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37話 犠牲と再会

「くっ、どうすれば……」

 松崎は六花をかばうように立ち、魔物を見据える。廊下で両側から挟まれてしまったため逃げ道はない。

(おそらく、六花ちゃんの悲鳴は結原の方へ届いただろう。助けが来るまで、どうにかして時間を稼がないといけないか……)

 松崎は花瓶が置いてあった木製の台を手に取る。一メートルほどの長さで強度はある程度はあるようだ。獲物や火器があれば良いのだが、贅沢を言ってはいられない。

 台を振り回して威嚇する。魔物がすぐには近づいてこないようにするためだ。実際に戦闘となれば、戦闘経験の無い松崎では十秒と持たないだろう。

「いいかい、六花ちゃん。少しでも隙ができたら迷わずに逃げるんだ。向こうに走れば、君の仲間と合流できるはずだ」

「でも、松崎さんは……」

「大丈夫、そう簡単には死なない。まだやり残したことは沢山あるからね」

 六花を安心させたい、その思いから松崎は強がって見せた。しかし、その表情は固く、無理矢理に作り上げた笑顔は松崎の辿る運命を物語っていた。

「……わかりました」

 少し悩んでから、六花は頷いた。松崎の決意を六花が気づかないはずがなかった。出来れば彼を止めたい、共に助かりたいと願うが、現実、それが不可能だということは六花もわかっていた。

 だからこそ、彼の決断がどれだけ苦であるか六花にも伝わってきた。どれだけ辛くても、自分は松崎の意思を尊重しなければならない。その勇気に水をさすような真似が出来なかった。

「あの、松崎さん」

「ん、何かな?」

「ありがとうございます」

「……ああ」

 松崎はそこで、ようやく表情が晴れた。これから起こるであろう結末を見据えて恐怖する一方で、六花だけでも助けられる、そんな喜びもあった。自分の意思を尊重してくれた六花に感謝していた。

 松崎は大きく息を吸い込み、一気に魔物の方へ向かっていく。大きく木製の台を振り回し、魔物の頭部を狙った。しかし、簡単に回避されてしまう。

「くそっ!」

 奇襲は失敗してしまったが、怯まずに攻め続ける。がむしゃらに振り回したせいか、ついに台を捕まれてしまった。

「松崎さん!」

「くっ、あああああ!」

 取り返そうとするが、魔物は簡単には返してくれない。それどころか力負けしてしまい、徐々に引っ張られてきている。

 体格差は大きくはなく、松崎よりいくらか背が高いという程度の差だった。このまま武器を捕られたら負けてしまう。しかし、逆に今がチャンスなのかもしれないと松崎は気付いた。

 松崎は木製の台を突然手放した。力を込めて引っ張っていたために魔物は後ろに仰け反る。松崎はその隙を見逃さず、魔物の足に飛び付き、力任せにひっくり返した。体勢が悪かったこともあり、魔物は難なくひっくり返った。

「六花ちゃん、今だ!」

「はい!」

 六花が駆けていく。安全圏に入ったことを確認すると、松崎はその背中に自身の最後となる言葉を力の限り叫んだ。

「生きるんだ、六花ちゃん! 絶対に諦めたらいけない! 絶対に死んではいけない! 必ず道はあるはずだ!」

 腕に激痛が走り、足に激痛が走り、砕かれ、千切られ。それでも松崎は最後まで叫び続けた。そのときの松崎の表情には苦しみや悲しみはなく、むしろ清々しいといった表情をしていた。

 成すべきことを成し遂げた松崎は静かに目を閉じた。




 零は部屋を飛び出すと、銃を構えて走り出した。視界に入る敵を最小限に攻撃することで時間を短縮し、悲鳴の聞こえた方向へ走っていく。

 ひたすら走り続けていると、自分のものではない足音が聞こえてきた。足音は徐々にこちらに近づいてくる。このまま進み続ければ鉢合わせになるだろう。

 曲がり角があり、その奥から足音が聞こえてきた。やがて姿を現した足音の主を見て、零は安堵した。

「六花!」

 駆け寄ろうとして、六花の異変に気がついた。六花が泣いていたのだ。

 六花は零に気がつくと、勢いを緩めずに零に飛び付いてきた。それを抱き止めると、六花の体が震えているのが伝わってきた。それは恐怖からではなく、悲しみからきたものだとは零にはわからなかった。

「大丈夫か?」

 零が問うが、六花は体を震わせたままで、返事をしない。よほど恐ろしい目にあったのだろうかと零は考える。

 先ほどの自分の言葉は合っているようで、間違っている。零はそれに気が付いた。六花のような少女が誘拐され、魔物に襲われ、一人で逃げてきたのだから、大丈夫なはずがない。それに気が付いた零は、再び六花を慰める。今度は、言葉の選択を間違わないように。

「大丈夫だ」

 無口なりに考えた言葉は六花に伝わっただろうか。震えが収まってきたようだが、まだ足りない。しかし、今の零にこれ以上の言葉は浮かばない。だからこそ、行動で補うしかない。

「大丈夫だ」

 今度は頭を撫でながら言った。その行動が正しかったのか、ようやく六花が落ち着いてきた。零から体を離した六花の顔は上気したように赤くなっていた。それが恥ずかしさからきた変化だということは、鈍感な零にも理解できた。

「零さん。助けに来てくれて、ありがとうございました」

 六花が見せたいつも通りの笑顔に、零はようやく安堵した。これでいつも通りの生活に戻れる。零はあらためて、六花の存在の大切さを知った。


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