42話 緊急会議
室内は静寂に包まれていた。木を基調とした優しく暖かみのある部屋なのだが、それに似合わず、室内の空気は重かった。
時刻は午後三時を過ぎたところだ。中央に召集を受けた数名のみが集まっているが、主役である臨時都市の創設者――水野はまだ姿を現していない。
零が呼び出しを受けたのは今朝の事だった。いつも通り中央にある訓練施設で鍛えていたところ、零のもとに中央からの使者がやって来た。その用件は単純なもので『中央で緊急会議があるため、至急来るように』とのことだった。
そのメッセージを送った当人である水野が遅刻しているのは納得がいかないが、彼なりに事情があるのだろうと零は考えた。
室内には見慣れた人物が集まっていた。同じ魔道具の使い手である夜千夏と翔、水野の秘書である志宮、臨時都市の技術者である東條。それに零を合わせ、現在会議室には五人いる。大きな長方形の机を挟み、向かい合うように座っている。
緊急の会議にしては人数が少なく感じるのだが、これは水野の臨時都市設立当初からの意向だ。あまり人数が多くなってしまうと組織内で対立が起こるかもしれない。それを避けるために信頼の置ける人間のみを重役に付けているらしい。その点で、水野の秘書である志宮は相当な信頼を持っているのだろう。
志宮は臨時都市に関するあらゆる仕事を網羅している。各仕事場に行けば、必ずと言っていいほど志宮の話が出てくる。その全てが彼女に対する称賛なのだから、彼女の実力は計り知れない。
水野は基本的に護衛を付けていないが、それも志宮がいるからという理由だった。実際に目にしたものはいないが、志宮は武術にも長けているらしい。もっとも、それを見るということは死を表しているからなのだが。
零が到着してから十分ほど経つと、ようやく水野が姿を現した。分厚い資料が手に持っているが、それを開かずに彼は話を始めた。
「今回集まってもらったのは他でもない、魔族に関してだ」
その話に関しては以前にも何回か話し合ったことがあった。しかし、特に進展があるわけでもなかったために現在は保留となっていた。
それを今持ち出すということは、何かしら進展があったということだろう。緊急会議という名称からもそれが窺える。
「先日、ウォーライクの現在地を特定した」
それを聞いた夜千夏が首をかしげる。
「ウォーライクの位置がわかったのは良いとして、魔族と何の関係があるのかしら?」
「勿論だ。順に話していこう」
水野の話に皆が耳を傾ける。
「最近、志宮君に魔族の発生地を特定するように調べさせた。それ自体は難無く済んだ」
水野の説明に夜千夏は再び首をかしげる。それがどう繋がっていくかがわからなかったからだ。翔も同様に難しそうな顔をしながら首をかしげていた。
零と東條はそれだけで内容を察したらしく、深刻な表情へ変わる。零が気づいているとわかった翔は小声で零に尋ねる。
「なあなあ、何がどう繋がるっていうんだ? 俺にはさっぱりわからねえよ」
「わからないなら水野の話を聞いておけ」
零に言われ、翔は肩を落としつつ水野の話に耳を傾ける。
「もう一つ。先日、結原による誘拐事件があっただろう? そのときに得た情報がウォーライクの位置だ」
そこまで言うと、水野は志宮に視線を送る。それだけで水野の意図を察した志宮はタブレット型の端末を取り出した。
「これが現在の臨時都市とその周辺の地図です」
画面に臨時都市が写し出され、志宮がその表示範囲を広げた。臨時都市が小さな点になるのと同時に、もう一つ点が現れた。
「ここにあるのが魔族の発生地と思われるビルです。もう一枚地図を出します」
志宮は地図の画像を縮小すると、その横にもう一枚地図を出した。
「これは結原から聞き出した情報をもとに小隊に調べさせたウォーライクの位置です。地図を重ねます」
志宮が地図を指でスライドさせて重ねる。そこでようやく、夜千夏と翔はその意味に気づいた。
「ウォーライクが魔族の発生源なのか? けどよ、何でそんな利にならねえことをするんだ?」
「その意図まではわかりませんが、魔族がウォーライクが生み出したことは事実です」
「生み出した……?」
ようやくわかりかけてきていた翔は再び混乱する。そもそも、魔族を生み出す利点がないのだから、どうして作るのかが理解できなかった。
翔の思考回路は客観的であるが、その中心は常に利の有無に置いてある。そのため、その話から理解するには判断材料が足りなかった。
その疑問に東條が答える。
「ウォーライクは軍事会社ですから、兵器生産の内なのでは?」
「当初はそうかもしれないけどよ、世界がこんなことになってんのに、まだ続ける意味がわからない」
「何かしら目的があるとは思いますが、会社全体の意思と思えるような内容ではないですね。社長辺りの権力のある人物が暴走を始めた……概ねそんな感じですかね」
「そんなもんなのか……」
