7話 廃デパート
暗闇の中、月の光に照らされながら廃デパートは佇んでいた。
辺り一帯が廃墟になっている中、この建物だけが残っているというのはあまりに不自然で、それがさらに不気味さを引き立てる。
「六花、お前はここに残れ」
零の突然の言葉に動揺する。ここまで来て、一人だけ、しかもこんな廃墟に残されては不安で仕方がない。
零に疑問の目を向けると、零は再び口を開いた。
「魔族の襲撃にあったというのに、この建物だけ残っているのは不自然だ。罠か、もしくは既に違うやつが占領しているかもしれない」
「生き残りがいるなら、合流した方が……」
「いや、そうもいかない」
零が軽い説明を始める。
「今この廃デパートに生き残りがいるなら、彼らには彼らの集団がある。俺たちと合流したとして、争いが起きる可能性は十分にあり得るだろう」
「でも……」
六花は戸惑う。自分はただ、少しでも多く生き残りを集めて、昔のような活気のある世界を取り戻したいだけなのだ。確かに零の言葉は正しいかもしれないが、それではあまりにも冷たすぎるのではないか?
六花は意を決したように口を開く。
「でも、違うと思うんです。もしかしたら助けられるかもしれないのに、その可能性を無視するなんて、そんなこと、私には出来ませんっ!」
零は悩む。確かに、六花の考えは人間的で正しいものなのかもしれない。しかし、そんな甘い考えだけでは、今の世界では生きてはいけない。
しかし、どうにも否定の言葉が出てこない。彼女の良心からの意思に気圧されてしまったのだろうか? 答えは、今の自分の状況を考えればわかりきっていた。
「……わかった。だが、もし相手が襲い掛かってきたときは俺も武器を使う。いいな?」
「わかりましたっ!」
六花は自信満々に胸を張る。こんな現状だからこそ、皆が助け合って生きていかなければならない。どんな相手だろうと、きっと手を取り合って生きていける。そんな希望を抱いていた。
対する零は、表情を崩さず、ただ廃デパートを見つめる。あの中では身動きは取り辛いだろう。銃は建物の倒壊を招く恐れがあるために却下。となると、ナイフで戦うしかない。
「行くぞ」
「はいっ!」
二人は廃デパートの中に入る。魔物の気配は無く、異様なまでに静寂に包まれていた。
電気は途絶えているらしく、照明が付く気配は無い。暗闇の中、懐中電灯の明かりを頼りに進んでいく。
建物内は特に荒らされた形跡はなく、むしろ綺麗に管理されていると言っていいくらいだった。やはり、誰かが住んでいるのだろう。
ある程度進むと、寝具売り場を見つけた。こちらも綺麗に保たれており、零は警戒を強める。
「零さん、今日はこの辺りの毛布にしませんか?」
「毛布か、そうだな。寝る環境は出来る限り良い方がいいからな」
視界に入った適当な毛布をリュックに詰め、六花は背負う。一つ一つが大きいせいで、二人分しかにリュックに入らなかった。空いている両手でもう三人分担ぐと、フラフラと零に歩み寄る。
対する零は、リュックが石かと錯覚するほどに毛布をたくさん詰め込んでいた。パンパンになったリュックは、相当な重さがあるように見える。
六花が歩き出そうとすると、零に止められる。何かと思い、持っていた懐中電灯で前方を照らす。そこには、大柄な男の三人組がいた。
真ん中に立つリーダー格と思われる男が一歩前へ出る。窓から差し込む月明かりに照らされると、その手に大振りの鉈が握られていることに気付く。
「おいおいお前ら、人様の物を勝手に持っていくってのはどうなんだ? ああ?」
男は怒りを露にしながら、手に持った鉈を軽く振り回す。重さを感じさせないように振り回しているところを見れば、相当な筋力があるように見える。
「代金ぐらい払えや……お?」
男は何かに気が付いたのか、六花を凝視する。足から頭まで、男は舐め回すように六花を見つめる。
「そこの嬢ちゃん、お前が払え」
「わ、私ですか?」
「そうだ。なかなかの上玉じゃねえか。なぁ?」
男は後ろに控える仲間に問う。下卑た笑みをしながら頷く姿を見て、六花は彼らの要求が淫らなものだと気付く。悪寒を感じ、咄嗟に零の後ろに隠れた。
「ケッ! 仲良さそうにしやがって。なあ兄ちゃんよぉ、命が惜しけりゃ一人で逃げても良いんだぜ? 嬢ちゃんの面倒は俺たちが見るからよ」
ゲラゲラと下品に笑いながら、零を挑発する。状況的に見れば、断然、男たちの方が有利なのだろう。銃が使えないと予め知らされていた六花は、この状況に絶望感を覚える。
助け合うことは出来ないのだろうか? 彼らは自分たちのことだけを考え、少なくとも共に暮らすなんていうことは出来ないだろう。何が彼らを変えてしまったのか? それとも、自分が世間というものを知らないだけで、実際はあんな人たちが大勢いるのか?
