表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/57

28話 支配欲と魔道具

新章です。

皆さんに楽しんでいただけるよう、頑張ります。

「ちょっと……どうなってんのよ?」

 女は苛立っていた。駅付近で人通りも多いはずだが、その声は誰にも聞こえることはなかった。女の問いに答えるものはいない。

 辺りには悲鳴が飛び交い、皆が同じ方向から駆けてくる。テレビや映画の撮影か何かだろうと考えたが、人々の表情は必死だ。しかし女は、よく磨き上げられた演技だと感心するだけだった。

 苛立っている理由はここにはない。彼女は今日、仕事で大きなミスをしてしまい、即日クビになってしまった……ことになっているのだが、実際は上司に責任を押し付けられただけである。

 故に、彼女の機嫌は悪かった。何か事件があったにせよ、テレビの撮影にせよ、飛び込んで邪魔でもしてやろうと考えた彼女は、人々が逃げてきた方向へ歩みを進める。

 それと同時に、今度は後方でも悲鳴が聞こえた。七階建てくらいのマンションが崩れ始めたのだ。建物を抉るように、大きな傷が出来ていた。

 彼女には、とても撮影だとは思えなかった。ならば、相当大きな事件が起きているのだろう。

 無論、退くつもりはなかった。多少恐怖も感じたが、それ以上に苛立ちがあった。破壊衝動に駆られ、抑えられずに近くにあった拳台の石をいくつか拾う。角ばっていて、程よい重さがある。

 彼女はニヤリと笑う。こんな大惨事なのだ、犯罪を犯したとて気付かれまい。そんなことを考えながら、狙いを定める。

 必死に走る少女や、息を切らして膝を着く中年の男。今の彼女には、視界に入る人間全てが的でしかない。

 石をひとつ投げると、少女の髪を掠めたが、そのまま奥へ飛んでいってしまう。その奥にいた男の足に当たったらしく、男は呻きながらうずくまった。

「ああ……最高。次は誰がいいかしらね」

 次の獲物を建物の陰に隠れながら探す。と、再び人々が悲鳴を上げる。

 何かと思い、周囲を見回し、そして唖然とする。ありえない、彼女はそう思った。

 空から奇妙な皮膚の色をした人形の生き物が現れたのだ。笑みを浮かべながら手から炎を放つ様は、先ほど石を投げていた自分のようだった。

 ふと、その生き物の指に目が行った。紫色の怪しい光を纏う金の指輪。怪しくも魅力的で、そこらに溢れたアクセサリーなどとは比べるまでもない。それに魅了されてしまった彼女は、無謀にもそれを奪おうと考えた。

 石を構え、全力で投げつける。普段運動をしているため、頭に当てれば脳を潰すくらいの威力にはなるだろう。

 しかしうまくいかず、石は生き物を避け、先ほど彼女が石をぶつけた男の足元に落下した。

 ほとんどの人間が走って逃げた中、男は取り残されていた。涙を流しながら必死に這う姿を見て、女は笑った。

 石が地面に当たった音に気がつき、生き物がそちらを振り返る。そこには、体を引きずりながら必死に這う男がいる。生き物は当たり前とでも言いたげな表情で男を見つめながら火を放った。

「熱い、熱いいいいい!」

 男が苦しむ姿を意にも介さず、女は再度、石を投げつけた。囮がいたおかげで狙いを定める余裕はあった。石は生き物の頭を捉え、地に這わせた。しかし、まだ辛うじて息はあるらしい。

「丈夫なのね」

 裏路地にあった鉄パイプを手に取り、何度も何度も、彼女が満足するまで鉄パイプは降り下ろされる。やがて原型を失った生き物に対し、女は興味無さげに見つめた後、その手から指輪を奪った。