まだ理解しきってはいないものの、翔はとりあえず納得したようだ。それを確認すると、水野は口を開いた。
「彼らは人体実験により人間の身体能力の強化を図ったらしい。しかし、その結果生まれたのが魔族だ」
「ウォーライクが人体実験にまで手を出してるだなんて、私は聞いたことがないわ。零、あなたも知らされてはいないでしょう?」
「ああ」
零は頷く。ウォーライクの専門は兵器開発であり、人体実験のような分野は扱っていないと皆が考えていた。しかし、今回の会議で得た情報を今までのものと合わせと考えると、その話にも真実味が出てくる。
ウォーライクは生き残りを集め、労働を強いていた。扱いはほとんど奴隷と変わらない。それは皆が知っていた。
そして、今回の人体実験の話。ここまで非道を尽くしているウォーライクならばあり得ない話ではないと皆が納得した。
「そこで、この臨時都市の戦力をもってウォーライクに戦争を仕掛けようと考えている」
水野の発言に皆が言葉を失う。確かに、現在の臨時都市の戦力ならば不可能ではない。新たに翔が加わったことで戦力も大幅に上昇しているため、それ自体は可能だ。
しかし、それでは臨時都市の側に多大な被害が出てしまう。ウォーライクから反撃を受ければ臨時都市が壊滅する可能性だって有り得るのだ。特に零は、六花や石井のこともあるため、その不安は数倍に膨れ上がる。
その不安を察したのか、水野が口を開く。
「大丈夫だ。そのために東條君がいるんだ」
水野の言葉で皆の視線が東條に移った。東條は視線が集まったことに困惑したのか、軽く頭を掻く。数回咳払いをして、東條は口を開いた。
「はい。僕は零さんに魔道具の刀を渡したあともずっと魔道具の開発をしていました」
零に刀を渡したとき、東條はまだ研究が終わってはいないと言っていた。あれからずっと研究していたのだと考えると、皆の期待が膨れ上がる。東條は魔道具の仕組みを解明するのにたった一晩しかかからなかった。その彼が時間をかけて作り上げたならば、魔道具の方にも期待が出来る。
「素材に関しては残念ながら未改善ですが、戦闘部隊の持っている拳銃は全て魔導銃に強化できました」
魔導銃と聞いて皆が驚いた。特に弾薬やエネルギーのいらない魔導銃は常に撃ち続けられる便利な代物だ。リロードに時間を裂かないだけでもかなり戦闘効率が上がり、なおかつ、魔導銃は普通の銃より遥かに威力がある。それを量産化したと考えると、臨時都市の戦力は飛躍的に向上したと考えていい。
「あまり多くの機能をつけると拳銃自体が持たないので、魔導弾の威力は最低限に抑えています。それでも、通常の銃より遥かに威力はありますし、効率も十分上がります」
「ちなみに、それは何個あるんだ?」
「戦闘部隊の人数が三百人ですので、各々に一つづつと、あとは水野さんと志宮さんに一つづつです」
「それなら十分……いや、まだ少ないか」
防衛に回す戦力の不足に零は不安になる。位置が近いことからも、おそらく、ウォーライクは臨時都市を潰しにかかってくるだろう。
「つい先日、ウォーライクの方で動きがありました。こちらに攻撃部隊を向かわせているかもしれません」
零の畏怖していたこと志宮が言う。防衛の戦力が不足している状態では、零は心配事が頭を過り、攻撃に集中できなくなってしまう。
零と同様に防衛の戦力不足を心配する翔が口を開く。
「なら、俺が残るか? 俺が残れば防衛戦力は問題ないだろ?」
「いや、翔が外れると攻撃が甘くなる。それではウォーライクに返り討ちにされる」
「そうか…」
確かに、今の戦力でも防衛は出来るかもしれないが、せいぜい時間を稼ぐくらいしか出来ないだろう。翔を残せば防衛は楽になるかもしれないが、攻撃陣が不足してしまい、結果的に失敗に繋がってしまう。
要するに、臨時都市の住民を危険に晒してでもウォーライクを潰す。それが水野の考えだとわかると、零は頭を抱えた。
自分が心配するのは自分の身ではない。六花と石井の安全だ。それさえなければ、自分は水野の考えに全面的に賛成していたかもしれない。人道的ではないにせよ、選択肢としては悪い話ではなかった。
そんな零の心中を察した水野は零に視線を合わせて頷く。それは何らかの策がある、というメッセージだった。水野は六花と石井のことも考慮に入れている、というのを零に伝える。
水野が策を考えているならば、六花と石井は安全だろう。少なくとも、水野はこの場で嘘を言うような人間ではないのは確かだ。誰かしら腕の立つ人物を護衛につけるなり、優先して安全を確保してくれるだろう。
「現状はこれが最善だ。何か異論はあるかな?」
水野が問う。皆は自分達なりに納得したらしく、異論は上がらなかった。
「よし、決まりだ。早速明日に出発してもらうから、各自、しっかり体を休めるように。解散!」
水野が会議を締めると皆が退出する。この翌日に、ウォーライクとの戦争が始まる。