17話 役割1
零が中央区に向かっている頃、石井は仕事を探していた。仕事は南区で探すようにと言われているため、徒歩でのんびりと向かっていく。自分達がすんでいる区域は北区なので、ちょうど反対側だ。臨時都市はそこまで広くないのだが、日頃運動をしていない石井にとってはかなり長く感じる。
「零くんだったら、たいした距離だとは思わないだろうなあ」
独り言を呟く。臨時都市へ向かうとき、零は石井を担いで走ったのだ。軽々と自分を担いで、なおかつ息を乱さずに走り続けたのだ。零の凄さを思い出す一方で、自分の非力さを嘆く。
自分には、魔物と戦う実力はない。まして、魔族が相手となれば尚更だ。一般の成人男性の平均くらいの運動神経はあるつもりなのだが、それだけでは魔物にすら勝てない。人間は知能があるからこそ強いと言うが、知能があろうと、魔物相手にどう戦えばいいのだろうか。待ち構えるならば罠を張ったり出来るかもしれないが、突然遭遇した場合は、対処方法が見当たらない。
しかし、零は違う。相手が魔族だとしても、彼は冷静に状況の把握をして、鮮やかに魔族を倒してしまう。自分ならば、足がすくんで動けないだろう。
何か、自分に出来ることはないか。何でもいいから、二人の役に立ちたい。今の自分に出来ることはせいぜいお金を稼ぐことくらいだろう。肉体労働にしても、零がいれば自分の必要性はなくなってしまう。だからこそ、自分は今、変わらなければいけない。
しばらく歩き続け、ようやく目的地の仕事案内所にたどり着く。いわゆるハローワークのようなもので、多少なりと違いはあれど、基本的なことは変わらない。
中に入ると、石井と同様に仕事を探している人々で溢れていた。入り口で整理券を受け取り、奥へ進む。案の定空いている席はなく、仕方なく立って待つことにした。
辺りを見回してみる。大柄で力の強そうな男もいれば、石井と同様に中年で、いかにも運動が出来なさそうな、若干肥満気味の男もいる。女性はあまりおらず、多く見積もっても二割には満たないだろう。
なぜ数が少ないのか。仕事案内所に向かう最中も気になったのだが、どうも臨時都市には女性の割合が少ない。運悪く生き残れなかったというよりは、同じ人間によるものだろう。
法の概念がなくなってしまったこの世界では、人々を縛るものは理性しかない。その理性すら、魔族の襲撃による被害を目の当たりにしたせいで保てなくなった者もいるだろう。自制の利かなくなった人間は、内に秘めた欲求を爆発させる。それが卑しい劣情であったならば、自分よりも力のある男性に対し、女性は抵抗できない。
だからこそ、臨時都市には女性が少ないのだろう。そうなると、いつどんな目に遭うかわからない。まして、容姿の整っている六花ならば尚更だろう。
普段は零が家に居るから良いものの、零がいないときはどうすればいいのか。自分が守るのか。たるんだ体を見つめ、石井はため息をつく。六花を守るならば、まずはこの体を改善しなければと石井は考える。
しばらく経つと、自分の番号が呼ばれた。部屋に入ると、スーツを着た女性が座っていた。
「ようこそ、仕事案内所へ。どのような仕事をお探しでしょうか?」
にこにこと営業スマイルで対応される。
「何でもいいので、体を動かす仕事はありますか?」
女性は表情は崩さないものの、こちらを疑わしげに見る。それもそうだろう。石井は明らかに体力がなさそうで、肉体労働には向いていないように見えるし、事実そうなのだ。
しかし、さすがはプロと言うべきか。女性は資料の中から紙を一枚取り出すと、石井に向き直る。
「肉体労働でしたら、現在は給料がやや高めになっていますよ」
女性曰く、肉体労働者の数は少なく、必要数の半分にも満たない。そのために待遇がよくなったらしく、なかなかの好条件の仕事ばかりが並べられている。
その中にひとつ、目につくものがあった。
「運送業か……」
これならば自分でも出来そうだなと石井は考えた。給料が高く、なおかつ体も動かせるので、今の石井にはぴったりだった。
石井はこの仕事に申し込むことに決めた。面接は後日行われるらしい。自分が採用してもらえるか心配だったが、面接で頑張るしかないだろう。
石井は仕事案内所を出ると、家に向かった。