46話 到着
「あれか」
零が呟く。まだかなり距離が離れているものの、高く聳え立つウォーライクの本社は目立っていた。
かなり高さがあり、階数だけならば百を軽く超えているだろうソレは、明らかに異様だった。
周囲の建物は瓦礫と化しており、その中でポツリと聳える建物は、昔ならばまだしも、今の世界にはあり得ない存在だった。
しかし、今回の目的はその下にあり、異様な高さを誇るウォーライク本社はただの目印に過ぎなかった。
ある程度の距離をとって三人は立ち止まる。魔道具をしまい、光を消して身を潜める。
「やっと着いたか……遠すぎだっての」
翔が大袈裟にため息を吐くが、そこから疲労の色は感じ取れない。魔道具による身体能力の強化が無ければ、彼にここまでの余裕はなかっただろう。
「懐かしいわね。何ヶ月ぶりかしら?」
夜千夏がウォーライク本社を見据えながら呟く。そこにあるのは懐かしさではなく、敵意だけだ。
ウォーライク本社を囲むように戦闘員が守りを固めている。零たちでさえ見たことの無い武器を構える彼らを見れば、ウォーライクのどれ程技術の進歩があったのかが伝わってきた。
「こりゃあ凄いな。ヤバそうな武器ばっかりだぜ?」
「そうね。まあ、全員殺すことには変わらないわ」
「そうかい」
談笑する二人をよそに、零は敵の様子を窺う。今日攻め込んでくるのがわかっているかのように、明らかに強固な守りだった。少なくとも、数日間保てるような守り方はしていなかった。
「そろそろ行くぞ」
「気楽にいこうぜ」
「そうね」
三人が武器を構える。特に夜千夏はこれを待っていたと言わんばかりに嬉々とした表情をしていた。殺し合いが始まるという状態だというのに、彼女だけはそれを喜んでいた。
翔は緊張の色は見せず、寧ろ気楽そうで、あくびまでしていた。三人の中で緊張感を持っているのは零だけだった。
三人は魔道具を取り出し、体に光を走らせる。その光に気づいた戦闘員たちが武器を構えて戦闘態勢に入るよりも早く、三人は飛び出していった。
距離を一気に詰めるが、敵側から光弾が飛んできたことで、僅かにスピードを緩める。零は刀で受け流し、夜千夏は大鎌で弾き返し、翔は軽々と躱していく。
近づくにつれて攻撃は激しさを増すが、それを掻い潜り三人は距離を詰めていく。激しい弾幕をものともせずに迫ってくる三人は、戦闘員たちにとっては恐怖だっただろう。
そして、間合いを詰めきった夜千夏の大鎌が振るわれ、ついに敵に死者を出した。その事によって敵の陣形に乱れが生じ始めた。
この機を逃すわけもなく、三人は一気にウォーライクの中へ入ろうと走る。道を遮る戦闘員たちを切り捨てながら、三人はあと少しというところまで来た。しかし、それを遮るように一本の鎖が地面に突き刺さった。
三人は立ち止まりその主を見る。そこにいるのは零たちと同様に体に光を走らせた男だった。体に淡い緑の光を走らせた男は、こちらの進行を遮るように現れた。
「懐かしい顔だなあ、おい。裏切り者のお出ましってか? くっはは、笑えるな」
長身でよく鍛え上げられた肉体。短く切られた黒髪に鋭い目。零の顔もよく怖がられるが、男の顔はそれ以上の、怖いを通り越して凶悪な顔をしていた。
地面に深く突き刺さった鎖を見れば、どれだけの威力があるのかが伝わってきた。そして、深く突き刺さった鎖を男は軽々と引き抜いて自分の方へ手繰り寄せた。それだけで男の力の強さが伝わってきた。
「あら、慶吾じゃない。相変わらず怖い顔をしているのね」
「あん?」
慶吾と呼ばれた男は夜千夏の嘲笑に怒りを露にして反応する。そんな彼を気にする様子も見せず、夜千夏はその調子を保つ。
「そこを退いてもらおうかしら? 貴方の相手をしている暇は無いの」
「チッ! 舐めやがってこのアマが」
「貴方はその顔を整形でもしてくればいいんじゃないかしら?」
夜千夏の嘲笑に怒りを露にしつつも、それに任せて攻撃を仕掛けてくるような真似はしなかった。もっとも、その程度の人間であったならば、既にウォーライクから切られているだろう。
三人と同様に、慶吾もまた魔道具を持っている。同じ仕事を共にこなした経験もあるため、彼の実力が自分たちに匹敵することは三人も理解していた。
状況を素早く把握した夜千夏は零と翔に視線を送る。その意図は二人にすぐ伝わった。
「あん? 何してんだ?」
夜千夏の視線の動きから三人が何か行動に移ることを察した慶吾は首の関節をバキバキと鳴らしながら問う。そんな彼の疑問に、三人は行動で答えた。
大きく踏み込み、地を蹴って飛び出していく。銃弾のように加速して飛び込んできた三人に対し、慶吾は冷静に対応する。手にした鎖を回転させ、リーチに入った零に向かって放った。
身体能力の強化が施された体から放たれた鎖はどんなものでも容易に貫くほどの貫通力を持っていた。
しかし、そこに素早く現れた夜千夏によって鎖は弾かれ、起動を大きく逸らした。大鎌の腹を上手く使って滑らせるように逸らしたのだ。
その隙に零と翔はウォーライク本社の中へ入っていく。
「クソが! 邪魔しやがって!」
怒りが限界に来たのだろう、慶吾は地団駄を踏む。怒りをぶつけられたアスファルトは大きく砕かれ、クレーターを造っていた。
夜千夏の視線の意味は単純なもので、この場は自分が引き受けるから先に行け、というものだった。辺りを戦闘員に囲まれながら慶吾の相手をするには、二人の武器は相性が悪かったからだ。
その点、多数を相手取って戦うことの出来る夜千夏はこの場に適任だった。それに、夜千夏には慶吾よりも隠し玉が多かった。力差があろうと、十分戦えるだけの多彩な戦い方があったのだ。
「ほら、相手をしてあげるわよ?」
夜千夏の余裕そうな表情に、慶吾は怒りに顔を歪めた。