26話 帰宅
ようやく春休みです。
あまり遊ぶ時間はないですが……
「よく来ましたね。どうぞ、座ってください」
二十歳を過ぎたくらいだろうか。見た目は多少やつれていて、肌も白い。眼鏡の位置を手で直し、白衣の男はこちらに向き直った。
二人は椅子に座る。志宮は水野の元へ行き、立って待機する。
「それでは、自己紹介を。僕は東條桂一郎。この臨時都市で技術全般を任されています」
「技術全般? このレベルの技術を複数も持っているだなんて、あり得ないわ」
夜千夏は辺りを見回しながら言うが、東條は誉め言葉と受け取ったのか、照れ笑いする。
「僕は昔から暇な時が多かったんですよ。その空き時間に読書をしていたら、いつのまにか知識がついていまして。知識だけに留めず、自分一人で再現しようともしていましたから」
過去の情景を思い出しながら、東條は懐かしむ。
「そんなこともあって、現在は臨時都市で技術全般を任されています。他に僕のように技術を持っている人は少ないようなので、ほとんどの設計は僕がやっているんですよ」
二人は改めて辺りを見回す。見れば見るほど、彼の人材としての優秀さを思い知らされる。
「ああ、なるほど。それが人工の魔道具ですね。少しだけ見せていただけませんか?」
夜千夏の大鎌を見ながら、東條は興味深そうにじっと見つめる。夜千夏は大鎌を一瞥し、そのあと零に視線を送る。
「如月の大鎌は扱いづらいだろうから、俺ので我慢してくれ」
零がコートの内側から銃を取り出すと、東條はさらに目を輝かせた。慎重にそれを受けとると、観察を始める。相当集中しているらしく、誰が話しかけても反応がなかった。
その姿を見ながら水野は苦笑する。
「頼りになるだろう? 彼がいれば、魔道具の再現など容易いかもしれないね」
自分の息子を自慢する父親のように、水野は嬉しそうに笑う。
「そうね……再現が出来るなら、零の刀を魔道具にした方が良いと思うわ」
零の刀を見つめ、夜千夏が言う。零の刀――十六夜はそのままでも魔族と渡り合えるほどの強度と切れ味を持つ。それが魔道具になれば、かなり戦力の向上が期待できるだろう。
魔道具の性能は媒体となる物の性能によって異なる。かつてウォーライクにいたときに聞かされた話を思い出す。零の銃は銃を象っただけの金属の塊だが、特殊な合金で作られており、強度も高く、かなりの性能を誇る。夜千夏の大鎌もまた特殊な合金で作られており、魔道具になる前の状態でも十分に戦えるだけの性能があった。十六夜の場合はそれと同等、あるいはそれ以上の魔道具となるだろう。
「これ、ありがとうございました」
銃を観察し終え、東條が銃を零に返した。なにかに気付いたのだろうか、東條はポケットから取り出したサバイバルナイフに何かを刻み込む。十分後、ようやく作業を終えると、それを掲げて見せた。
サバイバルナイフに黄色い光が走り、やがて印を刻む。零の銃に使われている印と同じ形をしていた。
刹那、東條が視界から消え去る。背後に気配を感じた零が振り向くと、東條が驚いた表情を浮かべていた。
「魔道具の性能がこれ程までとは……正直、驚いています」
東條はサバイバルナイフをポケットにしまうと、再び椅子に座り、作業を開始した。紙に何やら複雑な数式を書きながら、東條は零に話しかける。
「一日あれば、最高の魔道具を作れるかと思います。その刀をお借りしてもいいですか?」
刻印の意味を解析しながら、東條は言う。零は刀を手渡した。
「明日の昼過ぎにでも来ていただければ完成していると思います。それでは、作業に集中するので」
そう言って東條は作業に取り組む。今の彼は、誰が話しかけようと気づかないだろう。玩具を手にした子どものように目を輝かせながら、東條はひたすらペンを走らせる。
「凄いものね。彼なら神にでもなれるんじゃないかしら?」
「全くだ」
零は驚き半分、呆れ半分で答えた。
「それじゃあ、また明日」
水野はそう言うと志宮と共に去っていった。
「私も帰るわ。また明日会いましょう」
夜千夏も去り、一人になった零は帰路につく。家では六花が自分の帰りを待ちわびているだろうか。零は急ぎ足で帰り道を急ぐ。少しでも早く、家に着きたかった。
しばらく走り、ようやく家が見えた。窓から溢れる明かりが零を安心させる。中へ入ると、リビングから六花が飛び出してきた。ただいまと言う間もなく、六花は零に抱きつく。
「良かった……」
泣いているのだろうか、声が震えていた。零にとっては特に苦の無い任務だったのだが、六花は心配で仕方なかったのだろう。六花は避難所で多くの人間の死を見てしまった。だからこそ、零がいなくなってしまうのではと心配していたのだ。
六花はいつも明るく振る舞っていた。二人を励まそうと、それが自分の役割なんだと、六花はそう考えていた。無理に明るく振る舞っていたが、零が帰ってきた途端、緊張の糸が切れたように泣き出してしまった。
六花はそんな弱い自分を責める。零が帰ってきたら笑顔でお帰りなさいと言おう。そう決めていたはずなのだが、感情が高ぶり、抑えが利かなくなってしまった。
零は戸惑う。六花は泣きながら自分に抱きついている。何をすべきか、答えを探した末に一つの結論に至る。
「……」
零は自分の手を見つめ、一瞬だけ躊躇う。が、脳内に浮かぶ闇を振り払い、零はその手を六花の頭の上に乗せた。
頭の上に手を乗せ、不器用なりにその頭を撫でる。六花は一瞬驚いたものの、その手を受け入れた。
しばらくして、落ち着いた六花が体を離す。その顔は泣いたせいか、赤くなっていた。六花は深呼吸をすると、ようやく口にしたかった言葉を出した。
「お帰りなさい、零さん」
「……ああ、ただいま」
六花の笑顔につられたように、零が笑った。少なくとも六花にはそう見えた。
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次回でこの章は最後になり、次章から物語が徐々に動き始めます。
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