43話 覚悟
会議を終えた後、零は家に向かっていた。
明日には大きな戦いが始まる。それは臨時都市だけではなく、他にいるであろう生き残りたちの命運も握っていた。臨時都市程の戦力を持つ集団が他に存在するかと問われれば、限りなくゼロに近いだろう。
臨時都市は奇跡の塊のようなものだった。ここまで臨時都市を発展させた東條の技術力、住民を守り抜いてきた零たち、その彼らを指揮する優れた能力を持つ水野と志宮。ここまで揃うのは奇跡と言っても過言ではないだろう。
たとえ生き残りたちの集団があったとして、零が加わる前の避難所あたりの戦力と考えるのが妥当だろう。それ以上の戦力は望めず、大規模な襲撃があれば壊滅してしまう。
もし臨時都市が負けてしまったならば、この世界はおそらく、ウォーライクの思うがままになってしまうだろう。それを止められるのは現状、臨時都市だけだった。
家に向かい、しばらく歩くにつれ、強い気配を感じるようになった。強者の気配、夜千夏や翔の気配ではなかった。それは家に近づくほどに膨れ上がっていく。
やがて家の前に着くと、中には二人の人影があった。片方は言うまでもなく六花である。もう片方は小柄な六花よりさらに小さな、子どものような影だった。その姿を見て、零は一人の人物を思い出す。
零はその姿を確認するため、家の中に入る。そして、その予感は的中していた。
「あ、零さん。おかえりなさい」
「ようやく来たか、待ちわびたぞ」
二つの声に出迎えられた。視界に入った女の子を見て、やはりか、と呟いた。
「蝶花か」
「そうじゃそうじゃ、久しぶりだのう」
年不相応な口調で返事をする女の子は確かに、零の知り合いだった。蝶花という名前は本名ではないらしいが、それ以外の名前は知らされていないため、零はその名前で呼ぶ。
蝶花は零との再会を嬉しそうにする。
「なぜここにいる?」
「零を探しておった。世界中を探し回って、ようやく見つけたのじゃ」
蝶花は大袈裟に疲れた様子をアピールして、自分が探し回ったことを主張する。が、零は特に労うこともなく会話を続ける。
「そうか。他にここのような発展した場所はあったか?」
「妾が見た限りは無かったのう。見落としも多々あるとは思うが、ここ程の技術を求めるのは無理じゃろうな」
やはり難しいかと零は肩を落とす。まだ無理と決まったわけではないが、可能性は限りなくゼロに近くなってしまった。
「それはそれとして……のう、零。なにやら慌ただしくはないか?」
「ああ、それも説明しなければならないな」
零は明日のことを伝える。ちょうど六花に伝える予定だったので、特に手間が増えたわけではない。
「うむ、なるほど。やはりウォーライクが黒幕であったか」
「見当が付いていたのか?」
「いや、なんとなくじゃがな。黒木ならばやりかねないとは思っておったが、やはりか」
そう言うと、蝶花はなにやら考え事を始める。彼女は容姿こそ小さな女の子だが、精神的には零よりはるかに上であり、頭もいい。本人は年齢を明かそうとはしないが、それなりの歳であるのは事実だ。
一分ほど経過し、蝶花はようやく口を開いた。
「妾は防衛につく方が良いようじゃな」
「いいのか?」
零の問いの意味は攻撃、防衛の話ではなく、臨時都市側につくことだ。勝ち目としては、圧倒的にウォーライクの方が高い。現状、命が惜しいならばウォーライク側につくはずだ。
「構わぬ。あやつらのやり方には疑問を覚えていたところじゃ。それに、己の意思を殺してまで生き延びたとして、そんなものに価値はないじゃろう?」
当たり前のことのように言い放つが、常人には決して容易なことではない。蝶花ほどの精神がなければ、その判断を下すことは難しいだろう。
「それは助かる。中央に話しておかなければならないな」
「いや、よい。夜千夏や翔もおるようなのでな。妾はそっちに頼むとしよう」
「そうか」
蝶花は立ち上がると外へ向かい、一度だけこちらを振り返る。
「死んではならぬ」
別れの挨拶を言わず、強い眼差しで零に言う。蝶花らしいなと零は思った。
蝶花が出ていき、少しして石井が帰ってきた。気づけば、石井の体つきは逞しくなっていた。脂肪も落ちて、どこかの格闘かにも見えるが、その表情は穏やかだ。
六花はキッチンで料理をしている。その夕食が出来上がるのを待つ間に零は石井にも明日のことを告げた。ここが危ないかもしれないということも告げたが、石井の顔に恐怖の色はなく、むしろ力強い覚悟を感じた。
頼りになる、零はそう思った。いつの間にか皆が強くなっていたのだ。零自身も強くなった気でいたが、それ以上に二人が頼もしく見えた。魔族に襲われているところを助けたあの頃と比べるとその差は歴然だった。
六花も石井も力強く、零が安心して戦いに出られるだけの頼もしさがあった。
石井と雑談をしていると、料理を作り終えた六花が土鍋を抱えてやってきた。六花はそれをテーブルに置くと、蓋を取った。
「おおっ!」
石井が声を上げる。蓋を取るとそこには様々な具材が煮込まれていた。牡蠣や蟹、ホタテといった海の幸、白菜やニンジン、豆腐なども入って賑やかだ。それを味噌をベースとした汁で煮込んだ鍋料理だ。湯気が立っており、外の寒さもあって魅力が数倍に膨れ上がる。
鍋の味は言い表すことが出来ないくらいに美味しかった。皆で談笑をしながら囲む鍋は暖かく、優しい味だった。零はこの暖かさを守るためにも、なんとしてでもウォーライクに勝たなければならないとやる気を高めた。
翌日、朝。六花と石井が早起きをして見送りをする。
「零くん。頑張って」
「零さん、いってらっしゃい」
「ああ、行ってくる」
二人に見送られ、零は家を出る。もう少し会話をしたかったが、それは帰ってきてからすれば良いと零は考えた。
空は暗闇に包まれているが、零の心は晴れていた。