答えは見えているはずなのだが、それを信じたくないという強い感情がそれを阻み、余計に混乱していく。
そんな六花を見て、零はため息を吐く。だから隠れていろと言ったのに。彼女の選択なのだから仕方がないのだが、彼女の純粋な記憶の中に汚れた記憶が混ざってしまう。そんな悲しみはいつの間にか、目の前の男たちに向けられていた。
「仕方無いな」
そう呟くと、零は袖からナイフを取り出す。ナイフを持った右手を前に突き出し、空いた左手を左側に構えた。
「なんだ、様になってるじゃねえか」
男は笑いながら、後ろに控えていた男の一人に指示を出す。命令された男は、手の関節をゴキゴキと鳴らしながら歩み寄ってきた。零を見くびっているのか、何の構えもとらず、手をダラリと垂れ下げ、笑いながら歩み寄ってくる。
零は男を見据えると笑みを浮かべる。それは、敵が型の一つも知らない相手だという安堵感ではなく、単純に戦いを楽しんでいるのだろう。
零の体が赤く発光するのと同時に、迫ってきていたはずの男の首が床に転がり落ちた。
「な、何が起こってんだよ……」
リーダー格の男が困惑する中、零はナイフを持った右手を再び振る。今度は間合いを詰めず、ただ単純に投げつけた。
何かが突き刺さったような鈍い音が響き、控えていたもう一人の男が倒れた。振り返って確認すると、ただ投げられただけのはずのナイフが頭を貫通していた。
ただ投げただけの刃物が、銃弾並みの威力を得たのだ。さらに、先ほどの赤く発光した現象。それがどんな関係か、並みの脳を持っていれば数秒とかからずに理解出来るだろう。
しかし、男にはそれが出来なかった。その理由は彼が極端に頭が悪いからではない。控えていたもう一人の男が倒れてから数秒と経たない内に彼の頭骨を零に拳で叩き割られたからだ。
悲鳴を上げる間も無く、戦いは十秒とかからずに終わりを迎えた。
「終わったぞ」
目を両手で覆って体を震わせていた六花に零が声をかける。震えが落ち着いた六花は、ようやく顔を上げた。
零が素早く、なおかつ悲鳴を上げさせずに男たちを始末したのは、六花のためだった。こんな光景を脳裏に焼き付けてしまってはかわいそうだという良心からの行動だったのだが、六花からしてみれば、出来れば、殺してほしくはなかった。
しかし、零がいなかったら大変なことになっていたのも確かだ。結果は零の言う通りになってしまい、六花は自分の甘さを反省する。
「帰るぞ」
「はいっ!」
こうして二人は、暖かい毛布を待っている仲間たちのもとへ帰っていく。これで、今までのように自分だけが暖かい思いをするということは無くなり、まだ完全ではないにせよ、平等に暖かい思いが出来るようになるだろう。
六花はこの暗い雰囲気を取り払うため、出来る限りポジティブに考えを保ちながら基地へ帰った。