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35話 対面

「あら、思ったより早く来たじゃない」

 大部屋の奥で椅子に座り待ち構えていたのは結原だ。まるで中世西欧の女王のように、豪華な装飾品に身を包んでいた。

 扉を蹴破って入ってきた零たちを見据え、結原は怪しく微笑んだ。凍り付くような冷たい笑みに取り巻きたちは身震いする。

「六花を返してもらおうか」

 零は結原に銃を向けて要求する。その目は本気の殺意を抱いており、いつも以上に目を鋭くさせている。結原とは対照に感情的な表情を見せる。

「あら、恐い顔ね。銃を下ろしなさい」

 ガクン、と肩の力が抜け、零の意思とは関係なく腕は銃を下ろした。結原の手元では指輪が怪しく輝いている。

「それが操るための魔道具かしら? なかなか綺麗じゃない」

 夜千夏が問う。

「貴女もこの指輪の良さがわかるのね。そう、これが全てを支配する指輪よ」

 結原は恋人でも見つめるかのようにうっとりと指輪を眺める。

「これはね、私に与えられた力なのよ。全ては私の物、所有権は全て私にあるの」

「世迷い言を!」

 零は刀を構え一気に飛び出す。怒りが抑えきれなくなった零は、感情に身を任せて結原に斬りかかる。が――

「止まりなさい」

 結原の一言で体がピクリとも動かなくなる。刀を振り上げた状態で零は石像のように固まってしまっている。

「くっ!」

 零は力を振り絞るが、体は言うことを聞こうとしない。

「躾が必要ね。伏せなさい」

 再び体の支配を奪われ、その場に伏せさせられる。戦おうにもこれでは傷の一つも付けられない。結原の指輪をどうにかできればいいのだが、案が思い浮かばなかった。

 結原は零のもとへ歩み寄る。それに夜千夏は素早く反応し、結原の後ろへ瞬間移動する。そして大鎌を振り上げて斬り付けようと構える。

「貴女も伏せなさい」

 奇襲は失敗に終わり、夜千夏も動きを封じられてしまった。抵抗する手段の無い零たちに対し、結原は今とばかりに攻撃を仕掛ける。

「目障りなのよ!」

「がはっ!」

 靴のヒールの部分で零の腹部を踏みつける。魔道具で身体能力の強化をしているからこそ痛みは軽減されてはいるが、それを考えても耐えられる威力ではなかった。

「いいじゃない、もっと鳴きなさいよ!」

「ぐあっ!」

 グリグリとヒールを押し付けるようにめり込ませる。並みの人間では再現できない程の威力で、零は苦痛に顔を歪ませる。その姿が余計に結原の加虐心を刺激する。

 結原の手元にある指輪は零を踏みつける度に輝きを放つ。おそらく一時的に身体能力の強化をしているのだろうと夜千夏は推測する。

「私が! 私が全てなのよ!」

 結原の暴走は止まらない。抵抗する術の無い零たちは、ただひたすらに痛みに耐えることしか出来ない。

「この指輪があるから、私は神にもなれる! 貴方たちなんて、私から見ればゴミクズ以下なのよ!」

 結原は二人を言葉で罵る。それはいつまでも続いていたが、幾ばくかの時間が経過したときに異変が起きた。

「あ、ああ……」

 結原が戸惑いように手を見つめている。痛みで体の感覚はなくなってきてはいるものの、体に自由が戻ったのはすぐにわかった。

「私の……ああ、あああ」

 瞳孔が開き、焦点が定まっていない。そんな結原に何が起きたのか確認するべく零と夜千夏は立ち上がる。そこには結原がいたが、あるものが足りない。指輪が手ごと無くなっていたのだ。

