32話 感情的
不意に警告音が鳴り響き、零は修行を中断する。赤いライトに照らされ、辺りは物々しい雰囲気に包まれた。
このサイレンは敵襲を警告するサインだ。以前水野から渡された書類には、臨時都市の周囲にはセンサーが設置されており、魔物などがそこを通れば警告音が鳴ると言う。
センサーに加え、モニター監視も怠らない。何か異常があれば、すぐに知らせが届くようになっているのだ。
戦闘部隊が移動しているところを見ると、今回は後者だろうと零は推測した。状況を知るために、零は真っ先に中央へと向かった。
町は平穏に包まれている。住民たちを不安にさせないようにと、警告音は重要な建物にしか流れないようになっている。これは水野の判断で、確かに、襲撃の度に警告音が鳴り響くのは住民たちを怯えさせてしまう。
エレベーターを待っていると、零と同様に襲撃以外の非常事態と予想した夜千夏が現れた。
「早いわね」
「ああ」
「襲撃以外に何があるのかしら? 内部はやけに慌ただしいようだけれど」
「さあな。だが、嫌な予感がする」
零は額の汗を拭う。走ってきたからなのか、嫌な予感に対する恐れからなのか、理由はわからなかったが、鼓動がいつもより速く感じた。
エレベーターで上がり、水野の部屋に入る。どうやら二人が来るとわかっていたらしく、志宮と待機していた。
「来たようだね。さあ、腰かけてくれ」
水野に促され、二人はソファーに座る。机を挟んで水野と向き合った。
「今回の警戒音は二人もわかっていると思うが、襲撃ではない」
やはり、といった表情で二人はうなずく。
「原因はちょうど報告書とデータが届いたところだ。データの方を見てもらえるかな? 志宮君」
「はい」
志宮は大きめのタブレット端末を取り出す。画面には臨時都市の外の映像が映っており、停止中の表示が出ている。
「再生します」
志宮がタブレット端末に触れると動画が再生され始めた。特に変わったことのない普段通りの光景だが、画面奥の方で小さい何かが動いているのが見えた。
志宮は映像を停止し、拡大処理を始める。もとがかなり小さいためか時間がかかるらしく、志宮が間に説明を入れる。
「これは十五分ほど前の第五モニターの映像です。ちょうど南区の近くですね」
拡大処理が終わると同時に、零は自分の目を疑った。画面に映し出されたのは六花ともう一人、男がいた。画像が荒いために詳しくはわからないが、六花が気を失っているように体の力を抜いていたため、この男に連れ去られている最中だろう。
「この子は確か、零君の所の……」
水野が言い終わる前に零はソファーから飛ぶようにして立ち上がり、部屋を出ていこうとする。それを見て、水野は慌てて引き留める。
「待つんだ、零君。まだ敵の情報もわからないのに攻め込むのは無謀だ。少し時間をかけて余裕を持たなければ、零君とて無傷では済まなくなってしまう」
「今は時間が惜しい。悪いが、俺は行かなければならない」
零のその言葉には、いつになく感情がこもっていた。常に無表情な零だが、その表情からは感情が伝わってくる。苛立ち三割、焦りが七割ほど混じったその表情は、普段でも初対面の人間をビクリとさせる表情をさらに怖くさせていた。
その表情に気圧されたのかはわからないが、水野は零を黙って見送る。零を追いかけるようにして退室した夜千夏も黙って見送った。
「……良いのですか?」
「ああ……構わない。これぐらい感情的じゃなければ、人間とは呼べないからね」
志宮は意味がわからずに首をかしげるが、水野は満足げにうなずく。
「ここは彼らに任せて、こっちはこっちで出来ることをやろうか」
「はい」
志宮がうなずく。とそこへ、軽快な電子音が流れ始めた。水野はポケットから携帯端末を取り出して応答する。
「もしもし?」
『あ、水野さん、東條です』
「東條君か。君がわざわざ電話を寄越したということは、何か進展があったのかな?」
『勿論ですよ』
電話越しでもわかるくらいに東條は興奮していた。ブレス音がやけに聞こえる。
「それで、どうしたのかな?」
興味津々といった様子で水野は尋ねる。少しでも早く成果を聞きたいというのが伝わったのか、東條は本題に入る。
『実はですね……魔道具の量産に成功しました』
その言葉を聞いて水野はガッツポーズを取る。待ちわびていた魔道具の量産化が成功したのだから、これでも抑えている方だろう。東條は続ける。
『適正に関係なく扱えるようになっている分、ある程度は性能は落ちますが……とりあえず、実践で使えるレベルにはなったので報告しました』
「ちなみに、個数はどれくらいあるんだい?」
『現状では二十個です。これ以上量産するには、如何せん、材料が不足していまして……』
「そうか。何が必要なのかな? 用意できる物なら、こちらで用意しよう」
『それは助かります。では……』
必要な材料を志宮にメモをさせる。基本的には簡単に用意できるものが多いため、水野は急いで用意させた。
電話を切ると、水野は携帯端末をしまう。
「これでここも安心かな。なかなか順調だ」
水野はその事も含め、新たに臨時都市の情報を整理し始めた。