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45話 防衛前夜

「行ったようだ」

「そうですね」

 臨時都市の中央区。さらにその中心にある高い建物に水野と志宮はいた。中央と呼ばれるそこは、臨時都市全体を一望することが出来る唯一の場所だ。

 水野の部屋から二人は零たちを見ていた。三つの光が暗闇の中に浮かび上がったと思うと、一瞬にして走り去ってしまった。光が見えなくなるまで見送ると、水野は椅子に腰かけた。

「さて……」

 水野は志宮に目線をやる。志宮も慣れたもので、水野が求めている反応を察する。

「今朝、ウォーライクの方で動きがありました。数は不明ですが、こちらの数倍の戦力を出してきました。全て魔族と魔物で構成されています」

「それだと、零君たちと鉢合わせになると思うが」

「いいえ。少し大回りに道をとっているようで、接触はないようです。進行速度はあちらの方が少し速いようです」

「そうか……こちらが着くのと、どれだけ差がある?」

「おそらく、二時間ほどかと思います」

 志宮の言葉に水野は頭を抱える。現在の臨時都市の戦力では、二時間は持たないだろう。たとえ善戦したとして、せいぜい一時間半が関の山だ。

「避難用の施設は大丈夫かい?」

「準備は整えてあります。中央の地下に大規模なシェルターを設置しました。地下に降りた後、しばらく直線の道を進み、その奥にシェルターがあります」

「そこの安全度は?」

「食料品は十分にあります。武器も魔道具ではありませんが、余ったものを中に入れてあるため、ある程度の防衛は可能となっています。しかし……」

「そこが最終防衛ライン、ということか」

「はい」

 深刻な表情で頷く志宮からは、不安の色が感じ取れる。最終防衛ラインとなるシェルターを使うということは、後が無いということだ。

 シェルターには出入り口が一つしかない。そこまで追い込まれるということは、ただ死ぬのを待つだけに等しい。最終防衛ラインが崩れたとき、波のように押し寄せる魔物によってシェルター内は地獄となるだろう。

「零君たちが早く決着をつけてくれれば良いが……」

「そうじゃの、早く帰ってくるとよいな」

 聞きなれない声が聞こえ、二人は慌てて声の主の方へ振り返る。いつから居たのか、ソファーに腰掛けた女の子がいた。

 鮮やかな赤い着物は女の子の艶やかな黒髪を引き立てる。年齢に似合わない大人びた表情を浮かべていた。蝶花である。

 蝶花は平然とした表情で、自分がここに居るのが当然といった様子で二人を眺めていた。

「君は誰かな?」

 突然現れた蝶花に困惑しつつも、水野は戸惑いを押し殺して平然と振る舞う。

 少女の見た目は可愛らしいものだが、纏う雰囲気は強者のものだった。そしてそれは、零や夜千夏、翔のもつ雰囲気と似ていた。

 尋ねられた蝶花は姿勢を正し、自己紹介をする。

「妾は蝶花。此度は臨時都市の防衛につかせてもらうこととなった。宜しく頼むぞ」

「あ、ああ。宜しく」

 反射的に水野は返す。この女の子はもしかしたら、自分よりも年上なのではないか、そんな疑問を抱くが、水野はそれを聞くほど愚かではなかった。

「零君に頼まれたのかな?」

「そうじゃ。丁度昨日のこと故、急にすまぬの」

「いや、ありがたい。助かるよ」

「うむ。して、妾はどこを守ればよいかの?」

「そうだな……蝶花さんはどんな戦い方をするのかな?」

「そうじゃな。見ておれ……」

 そう言うと、蝶花は立ち上がって両手を大きく掲げる。すると体に橙色の光が走っていき、印を刻んだ。

 しかし、蝶花の変化はそこでは終わらなかった。

「ふ、ふぬぬ……!」

 背中から橙色の光が吹き出し、羽のような形を作り出した。蝶花は宙に体を浮かせて見せた。

 そして、蝶花は手を翳した。そこから現れたのは橙色をした無数の光球で、彼女の意思によって部屋の中を縦横無尽に飛び回る。

「ふう……どうじゃ?」

「ああ、凄いが――」

 水野はあるものが足りていないことに気づいた。零も夜千夏も翔も持っていたはずのあるものを持っていなかったのだ。

「――なぜ魔道具が無い?」

 体に光を走らせるとき、零たちは魔道具を手にしていた。それが無ければ光を走らせることは出来ない。水野はその事を本人たちから聞いていた。

 蝶花はそれを聞いて、なぜか悲しそうに眉をひそめた。

「妾は人体実験の成功作なのじゃ」

「人体実験?」

「うむ。人間に印を刻み込むことで力を与える実験じゃ」

「なら、君以外にも成功作がいるのかな?」

「いや、妾だけじゃ。失敗作は自我を失い、魔族と呼ばれるようになった」

「なんてことを……」

 ウォーライクは生き残りを集めて人体実験をしていた。その結果生み出されたのが魔物や魔族で、どれも自我を失っていた。

 しかし、蝶花は違った。体に印を刻み込まれたが、彼女だけは自我を保ったのだ。ウォーライクは成功作である彼女を戦闘部隊として使うようになった。

 そんな彼女の境遇を可哀想に思った水野は何か言葉をかけようとするが、蝶花はそれを制した。

「過ぎたことはよいのじゃ。それよりも、今を見つめなくてはならぬ」

「ああ……そうだったね」

 水野は頭を切り替える。本人がこう言っているのだから、少なくとも今は、むやみに掘り返すときではないと水野は考えた。

「蝶花さん。あなたには遊撃を行ってもらいたい。防壁の外に押し寄せた敵を出来る限り排除してほしい」

「そうか。敵を抑えきれなくなったときはどうすればよい?」

「シェルターの防衛に回ってくれ。しかし、そこが最終防衛ラインだ」

「うむ、心得た」

 蝶花はうなずくと立ち上がり、部屋から出ていった。

「上手く行くと良いが……」

 出来る限りのことはしたと水野は自信を持って言えるが、しかし、それで必ず勝てるかと聞かれれば、まだわからない。

 今はただ、明日の成功を祈ることしか出来なかった。


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