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55話 魔道具を持たぬ者

 あたりが騒がしい。その事態に気づいた石井は慌てて窓の外をのぞいた。

「ま、マズい! 六花ちゃん!」

 石井は今は寝ているであろう六花の元に向かう。多少パニックになりつつも、石井はそれを鎮めようとしながら六花の部屋のドアをノックする。

「ふぁ……」

 中から六花のあくびが聞こえ、石井は生きていると知って安堵する。

「六花ちゃん、急いで着替えて! 中に魔物が侵入しているんだ!」

「そ、そんな!」

 ドタドタと慌ただしい音が聞こえ、少しして六花が部屋から出て来た。白のTシャツにズボンと、動きやすい格好をしている。

「準備できました」

「よし、行こう」

 石井は玄関に向かい、少しだけドアを開けて外の様子を窺い、安全を確認する。

「大丈夫みたいだ。とりあえず、中央の方に行ってみよう」

 避難場所の知らせはウォーライクによって妨げられていたが、石井は直感的に中央が安全だと判断した。

 ドアを開け、あたりを警戒しながら道に出る。すでに魔物による被害が出ており、所々に死体が転がっていた。

「うっ……」

 死臭が鼻を突き、石井は眉をひそめる。避難所以来の惨劇に吐き気を催すが、六花の前で弱いところを見せるわけにはいかないと何とかこらえた。

 魔物たちの波はすでに通り過ぎたらしく、辺りは静まり返っていた。どこに向かったかは知らないが、いないならそれに越したことはないと石井は考えた。

 少し歩き、商店街に到着する。まっすぐに伸びた商店街の道は、そのまま進めば中央に繋がっている。

 六花は見慣れたはずの商店街が赤く染まっているのを見て

、その悲惨さに思わず涙を流す。避難所からここに来たときは安全だと思っていたのだが、それがいとも容易く崩れたことで恐怖に囚われる。

「大丈夫だよ、六花ちゃん。必ず助かる」

 恐怖で震える六花に気付き、石井はその頭をなでて励ます。

「今、零くんも頑張っているんだ。こっちだけあきらめるわけにはいかないだろう?」

「はい……私も、頑張ります」

 震えを無理矢理押さえつけ、六花は笑って見せた。

「よし、行こう」

 石井も六花が無理をしているのに気づいていたが、今は頑張ってもらうしかないため、歩き始めようとして、止まる。

 その様子を不思議に思った六花が首を傾げる。固まったままの石井の目線の先に目をやると、そこには魔物がいた。

「グルルゥ……」

 二メートルほどの犬型の魔物だった。かつて六花も襲われたことのある魔物だったが、あの時は零が居たために助かった。

 しかし、今回はその零が近くにはいない。

「六花ちゃん。あの魔物は俺が何とかするから、下がってて。もし逃げる隙があったらそのまま中央まで走って逃げて」

「そんな、石井さんは……」

「大丈夫だよ、六花ちゃん。これ以上つらい思いはさせない」

 そう言って魔物の方に向き直ると、石井は構えた。たった一度の失敗すら許されない。全神経を魔物に向ける。

 幸いにも、魔物は武器などは持っていない。ならば、丸山に教わった戦い方が役に立つだろう。石井はそう考えて自分安心させる。

 先手を取ったのは魔物だった。飛び出すと同時に一気に加速し、石井に迫る。対する石井は、その動きをよく見ながら、腕を前に突き出して構えたまま動かない。

 近くまで迫ってきた魔物は弾丸のように石井に飛びかかり、口を大きく開けた。それを待っていたと言わんばかりに、石井は笑みを浮かべた。

 石井はぎこちない動きだがどうにか横に移動して回避する。そして、空中にいて無防備な魔物の足をつかむ。

 しかし、魔物の力が強いせいか、バキッという嫌な音が聞こえ、石井は苦痛に顔を歪める。

「くっ……らああああ!」

 折れた腕で無理矢理に魔物を振り回す。日頃の労働で付けた筋力のおかげで、魔物を振り回すことが出来た。

 飛びかかった勢いをそのままに魔物を壁に向かって投げ飛ばす。頭から壁につっこんだ魔物は顔が潰れ、絶命した。

「はあ、はあ……」

 腕が折れたことよりも、六花を守り抜いたことによる喜びの方が強かった。そのおかげか、痛みはどうにか我慢できた。

「石井さん!」

