18話 役割2
二人が出掛けたため、六花は一人で家に残っていた。会話を交わす相手もおらず、リビングは静寂に包まれていた。
「はあ……」
支給されたソファーにもたれながら、六花はため息をついた。
臨時都市に着いて、ようやく安全が保証された。ようやく三人でのんびりと暮らせる。六花はそう思っていた。
だが、臨時都市には昔と同様に社会がある。避難所のように手を取り合いながら暮らすのではなく、それぞれが自立し、生きていかなければならない。当然、金銭面の問題も出てくる。そのため、石井は今日、仕事を探しに行っている。
零は夜千夏と中央区に行ってしまったため、六花は特に何かをやるわけでもなく、ソファーに転がっている。
よく考えてみれば、今の自分はどんな役割なのだろうか。六花は考えてみる。
零には、魔族と渡り合えるほどの強さがある。今まで幾度となく零に守られてきて、六花はその都度、零の強さを思い知らされる。軽い身のこなしと、冷静な判断。戦うことを目的に鍛えられたような、型の成った戦い方は、素人目で見てもその凄さは伝わってくる。
石井は、二人を養うために仕事を探している。どんなときも暖かく接してくれて、身を呈して自分を逃がしてくれたこともあった。
自分には、何があるのだろうか。六花は散歩がてら考えることにした。
外に出ると、冷たい夜風に吹かれ、六花はその身を震わせる。支給されたコートを着ているのだが、まだ着たばかりなので暖まりきっていない。
町を歩いている人は思ったよりも多く、一見すると平和な町並みである。臨時都市を囲う大きな塀の外には魔物が闊歩しているのだが、この中が安全なのは、夜千夏が率いる戦闘部隊が頑張っているからだろう。
ふと、今日の晩御飯は何にしようかと考える。迷っているよりは、今、自分がやれることをやらなくては。そう考えた六花は、見慣れない町並みをオドオドと歩きながら、地図を頼りに商店街へ向かう。
家を出てから五分ほど歩くと、ようやく商店街の看板を見つけた。人通りもそれなりにあり、街灯が明るく照らしているため、六花は安心して商店街に入っていく。
先ずは、一通り調味料を揃えなくては。六花は近くにあった店に入り、調味料を揃える。会計をしようとカウンターに向かう途中、六花の視界にあるものが入った。
「あっ!」
見慣れたものだが、どこか懐かしい。六花が見つけたのはカレーのルーだった。昔よく作ったなと思い、六花はそれも買うことに決めた。会計を済ませると、店を出た。
今日の晩御飯はカレーにしよう。六花は頭の中でレシピをまとめながら、材料を買いに行く。
「いらっしゃい! うちの野菜は採れたてだよ!」
大きな声で客を集めているのは、初老の八百屋の店主である。六花が八百屋に入ると、笑顔で歓迎した。
「いらっしゃい、初めて見る顔だね。最近来たのかい?」
「はい」
「大変だったろう。でも、この臨時都市にいれば安心だよ」
優しく接してくれる店主に六花は心を打ち解け、楽しく会話をした。しばらく会話をしたあと、買い物のことを思いだし、六花は玉ねぎとニンジンにじゃがいも、サラダ用にレタスとトマトも頼んだ。渡された袋は、思っていたよりも重かった。
「あれ?」
六花は袋の中に、買った覚えのないものがあることに気づく。リンゴが一つ入っていたのだ。
「お嬢ちゃんがかわいいから、サービスだよ」
親指を立てて、ニッと歯を見せて笑う店主。六花はお礼をして、次の店に向かう。
八百屋から少し歩くと肉屋があった。ショーケースに並んだ肉は種類も豊富で、どれを買うか悩んでしまう。しかし、店主がいなかった。奥に部屋が続いていたので、六花は声をかけてみた。
「すいませーん、誰かいませんかー?」
特に返答はなかった。六花が諦めて帰ろうとすると、奥からドタドタと足音が聞こえてきた。
