19話 進展
臨時都市には、周囲を囲うようにして防壁が作られている。昔、野生の動物を避けるためにそうしていたように、人々は、再び壁を作り出した。
今までに何度も襲撃があったが、その多くは魔物で、数もさほど多くはない。夜千夏の率いる戦闘部隊の奮闘によって街は守られているため、中に住む人々は、危険を感じることすらなく、幸せに暮らしている。
だが、最近は、多少だが敵の襲撃が増えてきている。零が加わったことで戦力が大幅に上がったために問題はなく、なおかつ進歩も見られた。魔物たちがやって来る方角を特定できたのだ。今まではそこまでの余裕はなく、臨時都市を守ることだけで精一杯だった。が、今の臨時都市は戦力が整っている。
そして、中央の指示により、偵察部隊を派遣することにした。目的地は、北へどれくらいか行った辺りにある廃工場だ。魔族の襲撃以前から封鎖されていた廃工場は規模が大きく、魔物たちが隠れるのに適している。
戦力がある今だからこそ攻勢に出る。それが臨時都市の設計者であり、現在、臨時都市を仕切っている水野の判断だった。偵察部隊が帰ってくるまでは待機。情報をまとめた上で、ようやく廃工場に乗り込む。
それまでは自由にしていいとのことで、零だけでなく、普段は中央で仕事を手伝っている夜千夏も休みを取ることとなった。
現在、家には六花と零、夜千夏がいる。石井は仕事の面接に行ったため、今は家にはいない。
零と夜千夏の話しは六花には難しすぎて、頭がこんがらがってしまう。時折わかる内容があったとして、あの二人の間に入る勇気がなかった。特にやることもなかったので、六花はリビングを去り、お肉屋へ向かう。千尋に会いに行くのだ。
六花が去ったリビングでは、零と夜千夏が会話をしていた。
「それにしても、本当に驚いたのよ。まさかあんな場所で零と出会うなんて。皆と別れてから、どうやって生活していたのかしら?」
「特に変わったことはない」
いつも通り無表情な零だが、夜千夏が相手だといつも以上に表情が固くなってしまう。単純に、零からしたら夜千夏の性格が苦手なのだろう。どうにも相手のペースに流されてしまう。防衛戦の参加もそうだが、基本的に夜千夏にうまく言いくるめられてしまったのである。
「それにしても珍しいわね。あなたは他の人と行動を共にするような人間じゃなかったはずよね? 何か気持ちの変化でもあったのかしら」
先ほどから質問続きなため、零はため息をつく。それを気にも留めず詮索を続ける夜千夏を見て、やはり彼女は苦手だと零は再認識した。
同時刻。石井は仕事の面接で南区に来ていた。未だあまり発展していない南区の街並みは、どこか懐かしさを感じさせる北区よりも寂しく、ほとんど廃墟と変わらないような場所だった。家もちらほらとあるのだが、人はほとんど住んでいないようだ。
運送業の仕事の面接を受けにきた石井だが、仕事内容はあまり聞いてはいない。荷物の運搬といったあたりだろうと考えたが、そうでもないらしい。
しばらく歩き、ようやく目的地に到着した。辺りを見回すと、瓦礫を片付けている人がいた。それも、一人ではない。大勢の人間が瓦礫を片付けていたのだ。
「石井ってのはあんたか?」
「は、はいっ!」
不意に後ろから声をかけられ、石井は慌てて振り返り、姿勢を正す。そこにいたのは、格闘家のような強靭な体つきの老人がいた。歳は六十を過ぎているように見えるが、体だけは衰えてはいないらしい。
男は石井を下から上まで、まじまじと見つめる。何かと思っていたが、男は親指を立てて笑って見せた。
「ギリギリ合格だ」
よくはわからないが、とりあえず合格したらしい。石井はぺこりと一礼をする。
「そんなに固くならなくていい。これからは長い仲になるんだ」
「なら、えっと……俺は石井って言います。よろしくお願いします!」
「おう、元気がいいな。私は丸山、皆には丸さんと呼ばれている」
丸山は石井に握手を求めた。固い握手を交わすと、丸山は早速、仕事の細かい内容を説明し始めた。
「見ての通り、ただ瓦礫を片付ける簡単な仕事だ」
一ヶ所に集められ、すでに大きな山となっている。そこにやって来たトラックがそれを運んでいく。
石井はここで、嫌な予感がした。運送業と聞いていたが、もしかしたら、荷物の運送ではないかもしれないと思う。
「特に細かいルールはない。何か使えそうなものを拾ったら好きに持って帰ってもらって構わない」
それを聞いてから改めて辺りを見回すと、たまに何かをポケットへ突っ込んでいる人を見かけた。すでにパンパンになっているものもいれば、リュックをあらかじめ用意していたらしく、大量に拾っている人間もいる。
「あんたも、気に入ったものを見かけたら、好きに持っていくといい。給料は週末に渡すから、それまで頑張ってくれ」
そういうと丸山は去っていってしまう。石井はすでに運ばれ終えた瓦礫の山を見て、ため息をついた。
「俺も頑張らないと」
石井はそう呟き、仕事を始めた。