 石井の異常に気づいた六花が駆け寄る。石井の右腕はあり得ない部分が曲がっており、腕を折ったというのは一目瞭然だった。

 紫色に腫れ上がり、痛々しいそれを見た六花は今にも泣き出しそうだった。

「大丈夫だよ、それよりも急ごう」

 今は避難するのが優先だよ、そう石井に言われ、六花は心配しつつも歩き始めた。

 これ以上この場に留まっていると、再び魔物たちが姿を現すかもしれない。二度目となると、今の石井は腕が使えないため、厳しいだろう。

 周囲を警戒しつつも急ぎ足で進み、どうにか中央まで到着した。建物の前には警備兵が巡回しており、こちらに気づくと、駆け寄ってきた。

「大丈夫ですか!?」

 石井の怪我を見た警備兵は驚く。

「とりあえずは大丈夫です。それより、今の状況は?」

「現在、東西南北全ての門が破られ、中に魔物が侵入しています。我々兵士と蝶花様で中央周辺に再度防衛線を張りつつ、逃げ遅れた人々の救出をしています」

「そういえば、この辺にはあまり魔物がいないみたいですが」

「そうですね、我々も疑問には思っていますが、いないならばそれに越したことは……」

「きゃあああああ!」

 警備兵の言葉を遮るように、近くで悲鳴が聞こえた。少女の悲鳴だったため、石井は慌てて六花を探す。振り向くと、青い顔をした六花がいた。

「千尋……」

 石井はその名前を聞いて、六花がよく話す友達の名前だと気付く。六花が商店街に買い物に行くときに必ず立ち寄るお肉屋の店主で、六花と同じくらいの歳の少女だった。

 悲鳴はそんなに遠くない場所で聞こえたが、助けに行けば自分たちも危ない。しかし、六花の表情を見れば、そんなことを言っていられなくなってしまう。

「よし、俺が行ってくるから、六花ちゃんはここで待ってて」

「わ、私も行きます!」

「ダメだ!」

「でも、大切な友達なんです!」

 必死に頼む六花を見て、石井はふと、避難所での事を思い出す。かつて、物資調達のために出掛けようとしたとき、同じ様に六花に頼まれ、承諾した。

 今回も同じだ。六花は待っているだけではなく、自分も力になりたいと願っている。それを止めるなんてことは自分には出来ないなと、石井は心の中で笑った。

「わかった。でも、六花ちゃん、これだけは約束して欲しい。危なくなったら、自分だけでも逃げて。いいね?」

「はい!」

「ということです。すいませんが、また後で来ます」

「そうですか……お気をつけて」

 警備兵に見送られ、二人は声の元へ向かって走り出す。どうやら千尋の近くには巡回兵が居たらしく、助けに向かったらしい。複数の銃声が聞こえていたため、六花は安堵の表情を浮かべる。

 しかし、段々と銃声が少なくなっていた。石井は最初、魔物が減ったからかと思ったが、近くに来ると兵士のものであろう悲鳴が聞こえてきた。

 そして、視界に入る光景に戦慄する。

 視界いっぱいに広がる魔物。その中心では千尋を守ろうと奮闘する巡回兵と、涙を流して怯える千尋の姿があった。

「千尋!」

 六花の声が届いたのか、千尋がこちらを見て、驚いた表情を浮かべた。

 巡回兵もこちらに気付いたらしく、石井に目を合わせて小さく頷く。その意図を石井は察するが、止めることは躊躇われた。

 彼らは今回が最後の戦いだと知っている。これを切り抜ければ平和に戻るというのに、己の命よりも目の前の少女の命を救うことを優先した。

 これにどれだけの勇気が必要なのだろうか。石井は巡回兵に頷き返す。「任された」という意志を込めて。

 それを確認するなり、彼らは隊列を変えてこちら側にいる魔物に猛攻を仕掛ける。そのうち一人は魔道具を持たされているらしく、僅かながら体には光が走っていた。

 魔道具はかなりの数を生産されたが、防壁の外での戦いでほとんどがだめになってしまっていた。彼の魔道具もまた故障寸前だったが、必死に千尋を担いでこちらに走ってくる。

 順調にこちらに向かってきているように見えたが、やはり、数の差があった。あと少しというところで前衛をつとめていた巡回兵が魔物の波に飲み込まれた。

 前衛がいなくなったことで千尋を担いでいる兵士は一人になってしまった。自らの死を悟った兵士は、しかし、頼んだと大きな声で叫び、魔道具で強化された体で千尋を投げ飛ばす。同時に、魔道具の効果が切れた。

