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トーラス工房まったり生活記  作者: 玖堂詩乃
第1章 世界の理
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第16話 密談

 2人は女将さんにからかわれながら鍵を受け取ると、階段を急いで昇った。

 階段を昇ってしまえば、女将さんも声を掛けるのを止め仕事に戻る。声が聞こえなくなったのを確認し、駆けるようにしていた歩調を歩きに変えた。


「まったく!分かっててからかうんだから!」


 ハルカは憤慨しながら先を歩いている。


(ハルカの部屋に行くことを話しながら、鍵をもらいに行けばからかわれるよなぁ。)


 ユウキは自分達の行動が明らかにカップルのそれであることに気づいた。しかし、気づいたのはからかわれている最中だったので手遅れだったのだ。

 大股で歩くハルカに着いて行きながら、明日の朝もからかわれるだろう事に頭を痛めていた。


 2階のフロア全域がシングルのため、その移動もすぐに終わった。


「ここよ。」


 ハルカはとある扉の前で止まり、ユウキに振り返った。208と書かれたプレートが扉の横の壁に掲げられている。


「近いな、俺213だ。」

「あら、同じ通路の向かい側ね。奥の方よ。」


 ハルカは今しがた歩いてきた通路の更に奥を指差す。

 その後扉に向き直り、鍵を開けた。


「どうぞ~。」


 先に入り、ユウキに中に入るように促す。


「えっいや、片付けとかいいのか?突然だから準備とかしてないだろ?」


 あまりに平然と中に通されそうになったので、ユウキは慌てて聞いた。

 ハルカはそれにあぁと納得した表情で返した。


「片付けも何もまだ1泊だし。アイテムなんてインベントリに入れてるし、散らかりようがないわ。」

「あぁ、そうか。じゃあ遠慮なく、お邪魔します。」


 納得したユウキは促されて中に入る。

 部屋は外に面した中央に窓が一つ、左の壁際にベッドが置かれ、空いた右の空間にはテーブルとイスが一脚置かれている。クローゼットは無いが、右側の壁にハンガーホルダーが取り付けられている。


「そのイスを使って。」


 ハルカはユウキにイスを勧め、自分はベッドに座った。


「あぁ、分かった。」


 ユウキがイスに座ると、ハルカは食堂での訝しげな顔をし、質問した。


「それで、どうして人に聞かれるとまずいの?」

「あぁ、それなんだが…とりあえずコレを見てくれ。」


 ユウキは首から架け、服の中に隠していたネックレスを、胸元から引っ張り出してテーブルに置いた。

 コトリと音を立てて置かれたネックレスにハルカが興味を示す。


「綺麗な宝石ね。‥水色に透き通ってる。あなたそんな乙女チックなネックレスが趣味だったのね。」


 何か勘違いされていた。

 ネックレスに興味を持ちながらも、若干引いているのが分かる。


「違うから!これはモンスター倒したらドロップしたんだよ!」


 店で選んで買ったと勘違いされたため、慌てて説明する。


「ドロップ?」

「そう、買ったんじゃなくて拾ったんだ。」


 それにますます訝しげになるハルカ。


「装備がドロップするほどモンスターを狩ったの?あぁ、スライムが三十何匹だっけ?あんな初期モンスターからこんな綺麗なネックレスが出るのね。」


 ハルカはスライムから出たと勘違いしたようだ。モンスターからドロップしたと言えば、冒険者ギルドでの精算を見ていたハルカが、スライムかウルフから出たと思うのは必然である。

