44話 出陣
零は家を出ると臨時都市の南区に向かう。ウォーライクの位置は臨時都市から見て南西にあるため、南区から向かうのが良いとの判断だ。
南区は未だに更地であり、まだ人はほとんど住んでいない。零たちが臨時都市に来たときと比べると大分家の数も増えてきたように思える。
石井もここで瓦礫撤去の仕事をしている。今日は休日のため、六花と家で過ごすことになっているのだが、零は働いている人間を何人も見かけた。
こういう日は六花も心細いのだろうと考えた石井が丸山に休暇をもらった、というのは零にもすぐにわかった。
しばらく歩き、南区の端に到着する。そこには大きな門があった。鉄製の巨大な扉は、高さが五メートルはあるだろう。特に装飾も無く実用性だけを考慮された造りの扉は、物々しい印象を与え、威圧感を感じさせる。
周りを防壁で囲んだ臨時都市の中で、外に出ることが出来るのは東西南北それぞれに一つづつ設置された、計四つの巨大な扉のみだ。空を飛んだりしない限りは、強固な造りの防壁を破ることは出来ないだろう。
待ち合わせ場所はこの扉の前になっている。時間より早く着いてしまった零は武器の手入れをする。基本的に魔道具の管理は東條に任せてある。零が手入れをするような武器といえば、腰に付けた短刀ぐらいしかない。
これは特別強度があるわけではない。しかし零は臨時都市に来るよりも遥かに前、避難所に来る前から使用していた。
短刀をを磨くと、刀身が鏡のように零の顔を写し出す。刀身には目しか写らないが、そこからは揺るがない決意を感じ取れる。
(死んではならない……か)
蝶花に言われた言葉を思い出す。零はウォーライクさえ潰せればそれでいいと考えていた。しかし、蝶花の言葉によって気付く。
決着を付けるだけではない、生きて帰らなければ、六花や石井は悲しむだろう。あの暖かい場所に帰ること。それを最優先事項にした。
「よう、早いな」
片手を軽く挙げながら翔が歩いてきた。
「それはお前もだ。まだ二十分はあるだろう?」
「俺は暇だから、特にやることもねえんだ。だから早めに来たんだよ」
翔は臨時都市に来てから間もないため、知り合いといっても零や夜千夏くらいだ。その二人と待ち合わせをしているのだから、他に話す相手もいなかった。
零は臨時都市に来てからしばらく経つが、無愛想で無口なためか、特に友人と呼べるような人間はいなかった。六花と石井以外に会話をする相手もいないため、二人と別れた後は一直線に来たのだ。
「それにしてもよ、どうやったらこんだけ発展するんだ? 流石にこりゃあ有り得ないだろうよ」
翔が防壁を見ながら呟く。臨時都市は不自然なほど急速な発展を遂げているため、翔が疑問を抱くのも無理はない。
「東條がいるからだろう」
「それはそうなんだろうけどよ……皆、その一言で片付けるんだよな」
はあ、と、翔は大袈裟にため息を吐いて肩を落とす。翔にとってはあらゆる分野において天才的な技術を持つ東條が不思議で仕方がなかった。
翔は臨時都市に来てから一度東條と対面したが、その姿を見て、東條が天才ということを信じることがさらに困難になってしまった。実年齢は若いのだろうが、実験に集中するあまりに食事も摂っていないために窶れた体に、寝癖と隈もあるせいで老けて見えた。一見すると浮浪者に見えなくもなかったが、白衣だけはなぜか清潔に保たれていた。
「不思議なもんだよな」
翔は零に同意を求めるが、零は「そんなものだろう」と、慣れてしまった様子だった。
しばらくそんな会話を続けていると、ようやく夜千夏が現れた。遅刻ではないものの、時間はほぼ丁度といった辺りだった。
「あら、二人とも早いじゃない。私が時間を間違えていたかしら?」
「いや、丁度ピッタリだぜ。俺たちが早すぎただけだって」
「そう、良かったわ。それじゃあ行きましょう?」
三人は揃うと巨大な扉を開けて臨時都市の外に出た。広がる景色はどこまでも廃墟で、南区の更地よりも寂しさを感じさせた。月の明かりが辺りを照らすのみで、明かりはそれしかない。
三人はそれぞれ魔道具を手に取ると体に光を走らせる。暗闇の中に赤、ピンク、黄色の三色の光が浮かぶ。
ウォーライクを潰すため、三人は走り出した。