第12話 評判の宿屋
聞かされた衝撃の事実に虚脱してしまったユウキ。
全てを理解しているかのようにハルカが話しかけた。
いや、理解しているのだろう。自分が通った道なのだから。
「貴方まだ宿屋決めてないんでしょ?案内するわ。朝から狩りしてたなら何か食べに行く?」
何かに熱中すると寝食を忘れがちな性格と、ゲームだという先入観が災いし、空腹なことに気づかなかった。
意識した瞬間、急激な空腹を感じた。
「なぁ、ゲームなのに食べて意味あるのか?この空腹感は肉体からのものだろう?」
「そう思ってたんだけどね…。なぜかここで食事すると満腹になるのよね。」
「そんな馬鹿な…。それじゃあまるで「それ以上はやめなさい。」」
言葉の途中でハルカが遮る。その表情は硬い。
「結論を出すには早いわ。そもそも何が起きてるのかすら分かっていないのに。」
「……そうだな。夢物語よりも証拠の積み重ねだな。」
「えぇ…。」
微妙な沈黙が降りる。
この空気にしてしまった責任を感じ、話題を振り直す。
「何か食べたいが、どこで食べるんだ?」
「食事は主に宿屋の食堂、酒場、料理屋で食べられるわ。もしかしたら屋台もあるかもね。」
「お勧めは?」
「1日しか違わないのにお勧めを聞かれても。貴方と違ってあまり稼いでないから、宿屋の食堂で摂ってるわ。」
「ん?昨日は狩りしたんだろ?」
「1日で6000Sなんて稼げないわよ。ていうか貴方ソロで倒したの?ソロでLv10なの!?」
「そう言えば君Lv2だな…。少しだけ狩りして戻ってきたのか?」
「5時間狩ったわよ!狩りって言うかほとんど薬草採取だけど。」
「えぇ~?嘘だぁ~。」
「そもそも武器も無いのにそんなに倒せないわよ。1体倒すのも大変なんだから。数倒そうとした人達はパーティー組むわよ。」
ユウキがそもそもソロで狩り出来たのは、武器の代わりに強力なネックレスで、魔法を強化されていたからである。
しかも収入の6割は薬草だった。
「あぁ~そうか。もうちょっと敵を倒すのを頑張れば良かったのにな。」
「どうしてよ?」
「クラフターがLv3になったら薬草とかが見えるようになる。」
「……。」
哀れな子羊が居た。どこかで見た事がある子羊だ。親近感が沸いた。
「泣くわよ?」
「宿屋に帰ったら好きなだけ泣いてくれ。とりあえず食堂に行ってみよう。」
ユウキは子羊を伴って休憩室から冒険者ギルドの外に出た。
街に入った時は夕暮れだったが、精算とハルカとの会話で思いの他時間が掛かっていたらしい。辺りは暗くなり、街灯が灯っていた。
ハルカは魂が抜けているようだ。いやまぁある意味魂そのものなんだが。
ユウキは中央広場に着くまでに戻って来て欲しいな、と思いながら先導した。
中央広場に着き、西中央通路に入った辺りで、ハルカが先導を始めた。
「いつまでも貴方って言われるのもあれだから、名前で呼んでいいか?三島さん。」
「ハルカでいいわ。私も名前で呼ぶから。ゲームの中で苗字で呼ばれるのって変な感覚だし。」
「分かった。はるるん。」
「やめなさい!それ特定の誰かを指してるでしょ!」
「そんな事ないよ、はるるん?」
「まかり間違って出版されて、アニメ化されたらどうするのよ!私のキャストが発表前から確定よ!」
「ないから大丈夫だよ。はーるるん♪」
「どりゃああーー!」
飛び膝蹴りが鳩尾に炸裂する。
「まったく!さっさと行くわよ!」
「は…はい゛。」
食堂への道を急ぐハルカ。さっきまでの無気力感は既になかった。
いくつかの宿屋を通り過ぎ、ある宿屋の前でハルカが止まった。
「ここか?」
「えぇ、そうよ。プレイヤーのほとんどはこの辺りに宿を取ってるわ。」