「はいはーい、ただいま行きまーす!」
転びそうに、体のバランスを崩しながらどうにか走ってきたのは、六花とそう変わらない年齢の少女だった。活発そうなショートカットの少女は、六花にペコリとお辞儀をした。
「いらっしゃいませ!」
息を若干乱しながらも、少女は六花に話しかける。
「あれ? あなた、何歳?」
「私は十六歳ですけれど」
それを聞くと、少女は嬉しそうに笑みを浮かべ、六花の手を握る。
「そうなんだ! 私も十六歳なんだ。よろしくね!」
少女は千尋と名乗った。同い年ということもあり、二人はすぐに打ち解けた。ここに至るまでの過程をお互いに話し、励まし、元気付け合った。
しばらく会話をしていると、いつの間にか午後五時を過ぎていた。それに気がついた六花が、本来の目的を思い出す。
「あ、鶏肉を買わないと」
「鶏肉だね、了解!」
ピシッと敬礼をして、千尋がショーケースの中から鶏肉を取り出した。袋に入れてもらい、家に帰ろうとする。が、荷物が多く、歩いて帰るには大変そうだ。そんな六花に気がついたのか、千尋が六花に話しかける。
「うわ、六花ちゃんすごい荷物だね……よかったら手伝おうか?」
「でも、千尋はお店の番をしないと……」
「大丈夫大丈夫、どうせ人はあんまり来ないし。少しくらい手伝わせて」
「じゃあ、お願い」
六花から袋を受け取り、千尋も歩き出す。楽しく会話をしながら、六花はようやく家に着いた。千尋に礼を告げて別れると、六花は家の中に入った。
「さて、と……」
あらためてレシピを頭の中で整理する。今日の晩御飯はカレーだ。
早速調理に取りかかる。玉ねぎとニンジン、じゃがいもをそれぞれほどよい大きさに切る。鶏肉は少し大きめに切っておいた。零や石井にも食べごたえがあるように、具は大きめになっている。
フライパンを熱し、暖まってきたらみじん切りにしたニンニクとバターを投入する。少し加熱をしていると、香ばしい匂いが漂ってきた。
ニンニクがカリカリになったところで、今度は鶏肉を投入し、表面に焼き色がつくまで焼いていく。そのあとに切っておいた野菜を入れ、十分に火を通したところで、フライパンに水を入れた。
沸騰してきたところに、溶けやすいように砕いておいたカレールーを投入する。辺りにカレーの匂いが漂い、つられて六花のお腹も鳴ってしまう。
ルーが溶けきると、六花は調味料を買ってきた袋の中からオイスターソースを取り出した。牡蠣などの食材の旨味を凝縮したオイスターソースは、入れればコクが出るため、カレーとの相性は抜群だ。
ようやく出来上がったカレーを見て、六花は嬉しくなる。二人が喜ぶ顔を浮かべながら、帰りを待つ。
少しして、石井と零が帰ってきた。ちょうど帰り道でばったり会ったらしく、二人で帰ってきたらしい。カレーの匂いに気づいたらしく、石井が腹を鳴らした。ちょうどお米が炊けたので、六花はカレーを二人に渡した。
「どうぞ、食べてみてください」
一口食べると、そのまま二口、三口と止まらなくなる。オイスターソースのおかげで旨味を増したカレーは、二人の舌を満足させる。
六花もカレーを食べてみる。鶏肉はニンニクが効いており、香ばしく、噛むとじゅわっと旨味が溢れる。濃厚なルーと炊きたてご飯の相性も抜群で、六花も二人に負けじと勢いよく食べ進めた。
「旨すぎる!」
「旨いな」
二人が六花の作ったカレーを称賛しながら、二杯目に手を出す。六花はその光景を見て、幸せだなあと感じた。
そこで、ハッと気づいた。自分の役割。それは、二人が帰ってくるこの家を安らぐ場所にすること。今日のように美味しいものを作って、喜ばせたいな。六花はそう考え、口元を嬉しそうに緩ませながら、自分も二杯目のカレーを取りに行く。
そういえば、作者はカレーを作ったことはないです。