「貴方には似合わないわ。これは私に相応しい」

 指輪をつける。しかし、先ほどのような紫色の光は現れない。

「何よ、苦労して手に入れたのに……」

 ため息を吐いて、その場から去ろうとする。直後、嫌な気配を感じ、後ろを振り返った。

「嘘でしょう?」

 双頭の犬が一匹。毛は赤く、体は象くらいの大きさはあった。いわゆるケルベロスと呼ばれるそれは、女を獲物と定め、走り出した。

 距離はあるものの、女が逃げるにはあまりにも相手が速すぎた。

 冷静な判断を失い、その場に崩れ落ちる。足がすくんでしまい、立ち上がろうにも立ち上がれなかった。

「な、何よ! 何で動かないのよ!」

 怒りを抑えられず、自分の足を殴り付ける。が、痛みを感じるだけで事態の解決には繋がらない。

 そうしている間にも、ケルベロスはこちらに向かってくる。

 女は焦る。自分はここで終わりなのだろうか。いや、こんなところでは終わらせない。彼女は最後まで抵抗を続ける。

「もう、動きなさいよ!」

 怒鳴るように言う。すると、ようやく足が動くようになった。突然動くようになったことには驚いたが、今は止まってはいられない。

 女が立ち上がると同時に、背後から強い力で弾き飛ばされた。建物の壁に叩きつけられた彼女は、頭から血を流していた。

「あ、ああ……」

 強い衝撃を受けたせいで、視界が歪みうまく歩けない。それでも必死に逃げる彼女の目の前に、突如、大きな影が現れた。

 やがて視界が鮮明になり、その影はケルベロスへと変化する。

「嘘、嘘よ……」

 ケルベロスはゆっくりと彼女に歩み寄る。女は狼狽え、走る気力さえ湧かなかった。

「そうよ、これは悪い夢よ……」

 女は呟く。ほとんど放心状態だった。

「夢なら、早く覚めなさいよ……」

 頭から流れていた血が手に付いていた。それが視界に入ると同時に、女は現実に引き戻された。

 これは現実、女は辺りを見回すが、助けは無い。

「嫌よ、私は死なないわ……」

 ケルベロスは大きく口を開き、女を食らおうとする。双頭なのだから、二つに引き裂かれるのだろう。女はそう考え、恐怖する。

 ついにケルベロスは咆哮を上げ、女を食らおうと飛びかかってきた。

 女は最後の力を振り絞り、大声で叫んだ。

「もう、止まりなさいよおおおお!」

 辺りに怒声が響き渡る。そしてしばらくの間、静寂が訪れた。

 女は自分の意識があることに疑問を感じる。なぜ、自分は生きている? もしかしたら幽霊なのだろうか?

 ケルベロスは口を閉じ、固まっていた。ピクリとも動かず、ただ固まっていた。

 そこで女は、指に何やら違和感を覚える。視線をそこに移すと、そこには先ほど奪った指輪があった。指輪は紫色の光を発し、怪しく輝いていた。

 女が状況を理解するのには数分かかった。それだけ多くの出来事が起こり、脳が混乱し、処理しきれなかったのだ。

 処理が現在まで追い付き、女は立ち尽くす。視界に入ったケルベロスを涙が枯れ、やや乾いた目で見つめる。今の彼女の目には恐れの色はなかった。

「お座り」

 ケルベロスに対し、女はそう命じる。ケルベロスは女の命令に従い、その場に座った。

「頭を下げなさい」

 ケルベロスは再び女の命令を聞き入れ、頭を下げた。

「お利口ね」

 女はケルベロスの頭を撫で、そしてその背中に乗る。しかし、ケルベロスは抵抗しない。

「歩きなさい」

 ケルベロスは女を乗せたまま立ち上がり、歩き出した。

 女は指輪を見つめる。そして、何かが壊れたように笑いだした。

「あはははは! この指輪があれば、全てが私のものよ!」

 女は気付いたのだ。彼女が手にした指輪が如何なる物なのか。

 女は笑う。夜の闇の中で。女は進む。あらゆるものを従えながら。

 気付けば、魔物だけでなく人間も従えていた。数は多くないにしろ、話し相手にはなるだろう。

「あら?」

 女は目を擦り、よく確認する。そこには、彼女の見知った顔がいた。相手はこちらを一瞥するなり、慌てて逃げ出した。恐らく、彼女には気付いていないだろう。

「捕まえなさい」

 怪鳥に命じる。これもまたケルベロスと同じくらいの大きさで、人間を捕まえることは容易い。

 十秒とかからずその人間を捕まえ、怪鳥は戻ってきた。人間は女の顔を見るなり、驚きの表情を見せる。

結原(ゆいはら)くんじゃないか! なんでこんなことを……」

 女――結原は中年の男を一瞥する。彼女の上司であり、自分に無理矢理責任を押し付け、クビにした憎い相手だった。

「ケルベロス、食べちゃっていいわよ」

 ケルベロスは大きく口を開け、男を食らおうとする。その恐怖を経験済みな彼女だからこそ、余計に楽しめた。

「ま、待ってくれ! 謝る、謝るから許してくれ! 私には家族がいるんだ!」

 他人の人生を潰した男が何を言うか、結原は心の中で吐き捨てる。男の姿は滑稽で、結原は笑った。

「そんなの私の問題じゃないわ」

 その言葉が終わると同時に、ケルベロスが男を引き裂く。凄惨な光景に思わず目を背けるが、憎しみは十分晴れた。

 満足げに頷き、結原は再び進もうとして、ふと、視線を感じた。そこにいたのは同僚だった。上司と一緒に行動していたのだろう。

 爽やかな青年で、結原の意識する相手でもある彼は、結原のことを驚きの表情で見つめる。

 結原はそこに侮蔑の念が込められているかもしれないと恐怖し、指輪を見て安心する。怪しく光るソレは、自分を使えと言っているように見えた。

「松崎、貴方も私の支配下に入りなさい」

 指輪が光を放ち、松崎は結原のもとへ歩み寄る。それを見た彼女は、幸せそうに笑みを浮かべた。

「貴方はもう、私のものよ」

 結原は松崎を抱き締め、また、松崎も結原を抱き締める。激しい口付けを交わしたあと、結原は松崎から離れた。

「全て、欲しいものは全て手に入れるわ。この指輪があれば、私は神にだってなれる!」

 結原は再び笑いだした。そのこえは暗い夜の世界に響き渡り、人々に恐怖を与えた。


この話は魔族の襲撃があった日の話です。

一応抑えたつもりですが、ちょっと描写が生々しいかもしれないですね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