「別に宿屋くらいバラバラでいいと思うけどな。」
「宿屋はバラバラでも、情報交換で集まる場所は多くないのよ。ここが一番便利なの。」
「確かに、横の酒場にそれっぽいのが結構いるな。」
宿屋の隣にはそこそこ大きな酒場があった。その中には初期服を着て呆けている者もいれば、喧々とした雰囲気で話し合っている者もいる。
「どうする?別に食堂でなくても、酒場で食べれば他の人と話せるわよ。拒否されなければ。」
「話しって言っても、ログアウトできない結論以外の話題はないだろ。」
「そうね。進展も何もなく、同じ事を話してると思うわ。」
「じゃあ今日は静かに食べたい。食堂へ行こう。」
ユウキの返答に頷き、ハルカは先に宿屋へ入っていく。後に続き中へ入った。
入ると正面に受付がある。年を幾ばくか経た40代に見える女が立っていた。
「お帰りなさい、ハルカちゃん。鍵かい?それとも食ど…。」
受付の人が来店者をハルカと認識すると、部屋に戻るか聞いてきた。が、途中でその動きが止まった。目は後ろのユウキを見ている。
「ダブルの部屋への変更は1泊700Sです。ハルカ様は既にシングル料金の400Sを払われてますので、差額は300Sです。」
突然無表情になり、事務的な口調で部屋の変更について説明し始めた。
この流れは慣れているのだろう。淀みなく説明が進んだ。
「変更しないわよ!」
「シングルはお一人様しか乙女出来ないのですが。」
妙な発音が聞こえた気がした。
「一人よっ!こいつは食堂に連れてきたの!」
それを聞いた受付の人は、
「本当に?恥ずかしがって、やっぱり止めようとか思ったりしてない?可能な限り影に徹しようとしたんだけど。」
と余計な気を回していた。
「違うから!変更は必要ないの!」
受付の人が視線をハルカからユウキに戻し、本当か目で聞いてくる。それに頷きを返した。
それを確認した受付の人は、肩の力を抜き、表情を仮面から素に戻す。
「ふぅ、ビックリしたわ~。男のお客さんだったら結構あるんだけどねぇ。女のお客さんが連れ込むのは久しぶりだったから、思わず固まっちゃったわよ~。」
「連れ込んでないわよ!」
「あっはっはっは!そうみたいだねぇ~。そこの男のお客さん、宿は決まってるかい?うちは1泊400Sだよ。」
「あ~いえ。まだ決まってません。お願いします。」
一連のやり取りに呆気に取られながら銀貨を取り出す。
宿屋は1階は受付と食堂、従業員の部屋や倉庫などが主で、宿泊部屋は2階かららしい。
銀貨を受付の人(女将さんと呼ぶ事にする)に渡す。
「はい、400S丁度だね。ここにサインしてくれるかい。」
宿泊に関する注意が書かれた紙の下の方に、空白が空き、線が引かれている。線の上にサインをした。
「とりあえず、私とこいつは食堂に行くわ。」
鍵を取り出そうとする前にハルカは女将さんに伝えた。
「そうかい。うちの食堂は旦那がやってるんだ。近所じゃちょっとした評判なんだよ。ゆっくりしといで。」
女将さんは右側の扉を示しながら、自慢気に言った。受付の左には階段があり、横の通路には部屋が並んでいる。従業員用のものだろう。
この宿屋が周りよりも大きい様に見えるのは伊達ではないのだろう。隣に酒場もあるため、立地にも恵まれているようだ。
酒場と食堂で競合してないのかと心配になったが、朝昼は食堂に客が集まるし、夜は定食や寝る前の軽いものを中心にすることで住み分けているらしい。酒も果実酒だけのようだ。隣から仕入れているらしい。
(なんで俺はNPCの心配をしてるんだろう。……意識しないと忘れそうになるな。)
あまりに人然とした会話や、顔や声に出る感情に、NPCという区分けは最早無いように思えた。