40話 ウォーライクの技術者
男はとある場所の一室にいた。現代にしてはやけに発達したように思える、白を基調とした部屋だ。この部屋だけでなく、この建物全体がそのように作られていた。
男はモニターを見つめながらため息を吐く。
「また失敗か……」
失敗した悔しさより、成功させることの出来ない自分への苛立ちを含んでいた。彼の横に控える警護の者はそのピリピリとした空気にも慣れた様子で菊島に話しかける。
「菊島様、このあと二時より社長との会談が設けられています」
「何だって!? 全く、こっちは忙しいんだけどな」
菊島と呼ばれた男は忌々しげに呟く。彼としては自分の実験を邪魔されるのが嫌なようだ。
菊島は軍事会社ウォーライクに勤める研究員だ。社長にその技術を買われ、会社のために多くの武器を産み出してきた、ウォーライクの中でも重要な立場にいる人間の一人だ。
彼の担当は魔道具開発だ。特殊な印を刻み付けることによって力を武器に与えるのだが、その技術を発見した当初、彼はそれを信じることが出来なかった。夢ではないかとさえ疑ったのだ。
実際、印を刻み付けることにだけで力を武器に与えられるならば、今までの苦労して作り上げてきた科学技術全般を否定することになってしまう。しかし、それを開発するうちに、いつしか彼は魔道具に魅せられていたのだ。
魔道具の技術は最近のものではなかった。かといって、過去にそれを量産していたという記録はない。しかし、過去の文献には違和感を覚えるようなものが多かった。
少数で大軍を打ち破るような伝説では、大抵は不可能と思われる状態を引っくり返している。しかし、彼は詳しく調べるうちに納得した。その手の話には大抵、魔道具が絡んできていた。
魔道具は決して意図して作られたものではなかった。偶然の産物と呼んでいいほど奇跡的な代物だからだ。菊島は出土したが使い道の未だ知られていないそれらを買い占め、研究を開始したのだ。
魔道具を作るには十二分に彼は優秀だった。いや、優秀過ぎた。でなければ、生き物に印を刻み付けることなど誰も考えはしなかっただろう。
菊島は当初、魔道具を使わずとも人間そのものが強くなれば、そう考えて人体実験をした。予め犬などの動物で試したが、すべて成功し、驚異的な力を与えた。
その成功から、彼は人体実験も成功すると信じていた。貧困地域で人身売買を繰り返し、成功させるのに十分な数の実験体は確保してあった。
しかし、結果は失敗だった。本来の目的である力は与えることに成功した。しかし、問題はその後にあった。第一回実験体の全員が自我を失い、ただ殺戮を繰り返すだけの人形となってしまった。
現代兵器で対峙するには、あまりにも強大な相手だった。鎮圧するのに多くの時間を要し、なおかつ失敗続きだった。しびれを切らした菊島は魔道具を七人の人間に持たせた。それが零たちである。
彼らは瞬く間に魔族を殲滅し、魔道具の力を存分に見せつけた。以後、菊島は自分の実験の後片付けのために彼らを利用した。
そんなことを繰り返していたある日、事件は起こった。魔族を操れるようにと人体実験を繰り返していた菊島はある異変に気づいた。やけに外が騒がしかったのだ。おそらく、魔族が暴れだしたのだろうと菊島は軽く考え、零たちに鎮圧を任せた。
やがて静かになったために鎮圧したのだろうと思ったが、違った。暇潰しにテレビを点けた菊島は、自分のしたことが取り返しのつかないものだったのだと気づいた。
テレビでは緊急ニュースが放送されていた。そこで、彼は自分の目を疑った。街が魔族の襲撃に遭っていたのだ。鎮圧に失敗し、取り逃がしてしまったらしい。
実験体の数は多かった。彼らは様々な地を蹂躙していた。その最中に出土していないいくつもの魔道具を探し当て、自分達の戦力としていった。結原の指輪なども魔族が掘り出したものである。
この事件はウォーライク総出で収拾に向かったが、手遅れだった。主要都市は壊滅し、生き残りもそう多くはなかった。
そんな中で菊島に命じられたのは実験の続行だった。こんな事態になってしまったというのに、なぜまだ続けるのか。菊島は社長に疑問をぶつけたが、彼の返答はこうだった。開発を続けることで魔族をコントロール出来るようにと、そう頼まれたのだ。
無論、菊島は反発した。自分は技術者である前に一人の人間である。そんな自分の開発によって大量の、世界の総人口の九割以上を失わせてしまったのだから、研究に対する嫌悪さえ生まれていた。
しかし、社長はそう甘くはなかった。ある日、ウォーライクの今後を話し合う会議があった。その場に居合わせた菊島は戦慄した。社長は自分の意見に反発するものを皆殺しにしてしまったのだ。
それは菊島に対する警告でもあった。自分に反発するならば、お前の命も無い。そう言われてしまえば、菊島に逆らう意思など残らなかった。
自分が生き残るために他人を犠牲にする、菊島は感情を圧し殺すことでそれを認めてしまったのだ。