 ユウキはその勘違いに乗って誤魔化そうかとも思ったが、明日からハルカがスライムをひたすら狩り続けそうな予感がしたのでやめた。


「いや違うんだ。フィールドで狩ったモンスターじゃない。」

「?フィールドじゃない?あなた森だけじゃなくてどこかのダンジョンにも潜ったの?」


 呆れながらハルカが問い返した。


「そうじゃないんだ。…これは…俺がログインしてから、グランポリスに来るまでの間に手に入れたんだ…。」


 そう言った瞬間ハルカの表情が呆れから困惑に変わる。


「間って‥ログインからポータルまでに間なんてないわよ。何を言って…。」

「普通はそうなんだろうな。でも、確かにあったんだ。恐らくは‥‥空白の1日として。」


 その言葉によってハルカも納得し、部屋が静寂に包まれる。

 しかし、尚更深まってしまった謎へハルカは追求する。


「何があったの?」


 ユウキはしばらく朝の出来事を反芻し、克明に思い返すと話し出した。


「ハルカ達はログインしたらグランポリスのポータルに来たって言ってただろ。」

「えぇ、初期位置だもの。」

「俺は最初の認証が終わった後、グランポリスではなく、見渡す限りの白い大地、灰色の空が続く何も無い場所に転送されたんだ。」

「何も無い場所……。」

「あぁ、最初はマップのロードに失敗したのかと思った。転送されている最中に妙なノイズが走ったから、一斉にログインした影響でラグったのかと思って。」

「私が施設に着いたのは、開場してから少ししてからだったから、空いてたのかしら?そんなノイズは無かったわ。」

「開場と共にログインした奴が他にもいるだろうし、俺の他にラグの話はなかったのか?」

「えぇ、そんな話しは出なかったわ。あなたと同じように特殊なアイテムが手に入ってるのなら、黙っているのかもしれないけれど。」

「そうだな。他にもいるかもしれないが、探すのは難しいだろうな。」


 状況が深刻であるため、自分から名乗り出ることはないだろう。MMOにおいてプレイヤーの嫉妬とは、匿名ゆえに噴出し易い。今は実像と実名でのアバターであるため、過激な行動には出ない可能性があるが、この状況下ではそれも怪しい。

 2人は思案し、同じ状況に遭遇した人を探すのは絶望的であることに決着する。

 ハルカは俯きかげんに思案していた顔を上げると続きを促した。


「それで、その白い場所は何も無かったのよね?ネックレスはどうしたの?」

「ん?あぁ、最初は何も無かったんだが、一回ログアウトしてもう一回ロードしようかなと思った所で、少し離れた所に光が集まりだしたんだ。その集まった光がモンスターに変わったんだよ。

 ミネルヴァの梟って名前だった。コピーとも書いてあったな。」

「コピー?……もしかして貴方が行った所って格闘ゲームのトレーニングモードみたいな場所なんじゃ。」

「あぁ~!それが一番近いな。敵は無敵じゃなくて倒せたけど。おまけに素手だったし。」

「その梟倒したら、このネックレスがドロップしたのね?」

「そうなんだ。戦闘チュートリアルみたいなものでもなさそうなんだよな。そのネックレス、スペックが結構高いようだから。」


 ハルカはネックレスを手に取るとアイテム説明を読んでいるようだ。


「何よこれ…。店売りの最高級杖並みに魔力値高いわよ。スキル付き?」

「……そんなに高いの?」

「呆れるくらいにね。こんなの付けて魔法撃ったら一撃だったでしょ。」

「スライムもウルフも一撃だったよ。ウルフリーダーは2発必要だったけど。」

「街の近くで出るようなの相手に2発?それはそれで妙ね。」

「そいつは魔法耐性付きみたいだからな。」

「なんで1人でそんなのと戦ってるのよ……。」


 ハルカは頭を痛めながら、ユウキに説教をしていた受付の人を不憫に思った。


「それで、このジョブリンクってスキルは使ったの?」

「あぁ、それはセカンドジョブを付けられるみたいだ。クラフターを付けてLvを上げたおかげで薬草も取れた。」

「なるほど、だからクラフターのスキルを知ってたのね。ちなみに今は外してるみたいだけど、セカンドジョブも消えてるのかしら?」

「ちょっと待って。」


 そう言うと、ユウキはステータスを呼び出す。



  九条結貴 Lv10 [メイジ]

    ジョブリンク [クラフター]

    ファイター:Lv01 スカウト:Lv01 メイジ:Lv08 クラフター:Lv08


    装備:綿のシャツ、綿のズボン、皮のサンダル



「ん?これは…。消えては無いようだけど、表示が暗くなってるな。」

「設定上は残って、効果は無効なのね。」

「そうだろうな。」

「そのまま有効なら私も設定しようかと思ったけど無駄みたいね。」

「そんなうまい話はないってことだな。」

「これが手に入ってる時点で十分美味しいわよ。」


 ハルカは呆れながらネックレスを返す。ユウキはそれを受け取ると、テーブルに置かず身に着けた。


「確かにな。結局あの場所がなんなのかは分からないが、これを拾った後グランポリスに転送された。それからはみんなと同じように神殿、ギルド、狩りで、精算してこうなってる。」

「そういうことね。確かに他人ひとに聞かれるのはまずいわね。」

「あぁ、だから内緒にしてくれよ?」

「分かってるわ。こんな話ししたら私までとばっちりくるじゃない。」


 興味本位で話しかけたが、とんでもないことになってしまったとハルカは頭を抱えた。しばらく唸っていたが、何かを決心したのか頭を上げる。


「手がかりになりそうなものは白い空間くらいで、何も分からない事に変わりないわね。」

「運営側も動いてるだろうし、救助を待つしかないな。」

「そうね。どれくらいかかるか分からないけど、その間生活しないといけないわね。」


 話し合いも終わりが見えたようだ。

 ハルカはベッドから立ち上がると、

「そうと決まったらもう寝るわ!」

と言ってユウキを部屋の外へ押していく。


「それじゃあ、おやすみなさい。」

「あ‥あぁ、おやすみ。」

バタン


 あっという間に廊下に出されると、挨拶と共に扉が閉められた。

 流れるような展開にしばらくその場でボウっとしていたが、ハッとなると自分の部屋に向かった。


 こうしてユウキにとっての1日目は終わりを迎えた。



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