51話 黒江
零と別れた翔は一人、部屋を探し回っていた。
ここまでにかなりの数の部屋を探し回ったが、特に目立つようなものは無かった。しかし、確実にウォーライクに損害を与えている。
機材などを持ち帰ることが出来ればいいのだが、そこまでの余裕はなかった。
「はあ、ホント広いよなここは……」
一人愚痴を言うが、特に返事は聞こえてこない。たとえ全力で叫んだとして、零には届かないだろう。
それほどまでに、ウォーライクの地下施設の規模は大きかった。
ひたすら部屋を探し回るだけの単調な作業は翔が最も苦手とする分野だった。面倒なことが嫌いな翔にとってウォーライクの地下施設はあまりに広く、そのせいで翔は早くも飽き始めていた。
翔は次の部屋に手をかける。そこには実験体管理室と書いてあり、翔も見慣れた場所だった。
翔がウォーライクに雇われていたときは、毎日のようにここで実験体の処理をしていた。当時は給料が高いという理由だけで選んだのだが、ウォーライクの実態を知った今では、その仕事内容の残酷さに苦しくなるほどだった。
そんな嫌な記憶のある部屋だったが、破壊しないわけにはいかない。翔は部屋の扉を開ける。
「――っ!」
翔はその光景の悲惨さに驚愕する。辺り一面が血に染められていたのだ。誰の仕業かはわからなかった。
先ほどまでの倦怠感は掻き消され、新たに焦燥感が翔の中に生まれた。
「おいおい、こりゃあ酷いな」
翔はその凄惨な光景に気圧されつつも、状況を調べる。散乱する死体は魔族や魔物のもので、どれも無理矢理に引きちぎられたように見えた。
少なくとも零や夜千夏の仕業ではないというのはすぐに理解出来た。零ならばここまで派手には散らかさないだろうし、夜千夏ならば切り口がもっときれいだろう。
となれば、第三者しかいないだろう。実験体管理室には数百という数の実験体が収容されている。収容されているのは命令を聞かない、いわば失敗作ばかりだ。無抵抗ではない、しかも、相当な数の実験体たちをここまで蹂躙出来るほどの存在がウォーライクにいると知り、翔は戦慄した。
(こりゃあ、早く零に伝えた方が良さそうだな)
翔は部屋の調査を切り上げ、慌てて零の方へ急ぐ。部屋の調査は怠ること無く、それでもって迅速に進めていった。
「この部屋で最後か」
翔は扉に手をかけて開く。そこには大部屋が広がっており、かつては翔たちが訓練場として使っていた場所だった。
中に入り、少し進んだ瞬間、不意に背後の扉が閉まった。
「な、何だ!?」
慌てて振り返るが、そこに人影はない。しかし、押し潰されそうになるほど重く苦しい殺気を感じ、翔は辺りを見回す。
何かがいる、そう気づいたは良いものの、そこから先には進めなかった。部屋のどこかに居るであろう敵は、そんな翔を嘲笑うかのように声を発する。
「おや、見えないのかい? 翔でさえ気づけないなら、成功作と言っていいだろうね」
そして、声の主は姿を表す。何もないはずの空間が歪み、その歪みから何者かが現れる。
黒く長い髪に華奢な体、しかし、弱々しさは感じさせない独特の雰囲気を纏った女性が現れた。
「黒江、お前だったのかよ……」
翔は相手の姿を確認すると肩を落とし、面倒だと言わんばかりにため息を吐いた。
「久しぶりだね、翔」
再会を喜んでいるのか、嬉しそうに黒江は笑顔を見せる。
「お前はどっち側に付い……聞くまでもねえか」
翔はバックステップで距離を取る。刹那、先ほどまで翔がいた場所の空間が歪み弾けた。
間一髪で避けた翔は黒江を睨む。
「やけに物騒なモンを持ってんな」
「おお、怖いね。あんまり睨まないでくれよ」
茶化すように言う黒江に苛立ちを感じつつ、翔はナイフを構える。
「悪いけどよ、俺の邪魔をすんなら、命の保証はしねえからな?」
「こっちもそのつもりだから、気にせずかかってきなよ」
そして二人は同時に体に光を走らせた。
投稿が遅れてしまい申し訳ありません。
私生活が忙しくなってしまい、なかなか投稿出来ないのが現状です。
しばらくは不定期になりますが、これからもよろしくお願いします。