「ぎゃあああああああああああ! 私の手は、私の指輪はどこにあるのよ!」

 半狂乱状態になりながら結原は指輪を探す。しかし、そこにあるのは血の跡だけで、それを辿っても指輪は見つからなかった。

 何が起きているのか、その場に居合わせた誰もがわからなかった。結原の手を切り落とした犯人以外(・・・・)は。

「おっと、そりゃあ悪いね。手と指輪は返してやるよ」

 結原に向かい、何者かが手を投げ渡した。結原は手首に合わせ、くっつけようと必死に押さえつける。血が大分収まり、ようやく結原は冷静になった。

「貴方誰よ。さっきまでいなかったじゃない」

「そうかい? そりゃあ残念。結構前からいたんだけどな。俺ってそんなには影が薄いのか」

 ヘラヘラと笑いながら結原の言葉を受け流す。金髪で百七十センチくらいの背丈、、常に制服のような服装をしている。その容姿と言動に、零と夜千夏は確かに見覚えがあった。

「翔……なぜここに?」

「なんでって、助けに来てやったにきまってんだろ? それくらい察してくれって」

 茶化すような口調で話す彼は、零と夜千夏の同僚であり、かつてウォーライクで共に働いていた仲間の奧間翔(おうましょう)だった。

 翔は手に持ったナイフを構えると、体に黄色い光を走らせた。その姿は零たち同様に美しく、黄色い光は彼の金髪を映えさせる。

「何て事をしてくれるのよ」

「何て事? そりゃあこっちの台詞だぜ。お前こそ、俺の仲間に何やってくれてんだよ」

 先程とは違い、翔はやや低めのトーンで、苛立ちを露にしながら話す。結原は突然態度の変化した翔に気圧されつつも、無理に声を張り上げる。

「貴方が来なければ計画は完璧だったのに、全て貴方のせいよ!」

「煩えな、まだ言うのか? なら言うけどよ、お前がこんなことをしなけりゃ、こんなことは起きねえんだ。わかるか?」

「煩い、黙りなさい!」

 指輪を翳し、結原が叫ぶ。指輪は紫色に怪しく光っている。

 やはり、指輪があっては勝てないかと零は諦めかけるが、翔はなんともないように話し出した。

「そんな指輪に振り回されて、哀れなもんだぜ」

「なっ――」

 結原は口を開けて何か言葉を出そうとするが、何も出てこない。しかし、その顔は理解できないとでも言いたげな表情をしていた。

「わからないだろうな、お前には。仕組みも知らないで、魔道具を扱えるわけがないって」

 翔はナイフを遊ぶように回しながら答える。

「何で……何でこんなときに限って使えないのよ、役に立たないわね!」

「わからないなら、自分の指輪をよく見てみろって」

 結原は繋がりかけた右手を押さえながら、恐る恐る指輪を確認する。そして、気付いた。

「何よこれ……指輪はこんな傷だらけではなかったはずじゃない。でも、これだけで使えなくなるわけが……」

「ホントに仕組みを知らないのか。それはよ、指輪に刻み込んであった印に意味があったんだぜ?」

「刻み込んであった印? あれが何だって言うのよ」

「ったく、頭が悪い奴だな……あれが支配するための印だった。そして、俺がそれを滅茶苦茶にしたってだけのこと。ドゥーユーアンダースタン?」

 翔は笑いながら得意気に話す。翔は結原の手を斬り落として奪い、返すまでの間に印をナイフで傷を上書きすることによって打ち消した。そのあと手を返したのは単純に翔の情けだ。

 指輪が使えない、そうわかった結原はその場に崩れ落ちる。もう勝ち目はないと悟ったのだ。

「私の指輪が……」

 結原は涙を流す。今思えば、自分がどんなに非道なことをしてきたのかがわかる。あのとき指輪を手にしなければ、今の自分は少しは違っただろうか。

「悔しかったのよ、私をコケにする奴らが憎くて仕方なかったのよ……」

 誰に語るわけでもなく、結原は心の声が漏れているように話し始めた。

「会社の上司もそう、私に責任を押し付けて、自分は何事もなかったように生きて……」

 結原は涙を拭うが、何度やっても涙は枯れない。今まで非道になって捨てていた感情が溢れ出すように、結原は涙を流し続ける。

「悔しいじゃない! こんな理不尽な世の中なんて、あってはいけないのよ! だから、だから私が――」

「欲求に流されてこんなことをした。そうだろう?」

「――っ!」

 零の言葉に結原は身を固まらせる。言い返そうにも言葉が見つからない。事実を指摘されてしまった結原には、言い返すことができなかった。

「確かにこの世界は理不尽だ。だが、お前のやってきたことはそれ以上に理不尽だ。無理矢理に命令を聞かされている奴らがどれだけ辛いか、考えたことはあるか? 逆らうことの出来ない辛さがどれだけのものか、お前にはわかるのか?」

「わかるわよ! 私がどれだけ酷い目に遭ってきたか貴方にわかるの?」

「俺はお前じゃないからわからない。だが、それをわかるはずのお前が同じことをやってしまった。それは紛れもない事実だろう?」

「私は……」

 これ以上は喋ることができなかった。反省しているのかどうかは本人にしかわからない。

 数分間その状態が続き、ようやく結原が口を開こうとしたとき、不意に、どこからか悲鳴が聞こえた。そしてその声は、零がよく知る人物のものだった。

「六花!」

 夜千夏が気付いた頃には、零はすでに部屋の外に飛び出していた。


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