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41話 利己的

「失礼します」

 菊島は一礼をすると、部屋の中に入った。他の部屋と同様に白を基調とした部屋だが、その部屋は他の部屋より装飾が凝っていた。

 部屋の中はきちんと整理されているものの、書類などの量が多いせいか、菊島にはその部屋が少し狭く感じた。緊張など、内面的な影響もあるのだろう。

 男は菊島がいかにも来ることを待ちわびていたというように、菊島が入ってくるなり書類を放り出して彼に向き直った。

「ようやく来たか、遅いぞ」

 自分に悪態を吐く男に対し、菊島は苛立つ。しかし、それを表に出すことは出来ず、菊島はぐっとそれを堪えた。なぜならば――

「申し訳ありません、黒木社長」

 相手が自分の上司であり、軍事会社ウォーライクの代表取締役である黒木英介(くろきえいすけ)本人だからだ。

 自分をこの会社に縛り付け、逆らうならば命は無いと脅してくる黒木。そんな黒木に対して菊島が嫌悪を越え、憎悪の年を抱くのは当然のことだろう。

 しかし、菊島の心情を黒木が知るわけもなく、態度を改めることはない。それが余計に菊島の感情を刺激していた。

「それで、どのようなご用件でしょうか?」

「頼み事があってな。なに、簡単なことだ」

「頼み事、ですか……」

 菊島は身震いする。今まで数多くの非道を繰り返してきた黒木の頼み事となれば、少なくともまともな用件ではないだろう。しかし、どんな内容であろうと、菊島に拒むことは許されない。実際には頼み事ではなく命令と言った方が正しいだろう。

「この近辺に生き残り共が集まっていると聞いてな。それを出来る限り多く生け捕りにしてくれ」

 黒木の発言に菊島は顔を青くした。嫌な汗が背中を伝うのがわかる。自分はそんな事をしたくない、したいわけがない。しかし、菊島には命令に背くだけの勇気はなかった。

「……わかりました」

 菊島は自分の命を守るために他人を犠牲にすることを選択した。罪悪感に苛まれるが、それ以上に死にたくないという気持ちがあった。それがいかに利己的であるか菊島は理解していた。

「しかし、一つこちらからもよろしいでしょうか?」

「ん? 言ってみろ」

 だからこそ、菊島は少しでも気を楽にしたかった。無論、自分がやることは非道なことだ。しかし、悪いには悪いが最悪ではない。決して最善とは言えないが、自分なりに被害を減らしたかったのだ。

「魔物と魔族を使わせていただきます。激しい抵抗も予想されますので、その方がよろしいかと」

「ううむ、そうか……いいだろう」

 彼はあえて魔物と魔族を使うことを選んだ。その理由は二つある。

 一つは、生き残りを襲う役割を同じ人間である戦闘部隊にやらせたくはなかった。彼らが「こんな事はやりたくない」と愚痴をこぼすところを何度も見かけたからだ。

 もう一つは、相手側への配慮だ。配慮といっても、決して彼らを助けるわけではない。最低限の数を生け捕りにすると共にそれ以外の人間の命を奪うことが目的だ。生け捕りにされた人間が辿るのは人体実験という末路のみ。そうなるくらいならば死んだ方がマシだという菊島の主観的な考えだ。

 罪を重ねすぎた自分が何を今さら、と、菊島は心の中で自嘲する。しかし、それでもやらなければならない。自分がやらなければ、おそらく黒木は全員を生け捕りにしてしまうだろう。それだけは避けなければならない。

「では、準備に取りかかりますので私はこれで……」

「期待しているぞ」

 去り際に背中にぶつけられた言葉には、失敗は許さないという威圧があった。部屋を出た菊島は大きくため息を吐いた。




 同時刻。水野が零たちを召集する少し前、六花は家でくつろいでいた。

 自分が誘拐されたということが、六花はいまだに信じられなかった。心に大きな傷を残したわけではないが、それでも六花はまだ少女だ。皆には気丈に振る舞っているが、時折心配になることがある。

 そんなネガティブな思考を振り払うべく、六花は昼食を作ることにした。

 特に誰かが来るわけでもないので、軽いものにしようと六花は考えた。

 材料は食パン、ベーコン、チーズ、卵、その他野菜などだ。とりあえずサンドイッチ作ろうと六花は決めた。

 いつも通りタマゴサンドとBLTサンドを作り、皿に盛り付けた。ついでにサラダを作ると、なかなかの見栄えになった。ドレッシングは醤油ベースの和風ドレッシングを作った。

「いただきます」

 手を合わせてしっかりと感謝をしたあと、六花はサンドイッチに手を伸ばす。手に取ろうとした時、ドアがノックされた。

「誰だろう……?」

 零は出掛けているし、石井も仕事に行っている。千尋はお肉屋で忙しいため、買い物に行くとき以外ではあまり会う機会が無い。

 誰が訪ねてきたのか見当が付かず、六花は確認することにした。

 玄関の扉を開けると、そこには小さな女の子がいた。赤い着物に艶やかな黒い髪。そして、年不相応なやけに大人びた表情をしていた。

「零はいるか?」

 女の子はきょろきょろしながら家の中を覗き込む。

「零さんなら、ちょうど出掛けちゃったんだ。何か用かな?」

「子ども扱いせんでよい。いないなら仕方ないのう」

 女の子は容姿に不相応な言葉遣いをする。それだけでも六花は戸惑っているのだが、女の子はさらに家に上がってきた。どうすればいいかわからず、六花はそれについていくしかなかった。

 女の子は何かを探すようにきょろきょろと辺りを見回す。そしてサンドイッチを見つけるなり、年相応の嬉しそうな笑みを見せた。

「美味そうなサンドイッチじゃのう。一つ貰っても良いか?」

「は、はあ……」

 六花の頭は目の前で起きていることを整理しきれず、女の子の相手役をサンドイッチに押し付けた。

 女の子はタマゴサンドを手に取るなり、無我夢中で食べ始めた。幸せそうにサンドイッチを頬張る女の子を見れば、六花としても作った甲斐があった。

「美味いのう。もう一つ良いか?」

「はい、どうぞ」

 女の子の言葉遣いのせいか、六花は口調を意識せず変えてしまう。もしかしたら、この女の子は自分より遥かに年上なのではと、六花は疑問に思ったが、相手も女性であるため口に出すことは躊躇われた。

 サンドイッチで稼いだ時間で六花なりに考えをまとめた。女の子は零の事を知っているのだから、何かしら関わりがあるのだろう。いかにも親しげに零の名前を呼んでいたため、決して短い付き合いではないはずだ。

 しかし、女の子は六花の手に負える相手ではなかった。サンドイッチが尽きる前に零が帰ってくることを祈りながら、六花はサンドイッチをもういくつか作り始めた。


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