5話 状況
調達班になった六花と零は、解散直後に物資調達へ向かう。昨日と同様にリュックを背負い、右手には、昨日と同じ地図を持つ。
外に出ると、身を刺すような冷気が二人を襲う。外は常に夜だ。気温が上がることはなく、一定の温度を保っている。基地内の暖かさが恋しくなるが、ここで立ち止まっているわけにはいかない。食料は出来る限り多い方が良い。そのため、倉庫に貯めるなら、出来るだけ多い方が良いだろう。
空を見上げれば、闇の中心で月が煌々と輝いている。もう、太陽を見ることは叶わないのだろうか? 六花はそんな不安を抱く。
「寒いのか?」
六花が震えていることに気付いたのか、零が訊ねる。寒さからか、不安からか、どちらともわからない震えだった。六花は即座に「大丈夫ですっ」と返事をする。「そうか」とだけ返事をして、零は歩き始めた。
道中、零は基地内及び周辺の状況を六花に訊ねた。その方が行動がしやすくなるということなので、六花は説明を始める。
基地の周囲は高さのある瓦礫が多いため、見通しは悪い。裏返せば、基地が敵から見つかりにくいということになるのだが、外に出てしまえばその利点はなくなってしまう。
そして、基地内は二つのエリアに別れている。出口がある方は敵の襲撃に備える方だ。奥に避難所や集会場を設置したため、安全性は高いだろう。
現在は佐倉が指揮を執っている。自治会長だったということから立候補したらしく、皆もそれに賛同したらしい。最近では、指揮を執るのみで労働をしない佐倉に対して、徐々に皆からの不満が高まっている。
情報を零に伝えると、彼は何かを考え始める。真剣な表情で何かを呟きながら、思考をしていた。
周囲を警戒しながら歩き、三十分ほどが経過した。今日の目的地である元コンビニである瓦礫は、昨日、石井たちと共に来た場所だ。まだ物資が多く残っているため、もう一度くらいは取りに来れるだろう。
零がリュックを下ろすと、六花は周囲の警戒を始める。缶詰やカップ麺、チョコレート菓子もある。食料としては十分だろう。
六花は自分のリュックを零に手渡す。零は比較的軽いカップ麺やスナック菓子を六花のリュックに詰め込み、自身のリュックには飲料水や缶詰など、重さのあるものを詰め込んだ。
始めから瓦礫が退かされていたお陰で、大して時間はかからなかった。六花は自分のリュックを背負い、零を見る。彼のリュックは、六花一人が入れそうなほど大きなリュックだった。それがパンパンになるほどまでに食料が詰め込まれている。
重さが数十キロはあろうかというリュックを軽々と背負うと、零は歩き出した。見た目は細いのに、どこにあれほどの力が隠れているのだろうか? 六花は不思議に思った。
「そういえば」
帰路の途中、六花は思い出したように話を切り出した。零は耳を傾ける。
「昨日、無線機を見つけたんです」
零は驚く素振りは見せないが、眉がピクリとだけ動いた。興味があるのだろう。
「壊れてしまって使えませんが……」
「なら、俺が修理しよう」
零が言う。六花は数回ほど瞬きをした後、「本当ですかっ!」と訊ねる。頷く零を見て、六花は飛び上がって喜んだ。無線機を直してもらえれば、生き残る可能性が広がる。
基地に到着するのが待ち遠しく、思わず早足になってしまう。零に何度も注意され、ようやく落ち着きを取り戻した。
今日は何も起こらないといいな。そんなことを願いつつ、六花は周囲を警戒しながら歩く。幸いにも、今日は敵の姿も無く、無事に基地に帰ることが出来た。
基地に入ると、暖かな空気に包まれる。松明の明かりが、暗闇から帰ってきた六花の心と体を癒した。
「帰りましたっ!」
六花がそう言うと、基地の皆が集まってきた。夕食分を一人づつ手渡しして配り、残ったものは倉庫に持っていく。
後で石井や桜井に持っていかなくてはならないため、六花は缶詰を数個、ポケットにしまった。
倉庫に食料を並べていく。日増しに量が増え、食料も安心できる量はあるだろう。生活用品も結構な量があり、尽きる心配はなさそうだ。
並んだ物資を見ながら、六花は誇らしげに胸を張る。零も片付けが終わったらしく、あれだけ膨らんでいたリュックを小さく丸めてやって来た。
「後で修理に行く」
それだけ言うと、零は去っていった。もう少し会話をしてくれてもいいのでは? そう思ったが、彼なりに言葉を出しているのだろう。口数が少ないのは少しだけ寂しいが、仕方ないだろう。
六花は缶詰を渡すため、治療室へ向かう。内容は簡易的なもので、学校の保健室に若干劣るくらいだろう。まだ医療系の物資は少ないため、これも探さなければ。六花は、次の物資調達のときにでも探しに行こうと考えた。
「石井さん、桜井さん。夕食を持ってきましたっ」
六花の声を聞き、二人が起き上がる。
「お、ありがとう」
石井は缶詰を受けとると、蓋を開けて食べ始めた。元気な様子を見て、六花はひと安心する。
零曰く、石井は傷は深いものの、急所は大きく外れたために、特に大きな損傷はないらしい。傷の治りもよく、完治までそうかからないようだ。
しかし、桜井は傷は深く、致命傷ではないものの、しばらくは安静にしなければならない。完治までは、それなりに時間がかかるだろう。
六花は桜井の缶詰を開けると、中身の煮魚を箸で小さく崩した。食べやすい大きさにしてから、それを桜井の口元へ運ぶ。
「桜井さん、口を開けてください」
六花がそういうと、桜井はそれにしたがって口を開いた。中に煮魚を入れると、桜井は咀嚼する。
それを何回も繰り返し、やがて缶詰が空になった。桜井は六花に「ありがとう」とだけ言うと、目を瞑って眠り始めた。
傷だらけの桜井を見て、六花は心を痛ませる。自分のために、彼は身を挺してくれたのだ。辛いわけがなかった。
そして同時に、石井も心を痛ませた。六花はまだ子どもだ。そんな少女が、こんなに悲しそうな顔をしているのだ。なんて世界になってしまったのだろう。石井は現状を嘆いた。
せめて、安全なと土地があれば。そうすれば、魔族に怯えることも無く暮らせるだろう。しかし、魔族を退けるに足る戦力は無い。今はただ、ひたすらに逃げ隠れするしかないだろう。
以前のような平和な世界に戻ってほしい。石井はそう願った。