羽
コレは私が通う精神病院で亡くなった方への追悼の文です。
最近、背中から羽のようなものが生えてきた。
服を着てしまえばわからないから、放っておいた。
しかし数ヶ月もすると、とうとう服で隠せないくらい羽が大きくなってしまった。
医者に行くと、入院が必要だといわれ、私は入院することになった。
正直、初めて入院施設に行ったときはびっくりした。
男も女も、老いも若きも、ここにいる人間全員の背中に羽が生えていたからだ。
大きさも形も色も人それぞれだが、皆が羽を生やしている。
そして私もその仲間に入った。
病棟の人々は皆、とても優しかった。
外界の悲惨な出来事を憂えて涙したり、荒んでしまったこの世の中を嘆いては悲しくてまた泣く。
なまじ背中に羽なんかが生えているので、『あなたは天使ですか?』ときいてしまったことさえある。
そしてここの人は色々な事に対してとても臆病だ。
羽のない人間を怖がったり、ニュースで報道された不幸をまるで自分のことのように受け止めてしまう姿は
やはり人間離れしているように思う。
そんな時、病棟に新しい患者が入ってきた。
綺麗な人だった。
容姿もさることながら、その背に負った羽は今までに見たことがないくらい大きくて立派で、美しかった。
私はついまた癖で、『あなたは、天使ですか?』ときいてしまった。
その人は困ったように微笑むと、鈴を転がすような声で私の問いをやんわりと否定した。
私達はすぐに仲良くなった。
その人は一人用の病室から一度も出たことがなかった。
食事も全て病室で取っていた。
だから私が訪ねていった。
その人はいつも嬉しそうに私を迎え入れてくれた。
私達はたくさん話をした。
夕方になると窓辺のベッドの上にいるその人の羽に夕日がとても映える。
そんなとき、その人の羽はいっそう大きく立派に見えた。
私はこんなに美しいものを見たことがないと心から思った。
ある朝、私がその人の個室を訪れるとその人はもういなかった。
病棟中を探し回ったが、何処にもその人の姿はなかった。
看護士達に聞くと、どうやらその人は「飛んでいってしまった」らしい。
私は急いで屋上に出ると、消灯時間になるまで空を見上げその人を探したが、とうとう見つからなかった。
その人がいなくなって、数日が経った。
私は寂しくて、食事も喉を通らない。
その人が居なくなって綺麗に整頓された個室に行ってみた。
白い個室の窓際、その人がいつもいた場所に白い封筒と白い羽がそっと置いてあった。
封筒を開けると白い便箋に
『何も言わないで行ってしまってごめんなさい。あなたの綺麗な羽が大好きでした』
と書いてあった。
読み終えると手紙と羽は音も立てず消えてしまった。
何故だか涙が出た。
外は雪が降っていて、私にはそれが羽のように見えて
私にも冬が来たんだとわかった。
追悼、といっても知り合いじゃなかったし、顔も名前も知らない人でした。
でも同じ所に所属する人だったので何故だか涙が出ました。
(知り合いの方は泣きじゃくったり暴れたりと色々大変でした…)
人が死ぬのは寂しいです。他人の私まで悲しいです。
生きているのが辛い人に、それでも生きていて欲しいなんていうのは
とても自分勝手なお願いごとかもしれないです。
でもやっぱりできれば死なないでいて欲しいのです。