49話 防衛(2)
南区の人間は皆、情報が伝わらなかった。ウォーライク側から妨害が入り、南区は魔物の襲撃で地獄絵図となる。
「おかしい……明らかに集まりが悪いじゃないか」
顎に手をあて、水野は考える。
現在、水野は志宮と共にシェルターに来ていた。シェルターの様子を見に来たのだが、中にいる人を見て明らかに少ないと感じたのだ。
「南区の住民のほとんどが避難していないようです」
「なんだって!? 伝達班は何をやっていたんだ!」
志宮の言葉に、水野は慌てる。
「現在、伝達班とは連絡がつきません。おそらく、ウォーライク側から何かしらの妨害があったのだと思います」
「内部に忍び込まれていたか……くそっ!」
怒りのあまり壁を強く蹴りつけるが、東條の作り上げたシェルターの壁はびくともしなかった。鈍い音だけが辺りに反響する。
その寂しさが、水野を冷静にさせる。
「既に新しく伝達班を向かわせました。全員が避難し終えるまで、おそらく一時間はかかります」
「そうか。伝達は早い方が良いだろうし、私たちも行こうか」
「わかりました」
二人は駆け足でシェルターから出た。南区は特に住民の数も多く、そこが襲われてしまうと多大な被害が出るだろう。
そして、南区は六花が住む場所でもあった。
「むぅ、キリが無いのう……」
蝶花は最前線で戦いながらそう呟いた。独り言を呟く程度の余裕はあるが、なにしろ敵の数が尋常ではなかった。
当初の予想を遥かに上回り、なおかつ、質も段違いだった。魔物の襲撃のみで、魔族はウォーライク本社の防衛に回すと予想されていたのだが、ウォーライク側も戦力を出し惜しみせずに攻め込んできたようだ。
単体ならばもちろん、複数体が同時に来たとして蝶花の敵ではないだろう。背後からの魔導銃での援護も合わさり、敵の波を食い止めていた。
確実に死者も出さずに戦っていたが、ついにその体勢は崩れてしまう。
「は、反対側にも魔物が来たぞ!」
ある兵士が、慌てた様子で仲間に非常事態を伝えた。その言葉の威力は絶大で、それまで順調だった作戦が崩れたことで混乱を引き起こしてしまう。
そんな背後でのやり取りも知らず、蝶花は首をかしげた。
(さっきから援護射撃が止まっているではないか。何をやっているのじゃ?)
蝶花には後ろでの会話が聞こえない。魔物たちの咆哮や自信の攻撃による炸裂音で音が相殺されてしまっているからだ。
兵士たちの慌て方は異様だった。
兵士といっても、軍隊として厳しく訓練をされているわけではない。実践経験も少なく、ただ武器を渡されただけに等しい。
兵士たちの動きに疑問を持ちつつ戦っていると、水野から通信が入った。
『蝶花さん、話す余裕はあるかな?』
「用件はなんじゃ?」
『二つある。一つ目は、蝶花さんのいる場所の反対側に魔物が攻め込んできたことだ』
「なんじゃと? それはマズイのう、こっちもギリギリなのじゃ」
『やはりそうか……すまないが、兵士の八割を移動させることになったんだ』
「そうか、仕方がないの」
一つ目の用件を告げ終えると、水野は深呼吸をした。その様子に蝶花は疑問を持った。
『二つ目はかなりキツいことでね……』
そう話す水野の声はかなり焦っているように感じた。蝶花は一つ目の用件以上に深刻なものだと察する。
『南区の避難が遅れている。おそらく、かなりの死者が出るだろう』
「遅れたか……ウォーライクの仕業か?」
『そうだ』
二つ目は蝶花の想像より遥かに深刻な事態だった。
防衛に手が回りきらない状態で、避難が遅れてしまっている。魔物の侵入を許せば、尋常ではない被害が出るのは目に見えていた。
兵士たちが移動を開始する。それによって徐々に蝶花は臨時都市の方へ追い込まれていく。
「これ以上は持たぬ……零はまだ終わらぬのか?」
蝶花の呟きも空しく、ついに、臨時都市の内部に魔物たちが侵入した。