38話 償い
零と六花が戻ってくると、夜千夏と翔が待機していた。結原は抵抗する気力を失い、座り込んでいる。
周囲の魔物は殲滅してあった。体を二つに切り裂かれた死体を見れば、夜千夏が周囲の安全を確保するためにやったのだとわかる。
「無事のようね」
六花を見て、結原が言った。そして結原は辺りを見回したあと、首をかしげる。
「松崎はどこにいるのよ」
「……」
その言葉を聞いて六花は俯く。結原に松崎がどうなったかを理解させるにはそれだけで十分だった。
「そう……」
悲しげに眉をひそめる結原は、先ほどまでの態度とは一転し、静かになっていた。零が六花を助けに行っている最中も結原は一言も喋らなかった。
結原に何かしら心の変化があったのだろうと零は考える。彼女を魅了していた指輪がなくなったことで、彼女は自由になった。もう二度と、彼女はあのような非道なことは起こさないだろう。零はそう信じる。
魔道具は便利だが、時として害悪にしかならないこともある。それは結原のように魅了され、力に溺れてしまう場合だ。力があるものは、よほど強固な意思がない限り欲に逆らうことは出来ないだろう。
以前、臨時都市に来る前のことを零は思い出した。避難所での悲惨な出来事はまた、同様に力に溺れてしまった佐倉による悲劇だった。佐倉は魔道具こそ持たないが、支配者層として上に立っていたことに関しては結原とそう違いはない。
今の結原の姿が罪の愚かさに気付いた佐倉の姿と重なり、零は重罰を与えることを躊躇う。彼女もまた過ちに気付いた。ならば、更正することも出来るかもしれない。
「結原は今この場で殺したら駄目だ。臨時都市に連れ帰ってから処分を決める」
「確かにそれが良いかもなあ。この場でってのもあれだしよ」
「そうね……その辺りの判断は水野に任せた方が良いんじゃないかしら?」
夜千夏の提案で話がまとまり、一先ずは臨時都市へ戻ることに決まった。
「なるほど、魔道具で生き物を支配していたのか。少しばかり不謹慎かもしれないが、なかなか便利だね」
「かなり不謹慎だと思います」
水野の発言に志宮が間髪入れずに言い返した。水野は苦笑いしながらすまない、と訂正を入れた。
「君が結原君だね? 私は水野。この臨時都市の創設者だ」
「話していても仕方がないじゃない。早く処分とやらを決めなさいよ」
自暴自棄、というわけではなく、結原は本心から処分されることを望んでいた。自分の過ちがどれだけ大きいものだったか、それに気付いた結原は、生きていくには心への負担が大きすぎた。今こうしている時間ですら、結原にとっては罪悪感を増させる一方だった。
そんな心情を窺えた水野は、しかし、会話を続ける。
「それは後だ。今は質問に答えてほしい」
「……」
無言だが、拒絶する素振りを見せなかったため、水野はそれを了承したのだと捉えた。
「私が部下に調べさせたところ、君が指輪で支配していた中にはウォーライクお抱えの戦闘部隊がいたらしい。あれとはどういう関係なのかな?」
「関係なんてないわ。たまたま武器を持っていたから、便利だと思って支配したのよ」
「何か、彼らから情報は得ていないかな?」
「そうね……」
結原は考える。指輪で支配された生き物は自我を失うわけではなく、体がいうことを聞かなくなる、という形だ。そのため、会話も出来るようになっている。
「……あれよ、そのウォーライクって会社? あれの場所や、何をしているかぐらいはわかるわ」
「ああ、その辺りの情報が欲しいんだ。話してくれないかな?」
「仕方無いわね……」
結原は少し考える仕草を見せる。頭の中で情報をまとめ、結原は口を開いた。
「ウォーライクの位置はここからそう遠くはないわ。多分、南西に歩いて一週間もかからないはずよ」
「なら、魔道具があれば一日くらいだろう」
「それと、今やっていること。生き残りを集めて収容して、強制労働を強いているらしいわ。扱いは奴隷そのものって話よ」
「やはり、その辺りは合っていたか」
その情報は零や夜千夏からも聞いていた。あの場所で以前働いていたからこそ、その情報を手に入れたのだ。
「それと、もう一つあるわ。こっちが本題でしょうね」
「本題? どんなのかな?」
「世界が崩壊した原因はウォーライクの実験らしいわ。今世界中に溢れている魔物たちも、全てウォーライクの実験体、といったところよ」
「実験? ウォーライクがあの化け物を生み出したと、そういうことかな?」
「そうよ。あんな化け物がこの世界に現れるわけがないじゃない。魔族とかいうのも、人体実験でもしたんでしょうね」
「そんな馬鹿な……」
結原の話が本当ならば、ウォーライクは何のためにそのようなことをしたのだろうか。しかし、刻印による魔法を産み出した技術者がいるのだから、不可能ではない。水野は考える。
「ならば、この世界をどうにかするには、ウォーライクに戦争でも仕掛けろということか……」
水野は頭を抱える。聞いた話では、もう一人、刻印魔導士が増えたとのことだ。しかし、相手は軍事会社であり、生半可な力量では太刀打ちできない。ウォーライク程の大企業ならば、魔道具を量産していてもおかしくはないだろう。
「これは難題だが、今はどうしようもない。次の話題に進もうか」
次の話題が何か、結原は理解しており、期待していた。水野の下す処罰が死刑ならば、結原にとって最も良い刑だろう。牢屋に放り込まれるようなことがあれば、結原は耐えられない。
「すまないが、君には生きていてもらう。君の心情もわからなくはないが、償いをするならば私の下で働いてもらおう」
「なんで……」
結原は身体中の力が抜け、ガクリと肩を落とした。自分はこの罪悪感に苛まれながら生きていくのだと、結原は絶望する。
「これが処罰だ。悪いが、異議は認めない」
拒むことはもちろん出来ない。結原の目は潤んでいた。
「君の仕事は単純だ。それは……」
水野の言葉を聞いた瞬間、結原は自分の耳を疑った。そして同時に、確かに、これは償いだと実感した。
「……ということだ。早速今日から夜ってもらう」
「仕方無いわね。やってあげるわよ、それくらいのこと」
こんな処罰ならば死ぬより良いかもしれない。本当の意味で償えるのだと、結原は喜んだ。