29話 臨時都市計画
廃工場での戦闘から一ヶ月ほどが経ち、臨時都市の人々は平穏に慣れてきた。これといった大きな戦闘もなく、魔物がちらほらと現れるくらいだ。
臨時都市は無線で生き残りを探し続け、零たちが来たときと比べ、人口は約二万人と、二倍ほどに増えた。人数が増えるため、新たに臨時都市は範囲を拡げ、面積も三割ほど増加した。
東條の魔道具製作は順調で、ある程度の機能ならば再現できるようになった。しかし、魔道具は使用時の負荷が大きく、並みの物質では耐えられない。そのため、まだ量産には至らないのが現状だ。
物質に関しては東條もお手上げで、今手に入れられる金属で合金を作ったとしても強度が不足しているとのこと。零の刀のように、よほどの名品でなければ印を刻んでも使い物にはならない。
東條が試作したナイフはすでに砕けてしまったらしい。護身用に性能の高いナイフを携帯していたのだ。強度はある程度はあったため、多少の負荷までは耐えられたようだ。しかし、何度も使えるほどではなかった。
そのため、現在で戦力になるのは実質的に零と夜千夏の二人だけだ。戦闘員も魔物が相手ならば互角以上に戦えるのだが、魔族が相手となると一方的に蹂躙されてしまうだけだ。いざというときは臨時都市の住民を避難させることが優先され、戦いは二人に任せることとなっている。
零が扱うのは刀と銃一丁だ。もう一丁余ってはいるのだが、高いレベルの魔道具を扱うには適性が必要らしく、扱えるものはいなかった。一般人が扱えるのは、最低限の身体能力の強化くらいだと東條は結論付けている。
出来れば材料となる物質の調達をしたいのだが、それに裂くほどの人手はなかった。護衛に零か夜千夏のどちらかをつけるとして、臨時都市の守りが薄くなってしまう。万一のことも考え、調達は断念した。
水野は資料を読み終え一息つく。タイミングよく志宮がカフェオレを持ってきた。
「ありがとう」
カフェオレを一口のみ、ほう、と息を吐いた。カフェオレはやや甘めだが、疲れた脳には丁度いい。こういった細かい気遣いができるのも、水野が志宮を秘書として置いている理由の一つだ。
椅子を反転させ、窓の外を眺める。椅子からはキィと軋む音がした。
「だいぶ発展したものだ」
「そうですね」
水野が呟き、志宮が相づちを打つ。かつては暗闇に包まれていた土地が、今では光り輝き、綺麗な夜景を作り出す。水野の臨時都市計画は、本人の想像の数倍の早さで進んでいた。
この数倍の早さを実現させたのは、優秀な人材との出会いがあったからこそだと水野は考えている。
最初に彼が出会ったのは志宮だった。廃墟となった町の中を一人でさまよい歩いていたとき、倒れている彼女を見つけたのだ。
飢えで動けなくなっていた志宮を助け、しばらく面倒を見た。動けるようになった彼女は水野にお礼がしたいと言い、今の関係ができた。
秘書といっても固いものではなく、単純に仕事を手伝ってもらっているだけだ。形式上、志宮は敬語を使っているが、これは本人の意向だ。
志宮との出会いによって生き残りがいるという希望を見つけた水野は、その時期から臨時都市の建設を開始したのだ。始めは二人だけ、しかし、人数は段々と増えていき、今では二万人もいる。
そして、この住民たちの安全を確保しているのが夜千夏だ。
かつて、人数が増えてきた臨時都市に魔族が攻めてくることがあった。たまたまその場に居合わせた夜千夏によって事なきを得たが、安全面で言えばまだ物足りなかった。
そんな時期に現れたのが東條だ。無線機での生き残り捜索を聞いた彼は、是非自分の技術を使ってほしいと売り込んできたのだ。
東條がいなければ、現在の臨時都市は成り立たないと言っても過言ではないだろう。武器に建設、水野では理解できないような食料生産システムすら産み出しているのだ。
彼の技術は、さながら魔法のようだった。彼曰くまだ完璧なものではないらしいが、これだけでも臨時都市を支えるには十分すぎるくらいだった。
そして、零が現れた。夜千夏と同様に驚異的な戦闘力を誇る彼が現れたことにより、臨時都市の安全面はより一層、良いものとなっている。
これらの優秀な人材をうまく纏めるのが自分の役目だろう。水野はそう考えている。