「ぐっ……!」

 折れた腕も使い、石井はどうにか千尋を受け取る。役目を果たした兵士は銃を乱射しながら魔物の波に飲み込まれた。

「千尋!」

「うぅ、六花ぁ……」

 涙を流して抱きつく千尋を六花が慰める。

「急ごう、魔物がこっちに来る」

 兵士を全滅させた魔物たちは解散するが、六体の魔物がこちらに気づき、ゆっくりと向かってきた。

 三人は急いで中央に向かうが、前方からも魔物が現れた。数は三体だが、道が狭いため通り抜けるのは難しい。

「二人とも、こっちだ!」

 三人は直進を諦めて脇道に入る。魔物たちの足はかなり速く、石井たちも消耗していたこともあり、徐々に距離が縮まっていく。

 隠れるために道を曲がろうとするが、都合悪く魔物が待ち伏せをしており、道を限られてしまう。

 そして、千尋が気付く。

「こ、この先は行き止まりだよ!?」

「なんだって!?」

 視界に広がるのは壁だった。逃げ道はなく、背後からは魔物が迫る。

 三人がこの場所に追い込まれたのだと気付くのには、大した時間を要さなかった。

「ま、まだだ!」

 石井は左手を前に突き出して構える。右腕はすでに動かなくなっており、だらりと垂れ下がっていた。

「石井さん!」

 これ以上は無理、そう判断した六花が涙を流しながら名前を呼んだ。

 魔物の数は二十前後程で、さっき戦った犬型をやや小さくしたような見た目だった。一体ならば先ほどの戦い方でどうにかなるが、この数が相手では一方的に攻撃を受けることになるだろう。

 石井は死を覚悟するが、かといって抵抗しないつもりはなかった。

 前の方にいた六体が同時に飛び出してきた。素早い動きで石井に迫る。

「は、速すぎる!」

 小型なせいか、先ほどの犬型よりも動きが速かった。対処できない。石井は恐怖で目を瞑る。噛みつかれると思ったが、その代わりに銃声が響いた。

 いったい誰が、そう思って目を開くと、そこには見慣れない女性が居た。後ろを振り返ると、六花が驚きの表情を浮

かべていた。

「はあ、どうやら間に合ったみたいね。怪我はある?」

 そこにいたのは、かつて六花を攫った女性である結原だった。石井が襲われる直前に到着し、行き止まりとなっている塀の上から飛び降りてきたのだ。

「えっと、大丈夫です……」

「そう、ならいいわ」

 そう言うと結原は魔物に向き直り、銃を構えた。魔物たちは結原に威嚇する。それが気にくわなかった結原は眉を顰めた。

「五月蝿いわね。躾が必要ね」

 結原は飛びかかってくる魔物を次々と仕留め、あっという間に殲滅した。

「銃も悪くないわね」

 結原はリロードをしながら呟く。

「あの、結原さん……」

「何?」

「た、助けてくれて、ありがとうございました!」

「これは私なりの償いなの。貴方のためにやったことじゃないわ」

「でも、私は助かりました。本当にありがとうございます!」

「はあ、まったく。調子を削がれるわね……」

 そう言う結原はまんざらでもなさそうだったが、本人に言ったところで否定されるだけだろう。

「さっさと行くわよ。こんな所でまた魔物に会うわけにもいかないでしょ?」

 そう言って結原は歩き出す。銃を持った結原がいるおかげで難なく中央にたどり着き、四人は避難用シェルターに入ることが出来た。

 中に入ると同時に結原と別れた。一緒にいればいいと石井が引き留めたが、結原は気まずいからと言ってどこかに行ってしまった。

 三人はとりあえず空いている場所で休むことにした。

「た、助かった……」

 石井は緊張が解け、その場に腰を下ろす。同時に骨折の痛みがやってきて、思わず叫び声を上げる。

「石井さん!? 大丈夫ですか!?」

 六花と千尋があわてた様子で駆け寄ってくる。

「あ、ああ。大丈夫だよ、大丈夫。緊張が解けたら痛みが出ちゃってさ……」

「酷い怪我……六花、私誰か呼んでくるよ」

「うん、お願い」

 千尋は慌てて治療できる人を捜しに行った。

「石井さん……」

「ん、なに?」

「本当に、本当にありがとうございます。私、石井さんがいなかったら死んでいたと思います」

「六花ちゃん……」

 石井はその言葉を聞いて嬉し涙を流す。

「そう言ってもらえると嬉しいよ、六花ちゃん」

 自分の手で、途中で結原に助けられたとしても、それまでの間六花を守り抜く事が出来た。そして、六花から感謝の言葉を生きて聞くことが出来た。そのための代償が腕一本で済むなら安いものだと石井は思った。

「あとは、零くんの成功を祈ろう」

「はい!」

 二人は遠くで戦っている零が勝てるようにと強く祈った。


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