36話 脱出
倉庫の中は静寂に包まれていた。六花は口を閉ざしたまま、松崎は何かを考えながら、互いに言葉を交わすことはなかった。
自分はこれからどうなるのか、六花は不安で仕方がなかった。未だ助かる手立ては見つからず、ただひたすらに時間が過ぎるのを待つだけ。行動が出来ないというのは、余計に不安を増させていく原因となってしまう。
(私はどうなるんだろう……)
六花は悩み、辺りを見回す。しかし、そうしたところで何か出来るわけではない。今自分に出来ることは待つだけ。そうはわかっていても、六花はじっとしていることは出来なかった。
意を決し、六花は立ち上がろうとする。が、その行動はすぐに中断させられた。
『ぎゃあああああああああああ! 私の手は、私の指輪はどこにあるのよ!』
どこからか聞こえた悲鳴は、僅かだが倉庫の中にいる六花と松崎にも聞こえた。そして、その悲鳴を合図に屋敷内が騒がしくなり始めた。
「何だ……?」
松崎は辺りを警戒しながら六花の近くへ寄る。人のものではない雄叫びや怒声は、屋敷内で何が起きているかをすぐに理解させた。
「魔物が暴れているのか!? しかしなぜ……」
やや混乱しつつも松崎は思考する。冷静に考えれば、その原因はすぐに見つかった。
(結原が殺されたのか、最低でも指輪が無力化されたのか。どちらにせよ、六花ちゃんを逃がすには今しかない!)
「六花ちゃん、ついてくるんだ!」
「えっ?」
六花が返事をする間もなく、松崎は六花の手を引いて走り出した。目指す出口は倉庫からは遠いが、頭に叩き込んである最短ルートを松崎は辿る。結原が配置した魔物が少なく、隠れる場所も多い、最も安全なルートを松崎は知っている。少なくとも、下手な行動をしなければ安全だろうと松崎は考える。
倉庫を飛び出し、左右を確認する。魔物は予想通り近くにはいなかった。こっそりと音を立てないようにしながら二人は進む。
当然ながら、二人に戦うという選択肢はほぼないに等しい。二人とも戦闘経験はなく、なおかつ武器も持っていない。大人が数人係で戦っても小型の魔物をようやく仕留められる程度で、自分たちも無傷では済まない。
結原が集めた魔物はそのほとんどが大型の魔物だ。これは結原の趣味らしく、結原自身もコレクションと呼ぶほど気に入ったものだけを従えている。そんなものを相手にしては、男一人と少女一人でどうにかなるはずもない。
故に、二人は気配を隠す。息を出来る限り押し殺し、魔物に気付かれないようにしながら進む。順調に進み、ようやく半分を過ぎた。
「あともう少し、頑張ってくれ」
松崎が声を潜めながら言い、六花は無言で頷く。近くを通る魔物に気付かれないようにやり過ごすと、二人は歩き出す。
「あっ!」
六花が置いてあった花瓶にぶつかってしまい、花瓶は床に落ちて割れてしまった。その音に反応した魔物が雄叫びを上げる。
「まずい……六花ちゃん!」
松崎は六花の手を引いて走り出す。後ろからは大型の猿のような見た目をした魔物が追いかけてきていた。速さはそう速くはないものの、松崎は六花の足に合わせて走っているため、距離は詰められることはなかったが、引き離すことも出来なかった。
出口まではそう遠くはない。無理矢理に押し切ることは不可能ではない。そう考えた松崎は強行突破を試みる。
しかし、またしても障害が立ちふさがった。前方からも同型の魔物が迫っていた。
「そんなバカな……これじゃあどうしようもないじゃないか!」
「そんな……」
松崎は言ってから、自分が六花を不安にさせるような言葉だったと気づく。慌てて訂正しようと試みるも、この緊迫した状況ではそんな余裕はなかった。
「い、いや……」
震える声で六花が呟く。口にした途端、六花が押し殺していた恐怖の感情が一気に爆発してしまった。
「きゃあああああああああ!」
悲鳴は屋敷中に響き渡っていた。