終わりだった。

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